8―21 罠の森
ガーチップは一度歩みを止めて、周りを見回した。
だが、そこにあるのは見慣れた木々に下草の匂いだけだった。
具体的な危険を示す兆候も無いというのに、ガーチップの生存本能は今すぐ逃げろと告げていた。
俺一人だけなら、本能に従って一目散に逃げていただろう。
しかし、それをするには出発前に仲間達をあおり過ぎていた。
今止めようものなら、仲間達に臆病者と罵られるだろう。
ブマク団の団長として大人数の仲間を従えるには、強いリーダーである事を常に示さなければならない。
ガーチップは首を横に振り自分が感じている不安は、単にこの先に居るのがあの魔女だからだと自分に言い聞かせる事にした。
そして俺に合わせて立ち止まっていた仲間達を見回してから、腕を振って前進を合図した。
数は力、そう思ってはみたもののどうしても不安が拭えないので、耳を澄ませ、匂いを嗅ぎ、目を見開いて周囲に何かおかしな動きは無いかと注意した。
そしてマーキングされた安全な道だと思って足を踏み入れると、下草に隠れるように横に伸びた蔦のような物に引っかかった。
一瞬、耳にかすかな「ピン」という音が聞こえると、目の前が真昼のように明るくなり、その強烈な光に目の奥を焼かれて何も見えなくなった。
直ぐにこれが罠だと気が付いた。
自分が死地に居る事を理解したガーチップは、本能が告げる危険信号に従って横に飛ぶと身を伏せた。
ガーチップの耳が頭上を何かが通り過ぎる空気の流れを認識すると、直ぐに後ろから肉にぶつかる鈍い音と仲間達のうめき声が聞こえて来た。
自分達が罠に嵌った事を悟ると、仲間達に大声で指示を出した。
「罠があるぞ。無事な者は魔女の野営地まで一気に駆け抜けろ、目をやられた者は大人しく身を伏せているんだ」
奇襲が失敗した事を悟った仲間達も、雄たけびを上げながら森の中を突進していった。
だが、その勇ましい声も直ぐに悲鳴に変わっていった。
未だ目が見えないガーチップには何が起こっているのか皆目見当がつかなかったが、仲間が次々と敵の罠に嵌っているのだけは分かった。
畜生、俺の判断が甘かった。
それと同時に魔女への怒りが湧き上がり、匂いを頼りになんとか森を抜けようとした。
すると突然足元がぐらりと揺れバランスを失った体が宙に浮くと、そのまま顔から地面に叩きつけられた。
そしてそのまま下草の上をずるずると滑ると、体が止まったのは何かべたべたする地面の上だった。
なんとか立ち上がろうともがくのだが、粘性の高い物質が体に張り付いて動けなかった。
周囲の気配から、他にも同じように動けなくなっている仲間が居るのは分かった。
「おい、誰か動ける者は居ないのか?」
「すみません。全くダメです」
それでも何とか脱出しようともがいていると、下草を踏む足音が聞こえてきた。
それは真っすぐこちらに近づいているようだった。
やがて足音が止まると、頭上から声が聞こえて来た。
「なんだか、ホイホイハウスに入ったゴキブリみたいね」
「女ボス、それは一体何ですか?」
「ん、ああ、気にしないで、ただの独り言よ」
ガーチップは、頭上に居るのが魔女だと分かった。
そして発した言葉の意味は分からなかったが、自分が小馬鹿にされた事だけは理解できた。
何とかここから脱出して魔女の喉笛に噛みついてやろうと奮闘していると、頭上から「微弱雷」という声が聞こえて体に電気が走り、意識が遠のいた。
+++++
俺は火が消えた竈の傍で、マントを被り横になっていた。
これは襲撃者が安心して近づけるように、油断している姿を見せつけるためだ。
当然、これから襲撃されるというのに呑気に横になっている訳じゃないので、俺は魔力感知で周囲の状況を調べていた。
その魔力感知に大量の起点が現れ、それが丘の上の斥候と合流したのだ。
「みんな、盗賊が丘の上に現れたわよ」
俺が注意を促すとみな、唸るような声で了解を示してきた。
その後直ぐにベルグランドが張った罠が次々と発動する音と光が現れると、それまで静かだった森が人の怒号と悲鳴によって騒がしくなった。
そんな森の喧騒が静かになると、魔力感知で動く輝点が無くなっていた。
「どうやら全員捕えたようね」
「へへ、どうです、俺に任せて正解だったでしょう」
俺の独り言を自分への称賛ととらえたベルグランドが得意顔でそう返してきた。
「あ、ええ、そうね」
それからガスバルを手招きして、後処理の手筈について確認することにした。
「ガスバル、貴方と私で罠に嵌った盗賊達を微弱雷で気絶させるわよ」
「はい、お任せ下さい」
すると今回全く役目が無かったインジウムが、不満そうな顔をしていた。
「お姉さまぁ、こんや奴ら私だけで十分でしたよぅ」
「貴女、私に殺意を向けてくる相手に手加減出来ないでしょう?」
「勿論ですぅ。お姉さまに殺意を向けるゴミ屑はぁ、一匹残らずこの世から消し去りますぅ」
とっても嬉しそうな顔でそう断言するインジウムに、俺は頭を抱えていた。
「はあ、それじゃ話が聞けないでしょう」
俺とガスバルが罠の森に入って木の上に吊り上げられた者や、地引網で引き揚げられた魚のようになっている者達を、次々に気絶させていった。
その後をグラファイトとインジウムが、罠の中から引っ張り出して次々と捕獲していった。
そして目の前に並べられた獣人達は、ざっとみても3百人は居るようだった。
この中から情報を知っていそうな奴を特定するのは大変そうだ。
そこで近場の男を覚醒させると、出来るだけ友好的になるように笑顔を作りながら質問をした。
「お前達のボスは誰?」
「誰が言うか、この、あ・ば・ず・れ」
男はまるで勝ち誇ったかのような顔でそう言うと、にやりと俺を小馬鹿にしたように笑っていた。
俺は笑顔のまま固まると、そのふざけた顔に無性に悪戯がしたくなってきた。
そして地面に生えている草を引き抜くと、男の鼻腔に突っ込んだ。
「ほら、とっとと吐け」
「うぉっ、ふが、何しやがる、や、止めろぉ」
「ほら、ほら、素直に吐かないと、もっと突っ込むぞ」
後ろではベルグランドが、俺に聞こえないようにガスバルに小声で話しかけていた。
「女ボスって、案外性格悪いと思いますよね?」
「普段は素が出ないように気を張っているのだ。その反動がこうやって時折出てしまうのだろう。まあ俺としては、あのとびっきりの美人にバニーちゃんの恰好をしてもらい、おみ足で踏まれてみたいと思うがな。ぐふふ」
「いや、いや、美人のあの可愛らしい唇から、下ネタとか暴言とかが吐き出される方が痺れますぜ。何だか想像すると、げへへ」
お前ら、良いコンビだな。
俺の尋問により盗賊達のボスが、ガーチップという虎獣人だと分かった。
捕まえた獣人達を見回して虎に似ている男を探していると、髪の毛が黄色と黒の男が居た。
男を揺り起こすと、ゆっくりと開いていた瞼が俺を認識するとカッと見開いた。
「お前が魔女か?」
おっと、いきなりだな。おい。
男は俺の返事を待たずに周りを見回すと、俺の後ろにいたガスバル達に叫んだ。
「おい人間、この女は人間に化けているが、正体は最悪の魔女だと知らないのか?」
それを聞いたガスバル達が互いに顔を見合わせてから、思わず吹き出していた。
「がははは、そんな事知っているぞ」
ガスバルのその答えが気に入らないのか、さらに畳みかけてきた。
「その女は、再びこの大陸に争乱を引き起こそうとしているんだぞ。お前達はそれを知っていて加担しているのか?」
それを聞いたガスバルが、首を横に振ってから反論した。
「お前が魔女と呼ぶこのお方は、ロヴァル公国のパルラという町で獣人と人間が共に暮らせる町を運営なされておられる。それに我が帝国とも良好な関係を築いておられるぞ」
「そんな事信じられるか」
なんだか決めつけが激しい男のようだ。
取り敢えず、訂正はしておいた方が良さそうだな。
「まず言っておくけど、私は貴方が言う魔女ではありませんよ」
「ふん、姿を偽っている奴の言う事が信じられるか」
「ああ、これ、この国では亜人の姿のままだと何かと不便でしょう。だから魔法で変装しているのよ。これでいい?」
自分の姿を確かめてから擬態魔法を解除すると、虎獣人がじっと俺の顔を凝視していた。
「どこからどう見ても魔女じゃないか」
う~ん、話が進まないから、必要な事だけ聞いて終わりにするか。
「ところで貴方が盗賊団のボス、ガーチップでいいのかしら?」
「ああ、だったらなんだ?」
「私が嫌いならそれでも構わないけど、獣人奴隷を扱う奴隷商人の情報は教えて貰うわよ」
俺がそう聞くと、ガーチップは眉根を寄せていた。
「奴隷商人だと? 一体何をする気だ?」
「私の友人が奴隷商人に捕まったのよ。何があっても取り返すつもりよ」
「その友人は、獣人なのか?」
「ええ、そうよ。ジゼルという名前の狐獣人よ」
それを聞いたガーチップは、首を横に振っていた。
「諦めろ」
「どういう意味?」
するとガーチップは一つため息をつくと、その理由を教えてくれた。
「隷属の首輪は外せない。無理に外そうとすると首が締まって死なせることになるんだ」
「ああ、それなら大丈夫よ。何度も外した事があるから」
「そんなの信じられるかぁ」
そこで俺たちの会話を聞いていたオーバンが、会話に加わってきた。
「俺も奴隷だったが、ユニス様に隷属の首輪を外して貰ったんだ。ユニス様に任せておけば問題ない」
「お前、人間じゃないのか?」
「ああ、俺は獣人だ。この国は獣人の姿で入るには問題があるからな。ユニス様の魔法で人間に化けているんだ」
それを聞いたガーチップは何か考え込んでいるようだった。
素直に情報を出してくればいいが、そうでなかったら。
いいね、ありがとうございます。




