10―20 レブス砦3
レブス砦を防衛していた王国軍の隊長は、黙ったまま何も語ろうとしなかった。
いい加減じれてきた俺は自白魔法をかけてやろうかと思っていると、外を警戒していたガランが真っ青な顔で戻って来た。
「ユニス殿、砦の裏にある穴の中に大量の死体があるぞ」
大量の死体?
ガランの言葉に、砦の隊長が僅かに反応したのが分かった。
もしや砦の兵士がやったのか?
「案内して」
「こっちだ」
「トラバール、そいつらを逃がすんじゃないわよ」
「おう、任せてもらおう」
ガランに案内された場所には溝が掘ってあり、その中にはどう見ても一般人といった人々の死体が転がっていた。
そして溝にそって土が盛られており、その土を落とせば簡単に埋められる構造になっていた。
その手際の良さに戦慄を覚えた。
「これ、誰がやったか調べる必要があるわね」
俺が怒っているのは声で分かったのだろう。
ガランは首をすくめると「必ず」と答えていた。
先ほどの事を隊長に詰問しようと歩いていると、砦を調べていたガーチップが慌てた様子で走って来た。
「ユニス殿、すまないが砦の地下まで一緒に来てくれないか」
今度は何だと思いガーチップの後をついて砦の地下に降りていくと、そこには石牢が並んでいた。
ガーチップが指さした牢の中には、大勢の若い女性達が入れられていた。
ガーチップが近寄ろうとしないので俺だけで牢の前まで行くと、中の女性達がこちらを見上げてきた。
その顔には、絶望や恐怖といった表情が浮かんでいるようだった。
これは最初に、この女性達を安心させなければならないな。
俺は怖がらせないように、出来るだけやさしく話しかけた。
「私はユニス。貴女達に危害を加えるつもりはないわ」
そう言って見回してみたが、誰も口を開かなかった。
まあ、そんなあっさりと信用されないよな。
「ここから出してあげるわね。ガーチップ、扉を開けられる?」
「ああ、問題ない」
ガーチップが牢に近寄り、手に持った武器で鉄格子を壊し始めた。
そのガンガンと騒々しい音とガーチップの形相に、囚われていた女性達が悲鳴を上げて怖がった。
「ちょっと、皆怖がっているでしょう。鍵で開けられないの?」
「勘弁してくれ。鍵なんてどこにもなかったぞ」
困ったな。これでは益々怯えさせてしまう。
給仕用ゴーレムを連れてきていたら食事で懐柔できたのだが、戦闘のみと思っていたから連れてきていないのだ。
ガーチップが開けてくれた鉄格子の隙間から中に入ると、女性達が俺の事をじっと見つめてきた。
近くで見ると、女性達の顔や体に青痣を見つけた。
「怪我をしているわね。治してあげる」
目の前に魔法陣が現れると女性達から再び悲鳴が漏れたが、構わず治癒魔法を発動した。
これで俺が危害を加えるつもりが無いと、分かってくれたらいいんだけどね。
治癒魔法は効果があった。
女性達は不思議そうな顔で痣が消えた痕を見ていた。
そして薄汚れていた全員に洗浄と乾燥の魔法をかけた。
「女の子なんだから綺麗にしないとね」
皆、自分が綺麗になった事に驚くと、ようやく1人の女性が口を開いてくれた。
「上の連中はどうなったの?」
上の連中という言葉に侮蔑の響きがあったことから、捕まえた王国兵がどんな奴らか分かったような気がした。
俺は、その子の前まで進むと膝をついて視線を合わせた。
「全員捕まえたわ。もう貴女達に手は出させないわよ」
それを聞いた女の子の目に涙が零れ落ちると、たまらずその子を抱きしめていた。
「もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」
それからとぎれとぎれに話してくれた内容は、上の連中に財産を奪われ、両親を殺されたというものだった。
可哀そうに、殺される場面を見せられるなんて。
ガーチップは男児達も発見していて、直ぐに牢から解放していた。
囚われていた女性や子供達を後ろに従えて砦の1階に上がると、トラバール達が監視している捕らえた連中の前まで来た。
「お前達は盗賊だな?」
そう指摘された連中は、誰も喋らなかった。
「ベルグランド、王国兵に成りすまし住民を殺害してその財産を奪った連中は、王国法ではどのような処分になるの?」
「はい、全員極刑です」
ベルグランドの言葉は酷く簡潔だった。
それを聞いた盗賊共に動揺が広がった。
「では、私が此処に来る前に行われた犯罪は、王国法に則って処理しましょう」
俺がそう言うと、囚われた連中からは次々と命乞いの声が聞こえてきたが、それを全部無視した。
「ガーチップ、執行しなさい」
「おう、任せとけ」
ガーチップも地下で酷い目にあった女性達を見ていたので、その目には怒りが宿っていた。
ガーチップ達が盗賊共を連行していくと、直ぐにジゼルがやって来た。
「それでこの子達どうするの?」
ジゼルに言われて後ろを振り返ると、牢から救出した女性や子供達がこちらを見上げていた。
さて、この子達をどうしたものか?
身寄りも無いみたいだし、バンマールに連れて行ったとしてもクマルヘムの避難民への対応を見れば、不幸になる未来しか思い浮かばなかった。
クマルヘムなら人間もいるし、最悪駄目でも数人の人間を雇って孤児院でも開けばいいか。
「とりあえずクマルヘムに連れていて、人間達に託してみましょう」
俺がそう言うと、ジゼルもちょっと考えてから頷いた。
「そうね。それしかなさそうね」
俺は救出した人達に向き直ると、出来るだけ笑顔になって優しく語りかけた。
「これから皆さんをクマルヘムの町に連れて行こうと思っています。そこには人間の人達も居ますから、今後の事を一緒に考えましょうね」
俺の提案に皆黙って頷いてくれた。
そして皆を乗せるゴーレムを造るため土を捏ねていると、何をしているのか気になったのか子供達が集まってきた。
そして錬成陣の上で小さな土人形がみるみるうちに巨大化していくと、悲鳴を上げて俺の後ろに隠れていた。
「大丈夫、皆を連れて行くための乗り物を用意しているだけよ」
俺が安心させると恐る恐る俺の後ろから出てくると、大きなゴーレムを見上げていた。
「これに乗るの?」
「そうよ。尻尾から上って背中の籠の中に入るのよ」
俺が手を上げると4本脚のゴーレムはその場で座り込み尻尾を回して背中に乗りやすいようにしていた。
尻込みする子供や女性達をなだめすかしながら尻尾からゴーレムに上らせると、背中の籠の中に収容していった。
そして全員籠の中に収容して出て行こうとすると、先ほどの少女に手を掴まれた。
その顔は不安そうだった。
「置いて行ったりしないから大丈夫よ。出発するための準備をして直ぐに戻って来るからね?」
そう言って背中をさすって安心させると、ようやく手を放してくれた。
俺は少女達を乗せた運搬用ゴーレムとサソリもどきを連結して重力制御魔法をかけると、少女達の待つゴーレムに戻り飛行魔法を発動した。
クマルヘムには直ぐに着いた。
運搬用ゴーレムから降りてきた女性や子供達は、城門を黙って見上げていた。
「ここが元センディノ辺境伯の領都クマルヘムです。この町の中には人間達も残っていますから、安心してくださいね」
そう安心させてからクマルヘムの城門をくぐり町の中にはいると、直ぐに人間達の姿がちらほら目についたので、俺が言ったことを信じてくれるだろう。
俺はそんな通行人を指さした。
「当面は、あの人達の中で暮らしてもらおうと思っています」
俺がそう言うと皆頷いたが、最初に話しかけてくれたセリアという名の少女は俺の服の裾を握って離さなかった。
「ええっと?」
俺が困っていると、ジゼルがそっと耳打ちしてきた。
「随分信用されたわね」
え、同胞達より俺の傍の方が安心って事?
俺はセリアと名乗った女性を見た。
「それじゃあ、一緒に私の家に行きましょうか?」
するとセリアはにっこり微笑んだ。
俺はセリアの手を握ったまま、通行人に挨拶しながらセンディノ辺境伯館に戻って来た。
そこには不安そうな顔で玄関前をうろうろするウジェが居て、俺の姿を認めるとぱっと嬉しそうに笑顔になると駆け寄って来た。
ウジェはご主人様を見つけた愛犬のように、尻尾を左右にふりふりと振っていた。
「ユニス様、おかえりなさいませ」
「ウジェ、ただいま。こんな所で何をしているの?」
「ユニス様を待っていました」
へえ、もう人間達との間で調整が済んだのか。流石だねぇ。
「会議は終わったのね?」
「いえ、ユニス様が居ないと話ができないと言って、中断しています」
え、なんで?
「何か問題でもあったの?」
「私共はユニス様ほど信用されていないという事です」
ちょっと待て、それじゃあ進捗ゼロって事かぁ。
「そう、それじゃあ、人間達は帰って行ってしまったのね?」
「いえ、ユニス様が戻るまで食堂で休憩しております」
それは丁度良い。
俺はセリア達を連れて食堂に入っていくと、そこには手持ち無沙汰な人達が椅子に座っていた。
「あ、ユニス様、戻られたのですね」
俺が姿を現すと、それまでダラダラしていた人間達がシャキッと立ち上がった。
「ええ、お待たせしました」
すると人間達の視線が、俺から手を握っているセリアに移っていた。
「ユニス様、その子供は?」
人間達が関心を持ってくれたので、レブス砦であった出来事を話すことにした。
「すると、その子供らはレアム入植地の生き残りなのですね?」
「ええ、それで皆さまに相談なのですが、この子達の面倒を見てもらえないかと」
「ええ、それは勿論です」
あまりにもあっけなく了承されたので理由を聞いてみると、元々レアム入植地の人間はクマルヘムから選抜された人達で、全員知り合いだったそうだ。
人間達は、思い出話をしながら涙を浮かべていた。
きっと、いろいろあったのだろうな。
そんな事情もあり、住民達は生き残りのために積極的に住居の手配や生活支援を行ってくれるようで、クマルヘムに連れてくるという選択は正解だったようだ。
そして再び会議が始まる事になり、俺は呼びに来たウジェに背中を押されながら会議室に連れていかれた。
そこで会議を始めようとすると、俺の左手甲に連絡蝶が現れた。
それは白猫から送られてきた連絡蝶で、羽を広げたり閉じたりして早くメッセージを読めと催促しているようだった。
白猫には助けが欲しい時には送るようにと指示していたが、こんなに早くメッセージが来るとは思っていなかったので正直驚いた。
嫌な予感がして、急いでその翅に触り通信文を開いた。
「ガタッ」
突然立ち上がった俺に、会議の参加者達が一体何事が起ったのかとじっとこちらを見つめてきた。
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