9―35 王都の異変2
教会に戻ったガリカは、王都内にある教会本部宛ての応援を要請する手紙を書いた。
そして出来上がりを読みながら、ふっと思いついた事を口に出していた。
「そうだ。念のため王城にも送っておくか」
ガリカは教会本部と宰相宛ての手紙をダナに預けた。
「ダナ、この手紙を教会本部と王城の当番兵に渡してきてくれ」
「うん、分かった」
そう返事をするとダナは手紙をポケットに入れて、教会を出て行った。
ガリカはダナを送り出すと、今度は神聖なる祭壇の上に設置されている聖杯に魔力を込めて聖水を作った。
出来上がった聖水を教会の周辺に撒いて、不浄なる者達に対する結界を張っていった。
結界が出来上がる頃、お使いを頼んだダナが戻ってきた。
「ガリカ様、教会本部は応援の神官を送ってくれるそうです。それから王城の兵隊さんに手紙を渡しました」
「うむ、ご苦労じゃったの」
教会本部から応援が来るのは助かるわい。
「ダナよ。儂はこれから周辺を見てくる。お前は教会から決して出てはならぬぞ」
「はい、ガリカ様も気を付けて」
「うむ」
ガリカは自分の法衣に聖水を振りまくと、教会を出て周囲の見回りを始めた。
まだ教会の周りに異変は無かったが、貧民街に近づくと前方から人々が必死の形相で逃げてくる姿が見えた。
「じょ、助祭様、助けて下さい」
「何があった?」
「はぁ、はぁ、む、虫みたいなのが、人を襲ってるんだ」
ガリカは血だまりの中にいた黒く蠢くものを思い出した。
「お前達は教会に避難するのだ」
「「「助かる、助祭様」」」
そして彼らが逃げてきた方向に進んでいくと、先ほどよりも状況が悪化していた。
そこかしこに人が倒れ、猛烈な悪臭を放っているのだ。
そして倒れた人々の体から黒く蠢くものが出てくると、次の犠牲者に襲い掛かっていた。
ガリカは黒い虫に新たな餌を与えないように、逃げ惑う人達に教会に避難するように声をかけて回った。
そして簡易浄化魔法で黒い虫を浄化していったが、人々の躯から新たに発生する黒い虫の方が多く、数は増える一方だった。
「これは1人じゃとても無理じゃわい」
ガリカが急いで教会に戻ると、そこは人があふれんばかりの状況だった。
そんな人込みの中からダナの姿を見つけて声をかけると、水差しを手に持ったままこちらにやってきた。
「ガリカ様、この人たちは黒い虫から逃げてきたようで、水を配っていました」
「うむ、本部からの応援はどうした?」
「ガリカ様が留守中に到着しました。今は、周囲の浄化に出たようです」
ダナは教会の外を指さしてそう言った。
「そうか、ご苦労じゃったな」
そして扉の隙間から黒い虫が入ってこないようにボロ布を隙間に詰めると避難民に声をかけた。
「良いか、誰も入れてはならんぞ」
「はい」
「分かりました」
ガリカはその返事に満足すると、ダナを連れて屋根裏に上っていった。
そして丸い窓から外の様子を窺った。
「ダナは反対側を見張ってくれるか」
「はい、助祭様」
教会の前の道は、昼間だというのに人通りはなかった。
それでもじっと見張っていると、こちらに駆けてくる複数の足音が聞こえてきた。
直ぐに神官服を着た3人組が現れ本部の応援だと気付いたが、その顔は恐怖に引きつっていた。
ガリカは嫌な予感を覚え、駆けていく神官達に声をかけた。
「状況はどうなのだ?」
すると1人の神官が顔を上げた。
「あれは我々の手に余る。お前達も急いで逃げた方が良いぞ」
そういうと、こちらの返事も聞かずに逃げて行った。
応援の神官が逃げたのでは、王都も終わりかもしれぬな。
ガリカは後ろに居るダナの姿を見ながら、教会に張った簡易結界が持ってくれればよいがと願っていた。
やがて誰も居ない道に黒い虫が現れると、その中に混じってヨロヨロと歩く不浄なる者達の姿もあった。
その者達は、目や鼻から血を流しながら、新たな犠牲者を探しているようだった。
そして教会の中に餌を見つけたのか中に入ろうとするが、聖水の結界に阻まれていた。
それでも何回か入ろうとしたが、やがて無理だと悟ると他の餌を探しに去っていった。
「ふう、どうやらもってくれそうじゃな」
そうガリカがほっとしたところで、逃げ惑う女が現れた。
その女が教会に近づくと、何処からともなく現れた不浄なる者達が取り囲んだ。
拙い。
「おい、急いで教会に入れ」
ガリカがそう叫ぶと、女は不浄なる者達に背を向けると教会の入り口に向けて走ったが、入り口の段差に躓いた。
その無防備になった女の背中に、不浄なる者達の体から這い出してきた黒い虫が襲い掛かったのだ。
「あ」
ガリカが思わず声を漏らすと、女は黒い虫に食われて動かなくなっていた。
問題はその女が、ガリカが張った結界の上に橋を架けるような状態で横たわった事だ。
結界の壁に通り道が出来てしまった事で、それまで入る事が出来なかった不浄なる者達が女の体の上を通って教会の敷地内に続々と入って来たのだ。
不浄なる者達が扉をドンドンと叩く音が聞こえると、ガリカは1階に向かって叫んだ。
「絶対に開けてはならんぞ」
だが、1階からの答えはガリカが満足するものではなかった。
「しかし助祭様、うちのかかあかも」
「いえ、うちの旦那よ」
「助祭様、きっとうちの人がやってきたのよ。入れてあげて」
「ちょ、駄目じゃ」
ガリカが不浄なる者達と言わなかったためか、扉の傍にいた避難民が扉を開けてしまった。
すると、餌を見つけた不浄なる者達が教会の中にどっとなだれ込んできたのだ。
「何だ、こいつら」
「いかん、直ぐに扉を閉めよ」
ガリカがそう怒鳴ったが既に遅かった。
1階からは避難民の悲鳴が上がり、直ぐに地獄絵図が広がり始めた。
「みんな上に上がれ」
ガリカはそう言うと、階段に集まってきた人達に手を貸したが、救えた人数はそんなに多くは無かった。
それでも狭い屋根裏の空間では、人が身動きできない程過密になっていた。
ガリカは跳ね上げ式の扉を閉じて鍵をかけると、ダナに声をかけた。
「ダナ、居るか?」
「はい、助祭様?」
「身動きが取れない、窓から屋根の上に避難するんだ」
「うん、分かった」
ダナが窓を開けると、そこから新鮮な空気が入ってきて場の重苦しい空気も軽くなったようだ。
そして避難民達が窓から出て屋根の上に上がっていくのを、下から押し上げて補助をした。
最後の1人が避難すると、1階と通じる扉に鍵がかかっているのを確かめてから、ガリカも屋根の上に上がっていった。
「やれやれ、年寄には力仕事はこたえるわい」
ガリカが独り言をこぼしながら周囲を見渡すと、同じように行き場を失った住民が屋根の上に避難していた。
彼らはお互い身を寄せ合って虚空を睨み、自分達を救ってくれるはずのディース神に必死に祈りを捧げていた。
そして下を見るとそこでは黒い虫が路を埋め尽くし、まるで黒い絨毯にようになっていた。
「ガリカ様、私達もう助からないの?」
ダナは涙目になりながら、不安そうな声でそう尋ねてきた。
状況を見るにもはや詰んでいるのだが、それを震える子供に言うつもりはさらさらなかった。
だからガリカは、ちょっとした嘘をつく事にした。
「大丈夫じゃ。先ほど本部の神官が応援を呼びに行ったからの。もう少しの辛抱じゃ」
それを聞いたダナは一瞬戸惑ったが、直ぐに涙を拭って笑顔になった。
「うん、そうだね」
ガリカは安心させようと、ダナの頭を優しく撫でた。
そんな時、屋根に逃げてきた避難民達が、上空のある1点を指さして騒ぎ始めた。
ガリカもなんだろうとその方角を見て、あんぐりと口を開けていた。
「・・・まさか」
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王都の騎士団本部では、テラダス副団長が空席となってしまった団長の業務を引き継いでいた。
そこに副官が嬉しそうな顔をして現れた。
「副団長、先ほどエリザリデ様から、あのオルネラスを捕まえたと報告がありました」
「おお、それは凄いな」
「ええ、これでエリザリデ様も騎士団に復帰できますよね?」
副官の期待した目をみたテラダスは、この手柄を王女殿下に報告して意見具申してみる事にした。
「それでオルネラスの身柄はこちらに送ってくると?」
テラダスがそう尋ねると、途端に副官の顔が曇った。
「どうした?」
「それが、残念ながらオルネラスは自害したようです」
「・・・そうか。それは残念だな」
テラダスは、オルネラスが死んでしまっては王女様の心象が悪くなるだろうなと感じていた。
すると副官が、更におかしなことを言いだした。
「それからオルネラスは死に際に、腐虫をばら撒いた、王都は終わりだと言ったそうです」
「なんだ、それは?」
「分かりません。エリザリデ様も分からないらしく、何か分かったら知らせてくれるそうです」
「分かった。俺は殿下にこの事を報告してくるから、お前も続報が入ったら直ぐ知らせてくれ」
「承知いたしました」
いいね、ありがとうございます。




