10―10 パルラへの招待2日目2
同じマス目に入った駒同士がぶつかり合い盤外に出した方が勝ちというルールで、しかも落ちた駒も使えないと言うもはや将棋としての面影が殆どない状況で、1つだけ残った駒の移動先制限の中、俺は不利な戦いを強いられていた。
まあ、ルールは無茶苦茶だが、元々将棋を知らない人々は同じマス目に入った駒同士が互いにそのマスをかけた個人戦を展開するという方が見慣れた光景のようで、直ぐに受け入れてられていた。
そしてちらりと貴賓席を見ると、来賓の皆さんもオペラグラス型の遠見のマジック・アイテム片手に楽しそうに対戦を見ながら談笑していた。
観客席の見物人も既に次の対戦を予想したり、どちらが勝つかで即席の賭けまで始まっているようだった。
観客達が楽しんでいるので、ルールが違うなんて無粋な事を言うつもりはないんだ。
それにしても怪盗三色の1人である赤熊が、こちらが差し向ける駒をことごとく返り討ちにしていく姿には思わず感嘆の声を上げそうになっていた。
赤熊を捕まえたのはインジウムのはずだが、簡単に捕まえましたと言っていたので、これほど強いとは思わなかったよ。
赤熊のと金は、あの手足の動きを阻害する駒のコスプレを着こみながらも、既に動き方を学んで見事な攻撃を披露しているのだ。
それは赤熊の二つ名である剛腕が納得できる程だった。
あおいちゃんはこうなる事を見越して、勝てそうな駒ばかり動かしていた。
そして今不気味に正面から近づいてくるのが、バンビーナ・ブルコが扮した桂馬だった。
どう見てもあの業突く張りが戦いに長けているとは思えないのだが、異様な迫力を感じるのだ。
桂馬の高跳び歩の餌食という言葉もあるし、ここはオッピが扮した歩で仕留めに行くか。
「さあ、さあ、ユニス様の次の一手はぁ、8五歩でぇ、魔素水浴場のブルコ支配人に戦いを挑んだぁ。相手は酒場「エルフ耳」の常連客オッピさんだぞぅ。さあ、戦いはどちらが勝つのでしょうかぁ・・・おや?」
ルーチェの言葉に盤上を見ると、ブルコとオッピが何か小声で話していた。
何をしているのかと見ていると、ブルコがオッピに何かを握らせていた。
オッピは右手の中のそれを確かめると、笑みを浮かべて自分から盤外に飛び降りていった。
え、何が起こった?
だが、それはルーチェの解説で直ぐに分かった。
「ああっとぉ、これは、ブルコさん得意の買収だぁ。どうやらオッピさんは酒代欲しさに負けたようです。本当にぶれない人ですねぇ」
それに答えるように観客席から大声が飛んだ。
「おいオッピ、お前とんでもないな」
「次はオッピのおごりだぁ」
「「「わははは」」」
あおいちゃんは俺の方を見てニンマリし、ブルコも悪い笑みを浮かべていた。
おい、それでいいのか?
くそっ、あおいちゃん、いつの間に町の住民の性格を掴んだんだ?
あおいちゃんの次の1手は、ブルコをこちらの陣地に突入させるものだった。
「アオイ様の次の手はぁ、7七桂成だぁ」
あ、拙い。
ブルコは畳んでいたマントを広げて身に着け得意そうな顔でふんぞり返ると、まさに成金おばさんといった風体になっていた。
まさかあのばあさん、ドーマー辺境伯に雇われていた頃に戻っているんじゃないだろうな。
「さぁ、女王駒への王手となっておりますぅ。ユニス様の次の手はぁ?」
ええっと、ブルコを抑える事ができる位置にいるのは、ビルギットさんの桂馬とジゼルの金のどちらかだな。
「ユニス様の次の手はぁ、ビルギットさんの桂馬を7七金でブルコさんに戦いを仕掛けたぞぅ。でも、でも、大丈夫でしょうかぁ」
え、大丈夫?
あ、ビルギットさんは・・・
俺が見ていると、腕を組み上から目線になったブルコが烈火のごとき権幕でビルギットさんにまくし立てていた。
「なんだい、ビルギット。私に盾突こうとでもいうのかい」
「あ、えっと、その」
「私が誰か言ってみな?」
「え、あの、お母さま・・・です」
その言葉にブルコがにやりと口角を上げた。
「分かっているじゃないかビルギット、盤外に出な」
「あ、はい、お母さま」
ビルギットさんはブルコに命じられるまま、まるで糸で操られてでもいるかのように盤外にぴょんと飛び出していた。
「あ」
そうだった。ビルギットさんは元々ブルコが経営していた娼館の従業員だ。
娼館の経営者に戻ったようなブルコに睨まれたら、平伏してしまうよな。
気が付くと俺の周りには「金」のジゼルと「銀」のベインだけとなり、その外側にはと金となった赤熊が虎視眈々と俺を狙っていた。
だが、その前に王手となっているブルコが俺かジゼルを狙ってくるな。
ジゼルを狙われた場合、先ほどのビルギットさんの例を見れば、あの威圧で盤外にされてしまいそうだ。
あおいちゃんの次の手は、8八桂成で俺の隣のマスに移動してきた。
本来なら角が効いているので、逃げの一手だが、今のルールなら盤外に出してしまえばいいのだ。
「おおっとぉ、ユニス様の女王駒を囲みに来たようだぁ。さあ、ユニス様、どうするぅ?」
当然、敵駒は排除だ。
「ああ、ユニス様の女王駒が動いたぁ。仕掛けた先は当然ブルコさんだぁ」
その声で俺は、大急ぎで盤上に降りると王の駒のコスプレを着こんだ。
本来であれば俺の駒には「王将」または「玉将」と書かれている筈なのだが、何故か書いてあるのは「女王」だった。
ジュビエーヌが機嫌を悪くするかもしれないが、その時は、公国が女王の国だからそれに敬意を表したと言っておけばいいだろう。
「バンビーナ・ブルコ、さあ、勝負よ」
「ちょっとお待ち。私の仕事はここまでさね」
そう言うと自分から盤外に飛び出した。
実にあっけなかったが、ブルコの言った意味は直ぐに分かった。
それというのも俺の駒がいる8八のマスに、敵陣から「角」の駒が飛び込んできたからだ。
その駒に扮していたのはタスカ学校長だった。
「え、なんで学校長が参加しているのですか?」
「いや、なに、楽しそうだったので、アオイさんに頼んだのじゃよ」
「ガーネット卿、儂と接吻を交わそうじゃないか」
まったく関わり合いになりたくないが、王手になっている以上対処しないわけにはいかなかった。
「さあ、次の戦いはユニス様とぉ、昨日のレースで決勝まで残った来賓の1人、タスカ学校長だぁ。昨日のレースが準優勝するほどの実力者ですぅ。昨日の疲れが残っていなければ、面白い勝負になるかもしれませんよぅ」
ルーチェの実況を聞きながら、俺はタスカ学校長と戦う事になった。
「おお、ガーネット卿、やっと、儂の元に来てくれたのじゃな」
「いや、別に嫁に来たわけじゃありません。とっとと追い出して差し上げますわ」
「いやいや、そう簡単にはいきませんぞ。せっかくの逢引、少しでも長く添い遂げようぞ」
この爺さん、やる気だ。
「いえいえ、ぱっぱと仕留めて差し上げますよ」
するとタスカ学校長の前に青色の魔法陣が現れた。
「接着」
タスカ学校長が魔法を唱えると、俺の王駒に角駒がぴったりとくっついた。
「ほっほっほっ、これでもう離れませんぞ」
くそ、ゴーレム馬にくっ付いてた魔法はこれか。
魔法で両者の駒が張り付いたおかげで自由に動かせるようになった手足を使って、タスカ学校長は自分の顔を俺の顔に近づけてきた。
「ほっほっほっ、ガーネット卿は良い匂いがするのう。スーハー、スーハー」
おい、こら、匂いを嗅ぐな。
「さあ、ガーネット卿、儂と熱い接吻を」
「結構です」
俺は抱き着いているタスカ学校長がキスをしてこようとしているのを何とかのがれながら、盤の端まで移動してきた。
後は、このスケベ爺さんを盤外に放り出せばおしまいだ。
「いい加減、離れてくれませんかね」
「嫌じゃ、嫌じゃ、支払った金貨分の報酬を貰うまでは、絶対に離れんぞぅ」
こいついったい誰と何の約束をしたんだ?
盤の端でくっ付いている学校長を引き剥がそうとしたが、ぴったり張り付いたまま、まったく動かなかった。
力任せでは全く駄目か。それなら魔法を使うしかない。
俺はタスカ学校長を触ると、重力制御魔法で重さを増していった。
タスカ学校長を徐々に重くしていくと、ぴったり張り付いている俺の方にもかなりの重さが加わってきた。
それを何とか踏ん張りながら重くしていくと、ようやくずるずると動き出した。
「そろそろ落ちでもらいましょうか?」
「なら、一緒に落ちるところまで落ちましょうぞ」
「いえいえ、落ちるのはお1人でお願いしますね」
重力魔法を強めていくとじりじりと接着部が下にずれてきたが、こちらにかかる重力もかなりのものになっていた。
うう、これはかなりキツイな。
この重さで落としたら怪我をしそうだ。
なんとか、地面に接触する前に重さを元に戻さないとな。
「さあ、往生の時間ですよ」
そろそろ盤外に落としてやろうと更に重さを増していくと、学校長が離れるよりも早く足元が崩壊した。
「うわっ」
どうやら俺にかかる重力に盤が耐えられなかったようだ。
落下する時タスカ学校長が下敷きになる態勢だった。
拙い、このままでは事故が起こってしまう。
俺は何とか体を回転させながら重力制御魔法で瞬時に重さを0近くまでなんとか持って行く事ができたようだ。
そのタイミングでタスカ学校長も魔法を解除したようで、「ポン」という軽い音とともに接着が解除されると、軽くなったタスカ学校長の体がはじけ飛んでいた。
そして飛んでいった先は・・・
「ああっと、ユニス様が盤外だぁ。そして・・・タスカ学校長が盤上に戻ってきたぞぅ。と、いう事は、勝負ありだぁ。アオイ様の勝ちですぅ。な、なんとぉ、ユニス様の女王駒を取ったのは、タスカ学校長の角駒でしたぁ」
「「「あああ」」」
俺はクッションの上であおむけになりながら、なんとか怪我人を出さずに終わった事にほっとしていた。
ゲームには負けてしまったが、観客達が喜んでくれたのなら娯楽としては成功だろう。
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