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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
284/416

10―15 避難民達1

 

 クマルヘムを出た俺達は、街道を東に走りいくつもの無人の宿場町を通り過ぎると、ようやくドックネケル山脈の麓まで辿り着いた。


 東に逃げて行った人達は、これから峠を越えて反対側のバンマールという町に向かったようだ。


 ここまで来る途中で脱落した人はいなかったことからもう引き返しても良かったのだが、念のため峠道も調べてみる事にした。


 狭い峠道をゆっくり登っていくと、峠道の斜面に微量な反応があった。


 俺はゴーレム隊に停止を命じると、グラファイトとインジウムに倒れている人達を見てくるように指示した。


 そこには2人の人間が倒れていて、グラファイト達が色々調べてから戻って来た。


「どうだった?」

「生きています」


 その返事があまりにも淡々としていたので、再度質問してみた。


「寝ているの?」

「いや死にかけてます」

「ちょ、それ早く言いなさい」


 慌ててゴーレムから降りると、倒れている人達の元に向かった。


 そこには青い顔をした年老いた男女が横たわっていた。


 慌てて重体治癒の魔法をかけたが、目に見えた効果が現れなかった。


 おかしいと思っていると、グラファイトがそっと口を開いた。


「あの大姐様、多分ですが、その者は極度の魔力欠乏ではないかと」


 なんだと?


 俺はグラファイトが差し出した袋の中からダイビンググローブを取り出して左手に嵌めると、横たわった2人に魔力を流し込んだ。


 効果は直ぐに現れた、青かった顔色がみるみる良くなると、うめき声をあげてぱちりと目を開いた。


 そして一瞬の間、俺達は見つめあっていた。


「ディース神様? 私をお迎えに来て下されたのですね?」

「残念ですが、貴女は神に召されるには、まだ早いようですよ」

「へ?」


 そう声を漏らすと老婆は上体を起こして俺の顔をまじまじと見てきた。


 そしてその顔がみるみるうちに恐怖に塗り替わっていった。


「そ、そそ、その目、その耳、も、もも、もしや・・・」

「それに答える前に私の質問に答えて下さい。貴女はどうして此処に居るのですか?」

「ひえぇぇぇ、お、お助けぇ~」


 そのままガタガタと震えだして、とても質問に答えてくれる状態ではなくなってしまった。


 すると今度は翁の方が気付いたようだ。


「気がつかれましたか?」

「ああ、あんたは?」

「クマルヘムから来た者です。斜面で倒れていた理由をお伺いしても?」


 俺がそう質問すると、老人はバツが悪そうに頭をかいていた。


「飲まず食わずで歩き詰めじゃったからの、もはや体が動かなくなってな。皆の足手まといになるくらいなら、此処で最後を迎えようと思ったのだ。だが、魔女が来る前に空腹で天に召されるところじゃったよ。はっはっはっ」


 そういうと老人は豪快に笑っていたが、隣の老婆に裾を引っ張られ俺の耳を指摘されると、事態を理解したようでその笑顔のまま固まっていた。


「ま、まま、魔女・・・それに獣人も・・・」


 その声で振り向くと、ジゼルが近づいてくるところだった。


「ジゼル、この人達に食事を出せる?」

「ええ、多分そう言われるだろうと思ったからスープを用意してあるわよ」


 流石ジゼルさん、分かってらっしゃる。


 すると後ろで老人達が小声で話している声が、高性能の耳に届いていた。


 まあ、亜人達に何を食わされるのか不安になるのは当然だわな。


 ジゼルが持ってきてくれたスープは、食べやすいように具材が細かく刻んであり、とても美味しそうな匂いが漂っていた。


 驚いた2人は器を受け取ると、あっという間に完食していた。


「お爺さん、お婆さん、バンマールまで送っていきますね。後ろのゴーレムに乗って下さい。ガスバル、ベルグランド手伝ってあげて」


 2人は大きなゴーレムに目を丸くしていたが、手助けしてくれる2名が人間だと分かると素直に乗り込んでくれた。


 +++++


 バンマールの城壁の前でガビノは、同じ避難民が城門を守る門番と言い争っているのを聞いていた。


「どうして入れてくれないんだ?」

「だから条件を満たしている者は入れているだろう」

「バンマールに身元引受人が居て街に入る税金が払える者なんて条件、厳しすぎるだろう」

「お願いこの子の具合が悪いの。屋根がある場所で休ませてあげたいの」


 必死に頼む声を無視するかのように同じ言葉を繰り返す門番達に避難民が押し寄せてくると、恐怖を感じた門番は武器を構えた。


「おい、これ以上揉めるのなら制圧するぞ」

「くっ。おい、皆、これ以上は拙い」



 町に入るのを諦めた避難民がこちらに戻って来ると、これからどうするか相談を始めた。


 突然、以西の地が最悪の魔女の領地となり、復讐に燃える獣人達が襲ってくるという噂が流れ、皆取る物も取り敢えずクマルヘムを捨てて東の王国領に逃げてきたのだ。


 やっとの思いでたどり着いたバンマールでの対応は、冷たいものだった。


 途中、厳しい峠越えでは力尽きた家族と今生の別れをしてきたというのに、その理不尽な対応に怒りさえ覚えていた。


 身分の高い者や金を持っている商人等は簡単に町に入る事が出来るのに、着の身着のままで逃げてきた平民はとても歓迎されているとは思えなかった。


 不満なら他の町に行けと言われても、此処までくるのに金も食料も使い果たした者達にはそれは死ねと言われたも同然なのだ。


「どうしてなんだ。同じ王国民じゃないか?」

「ここの領主様とセンディノ辺境伯様は仲が悪いのか?」

「食べ物くらい分けてくれてもいいじゃないか」


 男達が不満を口にしたが、そんな事を言っても仕方がない事は皆分かっていた。


「ここが駄目なら次の町は何処なのだ?」

「そうだなあ。これだけの人数を受け入れてもらえるとなると、ダズルの町かなあ?」


 それを聞いていた人達は俯くと「はあ」とため息をついた。


「また、何日も歩くのはとても無理だ」

「ああ、若くて元気のよい者でも持たないだろうな」

「なあ、街の人に袖の下を渡して身元保証をしてもらうのは?」

「止めとけ。金をとられて終わりだぞ。それにどうやって金を作るんだ?」

「だが、このままじゃ。俺達全員野垂れ死にだぞ?」


 皆の話を黙って聞いていたガビノも、同意するように口を開いた。


「俺は此処まで来るのに親父とお袋を見捨ててきたんだ。こんな所で諦める訳にはいかねえ」

「そうは言ってもよお、中には入れないし、ダズルの町に行くにも金も食い物もねえぞ」

「門番を押しのけて中に入るしかないか?」

「馬鹿、止めとけ。そんな事したら捕まるぞ」

「こうなったら牢の中でもいいじゃないか。少なくとも屋根のある場所で眠れるし、食い物ももらえるだろう?」


 ガビノがそう言うと、他の男が首を横に振った。


「止めとけ。奴隷にされて、鉱山で死ぬまで働かされるのがおちさ」


 そう窘められて、ガビノも恨めしそうな眼を門番に向けた。



 それからしばらくして城門から檻馬車と人相の悪い男達が出てきた。


 何をするのだろうと見ていると避難民が居る場所までやって来て、まるで何かを選別のように見回していたが、1人の若い女性の腕を掴んだ。


「きゃあ」


 腕を握られた女性が必死に抵抗すると、傍にいた家族らしき男性が人相の悪い男に掴みかかったので、周りの人達にも異変が起こった事が分かった。


 直ぐに数人の男達との間でもみ合いが始まると、人相の悪い男達は手に持った武器で避難民を殴ったのだ。


 すると誰かが「奴隷商人だ」と叫ぶと、周りは逃げ惑う人達や奴隷商人に歯向かう者達で大惨事になり、血を流した人たちが転がっていた。


 人々が血を流して呻いているのにも意に介さず、奴隷商人達は見定めた女達を次々と馬車に放り込んでいった。


 自分の娘や奥さんが連れて行かれそうになった男達も抵抗するのだが、武器を振り回され次々と昏倒されられていった。


 そんな中、ガビノの近くまでやって来た男が、娘の腕を掴んだのだ。


「おいセナイダを連れて行くな。止めろ」

「お父さん、助けて」


 ガビノは必死だった。


 クマルヘムから逃げてくる中、峠道で動けなくなった年老いた父親と母親を置いてきたのだ。


 それもこれも娘を連れて、無事王国領に逃げるためだったのだ。


 その娘を知らない連中に攫われては、両親にもあの世で合わせる顔が無いのだ。


 ガビノは娘の悲鳴を聞きながらなんとか助けようとしたが、男達の暴力に意識が飛びそうになっていた。


 城門や城壁の上には兵士たちが見ているが、誰も助ける為動いてくれる者はいなかった。


 ガビノは悔しくて、門番に向かって大声で叫んだ。


「何故だ。前の前でこんな不法行為が行われているのに助けてくれないんだ」


 だが、門番はじっと見ているだけで動こうとしなかった。


 それを見て奴隷商人達は、意地の悪い笑みを浮かべていた。


「馬鹿なのか? あいつらの任務は不審者を町に入れない事だ。町の外にいる連中を助ける事じゃない」


 ちくしょう、俺達は同じ王国民じゃないのか?


 ガビノは男達に打たれて体中が痛んだが、ここで倒れたら娘が助けられないとなんとか頑張っていたが、それももう限界と思えてきた時、西の方向から何か大きなものが近づいてくる地響きが聞こえてきた。


 これには流石の奴隷商人達も気になったようで、ガビノを殴る手を休めて西の方角を見ていた。


 姿が見えるほど近づいてきたそれは、大きな4本脚の魔物の群れだった。


 それを認識した門番は大慌てで城門を閉じようとし、奴隷商人達もガビノを殴るのを止めて町の中に逃げて行った。


 避難民も西からやって来る何かに恐れを感じて城門に向かったが、門番達に追い払われていた。


 無常に閉じられた城門の上には、城壁にそって弓兵がずらりと現れた。


 ガビノは手足がしびれて逃げる事が出来ず、自分の事を心配するセナイダに母親と一緒に逃げるように言ったが、娘は首を横に振っていた。


「お爺ちゃんとお祖母ちゃんとも別れてしまったのよ。これ以上離れ離れになるのは嫌」


 ガビノは娘のその叫びにもう逃げろとは言えなくなると、娘を抱きしめてこれから何が起こるのかと不安な気持ちで見守っていた。


 やがて地響きの大きさに比例するように魔物の姿が大きくなってくると、このままひき殺されるんじゃないかと恐怖が湧いた時、魔物の群れが急停止した。


 そして停止した魔物の上から誰かが降りてくるのが見えた。


 それはとても美しい顔立ちをした女性でガビノは一瞬見惚れてしまったが、直ぐに人ではありえない程長い耳と特徴的な赤い瞳を見て、体の奥底から湧き上がる恐怖にガタガタと震え出した。


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