9―27 夜の攻防戦
俺は今回王都にやってきた時と同じリーズ服飾店のルーチェ・ミナーリに、ジゼルも喫茶「プレミアム」のベルタ店長に擬態魔法で化けて、王都内にあるアルベルダ侯爵家の王都館でソファテーブルを挟んで侯爵と対面していた。
「改めて私はユニス・アイ・ガーネットです。隣はジゼル。ですが、今は怪盗三色の捕縛作戦中なので、私は公国から侯爵家に来たお客様という設定でお願いします」
「ほう、それで人間に化けているのですか。念のため私も名乗っておきましょう。コンラド・デシ・アルベルダです。査問会では助けて頂き、大変感謝しております」
査問会というのは、王都から王女派の貴族達が逃げ出す原因を作った侯爵の行動を問い質すため、王女様が呼びつけた件を言っているのだ。
その査問会に王女様からたってのお願いをされて、ジゼルと一緒に参加したのだ。
王女様からの詰問に一切の弁明をしない侯爵に、集まった委員が集団リンチをするかのように罵声を浴びせ、厳しい質問を繰り返していた。
この殺伐とした空気が嫌になったので、ジゼルに頼んで魔眼で見てもらったのだ。
ジゼルが侯爵は裏切っていないと断言したので王女様にその事を伝えると、王女様も安心したようだった。
同席していた王様も俺の言を受け入れて、査問会はお咎め無しであっさり閉廷したのだ。
まあ、始祖以来の忠臣を処罰したくなかった、というのが理由だろうけどね。
そして王様と怪盗三色を捕まえる方法について話していると、それを聞いた侯爵が自分も協力したいと申し出てくれたのだ。
そんな訳で今俺達は、侯爵の王都館にやって来て怪盗三色を捕まえる相談をしていた。
ちなみにオーバン達3人は、王都の酒場をはしごして怪盗三色を釣るための噂を広めている最中だった。
「それでガーネット卿、言われたとおりティアラを用意しましたが、他に協力できる事はありますかな?」
「私の仲間が、怪盗三色がこの館に盗みに来るように仕掛けています。侯爵には場所の提供と私達が館内を自由に動く許可をお願いします。ああ、館の警戒と賊の捕縛はこちらで行いますね」
侯爵の負担にならないように最小限の協力をお願いしたんだが、なんだが侯爵は不満顔だ。
「ううむ、その程度では受けた恩に対するお礼には、全く足りないと感じますな。他に何か協力できる事はありませんかな?」
どうやら侯爵は、怪盗三色の捕縛に関わりたいようだ。
船頭が多いと船が山を登るというしなあ。
関係者は出来るだけ少ない方が、相手に付け入る隙を与えなくて済むのだ。
「怪盗三色を油断させるためにも、侯爵様には普段の生活を続けてほしいのです。それよりもティアラを置いてある場所を見学させてもらえますか?」
「おお、では、案内しましょう。ささ、ガーネット卿こちらへどうぞ」
侯爵の本館は裏側に先端が伸びたLの字型をした総2階建ての石造りで、屋根裏にも人が潜める空間があるそうだ。
本館の他は、使用人用の別館と厩舎、用具小屋と馬車とかを保管する納屋、それと井戸もあった。
そして王家に献上するティアラが置いてある部屋は、L字の先端にあった。
その部屋は入り口が1つしかなく、窓には鉄格子があって簡単に潜入することができない構造になっていた。
鉄格子の窓から外を見ると、そこには納屋があった。
壁には備え付けの棚があり、床は板張りだ。
そして中央に台座の上に、怪盗三色を捕まえるための餌となるティアラが収納ケースに収められていた。
「この部屋に罠を仕掛けなくても、良いのですかな?」
「ええ、ここには私の人形を配置しますので、問題ありません」
この部屋には、グラファイトとインジウムをスリープ状態で配置する予定だ。
罠なんか仕掛けたら、かえって連中に警戒させてしまうし、気の毒な使用人が引っかかったらかわいそうだしな。
ベルグランドも罠を仕掛けたいとぶうぶう不満を言っていたが、華麗にスルーしておいた。
後は、油断して潜入してきた怪盗三色を捕まえればいいのだ。
いかな怪盗三色といえど、オートマタのスピードとパワーに敵う訳がないのだ。
場所を確かめて元の応接室に戻ってくると、侯爵が他に何か手伝えることはないかと聞いてきた。
「いえ、特にありません」
「むむ、そう言われてしまうと、流石にこれ以上は我儘を言えませんな」
がっくりと肩を落とした侯爵に、パリッとした執事服を着た白髪モノクルの男が後ろからそっと近づいてきた。
そして何やら耳打ちすると、侯爵がぴくんと背筋を伸ばして俺に微笑みかけてきた。
「ガーネット卿、私の領都から取り寄せた良い酒があるのです」
これから賊を捕縛するというのに、呑気に酒を飲んでいる暇はないと言おうとしたが、あまり邪険に扱ってへそを曲げられても困るので、ここは侯爵の顔を立てて少し付き合ってやる事にした。
「え、ええ、喜んでお受けいたしますわ」
隣ではジゼルが顔が見えないように俯いていたが、その肩が震えていたので俺がどう思っているのか分かったようだ。
そして俺は侯爵と2人きりで、ミニバーを設置したサロンで酒を飲んでいた。
俺達が対面で座るソファの中央にはローテーブルが置かれ、その上に何本もの酒瓶と銀製の装飾を施されたグラスが2つ置いてあった。
「ささ、ガーネット卿、まずは一献」
「ええ、ご相伴にあずかりますわ」
侯爵に渡された銀製グラスを受け取ると、一口飲んでみた。
うっぷ、これはかなりキツイ酒だな。
「どうです、良い酒でしょう?」
「ええ、そうですね」
そういうと侯爵は、俺のグラスに酒を注いでいた。
「時にガーネット卿は、本当におとぎ話に出てくる魔女なのですかな?」
「私には7百年前の記憶などありませんわ」
「しかし、私が知っているエルフとは、その、なんといいますか・・・」
そういった侯爵の視線は、俺の胸に向いていた。
この世界のエルフが貧相な体格というのは、広く知れ渡っているらしい。
だからこのような場での受け答えは、いつも一緒である。
「私は新種のエルフですわ」
「ほう、そうなのですか」
侯爵と酒を飲んでしばらくして、侯爵の顔にちょっと不満そうな表情になっていた。
「ガーネット卿は酒に強いのですな」
その一言で、俺が酒に酔った姿が見たいのだと気が付いた。
パルラでもそうだったが、酒を勧める連中はどういう訳か俺が酒に酔う姿が見たいようで、素面でいるととてもがっかりするのだ。
侯爵の顔も、それを期待している様子がありありと分かった。
仕方がない、毒無効は解除しておくか。
侯爵とはしばらくの間当たり障りのない会話を続けていたが、杯が進み侯爵の顔が赤くなってきたところで態度が変わってきた。
そして呂律も怪しくなってきたような。
すると、お代わりを注いだ杯を片手に席を立ちあがると、そのまま俺の隣に座ってきた。
侯爵は酒臭い息を吹きかけながら、熱く語りかけてきた。
「ガーネット卿、ひっく、素晴らしい飲みっぷりれすなぁ。あははは」
「いえいえ、侯爵もなかなかいける方ですよ」
「ですが、せっかくれすからエルフの姿に戻られてはどうれすか?」
「え、何故です?」
侯爵の眼がとろんとなっていた。
「ガーネット卿のお姿は、とても美しいですからな。むふふふ」
「そ、そうですか?」
「それに、何と言いますか、ガーネット卿は、とても男好きのする体形をしておられますなぁ」
「は、はあ」
俺も多少なりとも酔いが回っていて、無防備になっていたようだ。
侯爵がぐいぐい体を押し付けてくるのに危険を感じて、そっと横にずれてさりげなく距離をとった。
「いやあ、実に楽しい。私も若い頃は随分と浮名を流しましたが、ガーネット卿を見ていると、あの頃の活力が湧いてくるようですなあ」
いや、湧かんでいいから。
だから、それ以上近づいてくるなって。
おい、肘が胸に当たっているって、ここはそういった店ではないんだぞ。
「侯爵、あまり近づかれませぬよう、ご忠告申し上げますわ」
「おや、何か気に障りましたかなぁ?」
ここで侯爵をぶん投げるのは簡単なんだが、この後の作戦を考えると侯爵とは良い関係を維持しておきたいんだよな。
何とか穏便に済ませないと。
「侯爵、大分酔われましたね。そろそろお開きにしましょう」
「いえ、いえ、まだまだこれかられすよ」
そして侯爵が体を寄せてきたところで、バランスを失いソファの上に倒されるとその上に侯爵がのしかかってきた。
おい、こら、手をどけろ。胸を揉むんじゃない。
あ、こら、股間に膝を入れてくるな。
そこでマランカの町で次期侯爵と会った時の事を思い出した。
あいつは俺を眠らせて、あられもない姿にしたのだ。
そして当然こいつにも同じ血が流れているのだ。
侯爵の顔にエロおやじを認めた俺は、即座に腕を伸ばして侯爵の顎をぐいと押し戻していた。
「侯爵、おいたはそれくらいにしてくださいね」
「はて? 何の事れすかな」
侯爵はとぼけると、そのままぐいぐいと俺に近づこうとしていた。
酒に酔っているせいか、腕に力が入らず侯爵を跳ねのける事ができなかった。
しばらく攻防戦を行っていると、侯爵の体から急に力が抜け、目が反転してその場で倒れこんだ。
何が起こったのかと不思議に思っていると、ぬっとジゼルの顔が現れた。
その顔は、いったい何をしているのと言いたげだった。
「や、やあ、ジゼル」
「やあ、じゃないわよ。まさかとは思うけど、男に襲われる願望でもあるの?」
「な」
ちょっと待て、俺にそんな願望は無いぞ。
「それと念のため言っておくけど、こんな事をするのなら、先に人形達に命令を出しておいた方が良いわよ」
「うん、人形?」
「部屋の外でユニスの黄色い人形が、鬼の形相で今にも扉をけ破って突入しようとしていたわ」
「あ」
拙い、すっかり忘れていた。
ジゼルが入って来てくれなかったら、今頃侯爵はインジウムによって酷い目にあわされていただろうな。
「ジゼル、ありがとう」
「別にいいわよ。それで、この男はどうするの?」
「生きているのよね?」
「それは大丈夫」
「じゃあ、このままソファに寝かせておこう」
そしてジゼルの肩を借りて部屋を出ると、そこには不満そうな顔をしたインジウムとそれを抑えていたグラファイトがいた。
「2人とも、心配かけました」
俺は素直に謝っておいた。
足取りがおぼつかなかった俺は、インジウムにお姫様抱っこされてそのままベッドまで連れていかれた。
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王都につながる街道では、アルベルダ侯爵家の紋章を付けた馬車が走っていた。
その馬車には、次期侯爵であるブラシド・ルイ・アルベルダが乗っていた。
「おい、クベード、まだ王都に着かんのか?」
「坊ちゃん、落ち着いてください。馬を酷使したら、かえって遅れてしまいますよ」
「クベード、俺の事は次期当主と呼べと何度言ったら分かるんだ。まあ、いい、それよりも出来るだけ急げ、もしかしたら父上が処罰を受けているかもしれないのだぞ」
父上が王家から査問会への出頭を命じられたのは、俺が怪盗三色に王家から預かっていた魔女のアイテムを盗まれたせいだ。
それが分かっているからこそ、父上の弁護をするため王都に向かっているのだ。
父上からは、マランカでおとなしくしておくように言われているが、我慢できるわけがない。
何としても査問会で証言するのだ。
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