8―22 護送馬車襲撃
ガーチップは顔を上げるとオーバンに話しかけた。
「お前達は何故魔女と一緒にいるのだ?」
「俺達は檻に入れられ、餓死を待つだけだったんだ。そこにユニス様が食料と水を持って現れ、俺達に未来の選択肢をくれたのだ。俺を含め全員ユニス様に付いていくと誓ったがな」
ガーチップはまだ納得していない顔だった。
「お前は魔女の手駒になるつもりなのか? 7百年前に獣人がどうなったか忘れたのか?」
「ユニス様がそうするというのなら、従うまでだ」
「何故だ。確かに魔女は恐ろしく強い。だが、7百年前に人間共に倒されただろう」
それを聞いたオーバンは指を2本立てていた。
うん、オーバン、その2本の指は何だ?
「問題ないぞ。ユニス様には双子の妹殿が居るのだ。ユニス様がお人好で騙されやすくても、妹殿は悪賢くて抜け目が無いから、人間に後れを取る事は無いと思うぞ」
おい、俺はそんなに頼りないのか?
まあ、確かに、あおいちゃんと飲み比べした時はまんまと嵌められたがな。
それを聞いたガーチップは小声で「魔女が2人」とか、「もう一方は極悪」とか、「そんなのどうやったって無理だ」と呟きながら頭を抱えると、がっくりと肩を落としていた。
どうやら戦意喪失したらしい。
「なあ、魔女は本当に信用できるのか?」
「ああ、それは保証する。ユニス様は、俺達獣人に居場所を与えてくださっている」
オーバンが自信をもってそう言い切ると、ガーチップは俺の方を見た。
「分かった。街道を走る奴隷商人の護送馬車の情報と引き換えに、俺たちを釈放してくれ。それが条件だ」
俺はガーチップの真意を測るため、じっとその瞳を見つめた。
俺の事を真っすぐ見返してくるガーチップの瞳は、嘘は言っていないようだが保険は必要だろう。
「情報提供者を残して貰う必要があるわね」
「では、俺が残る。他の者は解放してくれ」
「それでいいわ」
交渉は成立した。
俺はつい握手をしようと手を差し出したが、ガーチップは何かされると思ったのか後ずさっていた。
握手は好みではないらしい。
ガーチップに交渉内容を仲間達に伝えさせてから、他の獣人を解放した。
獣人達は、戒めを解かれた途端脱兎の如く逃げ去るか、こちらに敵意丸出しの視線を向けながら捨て台詞を吐いて森の中に消えていく者とか様々だった。
最後の1人を見送った俺達は、ガーチップに今後の事を協議する事にした。
「それでは奴隷商人の情報を教えて貰いましょうか」
「ああ、分かった」
+++++
どうも、これから街道をやって来る馬車を襲撃しようとしている盗賊です。
しかも身バレしてこの国で手配されないように、擬態魔法でパルラの獣人達に変装している確信犯です。
ガスバルやベルグランドは、自分の頭の上の獣耳と臀部から生えた尻尾を触っては「ほう」とか「へえ」とか言っていた。
当初はグラファイトとインジウムに街道を封鎖させてから、動けなくなった馬車隊の人間達を電撃魔法で無力化することにしていた。
だがマランカで俺が捕まっていた時、呑気に酒を飲んでいた事を気に病んでいた3人が仕事をしたいというので、護衛達の制圧を任せる事にしたのだ。
そして襲撃している間、奴隷商人達に名前を知られる訳にはいかないので、偽名を考える事にした。
そして良い考えが浮かんだので、3人に教えることにした。
「貴方達、奴隷商人に本名を知られる訳にはいかないから、それぞれ偽名を付けるわね」
「「「偽名ですか?」」」
「ええ、オーバンは赤熊、ガスバルは黒犬そしてベルグランドは白猫にしましょう」
それを聞いたベルグランドが眉根を寄せていた。
「それって怪盗三色ですよね」
「あら、ベルグランド。やっぱり貴方はこの名前知っているのね」
「ええ、この国に入ってから聞き込みをしていた時に、ちょっとね」
そう言うとベルグランドは目を泳がせていた。
「ユニス様、我々が怪盗三色と疑われますが、よろしいのですか?」
「変装しているし、私達の身バレはしないでしょう。それに本物の耳にこの事が伝われば、私達の元にやってくるかもしれないでしょう。そうしたら探す手間も省けるし、サン・ケノアノールで奪われた歴史書を取り戻せるかもしれないでしょう」
ガーチップの話では、街道をやって来る奴隷商人は馬車隊を編成しているようで、奴隷商人が乗っている馬車と奴隷が入れられている護送馬車、それに馬車の前後には護衛の兵士が居るようだ。
奴隷商人の馬車を襲うような連中は殆ど居ないらしく、護衛の人数はそれ程多くは無いとのことだった。
街道の通行量はそれほど多くないようで時折商人の荷馬車や、武装したグループが通るくらいだった。
森の中で待つ事数刻、ようやく奴隷商人の馬車隊がやってきた。
先頭は2頭の騎馬でその後を4人の護衛が続き、その後に乗車用の馬車、護送馬車そして荷馬車と続いていた。
俺は作戦開始の合図をグラファイトとインジウムに送ると、街道を走る馬車隊の前方と後方に大岩が飛んできて轟音と共に道を塞いだ。
馬車隊は突然行く手を塞がれたため慌てて急停止すると、護衛の指揮官らしき人物が他の護衛達に号令をかけていた。
「敵襲だ。武器を取れ、賊共を始末しろ」
護衛達は指揮官の命令に従って、森の中から姿を表したガスバル達3人に剣を手に向かってきた。
敵が切りかかって来ると、ベルグランドが大声で指示を出した。
「赤熊は敵を排除、黒犬は後方から支援魔法だ」
「「おう」」
オーバン達はそう返事をすると、ガスバルが魔法詠唱を始めオーバンが敵の陣に突っ込んでいった。
オーバンは切りかかって来る敵の護衛達の間に滑り込むと、人間達と接近戦を展開していた。
そして魔法の詠唱を終えたガスバルが馬に乗った敵の指揮官に電撃を放つと、標的にされた騎兵が突然悲鳴を上げ、糸の切れた人形のように馬から転げ落ちた。
それを見ていたもうひとりの騎兵が、部下達に命令を発していた。
「魔法使いを先に片付けろ。狙い撃ちにされるぞ」
だがオーバンが敵陣の中で大暴れをしているので、誰もガスバルの方に向かえないでいた。
そうこうしているうちに、ガスバルの次弾が残った騎馬に向かい指揮官が馬から落ちると、趨勢は決したように見えた。
その時、馬車の中から奴隷商人と思しき男が姿を現した。
その男は口ひげを生やした太った小男で、手に持ったステッキを振り回していた。
「お前らが怪盗三色な訳あるか。ブマク団の連中か? 仲間を解放に来たのなら、その間違いを思い知らせてやる」
そういうと護送馬車の鍵を開けていた。
「ゴドイ様、一体何を?」
ゴドイと言われた奴隷商人は、その声を無視して護送馬車の扉を開けると中に向かって怒鳴り声をあげた。
「おい、出て来い。そしてあいつらに襲い掛かれ」
そういうとこちらにステッキの先を向けてきた。
そして護送馬車から出て来たのは、犬獣人や猫獣人の子供達だった。
その首には隷属の首輪が付けられていて、奴隷商人の命令に従いオーバンや後ろに居るガスバル達の方に駆けだした。
命令に逆らえない子供達は、目に涙をためながらオーバン達に掴みかかっていた。
「どうだ。子供相手に戦えるならやってみろ。おい、お前達、奴隷が押さえつけているうちに賊共をやっつけろ」
「「「へい」」」
それを見たオーバン達は、子供を殴る訳にもいかずじりじりと後退を始めると、奴隷商人は形勢が逆転した事に満足していた。
「黒犬、あの奴隷商人を黙らせろ」
「そうはいくか。そこの2人こっちに来い」
そういうと奴隷商人は、獣人奴隷を肉の盾にした。
「がははは、魔法を撃ってみろ。こいつらを殺すことになるぞ。それが嫌なら大人しく降伏しろ。今回の損害分として奴隷として売ってやる」
そして勝ち誇った顔で、盾の後ろから怒鳴っていた。
「俺を殺しても命令は消えないぞ。お前達が奴隷を殺せない以上、お前達に勝ちはないのだ」
これは拙い。
「グラファイト」
「はい、大姐様」
そう言うとグラファイトは、荷物袋の口を開けて俺に差し出して来た。
俺は袋の中からダイビンググローブを取り出すと、左手に付けた。
「グラファイト、インジウム、行くわよ」
「はい、大姐様」
「はあぃ、お姉さまぁ」
そして俺が森の中から戦場に姿を現す頃、2人のオートマタは奴隷商人の盾になっている獣人奴隷を掴んで射線からどかせていた。
「微弱雷」
俺の前に現れた藍色の魔法陣から電撃が走ると、障害物が無くなった奴隷商人にまともに命中した。
「ひぎゃぁぁ」
奴隷商人は悲鳴を上げるとその場にぱたりと倒れた。
だが奴隷商人の命令はまだ有効のようで、泣きながらこちらに牙をむいてきた。
その1人を捕まえると暴れる奴隷を何とか抑え込んでから、左手で隷属の首輪を掴んだ。
すると「バチッ」と音がして、首輪が外れた。
隷属の首輪が外れた獣人は、自分の首回りを触りながら地面に落ちた首輪を信じられないといった目で見ていた。
俺はその子にやさしく声を掛けた。
「もう自由よ」
それを聞いた子供は一瞬呆気にとられた後、嬉しそうに笑った。
「グラファイト、インジウム、その子達を捕まえてこちらに」
「畏まりました」
「はあぃ」
そして暴れる子供達を2人が掴んで差し出してくるのを、次々と隷属の首輪を外していった。
戦闘が終了すると、現場に残ったのは3台の馬車と気絶した奴隷商人と護衛5人、それと隷属の首輪を外された獣人の子供達10人だった。
動ける護衛は既に逃亡したようで、この場には居なかった。
子供達は誰に救われたのかちゃんと分かっているようで、俺の周りに集まっていた。
するとまたベルグランドが余計な一言を言い放った。
「まるで獲物をおびき寄せて捕食するサンドスローみたいですね」
サンドスローって、確かキュレーネ砂漠の食人植物だよな。
俺はそのふざけた顔に微弱雷を放ってやった。
評価、ブックマーク登録ありがとうございます。
いいね、ありがとうございます。




