8―34 エラディオの計略
ブマク団本部へ向かう空の旅を子供達が楽しんでいる時、そうでもない連中も居た。
ガーチップ達は安全を約束してくれる格子が無いので、ゴーレムの背中から落ちないよう必死に踏ん張っていた。
元々は自分達が檻の中は嫌だと言ったのだから、到着までの間、スリルを満喫してくれよ。
そんな事を考えていると、隣にいるジゼルが俺の顔を見て笑っていた。
「ユニスも案外意地悪なのね」
どうやらまた魔眼で見られたようだ。
ブマク団本部上空までは天気も良く素晴らしい遊覧飛行が出来たようで、子供達はとてもはしゃいでいた。
そしてそうでもなかった連中は、震える膝で地面のありがたみをかみしめていた。
俺は、ゴーレムから降りてきた女性と子供達に話しかけた。
「ここで少し休憩にします。そして皆さんには、ここでブマク団に保護してもらうか、私達と一緒にパルラの町まで来るか選んでもらいますね」
俺がそう提案すると、救出された獣人達はあちこちで相談を始めていた。
結論が出るまでの間、俺はチュイが用意してくれた部屋で休むことになった。
ジゼル達はブマク団で服を用意してくれるというので、倉庫に行っていた。
しばらくすると、チュイがお茶を持って現れた。
「ユニス殿、直ぐにパルラに戻られるのですか?」
「ええ、もう随分長い間領地を空けているし、希望する住人達を運ばないといけないしね」
「こちらに戻る予定は、ありますか?」
「無いわね」
俺がきっぱり言い切ると、チュイはちょっと考えこんでいた。
「では、私を人間の姿に変えて貰えませんか?」
「どういう意味?」
するとチュイは王都に入りたいので自分の獣耳と尻尾を消して、人間の姿にしてほしいと言ってきた。
擬態魔法は、俺が見た相手に化ける魔法なのだ。
相手の容姿を変えるのが可能かどうか、分からなかった。
「ちょっとやってみるわね」
そして何度か試してみたのだが、全く上手くいかなかった。
どうやら想像だけでは、この魔法は発動しないようだ。
俺がそう説明すると、チュイの目が光ったような気がした。
「それは、肖像画でも可能と言う事でしょうか?」
「ええっと、やったこと無いけど多分大丈夫な気がするわね」
「それじゃあ、一緒に王都に行ってもらえませんか?」
え、何でそうなる。
「だから、無理だからね」
+++++
ブマク団本部のとある部屋では、カリスト殿下とエラディオが密談をしていた。
「エラディオ、魔女は準備が整い次第パルラに帰ると言っているぞ。引き止めは難しそうだ。魔女と一緒なら、王城に潜入するのも簡単そうだったんだがなぁ」
「そうですか。それではこれを使うしかありませんね」
そういうとエラディオは、懐の中から小瓶を取り出した。
「それは何だ?」
すると、エラディオはニヤリと笑った。
「これで魔女も、イチコロですよ」
「待て、待て、魔女を殺しても、呪いが解けるか分からないのだぞ」
「あ、これは毒薬ではありません。媚薬です」
それを聞いたカリストの緊張した顔が、途端に疑念に満ちたものに変わっていた。
「媚薬、だと? そんな物、魔女に効くのか?」
「殿下、ダメ元ですよ。試してみる価値はあると思いませんか? 魔女を我が物に出来れば、王国の問題がいっぺんに解消しますよ。それにあんな美女に迫られるというのは、想像しただけでゲヘヘな気分になりますよね」
カリストは、そんなエラディオの顔を冷めた目で見つめていた。
「ま、まあ、何事もやってみる価値はあるかもしれないな」
+++++
チュイが部屋を出て行ってしばらくすると、今度はジゼルが部屋に入ってきた。
ジゼルの服はサイズが合っていなくて、どう見ても男服を着ているようだった。
俺は、隣に座ったジゼルに手をそっと握った。
ジゼルの手はほんの少し震えていたので、奴隷商人に捕まっていた事がまだ忘れられないのだろう。
「ねえジゼル」
「なあに」
「もう奴隷商人は居ないわ。怖がらなくていいのよ」
「ありがとう、私なら平気よ。それにユニスが絶対助けてくれると信じていたから」
ジゼルが俺の事を信じてくれていた事が、とても嬉しかった。
「もう二度と離さないからね」
俺がそういうと、ジゼルはちょっとうつむき加減にうんと頷いていた。
そしてジゼルを抱きしめて2人きりの世界に浸っているところに、お邪魔虫が入ってきた。
必然的に声の乗る感情も、冷めたものになっていた。
「何か用?」
俺が地の底から凍えるような声でそういうと、ベルグランドは怯んでいた。
「酷いです、女ボス。せっかくお茶のお代わりを持ってきましたのに」
するとその後に続いてチュイまで入ってきた。
「貴方まで、何です?」
「ユニス殿、そうつんけんしないでくださいよ」
「えっと、誰?」
状況が飲み込めないジゼルが質問してきたので、俺は2人の事を紹介した。
「こっちはベルグランドと言って、パルラの空き倉庫に潜んでいた怪しい男よ。そしてこっちはチュイと言って、ブマク団の一員ね」
「女ボス、その紹介はちょっと酷くないですか? あ、ジゼルさんですよね。ベルグランドです。今回の救出作戦には私も活躍したのですよ。ささ女ボス、お茶をどうぞ」
そういって俺の前のお茶を置いた。
俺がそのお茶に手を付けようとすると、ジゼルが俺の腕を掴んだ。
「駄目よ。それを飲んじゃ」
「え?」
「そのベルグランドという男は、何か企んでる」
ジゼルの右目が光っていたので、魔眼を発動しているのが分かった。
そしてベルグランドを見ると、いたずらを見つかった子供のようにオロオロしていた。
俺が睨むと、目も泳ぎだした。
こんな光景、前にもあったな。
あれは確かパルラの町を封鎖されていた時、コックのチェチーリアさんが潜入していたスパイに脅されて食事の中に毒を混ぜたんだったか。
「ベルグランド、お茶に何を入れたの?」
「えっと、あの、その」
挙動不審になっているベルグランドをじっと睨み付けていると、テンパったベルグランドはパルラの獣人達がするように、いきなり土下座をしてきた。
「すみません。悪気は無かったのです」
「だから、何を入れたの?」
問い詰めてもベルグランドが話そうとしなかったが、その代わりに隣に居たチュイが弁解してきた。
「どうか許してやってください。エラディオは妹の頼みを聞いただけなのです」
「エラディオ?」
「ああ、こいつの名前はエラディオ・ベルグランドです」
こいつら、前からの知り合いか?
「それで、妹さんの頼みって、私を毒殺する事なの?」
するとチュイは手を左右に振って否定していた。
「いえ、それは毒薬ではなく媚薬です。それに妹は父親思いの気の優しい女性ですよ」
「媚薬?」
そんな物飲まされたら、間違いなくジゼルに襲い掛かっているな。
そんな事を考えてジゼルを見ると、ばっちり目が合ってしまった。
拙い、また魔眼で見られたら大変だ。
早いとこ誤魔化さないと。
「そんな物を飲ませて、何をしようとしたの?」
「それは私が説明します」
そういって立ち上がったエラディオが、説明してくれた。
「そうすると、その気の優しい妹さんは、拒食症になってやせ細った父親に何とか食事をさせようと、興味を示してくれそうな食べ物を探していると?」
「ま、まあ、そんなところです」
この世界の人間は、食べ物から魔素を補給しているんだったな。
こいつの願いなら却下するところだが、父親思いの女の子となると話は別か。
「それじゃあ、とっておきの木の実を用意しましょう」
「それは、魔女殿が作る物ですか?」
そう言ったチュイの顔は、俺がいかがわしい物を作ると思っているようだ。
「ヴァルツホルム大森林地帯の奥の方に自生している植物の実よ。私が作るんじゃないわ」
「それは、食欲を無くした人でも興味を示す食べ物なのですか?」
心配そうなベルグランドの顔を見て、ジュビエーヌにお土産として霊木の実を持って行った時の事を思い出していた。
「ええ、香りも味も最高よ。エリアルの貴族達の間では、垂涎の的になっているわね」
「そんな物が入手できるとは、流石はヴァルツホルム大森林地帯の支配者ですね」
森の支配者ねえ。
滅びた文明の遺跡はあるが、魔王城とかはないからな。
「それをお持ちいただけるのですか?」
そのためだけに、またここまで来るのも面倒だな。
そこで隣に居るベルグランドを見た。
「ベルグランドに渡しておきますね」
「え、それは、パルラまで同行しても良いと言う事ですか?」
ベルグランドが驚いた顔でそう聞いてきた。
「ええ、そうよ」
まあ、今回同行を許したのは俺だからな。
遠足も帰るまでが遠足というし、解散場所はパルラでいいだろう。
そして獣人達の意思が決まったそうなので、外に出ていった。
パルラに人間が居るのが敬遠されて、殆どの子供達はブマク団に保護してもらうようだ。
そしてパルラに来るのは生産施設の女性達と第4宿舎に居た少女達の一部、それと護送馬車から助け出した男子達になった。
それでも女性の方が多いので、ますますパルラの女性比率が高くなるな。
またあおいちゃんに、欲望の都だとか言われそうだ。
すると集団の中から走り出した小さな影が、俺の足にしがみついた。
それはリスタちゃんだった。
「お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
そういって俺の顔を見上げて来るその瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「うっ」
「また、会いに来てくれる?」
その顔を見ているともう来ないとは言いにくいが、此処は心を鬼にしないとな。
「えっと、ごめ」
そこまで言ったところで、リスタちゃんの瞳から涙が零れ落ちていた。
その精神的ダメージに、言葉を続けられなくなっていた。
そして何とかこの場を切り抜ける方法を必死に考えていると、思ってもいない言葉が口をついて出てしまった。
「えっと、あの、また、会いにくるからね」
「本当?」
リスタちゃんの顔がぱあっと花が咲くように笑顔になると、それが社交辞令だとは流石に言えなくなった。
すると、俺の言葉尻を捕まえた者が現れた。
「良かったな、リスタ。お姉ちゃんは約束を破る方ではないから、また直ぐに会いに来てくれるよ」
そういったチュイの顔がニヤリと笑っていた。
くそっ、やってくれたな。
だがリスタちゃんの嬉しそうな顔を見ると、それを否定できなかった。
仕方がない。
機会を見て、また来てみるか。
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