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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第9章 亡国の遺産
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9―31 白猫の怒り

 

 白猫は2人と分かれた後、自分を追いかけてくる追っ手をなんとか撒こうとしていた。


 白猫は黒犬と赤熊と別れた時、追っ手の様子を窺っていた。


 すると2人を追いかけるため分かれた連中は直ぐに地上に降りて行ったので、恐らく飛行魔法が使えるのは私を追っているこいつだけのようだ。


 つまり、こいつがアイテールの魔法騎士で、私が貧乏くじを引いたという事ね。


 追っ手を撒くため、屋根から降りて路地裏をでたらめに走ってみたり、突然走る方向を変えたりしたのだが、上空の追っ手が消えることは無かった。


 それではと物陰に隠れてやり過ごそうとすると、私が隠れている場所に向けて石礫を撃ってくるのだ。


 飛行魔法が使えるくせに、撃ってくるのは最弱の藍色魔法だけなのだ。


 その行動はまるで獲物を狩る前に弄ぶ行動に似ていて、心底腹が立っていた。


 何度、屋根の上に駆け上がり敵の目の前に跳躍して、そのにやけ顔に石を叩きつけてやろうかと思った事だろう。


 まあ、そんな事をして失敗したら、地面に落下するまでの間敵に攻撃され放題になってしまうので、出来ないんだけどね。


 ほんと飛行魔法が使える相手って厄介よね。


 だが、白猫もでたらめに逃げ回っている訳ではないのだ。


 サン・ケノアノールに潜入する際に下調べをした時、魔法騎士の飛行時間が1時間しか持たない事は分かっているのだ。


 そして奴と遭遇してからそろそろ1時間になるのだ。


 分かれた2人の事も心配だし、決着といきましょうか。


 白猫は追い詰められたふりをして袋小路に入り、態と驚いたふりをして立ち止まった。


 そして後ろを振り返ると、案の定、追い詰めたと思った相手がにんまりと口角を上げながら舞い降りてきた。


 本当はこのまま逃げてやってもいいんだけど、いい加減そのにやけた顔に一発お見舞してやらないと収まらない程、私は怒っているのよ。


 白猫の手の中には、麻痺薬を塗った仕込みナイフがあった。


 相手の隙を突いてナイフを当てれば、相手は行動不能になるのだ。


 降りてきた相手の外見は商人娘風で、どう見ても戦いを本業にしている相手には見えなかった。


 だが私には、こいつがアイテールの魔法騎士という事は分かっているのよ。


 私を追いかけまわした罰として、その正体をばらしてあげるわ。


「気持ちの良い夜ね。夜の散歩もいいけど、もうベッドに潜り込む時間よ。お嬢ちゃん」


 白猫がそう馬鹿にしてやると、追っ手の女は何故か口角を上げておかしそうな顔をしていた。


「散歩じゃないわ。どちらかというと追いかけっこってところかしら。かわいい子猫ちゃん」


 こいつ、私を馬鹿にしているわね。


 ふん、それならその傲慢な顔が真っ赤になるほど怒らせてあげるわ。


「じゃあ、こわ~いお父様に見つかる前に逃げたらどうなの? お嬢ちゃん」

「ふふ、面白い事を言うのね。追いかけているのは私、そして逃げているのは貴女。だから私がかける言葉はこうね。もう逃げないの?」


 やっぱり、こいつは私を獲物とみなして狩を楽しんでいるわ。


 だがもう魔法を撃てる程、魔力が残っていないのはお見通しよ。


 武器も持っていないようだけど、どうやって私と戦うというのかしら?


「貴女馬鹿でしょう。私が接近戦で人間の魔法使いに負けるとでも思っているの?」


 さて、どうする?


 私の見当違いを笑おうとして魔法騎士という正体を明かすか? それとも・・・


「ふふふ、貴女が白髪の猫獣人だって事は分かっているのよ」

「な」


 へ、へえ、あてずっぽうでしょうけど、なかなかやるじゃない。


「ふん、私が獣人だと分かっていて接近してくるなんて、やっぱり貴女馬鹿でしょう? ニンゲン」


 白猫がそう指摘すると、女は首を傾げた。


「私は人間じゃないわ。エルフよ」


 エルフ? アイテールの魔法騎士じゃないの?


 白猫は一瞬頭が混乱した。


 エルフまで、あの王女に協力しているというの?


 いや、待つのよ、冷静になりなさい、白猫。


 エルフに、あの大きな胸は無いわ。


「はん、驚いたわね。それで私達を捕まえて、あの王女からどんな報酬を貰うというの?」


 すると目の前の女は、私に指を突き付けてきた。


「貴女よ」

「な、ななな」


 こいつは何を言っているの?


 まさか、この私を慰み者にしようというの?


 暑苦しい顔をしたアイテールの魔法騎士なんて願い下げよ。


「ふ、ふざけないで。私は美しいものにしか興味が無いわ」


 いけない。あいつのペースの乗っては駄目よ、白猫。


 そろそろ決着をつけてあげるわ。


 そこで白猫は視線を女の肩越しに移して、女の後ろに声をかけた。


「黒犬、赤熊、無事だったのね」


 さあ、後ろを振り向け、そうしたらお前の負けよ。


 +++++


 俺は寝静まったフェラトーネの夜空を、鼻歌を歌いながら高速で飛行していた。


「大姐様、なんだがご機嫌ですね」

「そうですぅ、なんだが、とても楽しそうですよぅ」

「うん、2人とも分かる?」

「勿論です」

「まんまとお宝を盗られちゃったのにぃ、どうしてそんなに嬉しそうなんですかぁ?」


 まあ、そうなんだけどね。


 これだけ見事にやられると、逆に見事と言いたくなるんだよなぁ。


 そうはいっても、ここで逃げられると歴史書が手に入らなくなるから見逃すわけにはいかないがな。


「手ごわい方が、俄然やる気が出るでしょう」

「はあぃ、獲物は生きが良いに限りますぅ」


 もう少しで追いつくタイミングで怪盗三色が3方に分かれた。


「グラファイトは右、インジィは左をお願いね」

「承知しました」

「はあぃ」


 2人は返事をすると、物凄い勢いで落下していった。


 あの調子なら直ぐに捕まえられそうだ。


 さて、俺の方も担当分を捕まえるとするか。


 俺の標的は色々悪あがきをしていたが、ついに諦めたのか袋小路で立ち止まった。


 俺は逃げ道を塞ぐように降りていくと、怪盗が話しかけてきた。


 どうやら俺を動揺させて隙を狙っているようだ。


 そしてじりじりと間合いを詰めてきていた。


 その時、怪盗は俺の後ろに視線を移すと意外な事を口走った。


「黒犬、赤熊、無事だったのね」


 その言葉に思わず吹き出しそうになった。


 騙されたりしないぞ。


 王国の騎士団長を前にした時、油断して後ろを振り向いてしまい一撃を受けてしまったが、もう同じ過ちは犯さないのだ。


 それに、あの2人から残りの怪盗が逃げられたとはとても思えない。


 怪盗を観察していると足に力を込めていた。


 それはオーバンやトラバールが、一気に駆ける時に見せる溜めの動作によく似ていた。


 どうやら俺が後ろを振り向いた瞬間に決めるつもりのようだが、それはこちらも同じだ。


 張り詰めた決闘シーンで互いに武器を抜くタイミングを計っているようだ。


 その張り詰めた空気の中、俺は藍色の魔法陣を展開すると怪盗の顔に驚愕の表情が浮かんだ。


 怪盗は短く毒づきながら一瞬で横っ飛びをして右手をこちらに向けると、手の中から何かが飛び出してきた。


 だが、その前に俺が放った電撃が怪盗を捕えていた。


「きゃっ」


 怪盗から可愛らしい悲鳴が聞こえた。


 電撃を浴びた怪盗の体は一瞬びくっと震えたが、直ぐに意識を無くした体が人形のような動きで地面に転がった。


 怪盗が慌てて放った物は、こちらに当たることもなくどこかに飛んでいった。


 電撃を受けた怪盗は、ぴくりとも動かなかった。


 念のためつま先でつついてみたが、全く反応を示さなかった。


「ふむ、どうやら気絶しているようね」


 するとグラファイトとインジウムが、それぞれ獲物を抱えて現れた。


「お姉さまぁ、簡単でしたよぅ」

「大姐様、問題なく捕獲いたしました」

「2人ともご苦労様。それじゃ、戻りましょうか」


 +++++


 白猫の意識がゆっくりと覚醒してくると、目の前には自分を捕まえたあの女とその仲間と思われる連中がいた。


 そして直ぐに自分が拘束されていて、両隣に黒犬と赤熊が居るのが分かった。


「2人とも捕まったのね」

「あのゴーレムの強さは異常よ」

「ああ、手も足も出なかった」


 2人の口調には、くやしさが滲んでいた。


 白猫は、目の前にいるアイテールの魔法騎士を睨みつけた。


「私達をどうするつもり?」


 すると目の前の女は黒色のゴーレムに視線を送ると、そのゴーレムが口を開けた袋を差し出していた。


 女はその袋の中から1枚の紙片を取り出すと、それを私達に見えるように開いてみせた。


 それはサン・ケノアノールの禁書庫に置いてきた書置きだった。


「さて怪盗の皆さん、これは貴女達の仕業ね?」

「それがどうした?」

「そうだ俺達は盗賊だ。物を盗むのは当たり前だ」


 その質問に黒犬と赤熊が反応すると、女は気にする様子もなく更に質問を重ねてきた。


「それで、禁書庫から盗んだ歴史書は何処にあるの?」


 こいつがアイテールの魔法騎士か否かで、返事を変える必要があるわね。


 まずは、この女の正体を暴かないと話を進められないわ。


「やっぱりお前はアイテールの魔法騎士だったのね。いい加減正体を現したらどうなの?」

「質問しているのは私よ。貴女じゃない」


 そう簡単に正体を明かさないか。


「アイテールの魔法騎士は誇り高いと聞いたのだけど、貴女は違うようね」


 これでどう? 正体を明かさないと教えてあげないわよ。


「私はエルフだと言ったはずだけど」

「何処にエルフの特徴があると言うのよ」


 白猫がそう指摘すると、女は一瞬考えていたが、やがて白猫が勝った事が分かった。


「分かった。エルフの特徴を見せればいいんでしょう」


 そして女の正体を見た白猫は、頭が真っ白になった。


 そして同時にふつふつと怒りがこみあげてきて、目の前が真っ赤になった。


「お前は最悪の魔女。7百年前に獣王ブリアックを裏切っただけでは飽き足らず、また、獣人を貶めようというの?」


 白猫が罵声を浴びせると、直ぐ取り巻きの1人が前に出てきたので殴られる覚悟をしたが、魔女が部下を制止していた。


「オーバン、いいわ。言いたい事があるのなら全部吐き出してしまいなさい」


 魔女は面白がっているのか、私に最後まで言うように促してきた。


 そんなに聞きたいのなら全部言ってやるわ。


「お前が裏切ったせいで、この7百年の間、獣人はずっと不遇の境遇にあった。私達の祖先も土地を追われ、満足に植物も育たない土地や獲物が少ない場所で何とか生きていくしかなかった。そんな場所にも次々とルフラントの兵がやって来て、私達の家族を殺し、奴隷にしていったわ。今度はそんな連中に加担してまた私達をどん底に落とそうというの? どこまで性悪で極悪なのよ」


 白猫は心の奥底に閉まっていた恨みを吐き出してすっきりしていた。


 さあ、私を殺しなさい、最悪の魔女。


 じっと私を見つめていた魔女が口を開こうとしたところで、魔女の後ろから突然大声が上がった。


「あー、お前達はドーピングのブレスレットを盗んだ悪党共」


 そこにはアルベルダ侯爵の馬鹿息子がいた。


 魔女が二言三言言葉を交わしているようだったが、怒った馬鹿息子達と魔女達の間で乱闘が始まっていた。


 白猫はこのチャンスを逃さなかった。


 慣れた手つきで戒めを解くと、隠していた小瓶を取り出した。


 それは黒犬と赤熊も同じだった。


 魔女が私達の行動に気が付いて何か部下に指示を出しているが、もう遅い。


 お前が禁書庫にあった歴史書を欲しているのなら、それを絶対に渡さないのが最後の意趣返しよ。


「最悪の魔女、お前が欲しい物なんか絶対に渡さないわ」


 そういって小瓶の中身を一気に飲み込んだ。


 すぐに白猫の意識は混濁し、何も分からなくなった。


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