9―15 ブマク団本部にて
「魔女様、助けて頂いてとても感謝しております。そして誤解していて申し訳ありません」
王女様は俺の前で綺麗な所作で腰をかがめると、軽く頭を下げていた。
他人がいる場面で王族が頭を下げたのでちょっと驚いたが、俺の事を最悪の魔女と誤解しているのだから当然なのかもしれない。
カルメ冒険者ギルドでは、最悪の魔女はヴァルツホルム大森林地帯の支配者という認識だったからな。
俺達は今、ブマク団本部にあるソファが置かれた部屋に居た。
ここはガーチップ達の作戦室のようだが、特別な計らいで提供してもらっているのだ。
俺が座っているソファの対面にはチュイと王女様が座り、その後ろに回復したベレンという名の護衛騎士とベルグランドが立っていた。
ベルグランドの本来の位置が、あそこなのだろう。
俺はベルグランドとの心理的距離を感じて、少し寂しい気分になっていた。
色々あったが、少なからず時間を共に過ごした仲間という認識があったからだ。
そしてこちら側には俺とジゼルが座り、後ろにはグラファイトとインジウムが控えていた。
「誤解が解けて、こちらも嬉しいです。それから私はユニス・アイ・ガーネットと言います。名前で呼んでくれると、とても嬉しいです。それとチュイもね」
俺がやんわりとそう訂正すると、王女様の後ろに控えていたベルグランドがそっと耳打ちしていた。
「殿下、このお方は、公国でパルラ辺境伯という爵位を授与されております。それとパルラの領民からは、親しみを込めてユニス様と呼ばれております」
「え、では、ガーネット卿とお呼びすればよろしいのですね? 私の事はリリアーヌとお呼びください」
俺が王女様に頷くと、今度はチュイが口を開いた。
「では、私はユニス殿と呼ぶことにします」
「ええ、それでよろしくお願いします」
自己紹介が終わると、張り詰めていた空気が緩んだようだ。
王女様の後ろに控えていた女騎士のきつく引き結ばれた唇も、少し緩んだようにみえた。
瀕死だったあの女騎士を治癒魔法で助けたのだが、今は顔色もすっかり良くなっていた。
ルジャの館で女騎士を治療した後、王女様は緊張の糸が切れたのかその場に倒れて意識を失ってしまったのだ。
そしてそれを見たこの女騎士が、俺が王女様に危害を加えたと誤解して乱闘騒ぎになっていた。
現場にやって来たベルグランドのサポートもあり、なんとか誤解だと分かってくれたから良かったが、あのままだったら大変な事態になっていただろう。
そして俺達が宿泊していた館を焼き討ちした件に、王女様が関わっていないと話してくれたのだ。
話を聞き終わったところで王女様の意識が戻ったが少し休ませた方が良いだろうという事になり、日を改めて出直そうとしたのだがそこで周りの惨状に気が付いたのだ。
こんな場所に王女様を放置する訳にもいかず、一緒にブマク団本部に行くことを提案してみると、とても驚いた顔をしていた。
「あの、私はルフラントの一族ですが、助けてくれるのですか?」
そんな意外そうな顔で尋ねられても、俺は7百年前の最悪の魔女とは別人なのだ。
「当たり前です。こんなところに一晩、身を守る手段もない女性達を放置できません」
俺は出来るだけ友好的に見えるように微笑むと、隣に居るチュイにそっと視線を送った。
チュイはその視線の意味を理解してくれたようで王女様に小声で何か話しかけると、王女様は頷いていた。
「分かりました。それでは同行いたします」
後でチュイに王女様が付いてきた理由を聞いてみると、館の護衛騎士が全滅していて次襲われたら戦う術が無いのと、既にこの館にいる理由がなくなったからだと教えてくれた。
俺は対面に座る王女様に意識を向けると、王国に来た本来の目的について話をすることにした。
「それで本題ですが、王様に霊木の実を提供する代わりに、王国内で暗躍している怪盗三色を捕縛するのに協力して頂きたいのです」
怪盗三色という名前を聞いた王女様は、とても渋い顔をしていた。
「怪盗三色は、貴族達を馬鹿にして楽しむ愉快犯だと聞いています。そのような者達に何故ガーネット卿が関心を示されるのでしょうか?」
ああ、俺もその愉快犯に歴史書を掠め取られた馬鹿の1人なんですよ。
「アイテール大教国からの依頼で1つ仕事を引き受けたのですが、その報酬を怪盗三色に奪われたのです」
「まあ、そんな事が・・・」
王女様は口元を両手で隠していたが、目は大きく見開かれていた。
俺が怪盗三色にコケにされたことが、信じられないのだろう。
「協力してもらえるでしょうか?」
「え、あ、はい。私に出来る事であれば協力させてもらいますわ」
「良かった。では、こちらも約束通り霊木の実を提供いたしますね」
俺がそう言うと、王女様は目を伏せて悲しそうな顔になった。
「陛下は、既に食べ物を摂取できる状態ではありません。せっかくの申し出なのですが、無駄になりそうです」
そんなに容態が悪いのか。
いや、待てよ。
そこで俺はジゼルの顔を見ると、ジゼルはにっこり微笑み返してきた。
ジゼルが石打ちの刑にあった時、ドレインタッチの魔法で魔力を流し込めたよな。
俺は再び王女に向き直ると、一つ頷いた。
「大丈夫ですよ。私は、相手に直接魔力を注ぎ込む魔法を使うことが出来ます」
俺がそう提案すると、王女とチュイは戸惑った顔で互いに見つめ合っていた。
「えっと、ガーネット卿の魔力を、その、直接陛下に供給すると言う事でしょうか?」
その顔には、不安そうな表情が浮かんでいた。
「私からジゼルに移した時は問題無かったわよ」
俺がそう言うと、隣のジゼルもうんうんと頷いていた。
まあ、実際は覚醒して大人の姿になっているけどね。
「でも人間種には・・・試していませんよね?」
言いにくそうな王女様を見て、人間種に悪影響がある可能性を心配しているのが分かった。
では、誰かを実験台にして試すしかないな。
そこで俺はベルグランドの顔を見ると、ベルグランドはその視線の意味を理解したのか、自分の事を指さしていた。
その行動が「え、俺ですか?」といっているようなので、俺は肯定の意味を込めて頷いてやった。
ベルグランドは目を大きく見開くと助けを求めて周りを見回したが、誰も助けてくれそうもないと分かるとがっくりと項垂れて一歩前に進み出た。
「待って、その役は私がやります」
声を上げたのは、ベレンというあの女騎士だった。
「ベレン、貴女まだ本調子じゃないでしょう?」
「ですが、王家に関する事となれば私が適任だと思われます」
王女様が止めたが、女騎士はやる気のようだ。
女騎士はベルグランドを睨んでいるようだが、俺が知らない王国内の事情があるのだろうか?
女騎士は「さあ、やってみろ」とばかりに、俺の前で仁王立ちになった。
俺はそんな女騎士を一瞥してから、後ろに控えているグラファイトを手招きした。
グラファイトはこくりと頷くと、俺の前に口を開けた袋を差し出してきた。
袋の中からダイビンググローブを取り出すと、左手にはめた。
「それじゃ始めるけど、いいわね?」
俺の言葉に、女騎士は唇をきゅっと引き締めて頷いた。
ダイビンググローブで女騎士の肩を掴むと、魔力を注ぎ込むイメージを頭の中で描き始めた。
魔力を流し込まれた女騎士を見ていると、なんだか肌に張りや艶が出てきたように見えた。
どうやら子供の場合は成長し、大人の場合は細胞が活性化するようだ。
女騎士はきめ細やかになった自分の肌を見て、ちょっと戸惑った顔をしていた。
「ベレン、体の調子はどう?」
「殿下、力がみなぎっております」
その返事を聞いた王女様は、期待を込めた瞳でチュイを見た。
「これなら父上は、元に戻りそうですね?」
「ああ、ユニス殿を信じよう」
そんな時、部屋にリスタちゃんが入って来た。
「お姉ちゃん」
そして俺に抱き着いてきた。
「おい、リスタ」
俺がそのかわいい頭を撫でていると、その後から兄のルヴィスも入って来た。
そして俺と妹の姿を見て一瞬気まずそうな顔になったが、直ぐに直立の姿勢になると、部屋全体に聞こえる声を出した。
「報告します。王都フェラトーネで、アラゴン公爵が暫定国王に就任するそうです。5日後の国王就任式までの間、王都は城門を閉じて出入りを禁止するとのことです。合わせてルジャで非業の死を遂げた王女様の葬儀も行うとのことでした」
「え、私?」
その報告を聞いた王女様が、目を丸くしていた。
「成程、アラゴン公爵は反対派が王都に居ないうちに、次期王に就任してしまおうという魂胆か」
「でも、私が王都に行って反対すれば」
「だから、出入りを禁止にしたんだろう」
「そんな・・・」
それならこっそり王城に潜入して、先に王様を助ければ済むんじゃないのか?
ジュビエーヌが生活している公城には、郊外の墓所とつながる隠し通路があったしな。
「ねえ、王城に外から入れる隠し通路は無いの?」
「そんな物ありませんよ」
ちぇっ、無いのか。
それじゃあ、上空からこっそり入るしかないか。
「じゃあ、上空から潜入するしかないわね」
俺がそう言ってみると、目の前の2人はますます困った顔になっていた。
王城トリシューラは、上空からの攻撃の備えとして屋根の上にはいろいろな罠が仕掛けられているそうだ。
そして城壁の上には対空見張り台があり、夜間でも暗視魔法が使える魔法使いが常駐しているのだとか。
そんなところに現れたら大騒ぎになってしまうな。
「それに私とガーネット卿が一緒に姿を見せれば、陛下に危険が及ぶ可能性があります」
ああ、確かに、跡目争いをしている相手からみたら、競争相手を排除したつもりが実は生きていて、しかも強力な護衛が付いていて手が出せないとなれば、次善の策として王様を殺して死に際に次期王に指名されたと言い張る事も考えられるか。
王様が亡くなったら、それを確かめる術もないしね。
地上からも上空からも、こっそり潜入する事が出来ないというのなら、いっそのこと最初から大げさにしてしまった方がいいのではないだろうか?
「ねえ、入れてくれないというのなら、堂々と入るしかないと思うんだけど」
俺がそう言うとチュイと王女様は、意味が分からずぽかんと口を開けていた。
そして隣では、ジゼルがクスクスと笑っていた。
「ユニス、とっても悪い顔をしているわよ」
ふふ、こういった悪巧みは、ちょっとテンションが上がるんだよね。
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