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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
272/417

10―3 暴発する酔客2

 

 酒場「エルフ耳」の指定席に座ったオッピは、ここに座るまでの経緯を思い出していた。


 宿屋の仕事を終えて家路につくオッピの元に、飲み仲間のバーニグが駆け寄ってきたのだ。


「おーい、バーニグ、どうしたんだ。そんなに慌てて?」

「オッピ、耳よりの話があるんだ」


 オッピはバーニグに誘われて、最近良く来るようになった魔素水浴場1階の軽食コーナーに来ていた。


「それで耳よりの話ってなんだ?」


 するとバーニグが周りを見回してから、顔を近づけてきた。


「ここだけの話なんだが」

「うん」


 オッピはごくりと唾を飲み込むと、バーニグの内緒話に応じて顔を近づけた。


 バーニグの話す内容は、ユニス様があのご神体ともいうべき制服甲型を着て目の前を歩いてくださるという見逃せないものだった。


「おい、おい、おい、バーニグさんや、それは本当か?」

「ああ、エルフ耳の店主から聞いた話だ」

「それでどうやったら参加できるんだ?」


 興奮したオッピはバーニグの詰襟を締め上げていた。


「おい、オッピ落ち着けって、何でも、指定席とかいう席の料金を払えば良いらしいぞ」

「よし、店主を脅しても手に入れようぜ」

「ああ、勿論だ」


 オッピとバーニグは、エルフ耳の常連客という立場を利用して、店長のカストと裏取引をして指定席をもぎ取った。


 オッピは、バーニグと手のひらを合わせて勝利をたたえあったのだ。



 そして大枚はたいて手に入れた指定席は、ユニス様が歩くというキャットウォークの目の前だった。


 オッピはテーブルに置かれた白ビールをちびちびやりながら、酒場「エルフ耳」に飾ってあるあの制服甲型という名のご神体をユニス様が身にまとい給仕をしてくださった時の事を思い出していた。


 そして今日、そのご神体を再び身にまとって下さるのだ。


 こんなうれしい事はない。


 そして期待に胸を膨らませて待つ事数刻、ようやくユニス様があのご神体を纏った姿で現れたのだ。


 その薄い生地は体の線をくっきりと際立たせ、見る者の目を楽しませていた。


 俺達と同じく過酷な指定席争奪戦を勝ち抜いた猛者達も、その姿を見て感嘆の声を漏らしていた。


 この町をドーマー辺境伯が支配していた頃、目撃したエルフは確かに美形だったがその体つきはがっかりするものだった。


 だが、ユニス様は違う。


 ご神体を身にまとったそのお姿は、ボンキュッボンの綺麗な曲線を描いているのだ。


 その姿を見たオッピは、夢じゃないかと頬をつねっていた。


 痛い、現実だ。


 普段パルラで見かけるお姿もなかなか色っぽいのだが、あのご神体を纏うとそれは至高なものに変わるのだ。



 片手にショットグラスを置いた銀皿を持ち背筋をピンと伸ばした姿はとても映えていて、歩く度に僅かに揺れる胸のふくらみや左右に揺れる尻についつい見とれていた。


 そして思わずごくりと生唾を飲み込むと、目の前に置いてある白ビールを一気に飲み干した。


 ちくしょう、この満足感は何物にも代えがたいぜ。


 この場所に来られなかった連中の悔しがる顔を思い浮かべると、べらぼうに高かった指定席代も安く感じられた。


 オッピはユニス様が目の前を歩く姿を食い入るように見つめながら、テーブルの上に置かれた酒を一気に飲み干した。


 そしてもう何杯目か分からなくなってきた頃、目の前を歩くお姿がなかなか見られない事に気が付いた。


 そして特別テーブルを見ると3人の男達の酒を飲むペースが明らかに遅くなり、それをじっと見守るユニス様のお姿があった。


 それに怒ったオッピは、3人の男達に罵声を浴びせた。


「おい、早く飲め。こっちは高い金払ってんだぞ」


 それは指定席を高額で購入した他の客も同じ思いだったようで、一気に罵声が膨れ上がった。


「そうだ、そうだ。とっとと飲め」

「もっと楽しませろ」


 酔客達の圧力に屈したのか、3人の男達は慌ててグラスを空にしていた。


 ショーはあの3人が酔い潰れるまで続いた。


 オッピ達勝ち組の酔客は、その間至福の時を過ごすのだった。


 +++++


 俺がショットグラスに入った酒を運んで大分経ったころ、最初に潰れたのはオーバンだった。


 なんだかもごもごとお礼の言葉を口にすると、椅子からずり落ちて倒れたのだ。


 俺が助け起こそうとすると、カウンターから店長がやって来て店の奥で休ませますといってオーバンを担いでいった。


 そして次に潰れたのがガスバルだった。


 ガスバルは、何故か敬礼しながら椅子からずり落ちて行った。


 最後に残ったベルグランドもそれから何杯か飲んでいたが、とても満足した顔で俺の顔を見てからテーブルに突っ伏した。


 オーバン達3人が酔い潰れて約束が履行されると、俺はジゼルに声をかけて帰ることにした。


「ジゼルそれじゃ私達も帰って休みましょう」

「そうね。ユニス、お疲れ様」


 最後のキャットウォークを歩きながら、俺達は店の席で飲食を楽しんでいる客達に手を振って最後の挨拶をした。


「私達はこれで失礼するわ。皆さんはこの後も楽しんでね」

「酒場のみなさん、お疲れ様」


 すると目の前のテーブル席に座っていた客が声をかけてきた。


 確かこの店の常連客だと店長が言っていた1人だ。


「ユニス様、今日は楽しい酒が飲めました。本当にありがとうございます」


 それを皮切りに、他の客達からも次々と声をかけられた。


「ユニス様、またお願いします」

「ユニス様、今日は楽しかったです」

「ジゼル殿、お疲れ様です」


 俺とジゼルが更衣室で着替えを終えると、扉にノックの音があった。


「ユニス様、ジゼル殿、着替えはお済ですか?」

「ええ、終わったわよ」

「それじゃ、何時ものように後始末はこちらでしておきます」


 カストは、また俺がバニースーツに洗浄をかけないかと心配しているようだ。


 本当は洗浄をしたいのだが、それをするとまためんどくさい事になりそうなので大人しく渡すことにした。


「ええ、大丈夫よ。ちゃんと渡すから」

「ああ、ありがとうございます」

「ふふ、ユニスも大変ね」


 事情を知っているジゼルが労いの言葉をかけてくれた。


 ジゼルさん、これも領地経営を円満に行うための小さな犠牲なのさ。


 更衣室から出ると、心配そうな顔で待っていたカストに脱いだバニースーツを渡した。


 カストはとても嬉しそうな顔で、恭しくそれを受け取っていた。


 +++++


 酒場「エルフ耳」の店長カストは、ハンガーにかけたユニス様が身に着けていた制服甲型にブラシをかけていると、洗い物を終えた従業員が声をかけてきた。


「店長、洗い物終わりましたぁ。あ、それって」

「これか、ああ、ユニス様が着用していた制服だ」

「あれ、こっちにもありますけど?」


 従業員の娘がもう1着、ハンガーに同じ制服がかかっているのを目ざとく見つけていた。


「ああ、それは前に着てもらった時の物だな」

「え、新しい制服を渡したのですか?」

「勿論だよ。これで2着になったんだ。来店客も喜んでくれるだろう。店に売り上げもあがるというものだ。わはは」


 それを聞いた従業員は、上機嫌の店長に給金のアップを願い出た。


「店長、私の給金もあがりますね?」

「あははは、あ? え? なんで?」

「だって、こんなに儲かっているじゃないですか」


 そう言って、テーブルの上に積みあがった本日の売上金を指さした。


「そうだな。ちょっとだけ考えておこう」

「えー、それじゃあ、この事をユニス様に」

「ちょ、ちょっと待て、うっ、仕方がない、一時金を出そう」

「やったぁ」

「その代わりに、この事は黙っているんだぞ」

「はい、勿論ですぅ」


 従業員は心の中でユニス様に感謝の言葉を言いながら、一時金を貰ったら何を買おうか考えていた。


いいね、ありがとうございます。


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