9―17 王国を脅迫する魔女2
魔女の観察を終え目線を北に向けると、そこには獣人の集団がいた。
結構な数が居るな。
魔女の隣に居た獣人王女の配下なのだろうか?
獣人の身体能力の高さからして、護衛がをそろえても貴族が乗る馬車のかなりの数が犠牲になりそうだ。
王国の獣人に対する政策から、獣人に捕まった貴族達のその後は考えたくも無かった。
そして問題なのは、東と南だ。
東は黄色い髪をした女が1人、そして南には黒い男が1人。
非常に手薄に見えるのだが、あれは6番が報告していたオートマタの可能性が高かった。
魔女が作ったとされるオートマタはドラゴン並みの強さがあると報告されていたので、東と南から脱出しても誰も助からないだろう。
つまり、魔女は誰も外に出すつもりは無く、皆殺しが前提という事になる。
魔女の残忍性は、復活した後でも変わらないようだ。
6番の報告も、あまりあてにならないという事だ。
それでも皆に、王都を脱出するという案を飲ませなければならないのだ。
オルネラスは手を広げて皆の注目を集めると、ゆっくりと語り出した。
「皆さん、これは魔女を怒らせた王女派の連中が、我々にその尻ぬぐいを押し付けたのです」
「なんと、確かにあり得る話ですな。このままでは、王女派の思うつぼになってしまいますぞ」
「アラゴン卿、ここは降伏して魔女に事情を説明した方が、よろしいのではないでしょうか?」
いや、そんな事をしたら俺が全ての黒幕だとバレてしまうだろうが。
「それは、私に魔女にひれ伏せと言う事か?」
アラゴン公爵の不満の声に、他の貴族は黙り込んだ。
確かに、魔女が言った愚か者の筆頭がアラゴン公爵になる可能性があるのだから、素直にうなずく訳にはいかないよな。
「アラゴン卿、ちょっとよろしいですか?」
「オルネラス、何か良い案でもあるのか?」
「はい、まずは確認ですが、魔女は2つの選択肢を示しましたが、それとは別に王都の4つの門を封鎖しています」
そこで言葉を切ると、貴族達がゴクリと生唾を飲み込んだ。
貴族達が皆俺の注目している中、アラゴン公爵が先を促すように声を上げた。
「つまり、何が言いたいのだ?」
「最初から我々には選択肢は無いと言う事です。あの顔を見たでしょう。あれは最初から我々を王都に閉じ込めて全滅させる気です」
「そ、そんな、我々は王女派の代わりに始末されるという事なのか?」
途端に騒ぎ出した貴族達を手で制した。
「皆さん、我々にもまだ策があります」
「おお、流石はオルネラス卿、して、その策とは?」
オルネラスは、じっとこちらを見ている貴族達に案を提示した。
「偽りの降伏をして、魔女が王都にのこのこやって来たら始末してしまうのです」
「そんな事が可能なのか?」
皆が驚いた顔をする中、疑問を覚えた貴族が質問してきた。
「オルネラス卿、そなたはたった今、魔女は我々を抹殺するつもりだと言ったではないか? 話が矛盾しているぞ」
「あくまでも可能性の話です。万が一、降伏して魔女がそれを受け入れたとしたら、その方法もとれるという事です」
「それで、仮に魔女が受け入れて王都に来たとして、誰が魔女を仕留めるのだ?」
「それは能力的に騎士団長しかいないでしょうね」
そこで先程の貴族が質問してきた。
「騎士団長が魔女を仕留める可能性は、どれくらいあるのだ?」
「剣の届く距離まで近づけて、魔女の周りに護衛が居なくて、騎士団長が死を覚悟した必殺の一撃が加えられるのなら、あるいは」
するとアラゴン公爵が顔を真っ赤にして怒り出した。
「そんな前提条件だらけで成功するものか。そんな事をしたら儂は、魔女を騙して王都を焼かれた愚か者として後世に語り継がれるのだぞ。そんな不名誉な事は絶対にゆるさん」
「失礼しました」
オルネラスはそう言って素直に頭を下げた。
やれやれ、本気で採用されたらどうしようかと思ったが、流石に連中の頭でもそれが無理筋だと分かっているようだな。
こうやって無理な案を最初に出せば、本命の案は採用される可能性も上がるだろう。
「では次の案ですが、王都民を盾にして四方の門から一斉に脱出するのです」
その提案に貴族達は目を丸くしていた。
「それで、全員逃げられると?」
「魔女が領民を始末するのに手間取ればあるいは、と言う所ですかね」
「オルネラス卿、正気なのか?」
アラゴン公爵の顔を見ると、厳しい顔をしていた。
「成功率を上げるには、そうですね、騎士団に魔女を攻撃させるというのはどうでしょう? 多少の時間稼ぎになるでしょう。逃げる確率が上がると思われます」
オルネラスが再びアラゴン公爵の顔を見ると、頷いたのが分かった。
「良し、それで行こう。騎士団はオルネラスに任せる」
「はい、お任せを」
+++++
今回の作戦を実施するにあたり、俺はブマク団本部で作戦のすり合わせを行った。
部屋の中に俺達と王女様それにガーチップが集まったところで、王都に入る作戦を説明した。
「つまり、魔女の本領を発揮するという事ですね?」
確かにそうなんだけど。
俺が最悪の魔女だと認めたんじゃなくて、その悪名を利用しようという事だからね。
なんだかチュイの目が、「ようやく認められましたね」と言っているような気がするのだが、ここは努めて無視しておこう。
「それにしても降伏か全滅か、ですか。クスクス、ユニス殿にしか思いつかない案ですね」
それはどうも。
チュイは俺の案がいたく気に入ったようでおかしそうに笑っているが、隣の王女様は不安そうな顔になっていた。
「あの、もし全滅を選択したら、王都は灰になってしまうのでしょうか?」
いや、いや、黙って死を受け入れるなんて普通無いから、理性があれば降伏するだろうし、そうでなければ死中に活を求めて脱出してくると思いますよ。
仮にやせ我慢をして王都に立て籠っていたとしても、上空に赤色の魔法陣が現れたら恐怖に駆られて逃げ出すだろう。
いずれにしても、王都に堂々と入ることは可能なはずだ。
「リリアーヌ殿下、絶対にそのような事はしないとお約束します」
俺が王女の目を見てそう言うと、王女もじっと見返してきた。
「分かりました。ガーネット卿のお言葉を信じましょう」
王女様が了解したところで、作戦の続きを話した。
「王都の4つの門を封鎖するのに、我々の力が必要という事ですか?」
話を聞き終わって直ぐにガーチップが質問してきた。
「そう。私達とグラファイトそれにインジウムで3つの門を封鎖出来るんだけど、もう1つ門があるでしょう。それをガーチップ達で封鎖して欲しいの。連中、私が王都に閉じ込めて皆殺しにするつもりだと勘違いして、絶対出てくるわよ」
俺がそう言うと、ガーチップはちょっと渋い顔になっていた。
「我々はそれを、押し止めなければいけないのでしょうか?」
「いえ、平民はそのまま通してあげて、貴族の馬車は数台止めて身柄を拘束して欲しいの。決して無理はしなくていいからね。グラファイトとインジウムもね」
俺が後ろを振り返って2人にそう釘を刺したのだが、2人ともとても良い笑顔で頷いていた。
大丈夫か? いや、大丈夫だと言う事にしておこう。
捕まえた貴族をジゼルに見てもらい腹黒い奴に自白魔法を掛ければ、今回の筋書きを描いた黒幕が判明するだろう。
「しかしそんな事をしたら、王国が我らの討伐を考えないでしょうか?」
「それは私が何とかします」
ガーチップの懸念に応えたのは、王女様だった。
まあ、王女様が保証してくれれば問題ないだろうって、おい、何故俺の顔を見る?
なんだかガーチップから凄い圧を感じるぞ。
仕方がない、頼んでいるのは俺なんだしな。
「私からも王様を回復させたら、お願いしてみるわね」
「ええ、よろしくお願いしますね」
ガーチップの目が、絶対ですからねと言っているようだった。
仕方がない。ここはガーチップ達のために一肌脱ぐか。
そして俺は、ジゼルに化粧を施されていた。
その化粧はより美しくなる為じゃなくて、とても恐ろしい顔にする為だ。
目尻が上がり睨み付けるような目に、口角が吊り上がった口元は薄笑いを浮かべているようで、いかにも冷酷で狂っているような感じだ。
俺が言い出した事とはいえ、これはあまりにも酷すぎないか?
「ね、ねえ、ジゼル。これはちょっとやり過ぎじゃないの?」
「何を言っているの? 恐ろしく見える程、作戦が成功するといったのはユニスじゃない。相手を脅かすのなら、これくらいやらないと駄目でしょう」
「・・・あ、はい」
ジゼルは自分の出来栄えに満足したのか、うんうんと頷いていた。
「でも、本当に良かったわね。悪名が鳴り響いているから、これだけ怖い顔を見たらみんなびっくりして腰を抜かすわよ」
ああ、そうですか。
ジゼルが悪乗りしているのは良く分かったよ。
なんでこんな事をしているかというと、あおいちゃんに連絡蝶を送り民衆に広く周知する方法がないかと質問したら、魔法演舞の派生形の魔法を教えてもらったのだ。
それは空に黒い雲のようなスクリーンを展開して、そこに自分の姿を投影するのだとか。
それでもお茶を持ってきてくれたファビアちゃんが、俺の顔を見た途端お茶を放り投げて悲鳴を上げながら逃げていった時には、流石にへこんだぞ。
王都への通告が終わると、俺達は予定通り王都西門の前に待機していた。
そして俺とジゼルは、何もない平原で椅子に座っていた。
「ねえ、ユニス」
「なあに?」
「私達、これから戦闘をするのよね?」
「そうね、その可能性もあると思うわよ」
「なら、この格好は場違いじゃないの? どう見ても物見遊山に来たって感じだけど」
俺とジゼルは、夜会用に準備していた金属糸で作ったドレスを着て、椅子に座っているのだ。
そして王都側からこちらを覗いている連中に見せつけるため、首元にはネックレス、腕にはオペラグローブという念の入れようだ。
これでオペラグラスでも持っていれば、演劇を見物にやってきた観客だろう。
さしずめ、演目は「困惑するお貴族」て、ところだろうか。
「大丈夫よ。王都で覗き見している連中を引っ張り出すには、私達がイカレテイルと思わせた方が確実でしょう?」
「そうなの? でも戦闘には向かないわよね?」
「そうでもないのよ。このドレスは刃物を通さないから防具として使えるしね。それにとても似合っているわよ。どこかのお姫君みたい」
俺がそう言うとジゼルは、ちょっと頬を赤らめていた。
そんな俺達の傍ではオーバンが、大きな団扇で風を送っていた。
「オーバン、扇ぐのはふりでいいんだからね。疲れないように適当でいいのよ」
「はい、分かっております。ですが、多少はそれらしく見えるようにした方が良いと思いますので、そこはお任せください」
「そう、分かったわ」
そしてゴーレムの後ろには、王女殿下とその護衛騎士が馬車の中にいた。
王都側に姿を見られると拙いと言う事で、ゴーレムの後ろに隠れてベルグランドに王都側の様子を報告させていた。
俺とジゼルは青空の元、サイドテーブルの飲み物を片手にのんびり暇つぶしをしていると、保護外装の高性能な耳が王都の方から聞こえてくる物音を拾っていた。
どうやら閉じられた門の向こう側では、何かが起こっているようだ。
「皆、王都で何か動きがあるわよ」
俺が注意を促すと、オーバン達が武器を装備して俺達の傍にやって来た。
王都西門を見つめていると、突然王都上空に魔法弾が打ち上がった。
それを合図に城門が開き、人々が一斉に脱出してきた。
人々は必死の形相で、こちらに向けて走っていた。
「皆、貴族以外はそのまま逃がしてね」
「「「はい、分かりました」」」
「いいね」ありがとうございます。




