10―5 パルラへの招待1日目2
俺は公爵が怒っているのかと振り返ると、意外と楽しそうな顔をしていた。
「成程、これは確かに趣向を凝らしたもてなしですな。気に入りましたぞ」
え、いや、違うんだが。
「そうじゃなあ。こんな楽しい見世物を用意してくれるなんて、流石はガーネット卿ですじゃ」
今度はタスカ学校長が相槌を打っていた。
いや、これから訂正させるんですが?
「これだけ宣伝したら選手もさぞやる気を出すでしょうな。きっとすごいレースが期待できますぞ」
「おお、そうじゃな。これは儂も大枚を賭けなければなりませんな」
拙い、あの2人がすっかりその気だ。
そして俺が訂正する間もないうちに、会場ではルーチェの実況が始まってしまった。
「それでは最初の2頭を紹介しますぅ。1番はぁ、この町の食糧生産の責任者ウジェさんでぇす。土弄りにかけては右に出る者は居ない逸材ですが、馬も矢もさっぱりで、がっかりな人ですぅ。2番はぁ、酒場エルフ耳の常連客バーニグさんでぇす。酒が人生というつわものです。酔っぱらっていなければ意外と馬は乗れるようですが、今素面かどうかは神のみぞ知るですぅ」
何とも酷い紹介だなあ。これじゃ選手も浮かばれん。
「おおっと、ここでバーニグさんが高らかに勝利宣言をしておりますぅ。大きく拳を振り上げてユニス様の祝福のキスは俺の物だと言っています。気合十分のようですねぇ。あれだけ豪胆だと酒が入っている疑惑がぁ」
あっ、ちょっと待って。
だが、俺の願いもむなしく会場からは大ブーイングが起こっていた。
するとジュビエーヌがそっと俺の傍にやって来ると小声で話しかけてきた。
「ユニス、未婚の女性がそんなはしたない真似をしたら、貴族達の間で噂になってしまうわよ」
そんな事言ったって、俺だって今知らされたんだよ。
それにここまで盛り上がってしまったら、今更手違いですとはとても言えない。
仕方がない、ここはもう諦めるか。
俺は目頭を押さえて何とか落ち着くと、それを肯定した。
「大丈夫ですよ。寿命が違いますから、噂もそのうち消えるでしょう」
俺がそう言うと、ジュビエーヌは呆れた顔をしていた。
いたたまれなくなった俺は、貴賓席の全員に遠見のマジック・アイテムを渡して先の事をごまかそうとすると、ルーチェの声が再び聞こえてきた。
「さあ、準備が整ったようです。では第1レース開始でぇす」
ルーチェがホイッスルを吹くと、2頭のゴーレム馬が同時に走り出した。
そしてコースの1/4周したところで、最初の障害に到達していた。
「さあ、2頭ともほぼ並んで最初の障害にやってきましたぁ。最初の障害はゴーレム馬にとっては簡単な障害ですが、無事越えられるかぁ」
そしてゴーレム馬が同時にぴょんと飛ぶと、観客席から一斉に応援ではなく足を引っ張る声が上がった。
「「「落ちろ~」」」
「おお~とぉ、観客席からは盛大な落ちろコールだぁぁ、そして2頭は・・・ああ、無事に障害を飛び越えましたぁ」
今度は観客席から、「あああ」という落胆の声が聞こえてきた。
どうやら皆、落馬するのを期待しているようだ。
ウジェとバーニグの馬が1つ目の障害を無事越えると、次はもっとえげつない障害が待っているのだ。
ベイン達が作ったそれは飛び越えた先に深い水たまりがあるのだ。
ゴーレム馬が勢い込んでその水たまりに落ちると急制動がかかるので、騎乗している選手は踏ん張っていないと吹っ飛ばされるのだ。
2頭のゴーレム馬がその2つ目の障害を飛ぶと、そのタイミングで観衆から再び落ちろコールが上がった。
そして2頭が着地すると、ゴーレム馬に急制動がかかった。
「ああっと、1番、2番とも落馬だぁ~」
「「「やったぁ~」」」
観客席からは大歓声が起った。
落馬した2人にはジゼル率いる救護班が駆け付けて、その場で怪我の状況を確かめられた。
まあ、実際はあおいちゃんが運営委員に化けて事前に魔力障壁の魔法をかけているので、怪我はしないはずなんだけどね。
そして怪我の確認が終わると、片手を上げて問題ない事を知らせてきた。
確認して問題があった場合は、俺が駆けつける事になっているのだ。
せっかくの娯楽も、事故があったら興ざめになってしまうからね。
すると、それを見ていたタスカ学校長が話しかけてきた。
「のうガーネット卿、儂も参加させてくれんかの?」
「え?」
「的は魔法で打ち抜いても良いんじゃろう?」
俺が驚いて顔を向けると、今度は公爵から声をかけられた。
「戦場での模擬戦と言われては黙っていられませんな。公爵軍の練度の高さを、是非ガーネット卿にも見てもらおうではないか。よろしいな、ガーネット卿」
ええ、なんでそうなるの。
「なあ、良いじゃろう? ガーネット卿」
「ガーネット卿、今日は我らの接待なのだから、多少の融通は通してくれても良いのではないか?」
くっ、公爵め、それを言うか。
「分かりました。それではエントリーしましょう。ですが、タスカ学校長は馬に乗れるのですか?」
「なあに、昔取った杵柄じゃよ」
「年寄りの冷や水では?」
「ほっほっほっ、馬鹿にしていられるのも今のうちじゃぞ。そうじゃ、儂への祝福のキスは、赤色の口紅を付けてバッチリ色が付くように頼むぞい」
なんだ、この自信満々な態度は?
まさか何か秘策でもあるのか?
そして予定していた参加者のレースが終わると、今度は飛び入り組のレースとなった。
「え~っとぉ、当初の出走はこれで終了したんですけどぉ、特別参加者が現れたのでぇ、レースを続けますぅ」
さて、学校長がどこまでやれるのか見てやるか。
「11番はぁ、エリアル魔法学校でなんと学校長をされているタスカさんでぇす。お爺ちゃんなのに腰は大丈夫でしょうかぁ。そして12番はぁ、現役の公爵軍の将軍さんでぇす。え、これ読むんですかぁ。ユニス様ぁ、不敬罪とか言われたら助けて下さいよぅ。良い体格ですが、総身に知恵が回りかねにならないと良いんですけどねぇ」
ルーチェの解説に観客達からどっと笑い声が起こった。
それを聞いたティランティ将軍が、貴賓席を睨みつけていた。
いやいや、俺が言わせてる訳じゃないぞ。
「ガーネット卿」
ぎくっ
俺は声をかけられた公爵を恐る恐る見たが、そこに怒気は無かった。
「なかなか愉快そうじゃないか」
少なくとも公爵は気にしていないようだ。
そしてレースは1つ目の障害を飛び越え、2つ目の障害の手前までやって来ていた。
「さあ、2頭ともほぼ同時に2つ目の障害にやってきましたぁ」
すると観衆から一斉に落ちろコールが上がった。
ティランティ将軍のゴーレム馬は障害を飛び越えた後水たまりに着地し急制動がかかったが、それを太ももの力で踏ん張ってこらえていた。
そして不思議だったのがタスカ学校長だ。
ゴーレム馬の上に胡坐をかいているのに、まるで張り付いているみたいに動かないのだ。
するとジュビエーヌがこっそり耳打ちしてくれた。
「学校長は、魔法であのゴーレム馬に張り付いているのよ」
なんだってぇ。
それじゃあ、障害なんて意味ないんじゃないのか?
ああ、だから馬鹿にしていられるのも今のうちだと言ったのか。
「さてさて、3つの的の場所まで来ましたぁ、12番は慣れた手つきで弓を構えると矢を放ったぁ。続いて11番は弓を持っていないぞぉ、と思ったら魔法だぁ」
観客達からは「外せ~」の大合唱があったが、的を全て叩き落していた。
2頭は観衆の落胆の声の中、突き進んでいた。
「招待客さん達順調ですぅ。最後の障害である悪路にやってきましたぁ」
ゴーレム馬が悪路に入ると上下左右に揺さぶられるから、しっかりつかまっていないと落馬するんだよ。
「さあ、各馬悪路にやってきましたぁ。ゴーレム馬が上下左右に揺さぶられるぞぉ」
ルーチェのその声に合わせて、観衆から再び落ちろコールが巻き起こった。
だが、観客の願いもむなしく2人は無事ゴールに達していた。
そして馬上のタスカ学校長は、貴賓席の方を見て投げキスをしてきた。
それは祝福のキスは俺の物だと言っているようで、俺は鳥肌がたった。
拙い。このままだと本当に優勝してしまうぞ。
俺が焦りだした所で、ルーチェが意外な事を言っていた。
「さあ、これが本当の最後の組ですぅ。13番は白い毛並みがきれいな白猫さんと14番は救護班のジゼルさんだぁ。おおっと、2人の女性選手の登場に、観客から大声援が送られているぞぉ」
え、なんでジゼルが出てるの?
貴賓席から見えるジゼルは、ゴーレム馬にまたがり観衆に手を振っていた。
まさか、ルーチェが言っていた祝福のキスのせいか?
それと白猫は追跡していた時感じたとおり運動神経が良く、ゴーレム馬も簡単に乗りこなしていた。
ひょっとして、あのタスカ学校長に勝ってくれるかもしれないぞ。
そして2頭が出走すると、2つ目の障害を着地した時ジゼルの体が揺れた。
「あぶない」
思わずそう言ってしまうと、ジュビエーヌが心配そうな顔で俺を見てきた。
くそっ、ジゼルが心配で仕方がない。
あおいちゃんが魔力障壁の魔法をかけてくれているので、落馬しても怪我はしないはずだがとても不安だ。
俺の為に無理してないといいんだが。
翻って白猫の方は、軽業師かと思うほど巧みにゴーレム馬に乗っていた。
2人は障害を越え、的を撃ち落とし悪路までやって来ていた。
ジゼルは揺れるゴーレム馬の背中に必死にしがみついていたが、次の瞬間馬から転げ落ちていた。
「あ」
俺は貴賓室から出ると空を飛び、真っ先にジゼルの元に向かった。
ジゼルは埃まみれになっていたが、意識はあるようだった。
俺はジゼルを抱き寄せると直ぐに治癒魔法をかけ、それから洗浄と乾燥の魔法で綺麗にしてあげた。
「あはは、失敗しちゃった。ユニスが困っていると思ったから、何とかしようと思ったんだけど。ごめんね」
「無理しなくて良かったのに」
「大丈夫よ。あおいさんが保護の魔法をかけてくれたから」
「それでも、いや、ありがとうね」
「うん」
俺はジゼルを起き上がらせると、念のため医療班に任せる事にした。
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