9―37 王国との取引2
「獣人達から奪った土地を、私に譲る事です」
「そ、それは・・・」
王様が驚いた顔をしていると、王女様が懸念を口にした。
「ガーネット様は、公国でパルラ辺境伯を拝命なされていると聞き及んでいます。我が国内に公国の領土を広げるという意味でしょうか?」
俺は王女様の問いかけに首を横に振った。
「いいえ、そうね。こう言えば分かりやすいですね。魔女の領地にすると」
しんと静まり返った謁見の間で、最初に口を開いたのは宰相だった。
「それは王国の隣に魔女の領地が出来る、という事か?」
宰相を見ると、その目には拒絶の色が浮かんでいた。
「帝国や公国では、ヴァルツホルム大森林地帯は魔女の領土と認識しています。その認識なら王国も魔女領と隣接している事になりますよね?」
「話になりませんな。王国の危機に乗じてそのような要求をするとは、まるで火事場泥棒ではないか」
宰相は不満そうな声で俺の提案を一蹴した。
「過大な要求だと?」
「かの地は、王国が7百年間の血と汗の成果、そう簡単に手放せる訳ないだろう」
「元々王国の領土ではないでしょう?」
「既に王国の領土だ」
この男には何を言っても無駄のようだ。
「そうですか。それでは皆さま頑張って下さいませ。リリアーヌ殿下、私と一緒に来ますか?」
俺が王女様にそう声をかけると、とても焦った顔になっていた。
「え、ちょっ、ガーネット様、待ってくださいませ」
「そうです、ユニス殿。私と貴女の仲だというのに、何故私は誘ってくれないのですか?」
いや、お前は王太子なんだから責任者の1人として国に留まらなければいけないんじゃないのか?
「貴方なら、いざとなったら森の中に逃げ込んで生き延びられますよ」
「いや、この状況では、ユニス殿に助けてもらわないと脱出も無理ですからね」
俺は困り顔のチュイに苦笑いをしながら、後ろにいるジゼル達の方に声をかけた。
「それじゃ、帰るわよ」
そう言って、帰ろうとしたら王様に止められた。
「待ってくれんかの。土地を割譲すれば王国を助けてもらえるのだな?」
王様のその言葉に慌てたのは宰相だった。
「陛下、あの土地は既に何人もの貴族の所有地になっております。それを取り上げたら最悪内乱が発生します」
「国が滅びたら、そんな事誰も気にせぬぞ」
「しかし」
なんだか長くなりそうなので、一言断っておくことにした。
「揉めている時間はありませんよ。時間切れになったら、問答無用で逃げ出しますからね」
「国家の危機だというのに、検討する時間も与えないというのか?」
宰相が憤慨してそう言ってきたが、それは王国の都合であって俺には関係ないのだ。
「そもそも私は王国の関係者ではありませんからね。王国が助かっても滅びてもどちらでも良いのですよ」
「あくまでも他人事だというのか?」
宰相は敵意を込めてそう言い返してきた。
俺は、睨み返してきた宰相に冷ややかな視線を投げた。
「当たり前でしょう」
「ぐぬぬ」
「パルラモン、まあ、待て」
激高した宰相を制止したのは王様だった。
「ガーネット卿に文句を言っても仕方あるまい」
「しかし」
「ちなみにだが、その条件に交渉の余地はあるのだろうか?」
「いえ、ありません」
俺がきっぱり断ると、王様が気分を悪くしないか心配になった王女様とチュイが口添えしていた。
「父上、王国が滅びる方が、ご先祖様に申し訳ないのではございませんか?」
「そうです、父上。それに民達も今の状況を何とかしてほしいと願っているはずです。そしてそれが出来るのはユニス殿だけです」
王族達が宰相を含めてまた言い合いを始めたのをため息交じりに見ていたが、視線に気づいて振り返ると、そこには3人の怪盗がじっと俺の事を睨んでいた。
その目は、ようやく馬脚を現したなと言っているようだ。
さて、どうなるのかと思っていると、意外にも直ぐに結論が出たようだ。
「ガーネット卿、分かった。その条件を飲もう」
王様の決定を聞いて宰相は憮然とした表情になったが、チュイや王女様はほっと胸をなでおろしていた。
「分かりました。それから1つ守ってもらわないといけない事があります」
「なんだと、まだ条件を出そうと言うのか?」
また宰相が不満顔でそう言ってきたが、王様は俺に続きを要求してきた。
「なにかな?」
これは絶対了解してもらわないといけないのだが、大丈夫だろうか?
「私が行動を起こしても、私を信用して決して邪魔をしないという事です」
俺がそういうと、王族3人は互いに顔を見合わせていた。
その顔には、それの何で問題なのだと書いてあった。
「問題ないぞ」
「王様、これはとても重要な事です。何もしないと誓えますか?」
俺が大真面目な顔で迫ると、王様は一瞬躊躇すると王女様とチュイの方を見た。
2人が頷き返すと、王様も安心したように俺に頷いてきた。
「ああ、誓おう」
俺はにっこりと微笑むと頷いた。
「分かりました。それでは土地を割譲する旨の書面を書いて下さい」
「貴様、陛下のお言葉が信用できないとでも言うのか?」
また宰相が文句を言ってきたので、言い返してやった。
「貴方のような方がいるので、後で約束を反故にしないとも限りませんからね」
「なんだと」
俺と宰相が睨み合っていると、王様が声をかけてきた。
「パルラモン、止さぬか。ガーネット卿、今すぐ書面を作るからしばし待たれよ」
王様はそういうと、後ろに控えていた当番兵に頷いた。
暫くすると先ほど出て行った当番兵が、数名の事務官を連れて戻ってきた。
彼らは机と椅子それに紙とインクを持って現れると、慣れた動作で玉座の隣に設置していった。
王様はさも当然のようにその椅子に座ると、ペンを持ちさらさらと書類を書き始めた。
そしてその内容を一読して満足すると、署名を書きそこに魔力を込めた指輪を押し当てた。
そして宰相を呼ぶと、とても不満そうな顔をしながらも彼は自分の名前を書き、同じように魔力を込めた指輪を押し当てた。
渡された書面には俺が王都を正常な状態に戻す事と、その対価としてドックネケル山脈より西の地を割譲すると書かれてあった。
そして署名欄に国王の名前と、王家の紋章である翅を広げた蝶の紋様が押され、その下に宰相の名前と宰相家の家紋と思われる紋様が押されていた。
俺はその書面を確認すると、自分の名前を記載し魔力を込めた。
「これで契約は成立ですね。それでは早速仕事に取り掛かりましょう」
「ガーネット卿、頼みましたぞ」
外に出る為謁見の間からテラスに出ると、王様がそう声をかけてきた。
「ええ、任せて下さい。ちゃんと王都を救ってみせます」
俺は重力制御魔法と飛行魔法をかけて、テラスから王城の上空に舞い上がった。
そこから城下を見下ろすと、入り組んだ道には水が流れたような黒い筋が出来ており、人々はその災厄から逃れようと建物の上に避難していた。
その光景は、水害にあった被災者が、自分達を助ける為救援ヘリが現れるのをじっと待っているようにも見えた。
拙いな。人の目が多すぎる。
この状態で直ぐに赤色魔法を発動させると、後で問題になってしまいそうだ。
緊急事態だが後々禍根を残すよりも、いつものように時間をかけるしかないな。
「魔法演舞」
王城の上空に滞空したまま手のひらを外に向けたまま両手を広げると、周囲にはうっすらと魔素の粒が霧のように現れた。
魔素の霧は次第に密度を増し濃い色になってくると、俺の周りをまわりながら徐々に合体し小さな粒の集合体になっていった。
小さな粒は回転しながら合体を繰り返し、やがて大きな玉が2つ出来上がる。
大きな玉は回転する速度が上がると後方に尾が伸びていき、次第に細長い物体に変形していった。
変形が完了した時には2体の蛇になっており、互いの尻尾に嚙みつこうするかのようにぐるぐる回転していた。
そして十分大きくなったところで俺が両腕を上にあげると、2体の蛇は互いに絡まり螺旋を描きながら上空に舞い上がっていった。
空に上っていった2体の蛇は、王城を中心にした赤色の魔法陣に変化していった。
上空に描かれた魔法陣は最初は薄く小さいものだったが、供給される魔力によって、徐々に大きくなりやがて王都全体を覆うほどの大きさになっていった。
そしてぼんやりと薄くところどころ歯抜け状態だった文様も、徐々に鮮明になっていき、やがて鮮やかな赤色魔法陣になった。
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