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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第9章 亡国の遺産
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9―5 やり手店主の儲けの極意

 

 店主のカストが客の入りが悪い店内を見回して「はあ」とため息をつくと、それを聞きつけたカウンター席の常連客が口を開いた。


「なんだ、店主。景気が悪そうな顔だな」


 カストに話しかけた常連客は、そう言うと手に持った酒を一口飲んだ。


「お前さんだって、随分と景気が悪そうな飲み方だぞ」

「そりゃあ、楽しみが無いからなぁ」

「楽しみ?」

「店主だって分かっているだろう。ほれ、あれ」


 そういって顎で指示した先には、制服甲型が店の壁に飾られていた。


「ああ、ユニス様が不在なだけで、店にやって来る客の注文もしみったれているからなあ」


 そして2人して「はあ」とため息をつくと、男が駆け込んできた。


「店主喜べ。ユニス様が戻られたぞ」

「ほんとか?」

「ああ、今獣人達を連れて、道案内しているぞ」

「それなら、直ぐに町中にユニス様が戻ったことが広まるな」


 店主は給仕係に声を掛けた。


「おい、今晩から客の入りが増えるから、仕込みを増やすぞ」

「はい、分かりました」


 それを聞いていた常連客も手元のジョッキを一気飲みすると、店主にお代わりを注文した。


「これでユニス様成分の補給が出来るな」

「ああ、何とか店に来てもらわないとな」


 そう言った店主の目が光っていた。


 +++++


 酒場「エルフ耳」で、ガスバルとベルグランドそれにオーバンが酒を飲んでいた。


 彼らのテーブルの上には、酒を入れた木製ジョッキや銀製グラス、それと煎り豆を入れた木の皿が1つ置いてあった。


 ガスバルは、この町の特産であるミード酒を飲んで舌鼓を打っていた。


「うむ、これは旨いな」

「ああ、そのミードに使われている蜂蜜は、大森林蜂のものですからね」


 ガスバルの感想にオーバンが答えた。


「ほう、帝国の冒険者ギルドでも時折大森林蜂の蜂蜜が欲しいという依頼が出るが、2種類の毒針を持つ大森林蜂に襲われて失敗することが多いと聞く、そんな蜂蜜をどうやって採取しているのだ?」

「良く分かりませんが、ユニス様が保護したエルフ達が採取しているようです」

「ところで女ボスは何処に行ったのですか?」


 2人の会話にベルグランドが割り込んできたが、オーバンは嫌な顔もせずそれに答えていた。


「エリアルに帰還報告に行った後、ヴァルツホルム大森林地帯に飛んで行ったと聞いたぞ。お前のために霊木の実を採取しに行ってくれたのではないのか。全く、ユニス様を顎で使うなどありえないな」

「成程ガーネット卿は、ベルグランド殿の願いに応えてくれたのですな。部下思いの優しい領主様ですなあ」


 するとまたベルグランドが話題を変えてきた。


「あ、ガスバル殿、見て下さい。あれが女ボスが身に着けたという魅惑のバニースーツではないですか?」


 ベルグランドが指さす方向を見たガスバルは、そこにバニースーツが飾られているのを見て、椅子から立ち上がると感動に打ち震えた声を上げた。


「ふおぉぉぉ、素晴らしい。ガーネット卿は、あれを着てお酌をしてくれるのか」

「ガスバル殿、約束は守ってくださいよ。是非、ご相伴にあずかれるよう頼んで下さいね」

「おい、ちょっと待て、確かユニス様は、働き次第だと言っていたはずだぞ」


 2人の会話の流れに慌ててオーバンがそう釘を刺すと、酒場の主人が料理を盛った皿を手に現れた。


「お客さん達、その話を詳しく教えてもらえませんかい?」


 そう言うと情報料だと言わんばかりに、手に持った皿をテーブルの上に置いた。


 店主への説明はベルグランドが行い、時折ガスバルが話に尾ひれ背びれを付けて補足すると、店主が相好を崩していった。


「ほう、そうするとユニス様がまたあの制服甲型を身に着けて、給仕をしてくれるのですね?」

「店主、それは確定ではないぞ。早まるなよ」


 店主が納得顔で頷いたので、慌ててオーバンが訂正していた。


「いえいえ、私はただ、話を聞いただけですから」


 そう言った店主の目が怪しく光っていた。


 +++++


 遺跡で霊木の実を採取してパルラに戻ると、どうやって歴史書を取り返すか考えていた。


 歴史書は怪盗三色に奪われて、奴らは王国の闇の中に潜んでいるのだ。


 そして王国の町でマリカ・サンティは、出禁になっていて自由に活動できないのだ。


 怪盗三色を見つけ出すには、どうしても別の人格が必要だった。


 そこで思いついたのがベルグランドだ。


 ベルグランドを探して酒場に入ると、奥のテーブルに目的の人物を見つけた。


 真っすぐ3人が座るテーブルに進んでいくと、他のテーブルの客や店主も俺の存在に気付いて挨拶してきた。


 俺はそれに手を振って答えると、ベルグランドに声をかけた。


「ベルグランド、チュイの正体を教えて」

「え、いや、それは」


 口籠もっているところを見ると、やはり裏がありそうだな。


「言わなくても、自白魔法で強制的に聞き出すけどね」

「あ、あのお方は、カリスト・チュイ・ルフラント第3王子殿下です」


 ああ、それで人間の姿に変えて欲しいと言ったのか。


 奴が王家の人間なら、王国内で活動するのに身分を保証してくれそうだな。


 用事が済んだので帰ろうとすると、俺の傍に店主のカストが手に酒が入った木製ジョッキを持って現れた。


「ユニス様、これは店からのおごりです。どうぞ飲んで行ってください」


 するとガスバルが隣の椅子を引いた。


「ガーネット卿、ささ、こちらにお座りください」


 この状況で帰るとも言えないので俺は勧められるまま椅子に座ると、店主のカストがテーブルの上に酒の入った木製ジョッキを置いた。


「ユニス様、ごゆっくり」


 カストが戻って行くと、ベルグランドに話の続きをすることにした。


「霊木の実は採取してきたわ。これを持って王国に行くわよ」

「え、それは女ボスも一緒に行ってくれる、という意味でしょうか?」

「ええ、そうよ」


 そしてジョッキの中の酒を飲み干して出て行こうとすると、またカストが手に酒の入った木製ジョッキを持って現れた。


「ユニス様、これはあちらのお客様からのおごりです」

「え?」

「あの者はこの店の常連客の1人で、名をオッピと言います。彼に声を掛けてお礼を言って頂けると、店としても嬉しいのですが」


 それは社会人としては当然だな。


 俺はおごりの酒を手に持つとその場で立ち上がり、おごってくれたという人物の名前を呼んだ。


「えっと、オッピさん、おごってくれてありがとう。嬉しいわ」


 すると名を呼ばれた男はその場で立ち上がると緊張してぎこちなく揺れながら、頬を赤らめて頭を掻いていた。


「いえ、俺の方も、おごらせてもらってうれしいです」

「「「おおお~」」」


 すると俺達のやり取りを見守っていた周りの客も歓声を上げて、酒をおごった男を祝福していた。


 そして椅子に座ると飲み仲間達に背中をバシバシ叩かれていた。



 それからしばらくすると、今度は店主が銀製グラスを持ってきた。


「ユニス様、これはあちらのお客様からのおごりです」

「え?」

「バーニグさんというこの店の常連客の1人で、是非ユニス様に高級ミードをおごらせてほしいとの事です。あ、店としては、バーニグさんにお礼として投げキスをしていただけると嬉しいのですが」


 おい、なんだ、その要求は。


「ちょっと、それおかしくない?」

「確かにそうなのですが、領民の幸福を願うのも、領主様の器量というものではないでしょうか? それにパルラ生活協同会社の売り上げにも貢献しますし」


 そして店主が指さした方を見ると、高級酒をおごったという男が期待を込めた瞳でじっと見つめていた。


 そういえばビルギットさんが、町の人達がやる気を無くしているといっていたな。


 ここで断って、町の景気が悪くなるのは困るのだ。


 仕方がない、どうせ酒の席だ。


 適当に相手してやろう。


 俺は銀製グラスを手に立ち上がった。


「えっと、バーニグさん、おごってくれてありがとう。嬉しいわ」


 そういって指定されたとおり投げキッスをすると、店内が爆発した。


「「「おおお~」」」


 そしてバーニグという男は、感無量といった感で涙ぐんでいた。


「ユニス様、嬉しいです。今日はとっておきの日になりました」


 周りの客も歓声を上げて、酒をおごった男を祝福していた。


 そして椅子に座ると、また飲み仲間達に背中をバシバシ叩かれていた。


 銀製グラスを手に椅子に座ると、ガスバルが感嘆の声を上げた。


「流石はガーネット卿。領民達にこんなに慕われて、領主冥利に尽きるというものです。私も猫の額ほどの領地を持っておりますが、領民からこんなに慕われることはついぞありませんなぁ」

「ガスバル殿、ユニス様は特別なお方ですから、当然です」


 なぜか、オーバンが得意顔でそういっていた。


 気が付いたら酒場は満員になっていて、客達の熱気が伝わってきた。


 そろそろお暇した方がよさそうだなと思っていると、今度は店主が給仕を連れて現れた。


 その手には沢山の木製ジョッキと料理が載っていた。


 俺の顔が引きつったのは言うまでもない。


 +++++


 酒場「エルフ耳」の入口には、「本日裏メニューあり」と書かれた看板が出ていた。


「お、見ろよ、この看板」

「裏メニューだと。随分久しぶりだな」


 すると事情を知らない連れが聞き返した。


「おい、裏メニューって何だ?」

「お前は知らないのか。今日はとても楽しい酒になるという意味だよ。それよりお前達手持ちは大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。今まで使わなかった分があるからな。それよりも早いとこ中に入って席を確保しようぜ」

「ああ、そうだな。久しぶりにうまい酒が飲めそうだ」


 そういって常連客達は続々と中に入って行った。


 この看板は常連客のみ分かる隠語で、本日店内にユニス様が居るという意味だった。


 店に入った常連客には特別なメニュー表が配られ、それを開くとそこにはユニス様へのおごり酒の値段とそれに伴うサービス内容が書かれてあった。



「店長~、目が回るほど忙しいですぅ」

「今日は閉店時間までこんな調子だぞ。死ぬ気で働け」

「何を言っているんですかぁ。これも店長のあの怪しげなメニュー表のせいでしょう。もうユニス様に言いつけますよぅ」


 その指摘に形勢が悪くなった店長は、給仕を懐柔することにした。


「おい早まるな。仕方がない、今日は特別手当を奮発するから頑張ってくれ」

「あはっ、店長、話が分かるぅ~」


 本日の酒場「エルフ耳」は、久々の大入りを記録したのだった。


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