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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第8章 行商人マリカ・サンティ
228/417

8―32 ムルシア

 

 グラファイトが管理棟に入ると戦闘は既に終了しており、負傷者があちこちでうめき声をあげていた。


 そして最上階まで上がると、開け放たれた扉の向こう側で獣人達が倒れていた。


 周囲に敵の気配は無かったし、大姐様以外の人間に興味は無かったので大姐様の元に戻ろうとしたが、此処で獣人達を見捨てたら大姐様に怒られるような気がしてきた。


 自分が大姐様に怒られている姿を思い浮かべると、掻くはずもない汗を感じてぶるりと震えると、部屋に戻って意識の無い獣人達の救助作業を始めた。


 大姐様の荷物の中に傷を癒す霊木の根が入っていることは承知していたが、勝手に使う訳にもいかず、報告の為大姐様が待つ獣人宿舎に戻る事にした。


 +++++


「お姉ちゃん・・・うぐっ」


 ムルシアが羽交い絞めにしている雌獣人がそう叫んだのを、脇腹を打ち付けて黙らせると、紫煙草の粉末を吸い込んで倒れた魔女に動きがあるかどうかじっくり観察した。


 どう見ても無力そうだが、相手はあの最悪の魔女だ。


 態と意識が無いふりをして、こちらを油断させる事くらい平然とやるだろう。


 人質の小娘を小脇に抱えたまま魔女の傍まで行くと、本当に意識を失っているかどうか確かめる為、つま先で小突いてみた。


 反応は無かった。


 ムルシアは、魔女を確実に殺す手段を思いつけなかった。


 そこで考えたのが、このまま1番の元に運んでいくことだった。


 1番は魔女を確実に殺す方法を知っているようだったので、厄介払い、いや、献上品にしてしまえばいいのだ。


 きっと1番は、魔女の捕獲を大いに喜んでくれるだろう。


 そして12番に魔女の腕1本でも渡してやれば、大金を差し出してくるだろう。


 そうすれば牧場の再建も容易いというものだ。


 処分方法が決まったところで、魔女が確実に意識を失っている事を確かめる為、その無防備な腹を踏みつけた。


 柔らかい腹に靴がめり込む感触を予想していたのだが、実際は固い岩盤を蹴った時のように衝撃がすべて自分の足に返ってきていた。


「おい、嘘だろう」


 その反動で無様に転んだムルシアは、掴んでいた人質の小娘を投げ出していた。


 ひ弱な体だと思っていたのに、なんだってこんなに固いんだよと毒づいた。


 自分の常識を簡単に覆してくる魔女に、ひょっとしたら自分は何か思い違いをしているのかもしれないと急に不安になってきた。


 危険を感じて先程投げ出した小娘を探したが、既に逃げだしていて見当たらなかった。


 だが紫煙草は確実に効果があったので、不安を振り払った。

 

 それなら薬漬けにしてしまえばいいのだ。


 そう結論に達すると、もっと粉末を吸い込ませてやろうと魔女の顔を覗き込んだ。


 すると魔女の両目が開いた。


「くそ」


 ムルシアは毒づくと、魔女に魔法を撃たれないように体を密着させた。


「どうだ、これだけ密着したら魔法は撃てないだろう。このまま意識を失うまで締め上げてやる」


 ムルシアはそう言って、魔女が動けないように手足を絡めて押さえ込んだ。


 魔女の体を締め上げてみると、体に伝わってくる感触はとても柔らかく先程足で踏み付けた時の固さがうそのようだった。


 その柔らかい感触と魔女の整った顔から漏れる吐息を感じると、思わず股間が固くなっていた。


 そんな本能の疼きを振り払うと、ポケットに手を入れて薬瓶を探した。


 +++++


 俺は足首のベルトを外した時、咄嗟にエルフの薬師マガリさんから貰った丸薬を飲み込んでいた。


 これは、あの紫煙草の解毒薬として効果があると言われていたものだ。


 そして意識が戻ってくると、目の前にムルシアの顔があった。


「どうだ、これだけ密着したら魔法は撃てないだろう。このまま意識を失うまで締め上げてやる」


 魔力障壁は強い衝撃には効果を発揮するが、こうやってゆっくり締め上げてくる圧力にはあまり効果を発揮しないのだ。


 そしてムルシアが言った通り密着されていると、自爆防止のため魔法が発動しなかった。


 拘束を解こうと藻掻いていると、ムルシアが俺の顔の目の前にまたペン状の物を突き出してきた。


「貴様、一体何をしようとしている?」

「ああ、お前を俺の女にしてやろうと思ってな。薬漬けになったら、毎日楽しもうぜ」


 この野郎、俺をシャブ漬けにするつもりか。


「そんな趣味は無い」

「お前の意思など関係ないさ。現に今も裸のお前を抱いているんだぜ」


 ムルシアは薄ら笑いを浮かべながら、ペン状の物を俺の口や鼻に突っ込もうとしていた。


 顔を逸らしてなんとか抵抗しながら、念のためジゼルの手足にあった痣の事を問い詰めた。


「ジゼルの手足にあった痣、あれを付けたのはお前か?」

「ジゼル? ああ、あの狐女か。それがどうした? あの雌に必要なのは子を産むための子宮だけだ。手足等不要だろう?」


 やはりこの野郎で間違いないようだ。


 ジゼルを痛めつけた報いは、受けさせてやるからな。


「おい、お前は魔法使いが非力だと思っているようだが、その考えは大きな間違いだぞ」

「男言葉を使って脅しているつもりか? かわいい声で凄まれても、そそるだけだぞ。そろそろ諦めて吸い込んだらどうだ?」

「お断りだ」


 俺は何とか片手を自由にするとムルシアの背中に、当たる瞬間重力制御魔法を解除するおまけ付で、その拳を落としてやった。


「うぐっ」


「ドム」という肉に重量物が当たるような鈍い音が響くと、ムルシアの口から苦悶の声が漏れた。


「流石は最悪の魔女、とんだじゃじゃ馬じゃないか」

「ふん、平気そうな顔をしているが、額に脂汗が浮いているぞ。どれ、もう一発くらわしてやろう」

「くそっ」


 ムルシアは毒づいた後で、俺の上から離れると出口の方に目を向けた。


「逃げられると思うなよ」


 俺はムルシアが出口に向かって走ると目星をつけ、進行方向に向けて石弾を撃ち込んだ。


 そして石弾の破片を受けて転がったムルシアを、今度は俺が見下ろしてやった。


「ふふん、どうだ? これから自分がどんな目に遭うか、不安で仕方が無いだろう?」

「ああ、それは楽しみだよ」


 そして一瞬にらみ合ったところで、俺の左手の甲に連絡蝶が現れた。


 その一瞬の隙をついたムルシアは、予測に反して奥の方に逃げ出した。


 そして床に転がっていた獣人を捕まえると羽交い絞めにした。


「どうだ、これで形勢逆転だな」

「さあて、それはどうかなぁ?」

「馬鹿なのか、そんなはったり通用しないぜ」


 俺はムルシアを放置して手の甲の連絡蝶に触れた。


 それはあおいちゃんからだった。


 うん、何々「ちょっとビルスキルニルの遺跡まで来て」だと、おい、ちょっと近所まで買い物に付き合ってみたいな言い方しているが、おもいっきり遠いからな。


 それに今戦闘中なんだぞ。


 仕方がない、「今取り込み中なので、後で行く」と返した。


 ムルシアは、そんな俺の行動を見て怒っていた。


「おい、魔女。これが見えないのかと、言っているんだぞ」


 そうは言われてもムルシアが人質にしているのは、俺が擬態魔法で姿を変えたあの女講師なんだよなぁ。


 本当の事を教えてあげようかと思っていると、首を締め上げられた女教官が意識を取り戻したようだ。


 そして俺と目が合うと喚き始めた。


「貴様はさっきの女強盗。私をこんな目に遭わせてタダで済むと思うな。直ぐに警備兵達がここに押し寄せて来るわよ。それが嫌なら今すぐ尻尾を巻いて逃げ去る事ね」


 それを聞いたムルシアが、流石に焦りだしていた。


「お前は誰だ?」


 耳元でそう怒鳴られた女教官は、頭上の耳をピンと立てて驚いていた。


「その声は、まさかムルシア様ですか? 私は教官のカンデです」

「なんだと、そのお前が何で獣人の姿をしているのだ?」

「え、獣人? ムルシア様何をおっしゃられているのですか?」


 俺はムルシアを見ると、態と笑みを浮かべてやった。


「ああ、その教官には私が魔法をかけておいたのよ。これで自分が詰んでいると言う事が、理解できたかしら?」

「くそったれが」


 ムルシアは羽交い絞めにしていた女教官を俺の方に投げると、その隙をついて出口に向かって走り出した。


 出口に向けて必死に走るムルシアに魔法の狙いを定めたところで、突然奇声を上げてあの女教官が俺にタックルをしてきた。


「ムルシア様、早く逃げて下さい」


 俺は必至に抱き着いてくる女教官を引き剥がすと、電撃で黙らせた。


 そしてムルシアの方を見ると既に出口の傍まで走っていて、振り返ったその顔には勝ち誇った笑みが浮かんでいた。


「馬鹿め、俺には強力な後ろ盾があるんだ。直ぐに復活してやるさ」


 だが、その表情は自分が跳ね飛ばされた事で驚愕の表情に変わった。


「うおっ、何だ?」


 先程まで開いていた出口には、グラファイトが立ち塞さがっていた。


「大姐様、これで良かったでしょうか?」

「ええ、良くやってくれました」


 俺は、床に転がったムルシアを見下ろしてやった。


「逃げられたと思った瞬間、それが間違いだと気付かされる気分は最高だろう?」

「畜生め」


 それじゃあ、ジゼルの恨みを晴らさせてもらうか。


「よくもジゼルを傷物にしてくれたな、楽に死ねると思うなよ」


 そしてムルシアの足を踏みつけた。


 勿論、踏みつける瞬間重力制御魔法は解除している。


「グシャ」という音とともに、ムルシアの足があり得ない方向に曲がった。


「ぐわぁ」


 のたうち回る男を見ながら今度はその腕を踏みつけると、「バキッ」と音がして腕があり得ない方向に曲がった。


「お前がジゼルの手足を踏みつけたと自白したからな。同じ事をやり返されるのは因果応報というものだ」

「おのれ、魔女めぇ」


 もがき苦しむムルシアを見下ろしていると、隣にグラファイトが俺の服をきちんと畳んで差し出してきた。


「大姐様、お召し物を。それとお楽しみの所申し訳ありませんが、実は管理棟で獣人達が皆倒れていまして、そのご報告に参ったのです」


 お楽しみって、俺が人を痛めつけて喜ぶ人格破綻者だと思っているんじゃないだろうな?


 いや、すっぽんぽんで他人の手足を踏みつぶしていたらそう思われるか。


「まさか、殺されてしまったの?」

「いえ、かろうじて生きているようです」


 まさか、敵の罠でやられたのか?


いいね、ありがとうございます。


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