8―29 獣人宿舎
仲間達は武器を石像に叩き込んだが意外に硬く、武器がはじけ飛んだので勢い余ってたたらを踏んでいた。
「おっとっとっと、なんだ、意外と固いぞ」
アニバスは仲間達が石像を壊せないのを見ながら、ちょっと考えていた。
「なあ、ムルシア様が昼間戻ってこられる前まで、こんな石像無かったよな?」
「それが何だ?」
「ひょっとして、この石像はムルシア様が持ち帰った物じゃないのか?」
「いや、俺はムルシア様の馬車の荷下ろしをしたが、こんな物は無かったぞ」
「そうか、分かった。だが、壊せないんじゃどうする?」
「大槌か斧でも持って来るか?」
アニバスがそう言ったところで、後ろから女の声が聞こえた。
「壊されたら困るわね」
突然声を掛けられてぎょっとしたが、直ぐに立ち直ると声がした方にカンテラの明かりを向けた。
するとそこには、此処には場違いな程美しい女が立っていた。
+++++
俺が生産施設を出てオートマタをスリープモードにした場所までやってくると、そこには警備兵のグループが手に持った武器を振り上げていた。
声を掛けると、ぎょっとした男達がこちらに振り向いた。
そして驚きが過ぎると、今度はその瞳に好色が現れた。
「おい、姉ちゃん。こんな所で何をしているんだ? 新しい性技の指導教官か?」
「おい、そいつの耳を見ろ。こいつ亜人だぜ」
「あ、本当だ。なら、いいよな。へへへ」
全く、どいつもこいつも考えることは一緒か。
「残念だけど、貴方達を相手にしている暇はないわ」
「いいや、朝までたっぷり時間をかけて相手をしてもらうぜ」
「そう、なら仕方がないわね。グラファイト、インジウム起動しなさい」
「分かりました」
「はあぃ」
男達は誰もいるはずが無い背後から突然声がしたので、飛び上がって驚いていた。
「うおっ、何だ?」
「おい、後ろに誰かいるぞ」
「何時の間に」
男達は肩を怒らし拳を打ち鳴らしながら迫ってくるグラファイトと、今にも射殺しそうな程鋭い視線を投げつけてくるインジウムの姿を見て、後ずさりを始めていた。
そして許しを請う表情で振り返った。
「た、頼む、あいつらを止めてくれ」
「あら、たっぷりと時間をかけて楽しむんでしょう? グラファイトもインジウムも、朝までやる気十分なようよ」
俺がそういうとグラファイトがそれに同意するかのように拳を打ち付ける「ドシン」という音が響き、男達が再び飛び上がった。
「ひ、ひぃぃぃ、何でもするから、た、助けてくれ」
さて、何時までも遊んでいる時間はないな。
「微弱雷」
「ぎやぁぁぁ」
「ひぎやぁぁぁ」
「ぐぶへぇぇ」
可笑しな3重唱の悲鳴を上げて男達が地面に転がると、インジウムに頼んで男達を生産施設に運びそこに居る獣人達の護衛をお願いした。
するとまたインジウムがごねだした。
「え~、私はお姉さまと一緒が良いですぅ」
全く面倒くさいな。
「インジィ、生産施設に居るのは男達にひどい目に遭わされた女性達なのよ。グラファイトのようなゴリマッチョが行ったら、みんな怯えてしまうでしょう。それよりも傍に居て安心感があり、とても頼りになるインジィの方がいいと思うでしょう?」
するとインジウムは「安心」とか「頼りになる」とかぶつぶつ呟いていたが、良い笑顔で「はあぃ、分かりましたぁ」と言ってにっこり微笑んだ。
どうやら納得してくれたようだ。
インジウムが3人の男達を軽々と抱えて生産施設に走っていくと、グラファイトがそっと近寄ってきた。
「大姐様、私は女性を怖がらせるゴリマッチョなのでしょうか?」
今度はこっちか。
どうして俺のオートマタ達は、こうもややこしい性格になってしまったんだ?
いや、俺が雑念まみれで錬成したせいか。
「いいえ、貴方はパルラの女性にとても人気があるいい男よ」
「大姐様も、そう思っておられるのでしょうか?」
そう尋ねてきたグラファイトの瞳は、何かを訴えているようだった。
ここで返答を間違えると、とんでもない事になりそうな気がしてきた。
「ええ、勿論よ」
そういってグラファイトの肩を手で叩くと、獣人が押し込められている長屋を顎で合図した。
「グラファイト、それじゃ私達はあっちを片付けるわよ」
「はい、分かりました」
上空から偵察した時にあたりを付けておいた獣人達の宿舎は、ここから東側にあるはずだ。
俺はグラファイトがどうしてもと言うので、またお姫様抱っこをされたまま目的の建物に向かっていた。
あのグラファイトの顔を見たら、どうしても断り切れなかったのだ。
此処は戦場なのだからこんな状態で移動していたのでは、突発的な出来事に対応できないというのに。
だが俺の心配を他所に、何事もなく目的の建物の傍までやってきていた。
獣人が居ると思われる宿舎には、明かりが無く倉庫のようだった。
だが近づいていくと、そこには窓の無いかまぼこ型の建物が並んでいて、その建物からすえた匂いが漂ってきた。
まるで鶏舎みたいだな。
獣人宿舎の入口には鍵がかかっていたが、グラファイトがドアノブに手をかけて強引に引っ張ると鍵がはじけ飛んだ。
その音で人が集まってこないかとじっと耳を澄ませたが、人の叫び声も駆け付けてくる足音も聞こえなかった。
よし、早いとこ片付けてしまおうか。
宿舎の中は真っ暗で何も見えなかったが暗視の魔法を発動すると、そこには沢山の粗末なベッドが並べられていた。
隷属の首輪だけで問題ないのか、建物の中には獣人達を閉じ込める鉄格子等は無かった。
ベッドの上には獣人の子供が眠っており、皆悪い夢でも見ているのかうなされている声が聞こえてきた。
1つのベッドに近づき眠っている獣人を見下ろすと、その子の体にはあちこちに生傷や黒い痣があった。
俺は眠っている獣人達の首から隷属の首輪を外すと、治癒魔法を掛けて傷を治していった。
みんな眠っていると思ったが、起きている子供もいた。
「ありがとう」
「いいのよ、これで貴方達は自由よ。夜が明けたら一緒に此処を出ましょうね」
男の子は驚いたようだが、俺が「朝までゆっくり眠りなさい」と言って頭を撫でると、こくりと頷いて眠りに落ちていった。
宿舎内の全員の首輪を外し終えて次の宿舎に行こうとしたところで、壊した扉の向こう側から人の声が聞こえてきた。
「おい、扉が開いているぞ」
「本当だ。鍵が壊されているな」
俺はグラファイトの方を見て頷いた。
グラファイトは軽やかな足取りで出口に向かうと、直ぐに男達の声が途絶えた。
「うわ、なんだ。うぐっ」
「て、敵だ。ぐわっ」
「たす、ぐえっ」
そして3人の男達を抱えて戻ってきた。
男達の顔はひどく腫れ上がり意識が無いようだったが、とりあえず息はしているようだ。
「グラファイト、そいつらは見つからないように奥の方にでも押し込んどいて」
「はい」
グラファイトが一番奥の目立たない場所に3人の男を押し込めると、この宿舎での作業は全て終わった。
「次の宿舎に向かうわよ」
「了解しました」
+++++
私に名前は無い。
この宿舎は4番というらしく、私は4番宿舎の34番という意味で434番と呼ばれている。
そしてここでの生活は、酷いものだ。
毎日、毎日、朝起きてから夜寝るまで、男に媚びを売る方法、男をその気にさせる仕草、煽情的な下着の作り方、男の好まれる化粧等を教わっていた。
そこに私の意思は無く、ただ、ただ、毎日が自分を高く売るための方法を学ばされるのだ。
そしてその事に疑問をさしはさむ余地はなく、互いに相手よりもより上手く巧になれるように競争させられていた。
落ちこぼれの私はいつも仲間達から遅れをとり、その度にカンデ教官から罰として食事を与えられない事が良くあった。
食事を貰えない日は空腹でなかなか眠ることもできず、ぼんやりしていることが多かった。
そんな時は宿舎の隅にある自分だけの特別な場所で丸くなって、神様が私の事を救出してくれることを夢想していた。
そして救い出された私は、広い草原を自由に走り回り、おいしい物を沢山食べている自分を思い描いて自分を慰めるのだ。
寝不足で意識が散漫となりミスが増えた時は、怒ったカンデ教官に体罰を受ける事もあった。
体罰と言っても体に傷が出来ると売り物にならなくなるので、先端が柔らかな棒で小突かれるのだが、それがとても痛かった。
そして今日、カンデ教官から「お前は廃棄だ」と告げられた。
廃棄とは商品にならないと判断した時に告げられる言葉で、ここで飼われている魔物の餌にされる事を意味していた。
カンデ教官が夜宿舎に来ると、全員を集めて自分を中心とした車座を作らせると、そこに私を呼んだ。
そしてこう言ったのだ。
「お前達に求められているのは、女の武器であるその体を使って男を喜ばせる事だけよ。そんな事も満足に出来ない出来損ないは、こうやって廃棄されるのよ」
そういって鞭を持った手で私を指し示した。
それからは手に持った鞭で体中を叩かれた。
叩かれる度に皮膚が裂け、血が吹き飛んだ。
周りに集まった仲間達の顔にも血が飛んだが、誰一人それを拭う事をしなかった。
皆命令されていないので、そんな事も出来ないのだ。
「あははは、いいわね。その苦痛に満ちた顔、最高よ。お前のような出来損ないは、私のストレス発散の道具として最後の役に立ちなさい」
鞭で打たれる度に体が痺れ意識が遠くなり、やがて痛みも感じなくなってきていた。
理不尽な人生だったが、どうやらこれで本当に終わるらしい。
そしてカンデ教官が、集められた仲間達に投げかける言葉が耳に届いた。
「これで分かったかい? お前達は生まれた時から、人生が決まっているのよ」
だが、誰もそれに答えない。
返答しろと命令されていないからだ。
そんな静寂の中、突然声が聞こえてきた。
「今日からは違うわね」
そこに居た誰もが驚いた。
霞む目を凝らして声がした暗闇を見ると、人の輪郭がぼんやりと浮かんでいた。
「許しもなく声を出したのは誰だ?」
カンデ教官の怒りに満ちた怒声が響いた。
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