9―32 魔女の評価1
奇声を上げて部屋に乱入してきたのは、マランカの侯爵館で会った次期侯爵だった。
アルベルダ侯爵から子息が来るなんて聞いていなかったが、目の前の怪盗三色を見て怒っているのだろうと判断した。
だが、今は俺大事な事を聞いている最中なのだ。
「ちょっと待って」
「なんだと」
その声に不満の響きがあったので、丁寧な口調で再び少し待つように声をかけた。
「直ぐに済みますから、少し待って頂けますか」
「ふざけているのか。クベード、こいつらを拘束しろ」
怪盗三色は既に捕縛されているのにこの男は何を言っているんだと思っていると、茶髪男の後ろから部屋に入ってきた男達が俺達を捕まえようとしてきたのだ。
「ちょっと、何勘違いしているの?」
「黙れ、お前達が怪盗三色だという事は分かっているんだ。そこの黒いのと黄色いのには見覚えがある」
本当に愚かな男だな。
俺達がもみ合いをしている間ふっと怪盗達を見ると、いつの間にか戒めを解いていた。
俺が声を上げようとした時、怪盗達は何処から取り出したのか手に小瓶を持っていて、それをぐいっと飲み干していた。
それが何なのかは直ぐに分かった。
怪盗達は血を吐き出すと、その場に倒れて動かなくなったからだ。
俺は怒りのあまり毒づくと、オートマタに命令を怒鳴った。
「くそっ、グラファイト、インジウム、このくされ茶髪共を半殺しにしなさい」
「はあぃ。喜んでぇ」
「承知しました」
「オーバン、ジゼル、怪盗達を助けるから連中を近づけさせないで」
「「はい」」
俺はぐったりしている3人の盗賊に、素早く解毒と重体治癒の魔法をかけていった。
即死していなければ重体治癒の魔法が聞くと思いたい。
ぐったりとして動かない3人の体の下に橙色の魔法陣が現れると、そこから噴出した橙色の光に包まれていった。
頼む、頼む、魔法が聞いてくれ。
固く濃密に纏われた魔素が剥がれ落ち魔力となって流れ出る感覚を味わいながら、橙色の光が仕事を全うしてくれるのを願っていた。
7百年前、この地で獣人達を不幸にしたのは間違いなく地球人だろうし、そいつと同じ保護外装を選んでしまった俺に文句を言いたいのは分かるが、一方的に非難し反論も許さず恨んだまま消えるなんて、そんな勝手は許さない。
それにお前達に消えられると、元の世界に帰る手がかりを失うんだよ。
ここまで来るのにどれだけ苦労したと思っているんだ。
そんな骨折り損のくたびれ儲けなんて御免だぞ。
やがて橙色の光が止むと、現れた3人の顔には生気が戻っているように見えた。
ふう、どうやら間に合ったようだ。
そしてかいてもない汗を拭うと、後ろから呑気な声をかけられた。
「ガーネット卿、これは一体何事ですかな?」
そこには事態が飲み込めていない侯爵が、呆然と佇んでいた。
俺は怒りを抑えて返事を返した。
「侯爵、貴方の馬鹿息子のせいで危うく連中を失うところだったのです。マランカの町でも邪魔されましたし、これで2度目です。王家からの預かり物を取り戻したいのなら、大人しくさせておきなさい」
「え、あ、それはすまない。クベード、なんでお前たちが此処に居るのかはとりあえず置いとくとして、ブラシドを連れ出して部屋に監禁しておけ」
そして侯爵に追加の要求をした。
「侯爵、それと彼らの看病のための部屋もお願いしますね」
「分かった。手配しておこう」
体は疲れていないが精神的には大分参ったぜ。
一仕事終えて大きく息を吐くと、ジゼルが後ろから体を抱きとめてくれた。
「ユニス、お疲れさま」
「ええ、本当に疲れたわ」
+++++
白猫が目を覚ますとベッドの中だった。
慌てて上体を起こすと、自分の体を見下ろした。
生きている?
すると聞き覚えのある女の声がした。
「生きているのはユニスのお陰よ。感謝しなさい」
声がした方を見ると、そこには見覚えの無い少しやつれた顔をした狐獣人がいた。
「誰?」
「私はジゼル。貴女に変な液体をぶっかけられた女よ」
「俺はオーバンだ。俺もお前に液体をかけられたぜ」
私達の会話に割り込んできたのは、これまた聞き覚えのある豹獣人の男だった。
するとこの2人が、侯爵館に居た王女の捕縛人の本当の姿なのね。
少しでも情報を得ようと周りを見ると、そこには同じようにベッドに横たわった黒犬と赤熊がいた。
「ああ、その2人も生きているわよ」
白猫が2人を見ていたので、ジゼルと名乗った狐獣人が教えてくれた。
「私達は毒を飲んだのよ。どうやって」
「どうやって生き返らせたのかって事? 血を流して倒れた貴女達を、ユニスは懸命に助けようとしていたわ。それはもう見ているこっちが嫉妬してしまうくらい必死にね。貴女達を助けるには上級魔法が必要で、しかもそれを3人同時だったから、それはもう大変だったわ。貴女達が助かったと分かった時には、あのユニスが本当に疲れた顔をしていたくらいよ」
先ほどから、会話の中にやたらユニスという名前が出てくるわね。
「ねえ、そのユニスって誰なの?」
「貴女の認識だと、最悪の魔女になるのかしら」
「最悪の魔女」
その言葉を聞いて慌てて回りを探したが、魔女の姿は何処にもなかった。
「ユニスは居ないわ。目が覚めた時自分が居たら怖がるだろうからって言っていたわ」
そうだ。最悪の魔女は最上級の魔法使いだ。
この程度の治癒魔法使えてもおかしくないわね。
でもあの魔女が、私達の事を必死に助けてくれるなんて事があるのかしら?
いえ、私達を助けたんじゃないわね。
そうよ、それ程までにあの歴史書が重要だって事よ。
とりあえず逃げ出すためには情報が必要だわ。
「ここはアルベルダ侯爵の館なの?」
「ええ、そうよ。ユニスの指示でね。容態が急変したら大変だから、館から動かさない方がいいと言っていたわ」
そこで白猫は自分の持ち物が、何もない事に気が付いた。
「あ、念のため、服や隠し持っていた物は全部取り上げたわよ。また、何かされたら大変だからね」
捕まったのだ。それは仕方がない。
「まったく、意識が戻った時に自白の魔法をかけて喋らせてしまえば良かったのに、ほんとユニス様は人が良すぎだ」
オーバンと名乗った豹獣人の男が、そういって肩をすくめた。
白猫はその嫌な言葉に一瞬ドキリとした。
「自白魔法?」
聞き覚えの無い言葉におうむ返しに聞き返すと、豹獣人が得意そうな顔で教えてくれた。
「ああ、ユニス様はその魔法が使えるからな。お前達が意地を張っても簡単に聞き出せるんだ」
「じゃあ、何故そうしないのよ」
白猫がイラっとして思わずそう叫ぶと、狐獣人が「はぁ」とため息を吐いた。
「貴女達がそれを最後の拠り所にしているからよ。それを強引に奪ってしまったら、貴女達が生きる意味を失うかもしれないとユニスが心配していたわ」
嘘だ。あの魔女が他人を慮るはずがない。
そういえばこの狐獣人達は誰の部下なのかしら?
「貴女は王女の部下なの、それとも・・・」
白猫がそこで一旦口を閉じてどういったら真相が聞けるか考えていると、直ぐに狐獣人がその後を継いできた。
「最悪の魔女の部下なのか、とでも聞きたいの?」
ふふん、分かっているのなら答えてくれるのでしょうね。
「ええ」
白猫が同意すると、ジゼルはちょっと怒った顔になって指を突き付けてきた。
「いい、まず言っておくけど、ユニスはとてもやさしいのよ。そして私はユニスの友人よ」
「俺は部下で構わないぞ。それとユニス様はお人好しだと思うがな」
豹獣人は、嬉しそうな顔でそう言った。
最悪の魔女を好ましいと思う獣人を初めて見たわ。
「かわいそうね。魔女を友人だと思っているのは、きっと貴女達だけよ。7百年前何が起こったのか知らないの?」
私がそう指摘すると、狐獣人は再び「はぁ」とため息をついた。
「私は獣人牧場で生まれ育ったの。魔女に関する事なんて、誰も話してくれなかったわ」
「ああ、俺もそうだ。尤もあの牧場は、ユニス様の逆鱗に触れて壊滅したがな」
獣人牧場を壊滅させたのは、王女ではなく魔女だったの?
白猫がその事実に衝撃を受けていると、目が覚めた黒犬が私たちの会話に加わってきた。
「ねえ、獣人牧場を壊滅させたと言ったわね。あそこにいた獣人はどうなったの?」
「希望した獣人はパルラに居るわ。他はブマク団という獣人の集団に身を寄せているわね」
「全員生きているの?」
「ええ、勿論よ」
それを聞いた黒犬は首を横に振った。
「それは嘘ね。牧場の獣人達は全員隷属の首輪を付けられている。連中に命じられて、助けに行った貴女達を襲ったはずよ」
「ああ、それはユニス様が単独で潜入して、首輪を外したんだよ」
豹獣人がそういったが、黒犬は信じていないようね。
「あの魔女が? そんな面倒な事をしたというの?」
「ええ、そうよ」
そう断言したのは狐獣人だった。
「私が奴隷商人に捕まったのを、ユニスが獣人牧場まで助けに来てくれたのよ」
その事実を知って黒犬は驚いた顔をしていた。
「貴女1人を助ける為に魔女がやって来て、獣人牧場を壊滅させたと言うの?」
「ええ、そうよ」
黒犬は、自信満々にそう言い切った狐獣人に言葉を失っていた。
私も黒犬に賛成だ。
あの魔女がそんな事をするなんて信じられないわ。
いいね、ありがとうございます。




