10―1 賓客歓迎準備
俺の前に跪く3人の怪盗達にとりあえず馬車に同乗させると、そのまま上空に舞い上がった。
王城のテラスでは、王女様とチュイが別れを惜しむように手を振ってくれていた。
俺は2人に手を振り返すと、パルラを目指して東に進路を取った。
馬車が空を飛んだ事に驚いた3人の怪盗達も次第に慣れたようで、今は空の旅を楽しんでいるようだ。
俺が3人を観察していると、オーバンが話しかけてきた。
「ユニス様、王家との話の流れだと新しく出来る魔女領の視察に行くのかと思っておりましたが、何故パルラに帰るのですか?」
「ああ、それはね、大公陛下とオルランディ公爵をパルラに迎える頃合いなのよ」
「ああ、ジゼル殿の」
「そう」
ジゼルを助けに行く時に便宜を図ってもらったからな。
お礼は当然しなければならないが、これ以上待たせるとあの気難しそうな老人がへそを曲げそうな気がしていた。
頑固な老人に根に持たれると碌なことはないからな。
ジゼルはそれが自分のせいだと気が付いたのか、うつむいてしまった。
俺は大したことではないと知らせる為、丸くなったジゼルの背中を優しく撫でた。
「ところでベルグランド」
「はい?」
ベルグランドはきょとんとした表情で俺を見返してきた。
こいつは、声をかけられた意味を理解していないのか?
「何故、貴方がこの馬車に乗っているのです?」
「え、女ボス、それは酷いじゃないですか。一応女ボスに雇われていますよ」
ああ、そうか。一応俺が雇った事になっているんだったな。
「王女様の元に帰らないの?」
「私が居なかったら、誰がドックネケル山脈西側の道案内をするんです?」
うっ、そう言われると返す言葉がないな。
「分かりました。それでは引き続きよろしくお願いします」
俺がそう言うとベルグランドは、何故かガスバルの方を見てお互い笑みを交わしていた。
+++++
王城トリシューラのテラスでガーネット卿の馬車が去っていくのを見送っていたリリアーヌは、同じく見送りに出ていたカリスト兄さまに話しかけた。
「ガーネット様は、カリスト兄さまの事を親しげにチュイと呼ばれますね」
「ん、ああ、それは、僕が獣人達と一緒に居た時にそう名乗っていたからだよ」
「では、正体が判明した今でも、そう呼ばれているのは何故なのでしょうか?」
カリスト兄さまは、ガーネット様が去っていった方角を見ながら答えてきた。
「そうだなあ。多分、ユニス殿にとって人間の身分なんて何の価値観も無いと思っているからじゃないかな?」
「それはおかしいですわ。それなら何故公国で辺境伯になっているのです? それに私には、敬意を持って対応してくださいますよ」
リリアーヌの指摘に、カリスト兄さまはちょっと笑みを浮かべていた。
「僕の扱いがぞんざいなのは、最初に会った時が敵同士だったからだと思うよ。リリの時は最初から王女様として会いに来ていたからね」
「カリスト兄さまは、ガーネット様の事をどう思っているのですか?」
「あははは、急にどうしたんだい?」
「笑いごとではありません。カリスト兄さまは、あの方を他の誰かに取られても良いのですか?」
「え?」
リリアーヌはとぼけた表情をする兄に、事の重要性を分からせることにした。
「公国のロヴァル大公はガーネット様の価値を理解なされています。その証拠に辺境伯という好待遇で自分の手元に置かれていますよね。あのお方がお味方になれば、強大な軍事力が手に入るのですよ。それにカリスト兄さまも、あのお方が傍に居れば好きなだけ食事ができるのです。王家にとって山のようなメリットがあり、デメリットはほとんどないではありませんか。何故もっと積極的にアプローチなさらないのですか?」
「え、だって、人間じゃないし・・・」
「そんな小さい事はどうでも良いのです。私が男性でしたら、絶対にほっておきませんわよ」
リリアーヌがそう断言すると、カルスト兄さまは突然豹変した妹にどう対処したらよいか分からず戸惑っているようだった。
「え、ちょ、リリ?」
「私は1人で政務を執り行っていた時、自分がいかに無力か痛感いたしました。自分の利益ばかり主張し、美麗字句を並べて煙に巻く貴族達を相手にして思ったものです。この無礼者達を黙らせる力が欲しいと。そして今日分かりました。そんなものは、あの方がいれば簡単に手に入るのだと。こちらから正式に婚姻を申し込んでも、ロヴァル大公が握り潰すでしょう。ですが、ガーネット様がそれを望めば、誰もそれを拒めないのです」
「え、でも」
それでも戸惑うカリスト兄さまに、もう一押しすることにした。
「もう、あの妖精種特有の美しさ、しかもあの豊満な肉体の何処に不満があるのです? 私はあのお方をユニスお姉さまと呼べる日を待ち焦がれているのです」
それに慌てたのはチュイの方だった。
「ちょ、ユニス殿は最低でも7百歳だぞ。けっしてお姉さまって年じゃないと思うんだが?」
「もう、カリスト兄さまは本当に些細な事にこだわるのですね」
「いや、決して些細な事ではないと思うよ」
+++++
上空の雲の隙間からパルラの町が見えてきた。
街を見てほっとするのは、自分でもこの町が第2の故郷と思っているようだ。
「オーバン、パルラに着いたら大公陛下とオルランディ公爵を歓迎する準備をするから、主だった者達に声をかけてきて」
「はい、分かりました」
それから俺はジュビエーヌとオルランディ公爵の事を聞くため、あおいちゃんに館で会いたいと連絡蝶を送った。
俺達の乗せた馬車がパルラの上空に到着すると、そこで滞空し、ゆっくりと降りて行った。
館の前に着陸すると、そこには何時も留守番をお願いする頼りになるお姉さん兎獣人のビルギットさんが待っていた。
「おかえりなさいませ、ユニス様」
「ビルギットさん、留守番ご苦労様です」
俺が労を労うと、途端にビルギットさんの顔色が曇ったので、なんだか嫌な予感がした。
するとビルギットさんの口から留守中にジュビエーヌ大公やオルランディ公爵から矢のような催促が何度も来た事と、その返事にどれだけ苦労したかという話がマシンガンのように噴出した。
いやあ、これは機嫌を取るのが大変そうだな。
そしてしばらくビルギットさんの小言を聞いていると、ようやく俺の傍に初顔の人物がいる事に気が付いたようだ。
「ところで、そちらの方達は?」
ビルギットさんがそう尋ねてきたので、この場を逃げる妙案を思いついた。
「パルラの新しい仲間です。長旅で疲れているでしょうから、この3人に部屋をあてがってもらえますか?」
「あ、はい、分かりました」
ビルギットさんは直ぐ仕事モードになって、頭の中で空いている部屋を考えているようだった。
前にも移住者を連れてきた事があるので、もう慣れっこって感じだな。
それから館の食堂に移って、オーバンが集めてくれたメンバーとチェチーリアさんが作ってくれた料理を食べながら相談を始めた。
集まっているのは町の会計を預かる元賭場の会計係であるビアッジョ・アマディ、町の清掃から道具製作まで器用にこなす猫獣人のベイン、パルラの食糧生産担当の犬獣人のウジェ、魔素水浴場の経営者でいつの間にかプールバーの経営も担当していたバンビーナ・ブルコ、七色の孔雀亭の従業員ジルド・ガンドルフィ、警備担当としてオーバンそして今回の招待客を良く知っているあおいちゃんだ。
「あおいちゃん、オルランディ公爵が喜びそうな娯楽が何か教えて」
「そうねえ、公爵は勝負事が大好きね。いくつになっても燃えるらしいわよ」
勝負事と聞いて、直ぐビアッジョの顔を見た。
この男はドーマー辺境伯が経営する賭場の会計係だったのだ。
「ビアッジョ、賭場の1階は競技コースになっているわね?」
「ええ、そうですね」
よし、それならちょっと競技を考えてみるか。
「ベイン、コース造成に協力してほしいんだけど、人数を集められる?」
「はい、問題ありません」
2人に聞いたところで、あおいちゃんが怪訝そうな顔で声をかけてきた。
「何をしようというの?」
「こっちの人は戦場で馬に乗って障害物を飛び越えるとか、敵兵に馬上から矢を射かけるとかは理解できるだろう?」
するとあおいちゃんは、その光景を頭に思い描いているようだった。
「・・・確かに、そうね」
「そういった見世物を用意すれば公爵は喜びそうだよね? 古代ローマだってコロッセオで海戦を見世物にしていただろう。後はジュビエーヌだけど」
「ああ、あの娘も意外と勝負事が好きだと思うわよ」
そこで何が良いか考えてみると、ふっと頭に浮かんだものがあった。
「ああ、それなら人間将棋みたいなのはどう? 駒役には全員駒のコスプレをさせれば見やすいだろう。一応差し手は俺とあおいちゃんという事で」
「う~ん、私もあまり将棋のルールって詳しくないんだよねぇ」
「大丈夫。俺もそうだから。要は招待客が楽しんでくれればいいだけだからさ」
「ふふん、招待客が楽しめればいいのね」
そう言ったあおいちゃんの顔には、なにやら悪い笑みを浮かべていた。
「それとガンドルフィさん、この国の重要人物が来訪するので七色の孔雀亭を使いたいのですが、受け入れは可能ですか?」
「はい、重要人物となると離れの高級別荘になると思いますので、きちんと整備しておきます」
「よろしくお願いね。それとブルコさん」
「ああ、大丈夫。しっかり搾り取ってやるさね。ウヒヒ」
既にブルコは、VIPからどれだけふんだくれるか頭の中で計算しているらしい。
まあ、ブルコなら任せておいても大丈夫だろう。
そしてウジェに食料の生産、オーバンに警備体制、ビアッジョ・アマディには運転資金の工面を依頼して解散となった。
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