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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第9章 亡国の遺産
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9―9 不幸な出来事

 

「王女にはめられたな」


 俺がぽつりとそう言うと、ジゼルが直ぐに反論してきた。


「それはおかしいんじゃないの?」


 ジゼルは何故王女を擁護するのか不思議だったが、今はその議論をする時間は無いのだ。


「ガーネット卿、そろそろ逃げないと焼け死にますぞ」


 そうなのだ。


 元タラバンテ伯爵館は大きな建物だが、周囲からの攻撃で既に全体に火が回りそうな勢いだった。


 館が燃える音を聞きながら、集まったメンバーを見回した。


「急いで此処から脱出しましょう。グラファイトとインジウムは先行して馬車の確保と周辺の安全確認をお願い。それじゃあ馬車まで戻るから皆は私の周りに集まって」


 俺の号令にグラファイトとインジウムが炎の中に消えていくと、残った者が俺の傍に集まってきた。


 だが、その中で1人だけ動かない者が居た。


「ベルグランド、急いで」


 ベルグランドに声を掛けたが、それでも動こうとしなかった。


 もう一度声を掛けようとしたところで、ガスバルが俺に声を掛けてきた。


「ガーネット卿、ベルグランド殿は上司に見捨てられて、ここで潔く散るつもりなのです。ここは本人の名誉のため、置いて行ってあげましょう」

「その通りです。ユニス様、裏切者は放っておけばよいのです」


 ガスバルの指摘にオーバンが賛成しているが、俺は信じていた相手に裏切られたまま死なせたくはないのだ。


「いいから早くしなさい」

「私は見捨てられたのです。もう放っておいてください」


 全く面倒くさい奴だな。


 そんなベルグランドの襟首を掴むと強引に手元に引き寄せた。


「ちょ、待って、下さい」


 なおも抵抗するベルグランドをオーバンに預けた。


「貴方の愚痴は、ここから脱出した後でたっぷり聞いてあげるわよ」


 そして俺の周りに集まった人達を包むように、空間障壁の魔法を掛けた。


 この橙色魔法で作られる壁は、発動させる魔力量が膨大なだけあって攻撃を防ぐだけじゃなく、熱や炎、煙といったものも遮断してくれるのだ。


 そして散乱した瓦礫に躓かないように重力制御魔法で浮かせると、飛行魔法で馬車のある裏庭まで移動を開始した。


 廊下を移動していると扉の隙間や壊れた壁から炎が吹き込んでくるが、空間障壁の中に居る俺達には何のダメージも与えていない。


 最初は噴き出す炎を怖がっていた者達も、自分たちが安全だと分かるとその光景に魅了されたようにじっと眺めていた。


「ユニス、何だか綺麗ね」

「ふむ、実害が無いと分かると、炎のトンネルを歩いているような不思議な感覚になりますな」

「確かにそうですね。ユニス様が一緒に居るだけで安心感がありますから、そんな感覚になるのでしょうね」


 3人が呑気な感想を口にしていると、1人だけ別世界の人間がいた。


「私は、王女殿下からの仕打ちで打ちのめされそうです」


 ベルグランドの落ち込みぶりを見ていると、ちょっと可哀そうに思えてきた。


 その間も天井が焼け落ちてきたりしたが、空間障壁に弾き返されていた。


 階段を1階に向けて移動すると正面に炎の壁が出来ていて、その中心にぽっかりと空いた空間があった。


 その空間を潜り抜けるとそこは裏庭で、グラファイトとインジウムが馬車の傍で待機していた。


「お姉さまぁ、周囲に敵は居ませんよぅ」


 インジウム達は、指示通り馬車の確保と周囲の安全確保を行ってくれていたようだ。


 再び魔力感知を発動すると、周囲をぐるりと囲む壁の向こう側に沢山の反応が現れた。


 どうやら、炎に巻かれて逃げ出してきたところを仕留めるつもりのようだ。


 だが、残念。


 そこは俺達の脱出ルートではないのだよ。


 2台の馬車に重力制御、飛行それに空間障壁の魔法を掛けると、グラファイトに荷馬車を任せ俺達はインジウムが御者を務める馬車に乗り込んだ。


 脱出の準備が整った頃、館は炎に飲み込まれていて、上空に高々と炎の柱と真っ黒な煙を噴き出していた。


 2台の馬車は魔法で浮き上がるとそのまま炎の柱の中に入り、そこから真っすぐ空に向けて上昇していった。


 館を包囲している連中の視線は俺達が逃げ出してくると想定している門や壁に向けられているようで、炎の柱の中を上空に移動している俺達に気付いている者は誰も居なかった。


 そして地面からかなり上空まで達したところで、水平飛行に移り王都から脱出した。


 ベルグランドは焼け落ちる館をじっと見つめていた。


 俺はそんなベルグランドの肩に手を置いた。


「元気を出すのよ。生きていれば良い事もきっとあるわよ」

「良い事?」

「そう、良い事を考えていれば、心も軽くなるものよ」


 すると何やらぶつぶつ呟いていたベルグランドが、はっと顔をあげた。


「お、女ボス、それでは、私にも良い事をください」


 良い事?


 まあ俺に出来る事なら、少しくらい協力してやっても良いか。


「私に出来る事ならいいわよ」


 俺が同意すると、ベルグランドの顔がぱあっと花が咲くように笑顔になった。


「ガスバル殿、聞きました? 私も女ボスにお酌をしてもらえます」

「おお、それは良かったですな。私もガーネット卿がお酌をしてくれるのが確定したので、うれしい限りだよ」

「・・・あ」


 しまった。


 こいつら俺がバニースーツを着てお酌をするというのを、真に受けているぞ。


 困った俺は、隣に座るジゼルの顔を見た。


 するとジゼルも「分かっているわ」とでも言いたげに頷いた。


「ユニス、大丈夫よ。私も、助けてもらったお礼をしなきゃと思っていたから、一緒にやるわよ」


 ちょ、ジゼルさん?


 そんな事を言ったら、この2人が真に受けてしまうだろうって、だが、2人の顔を見て既に手遅れだというのが分かった。


 仕方がない。


 今回はあの辱めを受けてやるか。


 それにしてもベルグランドのこの変わりようは、一体なんだ。


 それはオーバンも同じ気持ちだったようで、一言小言を言っていた。


「おい、ベルグランド。随分な変わりようだな」

「え、先輩それは当然ですよ。女ボスがあーんな恰好でお酌をしてくれるんですよ? これを喜ばずして一体何を喜べと?」


 そんなニヤニヤ顔のベルグランドにガスバルの何気ない言葉が突き刺さり、笑顔を凍り付かせていた。


「ところでベルグランド殿、館が燃え落ちてしまったが問題ないのか?」

「あああ、責任を取らされるぅ」


 ベルグランドは頭を抱えて悶絶していた。


「それは王女様が補償してくれるんじゃないの?」


 俺がそう言うと、ベルグランドは悲しそうな顔で首を横に振った。


「たかが商人が、一国の王女殿下に損害賠償を請求できると思っているのですか? きっと私が高額の借金を背負わされます」


 そして情けない顔を俺に向けてきた。


 その目は何かを訴えかけていた。


「はぁぁぁ、その時は、私がかばってあげるわよ」


 するとベルグランドは、俺の手を握って自分の胸元に引き寄せてきた。


「本当ですか? その時は、是非お力添えをお願いします」

「おい、手を離せ」


 その行動に怒り出したオーバンが、ベルグランドの手を引きはがそうとして騒動になっていた。


 そんな収拾がつかない状況でもどこか他人事だったジゼルが、俺に聞いてきた。


「ねえユニス、これからどうするの?」

「ああ、ベルグランドが使えなくなったでしょう。仕方が無いから、他の協力者を見つけるつもりよ」


 ジゼルの質問にそう答えると、ベルグランドが不平を口にしていた。


「女ボス、酷いです。その言い方だと、私が役立たずと聞こえるじゃないですか」

「あら、それ以外の何だというの?」

「うう、優しい言葉が欲しいです」


 そんなベルグランドを気遣うように、ガスバルが肩を叩いていた。


「心配するな。ガーネット卿に解雇されて行くところが無くなったら、私の館に客として招いてやるぞ」

「ガスバル殿だけです。私に優しいのは」


 そう言って2人は、俺の目の前で見つめ合っていた。


 そんな2人を放置して、俺は館でジゼルが言った事を確かめてみる事にした。


「ねえジゼル、王女にはめられたと言った時、おかしいと言った理由を教えてくれる?」


 ジゼルは一瞬ベルグランドに視線を送ってから、俺の方を見てきた。


「手紙の事よ。パルラの娼館で働いていた時、お母様がドーマー辺境伯様に定期的に報告書を書いていたの。きっと王女様にも、たくさんの手紙を出していたんじゃなかと思ったの」


 ブルコをお母様と呼ぶのを久々に聞いたな。


 だが、部下が定期的に報告をするのは当然か。


「ベルグランド、パルラで私と会ってから今日までの間で、王女殿下に出した手紙はあるの?」

「はい、あります」

「なんて書いたの?」

「えっと、それは」


 一瞬ベルグランドが言い淀むと、オーバンから殺気が上がった。


「ちょっと、落ち着いて」


 慌ててオーバンを制止すると、ベルグランドが慌てて話し始めた。


「えっと、パルラという町で最悪の魔女に会ったとか、復活した魔女はとても美しく、そして目に毒な程妖艶な体つきをしているとか、公国の貴族が求めてやまない木の実を提供してくれるとかですね」


 俺は頭を抱えていた。


 こいつは、なんてことを王女に報告しているんだ。


 これじゃあ、擬態魔法で他人になりすましている意味が無いだろう。


「それじゃ、姿を変えている意味がないでしょう」


 思わずぼやくと、ジゼルが更に指摘してきた。


「ねえユニス、王女様の身になって考えてみて。最悪の魔女と恐れる相手から接触してきたら、どう思う?」


 そりゃあ、敵意があるって・・・あ。


「つまり王女様は最悪の魔女が7百年前の復讐をするため、王国に乗り込んできたと誤解していると言う事ね?」

「多分、そうじゃないかなあと思うわよ」


 ジゼルの指摘を肯定するように、ガスバルが口を開いた。


「確かに、ガーネット卿をカルメの町に招待する時も、魔女の復讐で町が消し飛ぶと大騒ぎになりましたな」


 こうなってしまうと今更ベルグランドに誤解だと言わせても、俺が疑ったように相手もベルグランドが俺に操られていると思って信用しないだろうな。


 全く、ちょっと恩を売って身分保障してもらうつもりだったのに、なんでこんな面倒事になるんだよ。


 仮にジゼルの推測が当たっていたとしても、どうやって誤解を解けばいいんだ?


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