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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第9章 亡国の遺産
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9―38 帝都壊滅の理由

 

 王城のテラスからその状況を見ていたリリアーヌは、王城上空を中心に広がっていく赤色の魔法陣を見つめて小さく「あ」と声を上げていた。


 それは御伽噺の本に挿絵として描かれていた、帝都キュレーネの最後の姿そのままだったからだ。


 挿絵ではあの魔法陣から火の雨が降り注ぎ、住民毎帝都を丸焼きにしたのだ。


 すると、もしかして、ガーネット様がおっしゃった救いとは、まさか。


 リリアーヌはその恐ろしい考えにとらわれたことで、自分の体が小刻みに震えているのに気が付いた。


 リリアーヌは、ガーネット様が残していった従者達を見た。


 彼らは上空に映し出された魔法陣を見ても怯える事も無く、どちらかというと恍惚といった表現がぴったりな顔をしていた。


 彼らが何を考えているのか分からず、お父様とカリスト兄さまの顔を見た。


 2人とも目を大きく見開いて、じっと上空の変化を見つめていた。


 そんな時、突然宰相が大きな笑い声をあげた。


「あははは、愉快、愉快、結局我々は魔女に騙されたという事じゃないか」


 リリアーヌが宰相の顔を見ると、彼は涙を流しながら笑っていた。


 ちょっとイラっとしたリリアーヌは、いじわるが言いたくなった。


「何がおかしいのです? その言い分が正しければ、自分も焼かれて死ぬのですよ」


 宰相はリリアーヌの言葉に反応せず、その場でがっくりと膝をついた。


 すると今度はテラダス副団長が、お父様の前に進み出ていた。


「陛下、恐れながら魔女への攻撃許可を具申いたします」


 その言葉を聞いて、リリアーヌはガーネット様が懸念していた事が分かった。


 それは父上も同じだったようだ。


「少し待て」

「陛下、お叱りを覚悟で申し上げますが、時間がありません。あの魔法陣が完成したら我が王都は帝都キュレーネと同じ運命をたどります。何卒、迅速なご決断を」


 テラダスのいう事は、事情を知らない者達全てが思っている事だろう。


 だが、私達はガーネット様に邪魔はしないと誓ったのだ。


「父上、ここはガーネット様を信じましょう」


 するとカリスト兄様も同意するように頷いた。


「父上、他に方法はありません。ユニス殿を信じましょう」


 私達の進言にお父様は片眉を少し上げた。


「お前達は、どうしてそこまで魔女を信じられるのだ?」


 お父様は元気になってからガーネット様と接してまだ日が浅いので、この懸念は尤もだった。


 なので、何とか理解してもらおうと言葉を続けた。


「ガーネット様は、何の見返りも無しに私と私の護衛騎士を助けてくれました。その時見せてくれた表情を見れば、お父様もきっと分かって下さると確信しています」

「父上、ユニス殿は自分を殺しに来た獣人達やエリザリデの命も奪っておりません。決して我々を騙すお方では無いと思います」


 父上はじっと私達の顔を見ていたが、やがてその顔に理解の色が浮かんだ。


「テラダス、魔女を攻撃してはならん。分かったな」

「・・・はっ」


 テラダスは納得いかないといった顔をしていたが、王命に逆らう事も出来ず黙って踵を返していた。


 +++++


 王城トリシューラの外壁にあるバリスタの傍らでは、騎士団の兵士が呆然と上空の魔法陣を見上げていた。


「なあ、あれって明らかに最悪の魔女の仕業だよな? なんで陛下は攻撃命令を出さないんだ?」

「さあな。今副団長が陛下の元に行っているから、直ぐ命令が来るんじゃないか? 俺達はそれを待つしかない」

「そう・・・だよな?」


 そんな騎士達のところに駆け寄ってくる者達がいた。


「おい、騎士団。何故、魔女を攻撃しないんだ?」

「そうだ。お前達は、このまま集団自殺でもするつもりなのか?」


 いきなりそんな事を言われた騎士達は憤慨した。


「なんだ、お前たちは?」

「俺達は黄色冒険者チーム破壊の強拳だ」


 男達は上体をそらして偉そうにそう宣言した。


「今俺達は上からの命令待ちだ。それまでは何もできん」


 すると冒険者達は不満そうな顔になっていた。


「まったく、これだから宮使えの奴らは。戦いは常に状況に合わせて最適な行動を取るものではないのか?」


 しばらく押し問答をしていると、連絡兵がやってきた。


「テラダス副団長からの命令です。魔女への攻撃は不許可。繰り返します、不許可です」


 それを聞いた騎士団は呆然としていたが、冒険者達は顔を真っ赤にして怒り出した。


「貴様ら正気か? このままだと全員死ぬんだぞ。おい、構わないからそこのバリスタで魔女を射殺すぞ」

「「おう」」


 冒険者達が勝手にバリスタのハンドルを握ると、その先端を魔女に向けていた。


 その光景を見た騎士団員は慌てて制止させようともみ合ったが、そのもみ合いのさなか矢が魔女に向けて射出されていた。


「「「あ」」」


 全員が声を上げると、射出された矢の向かった先を見守った。


 矢はまっすぐ魔女の方に飛んでいったが、周囲を回転する魔素に弾き飛ばされていた。


 +++++


 ガリカが小さく声を漏らすと、ダナも何が起こったのか気が付いたようだ。


「ガリカ様、あれ、何ですか?」


 ダナは上空に現れた赤色の魔法陣を指さして、そう尋ねてきた。


「あれは・・・」


 ダナに答える言葉に窮していると、魔法陣を展開している存在が王城の上空に居ることに気が付いた。


「あれは最悪の魔女だ」

「ガリカ様、最悪の魔女って、御伽噺に出てくる人間に仇なす恐ろしい魔女の事ですよね?」

「あ、ああ」

「それじゃあ、私達これでおしまいなんですね?」


 王国では小さい頃から最悪の魔女がいかに冷酷で悪逆非道かを、帝都キュレーネが焼き討ちされた挿絵を添えて繰り返し語り継いできた。


 その挿絵の光景が今目の前に現れていては、不安に震える少女に慰めも言えなかった。


 ガリカに出来るのは、自分の最後を悟った少女の頭を優しく撫でてやる事だけだった。


「ああ、そうじゃな。だが、虫に喰われてあんな姿になって死ぬより、人として死ねるのだからそれほど酷い事でもないじゃろうて」


 王都上空に浮かんだ赤色の魔法陣は王都全体を覆い、最初は薄くところどころ欠けていた模様も既に完成し、鮮やかな赤色を成していった。


 屋根の上に逃れた人々も、上空の魔法陣を恐怖の表情で見つめていた。


 やがて上空の魔法陣が光り輝くと、そこから光の雨が降り注いだ。


「わあ、綺麗」

「そうじゃな」


 ガリカはダナが無邪気に笑うのを見ながらしっかりと腰を抱き寄せて、死ぬ時は一人じゃないと分かるようにした。


 最後の時、あまり痛くありませんようにと願いながら待っていると、光の雨が頭に当たり、そしてそのまま体の中を通過していった。


「はえ?」


 ガリカが驚いて顔を上げると、降り注いだ光の雨が次から次へと自分の体を通過していったが、激痛も不快感も何もないどころかとても気分が良くなったのだ。


 それはダナも同じだったようだ。


「助祭様、とても気持ちがいいです」

「ああ、そうじゃな」


 訳が分からなかったガリカは周りの人々にも異常が無い事を見て取ると、今度は黒い虫が蠢く路面を見下ろした。


 するとそこには、あの黒い虫が光の雨を受けて次々と蒸発していく光景が広がっていた。


 まさか、これは、浄化魔法なのか?


 そしてもう1つ気づいた事があった。


 あれだけ淀んでいた空気が、まるでディース神の聖域にでもなったのかと思うほど清浄なものに変わっているのだ。


 そこで初めて、魔女が自分達を救ってくれた事を理解したのだった。


「助祭様、私、助かったの?」

「ああ、そうじゃな」


 ガリカは生き延びた事をダナと一緒に喜びながら、自分達を救ってくれた存在に向かって感謝の祈りを捧げた。


 それは周りの人々も同じで、涙を流しながら魔女に手を合わせていた。


 あの者達は、誰に祈っているのか分かっているのかのう。


 そう思うガリカ自身も、教会最大の敵を拝んでいたのだ。


 サン・ケノアノールに居る堅物共は、絶対に信じないだろうな。


 ガリカはそう思いながら苦笑を浮かべていた。


 +++++


 リリアーヌは、上空の赤色魔法陣から降り注ぐ光の雨を眺めていた。


 そしてそれがもたらす結果がどんなものになるのか、じっと見守っていた。


 宰相は殺されると言っているが、私もガーネット様に助けて貰わなければルジャの館で死んでいたのだ。


 一度死んでいると思えば、この光で殺されたとしてもほんの少しだけ寿命が延びただけだと諦めがついた。


 リリアーヌは城を透過して天井から降ってきた光をじっと見つめていた。


 あの光が私に当たれば、ガーネット様の真の意図が分かるのだ。


 そして光が額に当たると、何事もなかったかのように体を通過していった。


 その瞬間、リリアーヌは涙を流しながら馬鹿みたいに笑っていた。


 自分でもおかしくなったのかと思ってしまったが、どうしても止められなかったのだ。


 そして自分の体には何の影響も無いと分かると、今度は王都の状況が気になってきた。


 リリアーヌはカリスト兄さまの手を取るとテラスに走った。


 テラスから王都を見下ろすと、屋根の上で祈りを捧げる民達と、路面を埋め尽くした黒い虫が光の雨を受けて消滅していく光景が広がっていた。


 それと同時に王都を覆っていたどんよりとした空気が綺麗なものに変わり、風に乗って流れてくる嫌な臭いも消えていた。


 上空ではいまだ滞空しているガーネット様の姿があった。


 そして一つの確信が芽生えた。


 あの方は、慈愛の女神となり人々に祝福をお与え下さる事も、最悪の魔女となって罰を与える事もできるのだと。


「カリスト兄さま」

「なんだい?」

「私達は間違っていたのですね」

「どういう意味だい?」


 リリアーヌは自分が悟った事を、兄も理解してくれるだろうと確信していた。


「私達が受け継がなければならなかったのは魔女の残忍さではなく、バンダールシア大帝国があのお方を何故怒らせたのかという事だったのですわ。何故なら、あのお方は、私達に祝福を与えて下さる事も、罰を与える事も簡単に出来るのですから」

「ああ、確かにそうだね」

「私達はあのお方を信じたから、こうして生かされたのですわ」


 リリアーヌがそう言うと、カリスト兄さまも頷いてくれた。


「ああ、リリ、確かにそうだね。我々は決してあの方を失望させてはならないという事だ」


 そしてリリアーヌは王都を守るという約束を果たして、ゆっくりと降りてくる女神様の姿を熱い眼差しで見つめていた。


新年あけましておめでとうございます。

皆様方にとって幸多き1年でありますよう願っております。

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