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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第8章 行商人マリカ・サンティ
221/416

8―25 奴隷商人の帰還

 

 ムルシアの馬車は、アラゴン公爵領の領都ニッシェルに向かっていた。


 獣人牧場の稼ぎ頭だった魔眼持ちの狐獣人が死んだため、前に販売した顧客を巡り魔眼が発現した個体の買い戻しを交渉するつもりだった。


 そして偶然にもロヴァル公国で野営中にそれを見つけたのだ。


 持ち主を調べると簡単に分かった。


 あの耳長の雌は有名人で、ドーマー辺境伯から領地を奪い後釜に座ったのだ。


 相手が貴族だと分かれば、あとは貴族年鑑を見るだけで済んだ。


 相手も奪ったのなら、俺が奪ったっていいじゃないか。


 そしてパルラに入るとチャンスが訪れた。


 標的が1人で歩いていたのだ。


 罠かと思い回りを見回したが、あの忌々しい耳長はどこにも居なかった。


 俺ははやる気持ちを落ち着かせ馬車を止めると、薬を嗅がせて馬車に引きずり込んだ。


 標的を確保すればもうこの国に用はない。


 急いで公国を脱出して、伯国経由で王国に戻ってきた。


 魔眼持ちは希少でしかも相手の真意を測りたい為政者や商人に大人気なため、オークションは毎回激しい競り合いになった。


 それが嫌な顧客は魔眼が発現する前の個体を安く買って、発現を待つことになるが確率はかなり低かった。


 捕まえた狐獣人がドーマー辺境伯に販売した個体だとすると、それが魔眼を発現したのはやはりあの耳長が原因だと考えられた。


 噂では、7百年ぶりに復活した最悪の魔女だと言われているが、案外本当なのかもしれないな。


 そんな時、御者台から声が聞こえてきた。


「旦那様、領都ニッシェルの城門が見えてきました」

「そのまま町に入れ」

「畏まりました」


 獣人牧場があるドックネケル山脈の東側はアラゴン公爵の領地で、公爵からは何かと便宜を図ってもらっていた。


「素通りする訳にも、いかないか」

「え、何ですか?」

「いいから、進め」

「はい」


 そしてムルシアの馬車がニッシェルの東門に到着すると、俺の事を知っている門番が挨拶をしてきた。


「これはムルシア様、公爵様へのご訪問でしたら早馬を飛ばしますが?」

「おお、それでは頼む。公爵様には良い知らせがあると伝えておいてくれ」

「はっ、畏まりました」


 そう言うと門番小屋から、騎馬が館に向けて走り去った。


 ニッシェルの街中には、いたるところに獣人の奴隷を見ることが出来る。


 奴隷の初期投資は大きいが、不平を言わず賃金も要らない安い労働力は直ぐに元を取れるのだ。


 その安い労働力で作り上げた商品は価格競争力があり、それは他領の経済をも脅かすことになった。


 だが、相手は公爵だ。


 表立って苦情も言えずまた物流を断つと敵対行為とみなされるので、結果的に他領も奴隷を購入して条件を同じにすることになった。


 そんな訳で奴隷商売は好調だった。


 あの王女が口出ししてくるまでは。


 やがて見えてきたアラゴン公爵の住処は周囲を取り囲むように城壁があり、館自体も垂直に切り立った石壁が周囲を覆っているので、館というよりも城に近かった。


 まあ公爵の地位にふさわしい住処としては、これくらいでないと他の貴族から侮られるのだろう。


 公爵の館に到着すると、顔見知りの執事にいつもの部屋に案内された。


 そこでメイドが用意した酒と肴を頂いていると、アラゴン公爵が部屋に入ってきた。


「ムルシア、随分長い事国を空けていたな」

「公爵様、そのおかげで大変価値のある物を手に入れました」

「ほう、それは一体なんだ?」


 そう言った公爵の目が細くなっていた。


 これは「俺を誤魔化すなよ」という意味を込めた時の公爵の癖だった。


「魔眼を発現した狐獣人を捕まえました」

「それは誠か?」

「ええ、本当ですよ」

「あれは金になるからな。生産計画はどうするのだ?」

「牧場に到着次第早速種付けを始めます。その後も休みなく生産させます」

「それは素晴らしい。おい、ロヴァル産の高級ミードを持ってこい」


 公爵が壁際に控えていたメイドにそう命じる声を聞いて、狐獣人を捕らえに行った時酒場で飲んだミード酒の事を思い出した。


 ぶははは、あの町で攫った金蔓を、あの町の特産品で祝うとは何たる皮肉だ。


 あの町には足を向けて寝られないな。


「ところで公爵様、王女との権力闘争はどうなのですか?」

「おお、それか。実はオルネラス子爵が、王族の弱みとなる品を獲得したそうだ。これと引き換えに王女に王位継承を辞退させれば、晴れて俺が次期国王だ」

「それはおめでとうございます」


 王家で3人の王子が次々と亡くなり、国王も病に倒れ容態が悪化したと聞いた時、これでアラゴン公爵直ぐに即位すると思ったのだが、あのお飾り王女が国王の代行を始めたのだ。


 そして王女は、あろうことか獣人奴隷の解放を貴族に命じてきた。


 そんな事をされたら奴隷商売が続けられなくなってしまうのでアラゴン公爵に助けを求めると、公爵は自派閥の貴族に王女の命令を無視するように指示してくれたのだ。


 おかげで、最悪の事態を迎えずに済んでいた。


 その王女が次期国王になる目が消えたとなれば、安心して事業に邁進できるというものだ。



 アラゴン公爵との会合を終えニッシェルを後にすると、ドックネケル山脈にある獣人牧場に向かった。


 やがて山脈の麓に目的地が見えてくると、扉が開き数人の人間が扉の前に現れたので、主の帰還を出迎えてくれているように見えた。


 馬車が城門の傍までやってくると、牧場の管理運営を任せているガエルの姿があった。


「旦那様、お帰りなさいませ」

「うむ、変わりはないか?」


 挨拶の言葉としてそう言ったのだが、ガエルの表情から何かあったのが分かった。


「商品を盗賊に奪われました」

「なんだと、後で詳細を話せ」

「ははっ」


 管理棟の前に馬車を止めると荷物の搬入をガエルに任せると、管理棟の最上階にある自分の部屋に向かった。


 部屋に入りお気に入りの椅子にどかりと腰を下ろすと、傍に控えていた使用人がテーブルの上に高級酒とつまみを置いた。


 ムルシアがくつろいでいると、ガエルがノックをして部屋に入ってきた。


「旦那様、お待たせいたしました」

「よい、それでどうして商品を奪われたのだ?」

「はい、運搬中に街道で獣人の盗賊に奪われたようです」

「護衛も付いていたのだろう。そいつらは何をやっていたんだ?」

「賊共にやられたようです」

「使えん奴らだ」


 護衛も居て、それに商品に加勢させることも出来たはずなのに、なんて無能なのだ。


「商品には隷属の首輪があっただろう? それはどうしたのだ?」

「ゴドイ、ああ、こいつが運搬役の男ですが、そいつの話では、気が付いたら首輪を外されていたそうです」

「どうやって隷属の首輪を外したのかも、分からないというのか?」

「はい、そのようです」


 ムルシアは込み上げてきた怒りを何とか抑えていた。


「それで賊についての情報は?」

「怪盗三色を名乗っていたようですが、明らかに嘘だと言っていました」

「獣人の盗賊団か?」

「ああ、ブマク団ですか。いえ、どうやら違うようです」


 首輪を外した方法も襲ってきた連中の素性も分からないとは、とんだ無能者じゃないか。


 そんな奴は不要だな。


 俺は自分の首を親指で横に引く仕草で無能者を始末しろと伝えると、ガエルは黙って頷いた。


「全く、せっかくの酒が不味くなったわ」


 夜も更け燭台の明かりの中、明日からの魔眼持ちの生産計画を考えながら酒を楽しんでいると、ふっとパルラの町の事を思い出していた。


 あの町の獣人にも隷属の首輪が無かったが、どうやって外したのだ?


 するとあの耳長が次々と獣人達の首輪を外している光景が脳裏を過り、掌に大量の汗が噴き出してきた。


 まさか、あの耳長が俺を追って近くまで来ているんじゃないのか?


 そう思った途端、椅子から立ち上がると大声でガエルを呼んだ。


「何事でしょうか?」

「ガエル、警備を強化しろ。それから・・・」

「それから、なんです?」

「いや、いい。急げ」

「ははっ」


 一瞬、あの雌を人質として手元にとも思ったが、何時来るかもしれない相手を恐れるより明日からの生産計画を優先したのだ。


 そうは言っても無防備という訳にもいかないと思い、続き部屋にある金庫を開け中の物を取り出した。


 +++++


 意識を取り戻したジゼルは、自分が固い物の中に入れられ、膝を抱えて体を丸めている状態になっていることに気が付いた。


 そして体に伝わってくる振動から、まだ馬車に乗せられて何処かに運ばれているのが分かった。


 あの男に踏まれた手足がまだ痛むのでユニスと一緒にエリアル魔法学校で教えてもらった治癒魔法を掛けられるか試してみたが、首に付けられた隷属の首輪が締まり詠唱を続けられなかった。


 やがて馬車が止まり男達のくぐもった声が聞こえると、再び走り出した。


 だが今回は直ぐに馬車が止まり、男達の声と足音がこちらに近づいてくると、樽を横倒しにされ、ゴロゴロと転がされた。


 その度に痛めつけられた手足が痛んだが、何とか悲鳴を上げずに耐えていた。


 そして樽の蓋を開けられると、今度は男の腕に掴まれると乱暴に引きずり出された。


 明るい陽射しに目が慣れてくると、そこには私を見下ろしている男達の顔があった。


「こいつが金蔓か」

「そうだろう。この目を見てみろ。ムルシア様がおっしゃられていた通り、瞳の色が左右で違うぞ」

「へえ、本当に魔眼なんてものがあるんだな」


 そんな男達を怒鳴りつける声が聞こえてきた。


「お前達いつまでも遊んでないで、その商品をとっとと運び入れろ」

「へい、今すぐ」


 リーダーと思しき男がそう返事を返すと、周りの男達に手で合図を送っていた。


 すると私は両脇に手を差し込まれ強引に立ち上がらされた。


 そこで初めて周りの景色を見ることが出来ると、そこが幼少期に過ごした場所であることが分かり小さく「あ」と声を上げた。


 あの男が言った言葉からある程度予測はしていたが、実際にそれを目の当たりにしたことでショックを受けたのだ。


「ああ、ユニス。私を助けて」


 小さくそう呟いた。


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