9―23 アラゴン公爵派への尋問
メイド長に案内されて王族区画から外に出ると、そこには王女様の女騎士が控えていた。
「ベレン・アンブリス、リリアーヌ王女殿下からの伝言です。こちらのガーネット様をアラゴン公爵様がおられる部屋まで案内するようにとの事です」
「はっ、承りました」
「それではガーネット様、私の後をついてきてください」
女騎士はメイド長にそう命じられると俺に一礼して歩き出したので、呼び止めた。
「その前に私の仲間達の居る場所に案内してもらえる?」
「分かりました」
ジゼル達がいる部屋に連れて行かれる途中、女騎士はこちらをチラチラ見ていた。
どうやら王様がどうなったのか気になるが、立場上聞けないといった感じに見えた。
「王様は、元気になったわよ」
「え?」
俺が教えてあげると、女騎士は目を見開いて驚いていた。
どうやら教えてもらえるとは、思っていなかったようだ。
いい感じに驚いてくれたお礼に、これからの事も教えてあげる事にした。
「ついでに言うと、アラゴン公爵達には話を聞くだけよ」
すると女騎士の顔には、なんだかがっかりしたような表情が浮かんでいた。
王女様の敵対勢力を、俺が掃除してくれると思っていたのだろうか?
悪いが、俺は他国のいざこざに首を突っ込む程、暇じゃないのだ。
さっさと用事をすませて、あおいちゃんに情報を渡さないといけないからね。
ジゼル達が待っている部屋に入ると、そこにはベルグランドも居た。
「何で貴方が此処に居るの?」
「ひどいです、女ボス。私は今でも部下のつもりですよ」
「あ、はいはい、分かったから、そんなに縋りつかないの」
まとわりついてくるベルグランドを手で押しのけると、直ぐにジゼル達に声をかけた。
「皆一緒に来て」
「「「はい」」」
俺達を案内している女騎士は、とある扉の前で立ち止まった。
「アラゴン公爵派の方達は、この部屋に居ります」
扉に近づくと、中から怒声が聞こえてきた。
「貴様ら、我らを誰だと思っておる?」
「これでは、まるで罪人扱いでは無いか。無礼にも程があるぞ」
「何時まで、こんな所に閉じ込めておくつもりだ?」
女騎士が困惑した顔になったが、俺は平気ですよと手で合図すると扉を開けてくれた。
そこはかなり広い部屋で、貴族達がソファで寛いだりミニバーで酒を注文したりしていた。
部屋の周りには銀の鎧を纏った騎士達が、貴族達が許可なく部屋を出ていかないように監視していた。
怒鳴り声は、俺達が入って行くとピタリと止んだ。
貴族達の瞳には恐怖の色がうかがえ、気の弱い者はこれから起こる事を想像してぶるぶる震えていた。
そんな中、俺達に続いて女騎士が部屋に入って来ると、貴族達の顔には先ほどまでの怯えの表情が怒りに変わっていた。
「あれは王女殿下の護衛騎士ではないか。主人を見捨てて逃げたのか」
「殿下も浮かばれない。肝心な時に逃げ出すような臆病者を、護衛にするなんてな」
「全くだ。そもそも女が、王族の護衛をすることが間違いなのだ」
「主人を裏切って直ぐ魔女に鞍替えするとは、とんだ食わせ者よな」
その侮辱に女騎士が顔を伏せていた。
状況を見るにどうやらこの女騎士は、立場上下問されない限り貴族に対して反論出来ないらしい。
格下で言い返す事が出来ない相手だと分かった途端、罵詈雑言で貶めるとはね。
それなら俺が言い返してやろう。
「この女騎士さんは、主人を守るため男3人相手に勇敢に戦っていたわよ。貴方達と違ってね」
「なんだと? それはどういう意味だ?」
むきになって言い返してきた貴族に、にやりと笑ってやった。
「あら、貴方達の護衛は、私の仲間1人に大勢で襲い掛かって全員返り討ちになったわね。相手が1人ならやっつけられるとでも思ったのかしら? それに貴方達も私が怖くて逃げ出したのに、無様に捕まってここに居るのよ。どちらが勇敢で称賛に値するかなんて、一目瞭然じゃないの」
貴族達は押し黙ったが、その顔は屈辱で真っ赤になっていた。
そんな中、アラゴン公爵は冷静だった。
「おい、そこの女、リリアーヌ殿下を見捨てたのか?」
「いいえ、そのような事はございません」
それを聞いた貴族達がまた騒がしくなったが、アラゴン公爵が手を上げると静かになった。
そして公爵は俺の方を見た。
「護衛の事などどうでもよい。それよりも、我らをどうするつもりなのだ?」
「ちょっと質問するだけよ」
「質問、だと? それで用済みになったら始末するのか?」
「いいえ、用が済んだら解放して差し上げますわ」
俺と公爵の会話を聞いてそれまで自分がどうなるか気を揉んでいた貴族達は、ほっと胸をなでおろしていた。
公爵は疑わしそうな顔をしていたが、質問には素直に答えてくれそうだった。
それじゃ、早速始めましょうか。
ジゼルを手招きしたが、ジゼルは何だか困ったような顔をしていた。
「ねえ、ユニス。私の魔眼は、あの時ユニスへの悪意を見逃してしまったわ。私が見るだけじゃなくて、他の方法も考えた方がいいんじゃない?」
おや、ジゼルはあの時の事をまだ引きずっているのか。
ここは自信を持ってもらわないとな。
「ジゼルなら大丈夫よ。私は信じるからね」
「え、あ、うん、分かった。でも、少しでも不安があったら他の方法も考えてね」
「ええ、そうね。それじゃあ、始めてくれる?」
ジゼルは頷くと、サロンに集まった貴族達を見た。
ジゼルが魔眼でサロンの中を見回していった。
その行動は、なんだかレーダーで周囲を精査しているようだった。
探られている貴族達にも、その行動は不可解なものに映ったようだ。
「あの獣人は何をしているのだ?」
「あんな目をした獣人初めて見ましたぞ」
「なんだか、薄気味悪いですな」
ジゼルはそんな外野の声にも気にすることなく、サロンの中から怪しい人物を見つけてくれた。
「あのテーブルの影に隠れている男」
俺が頷くと、グラファイトが素早く動いて隠れている男をつまみ上げた。
男は、手足をばたつかせて抵抗した。
「ひぇぇ、わ、私が何をしたというのです? 皆さん、これは適当に選んだ私を見せしめにしようとしているのです」
その男を見た女騎士が「あ」と声を上げた。
「えっと、アンブリスさん、あの男を知っているのですか?」
「はい、あのお方はガジョ男爵です。てっきり王女派の貴族だと思っていたのですが」
俺は視線を女騎士からガジョ男爵に移した。
「へえ、彼はアラゴン公爵派の間者だったのですか」
「良く分かりませんが、ガジョ男爵は、王女派の集まりでガーネット様が王都を焼くと言って騒いでは、王女派の貴族達を王都から逃げるよう煽っていました」
「成程ねえ」
なおも喚き散らしているガジョ男爵を睨み付けた。
「騒がしいわね。悪党は自分の悪事が露見しそうになると喚き散らすのよ。貴方の本性を確かめてみましょう」
「い、一体何をしようというのだ?」
するとガスバルが俺の前に来て、綺麗な動作で騎士の礼をした。
「それでは私、バルギット帝国ガスバル・ギー・バラチェ男爵が、ガーネット卿に代わり魔法による尋問を行いましょう」
その宣言を聞いた他の貴族が、また囁き出した。
「帝国の貴族だと?」
「まさか、帝国は魔女と手を結んだというのか?」
「それでは帝国と公国が魔女側に下ったというのか? これでは人間の国を2分した全面戦争になってしまうではないか」
こいつら俺が血に飢えた頭のおかしな奴だと思っているのか?
グラファイトに掴まれてガジョ男爵が俺の目の前に連れて来られると、ガスバルが前に出た。
「ガーネット卿、それでは始めますね」
「ええ、お願いね」
ガスバルが自白魔法をかけると、ガジョ男爵の目が虚ろになった。
魔法がかかった事に満足したガスバルが、早速質問を始めた。
「旧タラバンテ伯爵館の襲撃を指示したのは誰だ?」
「分からない」
それを聞いた貴族達がまた騒ぎ出した。
「男爵が言った通りではないか」
「これは我々に罪を擦り付けようとする王女派の陰謀に違いない」
騒ぎ出した貴族達に、インジウムが一歩前に出て「ドン」と足を踏み鳴らした。
「お前達これ以上お姉さまを不快にさせるのなら、一撃で肉塊に変えてやるぞ」
インジウムの剣幕に東門から脱出しようとした上級貴族が一瞬で黙ると、つられて他の貴族も大人しくなった。
そしてガスバルが次の質問を行った。
「ルジャの館を襲ったのは誰だ?」
「分からない」
ガジョ男爵がそう言ったところで、ガスバルが困ったようにこちらを見た。
そしてジゼルが自信を無くして、目を伏せてしまった。
この男は、旧タラバンテ伯爵館やルジャの館の襲撃に関与していないのか。
だが、ジゼルの魔眼には怪しい男と映っているのだ。
きっと何かあるはずだ。
質問を変えてみる必要があるな。
「ガスバル、今度は私が質問してみるわ」
「はい、分かりました」
目の前のガジョ男爵を見ると、顔はこちらを向いているが目の焦点が合っていないようだった。
「ガジョ男爵、王女派に潜入していたのは誰の指示なの?」
「オルネラス子爵です」
「王女派の貴族達を王都から追い出したのも、そのオルネラス子爵の指示なの?」
「はい、そうです」
これはオルネラス子爵から、事情を聞く必要があるな。
「オルネラス子爵は此処に居るの?」
「オルネラス子爵に関しては、貴女様の方が詳しいのでは?」
「どういう意味?」
すると周りの貴族達が声を上げた。
「オルネラス卿は、我々を逃がすため西門から出て囮役を引き受けてくれたのだ」
「それをなぶり殺しにしたのだろう?」
ああ、西門で取り逃がした男が、そのオルネラス子爵なのか。
するとガスバルが笑いだした。
「ははは、これは愉快だ。お前たちは子爵の言葉を信じて他の門を使ったのだろうが、逃げられる可能性が少しでもあったのは北門だけだぞ。東も南もガーネット卿が作ったオートマタが居たんだ。脱出できる可能性など皆無だぞ」
ガスバルのその指摘に、貴族達がグラファイトとインジウムをちらりと見て青い顔になっていた。
どうやら脱出した時の事を思い出したのだろう。
「すると我々は、オルネラス卿に騙されたというのか?」
「オルネラス子爵は、沢山の馬車を囮にして平民に化けて逃げていったわよ」
「なんと、オルネラス卿は逃げおおせたのか?」
俺が西門での事を教えてやると、貴族達はあんぐりと口を開けていた。
俺が取り逃がした事が、そんなに意外なのか?
「オルネラス子爵と最も近い人物は?」
「アラゴン公爵です」
「アラゴン公爵?」
「はい、オルネラス子爵はアラゴン公爵の娘婿です」
ほう、すると一連の指示を出していた黒幕はアラゴン公爵という事か?
だが、ジゼルの魔眼が反応していないという事は、白なのか?
俺がにっこり微笑んでやると、公爵は顔を引きつらせた。
「儂は何も知らん。オルネラスが、リリアーヌ殿下が亡くなったので急ぎ次期王になる必要があると言われただけだ」
「へえ、するとオルネラス子爵は、王女殿下がルジャの館で死んだと確信していたのね」
俺がそういったところで、アラゴン公爵の眼が見開かれた。
その時、サロンの入り口から新たな参加者の声が聞こえてきた。
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