9―12 悪巧みをする者
リリアーヌが王族区画を出ると、そこでベレンが待っていた。
「ルジャに行くわ。私がルジャに行く事は大々的に周知してね」
「今王都を離れるのはアラゴン公爵の思うつぼになりますが?」
「王都ごと吹き飛ばされるよりましでしょう」
それを聞いたベレンは、私が何をしようとしているのか理解してくれたようだ。
「それは・・・分かりました。最後までお供させていただきます」
王城トリシューラの私室で、リリアーヌは侍女達が自分に旅装を整えるのをじっと待っていた。
ルジャは馬車で半日の距離だが、それでも王女が移動するとなると周辺の調査や道中の休憩場所の確保、別荘への先触れ等の手配、当日の馬車の用意や護衛の人選等の準備で、ようやく今日出発となったのだ。
準備が整うまでの間、突然王都が大爆発するのではないかと気が気ではなかったが、どうやらその心配は杞憂に終わったようだ。
ようやく旅支度が整うとベレンに先導され、私室を出て馬車が待つ正面入り口に向かった。
廊下で通りかかる使用人達が皆立ち止まって一礼しているが、王城の使用人には2、3日息抜きをしてくるとだけ伝わっているせいか、その顔には主人の居ない束の間の自由を得てどことなく楽し気に見えた。
王城を出ると、そこには私をルジャの別荘まで乗せて行く豪奢な馬車が待っていた。
わざわざ派手な馬車に乗るのは何処に居るのか分からない怒れた魔女に、私の居場所を知らせるのが目的なのだ。
ベレンからは、アラゴン公爵派の貴族達が外交問題から逃げ出した王女と陰口を叩いていると教えてもらった。
全く現実が見えない人達は気楽でいいわねと、思わず毒を吐きたい気分だった。
リリアーヌはその場で振り返ると、これが見納めになる王城トリシューラを眺めた。
トリシューラは生まれた時からずっと生活してきた空間なので、これが最後だと思うと自然と涙が込み上げてきた。
「殿下、大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないわ」
心配そうなベレンにそう答えると、御者が開けた扉から馬車に乗り込んだ。
リリアーヌを乗せた馬車は、王都の町を西門に向けてゆっくりと進んでいった。
今回は目立つ必要があったので、馬車の窓からこちらを見守っている通行人に私が乗っている事をアピールするため手を振っていた。
私のその行動に驚いた見物人が良く見ようと身を乗り出すのを、警備中の騎士が慌てて制していた。
まあ、今回の事は騎士団にも原因の一端があるのだから、少しくらい苦労させても罰は当たらないわよね。
馬車は西門出ると、ルジャに向けて走り出した。
+++++
王都のとある建物の2階で、男が酒の入った銀製グラスを手に王女が王都から出ていく姿をじっと見つめていた。
「くくく、まさか王女が王都から逃げ出すとは、思ってもみませんでしたね」
王女の傍には配下の者を何人も潜ませているので、王女宛てに送られてくる封書を盗み見ることは可能だった。
その封書の中に、公国であの最悪の魔女と接触し、国王が興味を示しそうな食材を譲ってもらう事に成功したと記された物があったのだ。
調べてみると、それはあのロヴァルの女狐が特別な時に配っていたという木の実らしい。
そしてひとたびその味を知った公国の貴族共は、再びその実を食するために女狐に従順だったんだとか。
恐らくは紫煙草に似た、中毒性のある食べ物なのだろう。
そんな物を国王に提供したら、病気が回復する可能性があった。
そうするとアラゴン公爵を次期国王にするという計画が、水の泡になってしまうのだ。
それは何としても阻止しなければならなかった。
だが、残念ながら公国から食材を運んでくる日時やルートが書き記してあると思われる封書が、マジック・アイテムによる封印が施されていて盗み見る事が出来なかったのだ。
まさかエラディオという男がこんなふざけた真似が出来る程有能とは思わなかったが、それなら王国内の主要街道に人員を配置して監視すればいいのだ。
それとこの男の有能ぶりに敬意を表して、王都の各門にもこちらの手の者を潜ませていた。
俺としては街道で襲うのが好みなのだが、王都に辿り着かれたとしても対策は万全なのだ。
そしてエラディオという男はこちらの監視網を潜り抜け、突然公国の使者を連れて王都に現れたのだ。
門に配置した手の者からの報告では、公国からやって来た使者は人間で、最悪の魔女ではないという事だった。
公国に居る魔女はどういう訳か領主という仕事が気に入ったようで、パルラという町をあまり離れたがらないというのは本当のようだ。
本人が居ないのなら好都合。
使者が王城に入るまでの時間を稼ぎ、こちらの作戦を実行するのだ。
使者の宿泊場所が分かった後は、旧タラバンテ伯爵館の使用人に偽造した王女からの命令書を渡して追っ払った。
あの連中は、俺達が広める噂の生き証人になってくれるだろう。くくく。
王女は、公国の使者を襲撃したという汚名を着せられ、国王を救う食材を失うのだ。
ついでに王女があの戦狂いの辺境伯と結託して、公国へ戦いを仕掛けようとしていると噂を広めれば、きっと面白い事になるだろう。
多少強引な所もあるが、もともと王国は最悪の魔女に関する御伽噺が広く浸透しているので、それを信じる貴族は多い事だろう。
魔女襲撃を王国騎士団の仕業に見せかけるのも、怪盗三色に騎士団の夕食に一服盛らせることで実行できた。
連中の使う薬は強力で、襲撃を終えて鎧や旗を戻しに来た時も誰も俺達に気付かない程だったのだ。
後は王女派の貴族共に、王都に留まっていると危険だと意識させればいいのだ。
その最後の一押しは、アルベルタ侯爵だ。
侯爵は王家から預かっていた大切なアイテムを怪盗三色に盗まれた負い目があり、それを取り戻せると思えばなんだって言う事を聞くのだ。
侯爵に再び怪盗三色が領都に現れると言うと、大慌てで帰って行った。
そして、その事を王女派の連中に知らせてやったのだ。
連中の目には、王都が焼き払われる危険をいち早く察知した侯爵が、大慌てで領地に逃げ帰ったと写った事だろう。
案の定、王城に集まっていた王女派の貴族共は、慌てて領地に逃げていった。
「くくく、馬鹿な奴らだ」
6番の報告を聞く限り公国に居る最悪の魔女は理性的な性格で、どれだけ怒っていても無関係の王都民を巻き込むような真似はしないはずだ。
だが、それを知らない王女派の連中は、怒り狂った魔女が王女諸共王都を焼き払うと言えば、帝都キュレーネを焼いた前科があるので簡単に信じ込むのだ。
王女派の貴族が領地に逃げて行ったので、俺達がすることに邪魔をする者は居ない。
これで俺の計画も、次の段階に移れるというものだ。
7番は教国を乗っ取った。
次はこの俺の番だ。
黒蝶の1番から5番までは創設メンバーで代々世襲となっているそうだが、6番以降の順位は変動するのだ。
ルジャに逃げた王女を襲って、今度はそれを魔女の仕業に仕立て上げるのだ。
王女が魔女に殺されたことを公表し王都をアラゴン公爵派で占拠すれば、アラゴン公爵が王国の実権を握っても誰も文句は言う者はいない。
仕上げは、黒蝶が開発した不衛生な環境を好む腐虫を使う。
こいつの噛まれると3日3晩高熱を発して、やがて死に至る。
これを不衛生な貧民街に放てば、間違いなく病気が蔓延するのだ。
その後でアラゴン公爵が同じような症状を発しても、誰も暗殺とは思わない。
後は、病気の蔓延に怯える貴族共に治療薬が出来たと言えば、薬欲しさにわが身大事な貴族達は皆俺の足元にひれ伏すだろう。
「くくく、楽しくなってきましたね」
10番は魔女にちょっかいを出して返り討ちにあったようだが、俺はそんなミスは犯さない。
王女が乗った馬車が西門を出ていくのを確かめると、その場を離れ自分の館に戻った。
そして王女に引導を渡すための手配を始めた。
+++++
ルジャに向かう馬車の中には、本来であればリリアーヌの身の回りの世話をする侍女が同乗するのだが、今回は護衛役のベレンが乗っていた。
これはリリアーヌの意図を、侍女長が理解してくれたためだ。
「殿下、王都の使用人を連れてこなかったのは分かりますが、ルジャの館にいる使用人と馬車に随伴してきた護衛は外せませんが、よろしいですね?」
ベレンは王都から身の回りの世話をする使用人を連れてこなかった事に、不満があるようね。
まあ、いくら魔女が怒っていたとしても、湖の傍に立っているちっぽけな館を襲撃するのに帝都を壊滅させたような大魔法は使わないだろう。
運の良い人達なら、きっと生き延びるチャンスがあるはずよ。
リリアーヌを乗せた馬車は、途中トラブルに見舞われることもなく目的地であるルジャの別荘に到着した。
馬車が高い塀に囲まれた厳重な門の前で止まると、護衛隊長が門番に門を開けるよう命令していた。
門の先にある王族の別荘は、湖に突き出た切り立った崖の上に建っていた。
これは警備面では、3方を湖という天然の要害に囲まれることになるので、北に面する部分だけ警備をすれば良く、少ない人員で警備が可能なのだ。
ここなら警備や身の回りの世話をする人間を、必要最小限にまで抑えることが出来るのだ。
私に付き合って不幸な目に遭う人間が、少しでも減らす事ができて満足だった。
私とベレンが館に入り寛いでいると、この館を警備する責任者が挨拶にやってきた。
部屋に入って来たのは王都から随伴してきた騎士団員で、威圧的で厳つい顔が神妙な面持ちになっていた。
「殿下、当館の警備を担当することになったパラダでございます。この館にご滞在中は、我々が全身全霊を持って御身の護衛に努めますので、心置きなくお寛ぎ下さりませ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
まあ、心置きなく寛げるとは思えないけどね。
暇つぶしに水遊びをしようかとも思ったが、湖に出かける時は北門から一旦外に出て、湖をぐるりと回りこんで砂浜がある場所まで移動する必要があり面倒だった。
そのためパラダが部屋から出ていくと、部屋の中でつかの間の休息を楽しむことにした。
「最後のひと時だから、せいぜい寛ぎましょう」
「はい、分かりました」
私のその一言に、ベレンは悲しそうに頷いた。
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