9―14 襲撃者2
俺は女騎士が仮面をかぶった者達にいたぶられている場面に出くわしてとても腹が立っていたが、なんとかチュイが合流してくるまで我慢していた。
だが床に倒れた女騎士に止めを差そうとした瞬間、我慢出来なくなり攻撃魔法をぶっ放していた。
あの仮面達が敵で、倒れている女騎士が味方でいいんだよな?
つい手が出してしまったが、合っているよな?
疑問を抱えながら部屋に入っていくと、仮面の者達がこちらを警戒しているのが分かった。
まあ、仲間の1人を倒したのだから、それは当然か。
そんな時、女性のつぶやき声が聞こえてきた。
「最悪の魔女」
声がした方を見ると、そこには高価そうなドレスを着た女性が床に座り込んでいた。
あれがチュイの妹さん、かな?
うっわ、めっちゃ睨んでるよ。
どうやらジゼルが言った事が、当たっていたようだな。
チュイから正体がバレているので変装しない方が良いと言われ、元の保護外装の姿に戻っているのだが、あの睨むような眼差しを見たら本当に良かったのかと考えてしまうな。
王女様との関係がこじれたら、面倒ごとは全部チュイに丸投げしてやろう。
宿泊場所を焼かれて王都から脱出した俺達は、ヴァルツホルム大森林地帯のブマク団を訪れていたのだ。
そこでチュイに事情を話し王女様への仲介を頼むと、チュイはそれを快く受け入れてくれた。
まあ実際には、チュイの方にも思惑があるようだけどね。
そしてブマク団の何人かを王都に派遣して、情報収集をしてくれたのだ。
戻って来た者からの報告では、王女様は王都を出てルジャにある館に向かったそうだ。
新たな罠かもしれないが、王女様が王都を出てくれたのは好都合だった。
そこでチュイを伴ってこの館までやってきたのだが、何者かに襲撃されている場面に出くわしたのだ。
館を包囲している連中をグラファイト達に任せて、俺とジゼルはチュイの案内で館に入った。
そして手分けして部屋を捜索していると、俺は1人の女性がいたぶられている場面に出くわしたという訳だ。
誰が敵で誰が味方なのか分からない状況だったので、部屋に居る者達の出方を注視していると、仮面の男が話しかけてきた。
「これは魔女様、私達は恐れ多くも貴女様の寝所を焼き討ちした黒幕に天誅を加えようとしていたのです。相手を間違わないで頂きたい」
え、ひょっとして内輪もめの最中だったのか?
魔女派と反魔女派で別れて、戦いが起こったとか?
「この惨状は、私の為だと言うのですか?」
「勿論でございます」
なら、当事者である俺が好きなようにしていいよな?
「では、後は私が引き受けますので、貴方達はもう帰っていいですよ」
俺の答えが意外だったのか、仮面の男達は一瞬虚を突かれたようにのけぞっていた。
「こ、これは異なことを申されますね。私も、黒幕の首を取ってくるようにと命じられているのです。引き下がるわけにはまいりません」
う~ん、対立側から見れば王女様は敵の大将首、その首を取るのが最終勝利というのは分かる。
だが、ここで王女様が討たれたら俺の今後の計画に影響が出るし、何よりチュイに合わせる顔が無くなるんだよ。
「では、貴方達のボスに私が礼状でも書きましょうか?」
「いえ、そのような手間をおかけする訳にはまいりません」
大人しく引き下がってくれたら余計な手間が省けると思ったが、どうやら素直に帰ってはくれないようだ。
「では、どうしても引き下がらないと?」
「残念ながら、私も命令を受けた身。はいそうですか、とはいかないのですよ」
そう言われてしまうと、これ以上の交渉は無理と言う事だな。
なら、仕方がないかな。
「そう、なら実力で排除しますが、よろしいですね?」
俺がそう告げると仮面の男は俺の説得を諦めたようで、口調も素に戻ったようだ。
「ふん、先程は不意打ちで1人やられたが、魔法使いが接近戦で、なおかつ4対1で勝てるとでも思っているのか?」
仮面の男達は、訓練が行き届いた同じ動きで俺に向けて剣を構えた。
そこで、服の裾が引っ張られる感触があった。
「ユニス、騙されちゃ駄目よ。そいつらの狙いはあの女性の方よ」
どうやら他の部屋を捜索していたジゼルが、こちらに来てくれたようだ。
それにしてもジゼルの魔眼は、仮面の中に隠れている視線も分かるのか?
あ、そう言えばジゼルの魔眼は裏の顔が分かるんだったな。
きっと、仮面の裏の顔も分かるのだろう。
それなら連中を王女様の元に行かせないように、牽制しておくか。
「仕方がありません」
俺の前には多数の藍色魔法陣が現れると、仮面の男達は王女に向けて駆けだそうとしていた。
残念だったな。その動きはジゼルの魔眼でお見通しだよ。
男達の前方に魔法弾の弾幕を張ると、男達が動きを止めた。
これで諦めて、逃げてくれたらいいんだがな。
だが俺の願いは、男達の目の前に魔法の盾が出現した事で叶わなかった。
こいつら何が何でも王女様を殺すつもりか?
「ユニス、その仮面の男達は悪人みたいよ」
ジゼルのその指摘に俺は覚悟を決めた。
仮面の男達は魔法の盾をこちらに向けると、魔法弾の流れの中を王女様の方に向かって移動を始めた。
俺の発動する魔法陣が藍色から緑色に変わると、仮面の男達の行動が変わった。
「ちっ」
舌打ちする声が聞こえると、男達が王女様への攻撃を諦め俺の方に向かってきた。
だが一撃目で魔法の盾が消滅すると、次弾を受け止めることは出来なかった。
次々と被弾して吹き飛ばされると、床に倒れて動かなくなった。
当面の脅威が去ったので瀕死の女騎士の救助に向かおうとすると、王女様の奇声で動きを止めた。
床に座り込んでいた王女様は驚くほどの素早い動きで女騎士に駆け寄ると、その身で女騎士を庇っていた。
そして振り返ると、目を真っ赤にして震える声で懇願してきた。
「お、お願いします。ベレンは私の大事な友人なのです。どうか、殺さないで」
俺はその懇願を聞いて衝撃を受けた。
ジゼルから聞いていたし、先程も最悪の魔女と呼ばれたからある程度は予想していたんだが、これは想定外だった。
俺だって、王女様と呼ばれる特別な人達と仲良くしたいのだ。
それがこんなに怯えられるとは思ってもみなかったし、とても悲しかった。
そして初めてジュビエーヌに会った時はどうだったかと真剣に考え始めた時、王女の下で微かなうめき声が聞こえてきて現実に引き戻された。
「庇っている女騎士を救いたいのなら、そこをどいて」
だが、王女様はイヤイヤをするように女騎士に抱き着いて離れなかった。
そんな時背後にジゼル以外の気配がしたので、俺は大声を上げた。
「チュイ、王女様を落ち着かせて、そして私に女騎士の救護をさせて」
「はい、分かりました」
直ぐに返事が返ってくると、チュイが前に出て王女様と何やら話し始めた。
王女の顔には驚愕の表情が張り付いていたが、それでも説得に応じて女騎士から離れてくれた。
俺はその隙に瀕死の女騎士に「重体治癒」の魔法を掛けた。
+++++
リリアーヌは、最悪の魔女と仮面の男達のやり取りを黙って聞いていた。
仮面の男達は魔女の味方だと訴えているが、魔女はそうは思っていないようだ。
図書室で見つけた記述では、魔女は仲間を平気で裏切ると書かれてあった。
と言う事は、用済みとなった男達を切り捨てるつもりなのか?
そして始まった戦闘を見ているとなんだか魔女が私を庇ってくれているような気がするが、それはきっと気のせいよね?
魔女は無詠唱で尋常じゃない数の魔法弾を撃っているが、その全てが低威力の藍色魔法なのは魔女と仲間達による自作自演の演技にも見えた。
そう思っていたところで、魔法陣の色が藍色から緑色に変わった。
魔女の魔法が殺傷力の高いものに変わると、仮面の男達の行動も直ぐに変わった。
より直接的に魔女に攻撃を仕掛けていったが、全員魔女の魔法で弾き飛ばされていた。
え、演技じゃなく、仲間割れだったの?
だが邪魔者が居なくなれば、次は私の番だ。
ゴクリと唾を飲み込むと、じっとその時を待っていた。
すると魔女は、私では無くベレンの方に向かっていったのだ。
驚いた私は気力を振り絞って立ち上がると、ベレンの元に必死に走った。
なんで、なんで、ベレンを狙うの?
私を絶望の底に落とさないと、満足できないとでもいうの?
狡猾でずる賢く、極悪非道で誰も信用しない魔女というのは、やはり本当のようね。
ベレンはもう虫の息なのよ。
これ以上ベレンを虐めるのは止めて。
そう叫んだところで、魔女が大声を上げた。
すると魔女ではない誰かが近づいてきた。
その誰かには、獣耳が付いていた。
王国は獣人を目の敵にしてきた。
その報いを受けろと言う事なの?
だが、その獣人は私を攻撃することは無く、私の隣にしゃがみ込むと私の肩に手を置いた。
何が起きているのか分からず混乱していると、獣人は優しい声色で話しかけてきた。
そしてその獣人は、私の事を「リリ」と呼んだのだ。
私の事を「リリ」と呼ぶのは、カリスト兄さまだけのはず。
そこで改めて獣人の顔を見ると、そこにはカリスト兄さまの面影があった。
「カリスト兄さま、なの?」
「リリ、苦労を掛けたね。だが、もう大丈夫だよ」
「でも、死んだって・・・」
「ちゃんと生きているよ。それよりも、リリの護衛騎士を助けてあげようよ」
そう言われてベレンを見ると、もう動いていなかった。
「え、でも、ベレンはもう」
「大丈夫さ、魔女殿がきっと治してくれるよ」
そういうとカリスト兄さまは、私に大丈夫だと言うように頷いていた。
「さ、魔女殿の治療の邪魔をしないように少し外そうか」
「ええ、兄さまが、そう言うのなら」
私が半信半疑ながら兄さまの言う事ならとベレンの傍から離れると、直ぐに魔女が魔法を掛けていた。
その魔法はベレンを包み込むように、床に橙色の魔法陣が現れた。
こんな魔法は見た事が無かった。
その魔法を見て一瞬騙されたのかと叫びそうになったが、直ぐにその魔法の効果が表れていた。
それまで紙色だったベレンの顔に生気が戻り、体中にあった傷跡がきれいさっぱり消えていたのだ。
そしてなによりベレンの瞼が開いたのだ。
ほっと一安心したリリアーヌは、冷静になって改めて魔女の顔を見た。
そこには般若の顔も凶悪な形相もなく、やさしく微笑む慈愛に満ちた女神の顔があった。
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