9-3 亡国の残滓
エリアルでの帰還報告を済ませた俺達は、領主館の自分の部屋に戻ってきた。
ジュビエーヌとのお茶会の後、オルランディ公爵家でパルラへの招待について調整し、シュレンドルフ侯爵家ではアンドレーアの用事を尋ねた。
そしてスクウィッツアート男爵家では、夜会をすっぽかした事を謝罪した。
どうやら女男爵は、男爵領にある悪魔の山から発生する瘴気が広がっている事で、隣領のアリッキ伯爵から苦情を言われている件で相談したかったようだ。
あの女ったらしには俺も思うところはあるが、何か出来るとも思えなかった。
まあ、愚痴を聞いてあげるだけでも気持ちが軽くなったようなので、良しとしておこう。
その他の貴族達には、リーズ服飾店の女社長に費用を払って手紙を預けてきたのだ。
あの店にはロヴァルのほぼ全ての貴族が客になっているというので、来店時に手紙を渡してもらうのだ。
このままジゼルとのんびりしたかったが、そろそろあおいちゃんに会いに行かないとものすごく機嫌が悪くなりそうな予感がした。
「ねえジゼル、私はこれからあおいに会いに行ってくるわね。それまでの間、グラファイトに護衛を任せるわ」
「あおいさんって部屋にもあまり居ないみたいだし、一体何をしているの?」
あおいちゃんが元の世界に戻るための調査をしているとは、ちょっと言えないよな。
「ええっと、あおいは森の中で植物の生態調査をしているのよ」
「あんな危険な場所で? あ、そうか、ユニス達には魔物が寄り付かないのよね」
「ええ、だから森の中でも平気なのよ」
するとジゼルが何か思い出したようだ。
「そういえば、町を出る時アマディさんが何か叫んでいたけど、会わなくて大丈夫なの?」
「ああ、大した用事じゃないから、大丈夫よ」
俺はジゼルをうまい事誤魔化してから、あおいちゃんに会うべくビルスキルニルの遺跡に向かった。
ジゼルが納得していないような顔をしていたが、気にしないでおこう。
そう、決してビアッジョ・アマディの顔が見たくなくて、逃げ回っている訳ではないのだ。
ヴァルツホルム大森林地帯を北上していくと、ようやく遺跡が見えてきた。
遺跡の上空に達すると、ゆっくりと遺跡に降りて行った。
魔力感知に反応があった場所は霊木の木があるところだったので、真っすぐそこに向かうと、そこでは腰に手を当てた仏頂面のあおいちゃんが待っていた。
「ちょっと、こんな所で重役出勤する奴が居るとは思わなかったわよ」
重役出勤って、今時は社員よりも役員の方が朝早く出勤しているぞ。
「え、だって、ちゃんと遅れるって連絡したよね?」
あおいちゃんはフンと横を向くと、「まあいいわ」と言ってこの件はこれまでにしてくれたようだ。
「ところで、遺跡調査は順調なのか?」
俺が本人の興味がある話題に振ると、会話が自分の専門分野に移ったせいかあおいちゃんの機嫌が良くなった。
「そう、それ、今まで埋もれていた場所を見つけたのよ。そして重大な発見があったの」
「へえ、それを教える為に連絡蝶を送ってくれたのか?」
「まあ一応神威君はパトロンだし、成果を報告するのは当たり前でしょう」
そう言うとあおいちゃんは、人差し指を立てて左右に振っていた。
ああ、はい、はい、活動資金を出していて良かったよ。
「それで神威君の意見が聞きたいと思ったのよ。一緒に来て」
そしてあおいちゃんに連れて行かれた場所は、床にぽっかりと穴が開いていて下に降りる梯子があった。
あおいちゃんは魔法の光を灯すと、梯子を伝って降りて行った。
あおいちゃんが下に到着したのを確かめてから降りていくと、あおいちゃんは先に進んでいた。
そこは石壁の通路になっていて、明らかに人の手が入っていることが分かる構造物だった。
あおいちゃんが待っている場所にたどり着くと、そこは行き止まりだった。
「見てもらいたいのは、これよ。何に見える?」
あおいちゃんの指さした先には、岩を削って描かれた壁画があった。
壁画には人間、エルフ、獣人それにドワーフの男女と思われる人物が描かれていた。
その中のエルフが、俺やあおいちゃんの保護外装の外見によく似ていた。
これって、俺達の事じゃないのか?
するとこの8人という数字は、ひょっとして。
「なあ、あおいちゃん、ここの8人って、遺跡にあったあの8個のマジック・アイテムを使った姿じゃないのか?」
「あ、気が付いた。私もそう思うのよね。だけど、今はそこじゃない。こっちよ」
そういってあおいちゃんが指を差している先には、羽を生やした小さな物体が宙を浮いているように描かれていて、8人の男女がその後を追っているように見えた。
「天使を追いかける人々・・・いや、違うな。人々を導く天使?」
「正解。私もそう思うわ」
だが、この天使ってどこかで。
「なあ、あおいちゃん、この天使ってどこかで見た事ないか?」
「はあ? 何言っているの。これは既に滅びた文明の記録なのよ。一体どこで見かけるというのよ」
確かにそうなのだが、なんとなく見覚えがあるんだよなあ。
俺は腕組みして、うん、うん、と唸っていると、ふっと天啓が降りてきた。
「あ、そうだ。この世界に来た時、小さな物体に挨拶されなかったか?」
「え、何それ?」
そうか、あおいちゃんは、こちらの世界に来て既に百年経っているおばあちゃんだった。
覚えている訳ないよな。ぐふっ。
「ちょっと、今何か良からぬ事を考えたわね?」
「え、いいえ、そんな事ないです・・・よ?」
なんだってこう、女は感が鋭いんだ。
「俺がこの遺跡に転移してしばらく経った頃、泉で偶然出会ったんだよ。その外見がこの壁画に描かれている姿によく似ていたんだ」
俺がそう説明すると、次第にあおいちゃんの顔に理解の色が見えてきた。
「そういえば、何かに挨拶されたような気がしてきたわ」
「えっと、確かロムと名乗っていたぞ。もしかしたらこの遺跡を造った魔法国の生き残りなんじゃないのか?」
「その可能性もあるわね。それじゃあ、そのロムという天使を探してみましょう」
善は急げという言葉はあるが、あおいちゃんの行動は早かった。
いきなり飛び出していったので慌てて後を追うと、あおいちゃんの目的地は俺が魔素水泉と名付けた場所だった。
「ここで、その天使に会ったのよね?」
「そうだよ」
「それじゃ、早速探してみましょうよ」
「分かった」
俺は木々に囲まれた泉の前で、手をメガホンにして声を張り上げた。
「お~い、ロムちゃ~ん。出ておいで~。怖くないよ~。飴ちゃんあげるよ~」
「ちょっと、何その恥ずかしい呼びかけは」
「恥ずかしいのと、目的を達成できないのと、どっちが嫌だと思う?」
俺がそう指摘すると、あおいちゃんは一瞬の逡巡の後、元気良く声を張り上げた。
「ロムちゃーん、お姉ちゃん怖くないよー。一緒に遊ぼー」
しばらく2人で探していると、木々の間から小さな物体が姿を現した。
「もしかして、私を探しているの?」
現れた天使はあの遺跡に描かれた物に似ていたが、壁画には色が付いていないので、目の前に居る天使の綺麗な羽と同じなのかは分からなかった。
「やあロム、久しぶり」
「私の名前を知っていると言う事は、初めましてではないのね?」
「ああ、少し前に此処であっただろう」
「ああ、あの時の訪問者ね」
訪問者?
と言う事は、あの遺跡に描かれていた天使に間違いなさそうだ。
俺はあおいちゃんをちらりと見て俺が聞くぞという意味を込めて頷くと、あおいちゃんも頷き返してくれた。
「ところでロムは天使なのか?」
「天使? 違うわ。私は人工精霊よ」
人工、と言う事は。
「ロムを作ったのは、あの遺跡を造った文明と同じなのか?」
俺がビルスキルニルの遺跡の方を指さすと、ロムもそちらを見てから頷いた。
「そう。私は魔法国で作られた」
「それであの遺跡とロムには、どんな関係があるんだ?」
「遺跡・・・あれは帰還の塔、訪問者には歓迎の塔と言っているわ。私はこの世界にやって来る訪問者を、魔法国に案内するのが役目だった」
ふむ、ガイド役か。
「あの遺跡、失礼、帰還の塔から、元の世界に戻る事も出来るのか?」
「あれは、こちらに来るための塔。帰れない」
駄目か。
だが、帰還の塔と言う事は、出発の塔とかもあるんじゃないのか?
「なあ、帰るための塔もあるのか?」
「分からない」
「それは呼び出したら、それで終わりと言う事か? 二度と戻れないと?」
ちょっとイラっときて口調が厳しくなると、直ぐにあおいちゃんに脇腹を小突かれた。
「ちょっと、落ち着いて。逃げられたらどうするのよ」
「あ、すまん」
あおいちゃんが続きは私が聞くとばかりに、俺の前に出た。
「ねえ、ロムさん、その魔法国は何処にあるの?」
「分からない」
「え、どうして?」
「魔法国には帰還の塔の魔法陣から行くのだけど、今は行けないの」
あおいちゃんは少し考えると、俺の方に振り返った。
「魔法国が滅亡したから行けなくなった、という事よね?」
「多分」
俺が肯定すると、あおいちゃんは頷いた。
「他に魔法国について、何か知っている事を教えてくれる?」
「私は与えられた任務を実行するだけ。他は知らない」
「それじゃ、その任務の時、何か見聞きした事を教えてくれる?」
あおいちゃんがそう質問すると、ロムは何か考え込んでいた。
「魔法国の学生達が、図書館を使うのを見た事がある」
魔法国の場所が分かれば、その図書館跡で情報を得られたかもしれないのになあ。
それは、あおいちゃんも同じ考えだったようだ。
「その図書館に行けたらいいのにねえ」
「図書館は今も使えると思う」
「どういう意味?」
あおいちゃんがロムに質問した言葉は、俺も質問したかった事だった。
「図書館には、虹色魔法で行ける」
え、魔法の中に図書館があるの?
ロムと別れた後諦めきれなかった俺達は、遺跡に戻ると本当に魔法国に転移出来ないか調べてみたが、結果はがっかりするものだった。
転移してきた部屋でいろいろ試してみたが、魔法は発動しなかったのだ。
そこでふっと部屋の隅に床石の色が違う部分が気になって調べてみると、それは石ではなく裏返しになった写真だった。
そこに写っていたのは、シェリー・オルコットと俺のツーショットだった。
それは俺が一発当てて得意になっていた時に、あの女と一緒に撮ったものだ。
「まさかあの女、この地に来ていないよな?」
するとあおいちゃんに声を掛けられた。
「ちょっと神威君、行くわよ」
「ああ、分かった」
俺は写真をポケットにしまうと、あおいちゃんの後を追った。
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