8―20 獣人の盗賊団
ヴァルツホルム大森林地帯の某所ブマク団の地下本部では、団長のガーチップが王国の地図を睨み付けていた。
先日、人間共に捕まっていたルヴィス兄妹が無事戻って来たが、その時とんでもない情報をもたらしたのだ。
なんと、あの魔女が復活して再び獣人を誑かしているそうだ。
しかも、今回は人間も仲間に加えているらしい。
急いで偵察を出して行方を捜しているのだが、今の所発見できていなかった。
元々ガーチップは、家族と森林地帯の縁にある小さな里で静かに暮らしていた。
そこにやって来たのがルフラント軍だった。
俺達は広場に集められ、里の代表がルフラント軍の指揮官と何やら話していた。
だが突然指揮官が激高すると、腰に差していた剣を抜き里の代表を串刺しにしたのだ。
それを合図に虐殺が始まった。
周りには仲間達の悲鳴が響き、血の匂いが立ち込めていた。
そしてルフラントの指揮官は手に持った剣を血に染めながら、愉悦に歪んだ顔で「お間達がこんな目に遭うのは、獣王ブリアックが最悪の魔女に協力したからだ」と叫んでいた。
俺はブリアックの事も魔女の事も、この時まで全く知らなかった。
そのため人間共が何故俺たちを嫌うのか、皆目見当がつかなかったのだ。
戦闘は直ぐに終わった。
まだ命があった者は捕えられ、護送馬車に放り込まれていった。
ガーチップの家族がどうなったのか分からなかったが、これ以上この場所に留まると自分も命の保証が無かったので、泣く泣く生き残った仲間と逃げるしかなかった。
人間達からの理不尽な仕打ちと、それに対抗出来なかった自分の無力さに込み上げる悔しさと怒りを抑えきれず、手近にあった木の幹に拳を打ち付けていた。
「ちくしょう・・・ううっ」
「ガーチップ、悔しいのは分かるが今は我慢だ」
仲間に肩を叩かれて慰められたが、どうしても確かめたい事があった。
「なあ、あいつらが言った最悪の魔女って何だ?」
そして7百年前の事実を知ったのだ。
生き残った仲間達と森林地帯の奥に入り、隠れ家に丁度良い洞穴を見つけてそこを拠点にした。
最初は森の恵みを求めて細々とした暮らしをしていたが、次第に仲間が集まるとブマク団を設立して街道を通る商人の馬車を襲い、生活に必要な物資を調達するようになった。
そんな昔の事を思い出していると、開いている扉をノックして団の参謀役を務めるチュイが顔を表した。
「ガーチップ、少し休憩してはどうですか?」
「チュイか。今街道に偵察を出しているんだが、魔女の行方がなかなか掴めなくてな」
チュイは地図に重ならないように、テーブル上に飲み物を置いた。
この男は森林地帯の中で酷い怪我をして行き倒れていたところを拾ったのだが、余程酷い経験をしたのか記憶を無くしており、唯一覚えていたのが自分の名前がチュイという事だけだった。
チュイは隷属の首輪をしていなかったので団に迎え入れたが、なかなか使える奴なので俺の補佐役をやらせていた。
「そんなに根を詰めても仕方ないでしょう。一息入れて、休憩してください」
「ああ、そうしよう」
ガーチップが飲み物に口を付けると、また部屋に入って来る者が居た。
「報告します。街道に奴隷商人の護送馬車が現れました」
「チッ」
奴隷商人の護送馬車には獣人の奴隷が入れられているが、助け出そうにも隷属の首輪が外せず死なせてしまうので手が出せなかった。
「護送馬車の話はよせ。それよりも魔女は見つけたのか?」
「いえ、残念ながら」
「いいから、魔女を見つけて来い」
「は、はい」
連絡に来た部下を追い出していると、チュイはテーブルの上に広げられた地図を眺めていた。
「ガーチップ、魔女が復活したというのは本当なのですか?」
「ルヴィス達が会って、話もしたようだ。見た目はあの絵そっくりだったそうだぞ」
そう言って、壁に掲げられている×印をした魔女の肖像画を顎で指示した。
「それで、どうするのですか?」
「魔女はまた獣人を巻き込んで、7百年前の争乱を再現しようとしているそうだ。こんな事は許されん」
ガーチップは現在の獣人の扱いを思うと、自然と怒りが湧きあがった。
「ガーチップ、魔女を倒すつもりで?」
「ああ、そうだ。我々は7百年の長きに渡り迫害を受けて来た。こんな状況になったのもブリアックを裏切った魔女のせいだ。我らの恨みを晴らせるチャンスは見逃せない」
だがチュイは難しい顔をしていた。
「本当に勝てるのですか?」
「深夜に寝込みを襲えば、あるいは。それに数は力だ。一気に襲えば誰かが魔女の喉を食い破れるだろう。その誰かが、この俺ならこの上なく嬉しいがな」
すると大慌てでやって来た部下が、息も絶え絶えに報告してきた
「はぁ、はぁ、ほ、報告、はぁ、します」
「魔女を見つけたのか?」
「えっと、その」
「何だ、はっきりしろ」
すると報告に来た男は息を整えると、報告を続けた。
「報告します。ゴーレム馬車を見つけました。そして女も確かに居るのですが、人間のようなのです。それに獣人も居ないようです」
「馬車の台数と相手の人数は?」
「えっと、馬車は2台、御者も含めると人数は6人です」
うむ、ゴーレム馬車の台数も人数も合っているな。
「念のため、ルヴィスに確かめてみるか」
ガーチップはチュイに頷くと、チュイは部屋を出てルヴィスを探しに行ってくれた。
そしてやって来たルヴィスは、此処に来る前にチュイから話を聞いていたのだろう、俺を見るなり話し出した。
「ガーチップ、俺が見た魔女達は人数が6人、そのうち魔女が1人に獣人が1人でした。そして馬車は乗客用と荷馬車の2台です」
「良し、出来るだけ人数を集めろ。決戦だ」
ガーチップがそう言うと、チュイが待ったをかけてきた。
「待ってください。確かに台数や人数は合っていますが、肝心の魔女が目撃されていませんよ。襲撃は早計ではありませんか?」
「ルヴィス、何か他に気付いた事は無いか?」
「あ、そういえば、妹のリスタがリンナの町を脱出する時、魔女に魔法を掛けられて人間の姿になったと言ってました」
それを聞いたガーチップは満足した。
「成程そうか。相手は魔女なんだ。顔を変えるなど造作もないという事だな」
「確かにそうですね。それにしても顔を変える、ですか・・・」
何やらチュイが考えこんでいるのが気になって聞き返した。
「何か、あるのか?」
「いえ、何でもありません」
チュイはそう言って首を横に振ると部屋を出て行った。
まあ、元々記憶を無くしていた奴だ。
ただの気のせいなのだろう。
そして本部前に集まった獣人達を目の前にして、ガーチップはテンションが上がっていた。
「我々獣人がこのような境遇に貶めた魔女が復活した。そして再び獣人を取り込み、この地に争いの種を撒こうとしている。我々はこの諸悪の根源である魔女を討伐し、先祖の恨みを晴らす機会に恵まれたのだ。この機会を逃すことは出来ない。我々の未来の為、魔女を打ち取るのだ」
「「「おおお~」」」
本部の留守番をチュイとルヴィス達年少者に任せると、戦闘可能な全員を連れて出発した。
真っ暗な森の中を、木の枝に服が引っかかる事も無く、下草に足を取られることも無く、目だけ光った集団が軽快に疾走していた。
その集団は、獣道も無い森の中を静かに、まるで目的地があるかの如く迷いない足取りで駆け抜けて行った。
それは獣人達だけが使えるマーキングの能力があるからだった。
ブマク団に所属する団員の殆どが参加する大規模な作戦が、今まさに始まろうとしていた。
やがてガーチップ達は偵察兵が待つ丘の上に辿り着き、眼下に見える魔女の野営地を見下ろした。
そこには火が消えた竈の周りにマントに包まり横になっている4人の姿があったが、 ここからではまだ距離があるのと4人の顔がこちらを向いていないため、魔女が居るのか判別が出来なかった。
「あれが魔女達なのだな?」
「ええっと、魔女は確認できておりません」
「まあ、いいだろう。傍に行けば分かる事だ。見張りは何処だ?」
「居ません。奴ら見張りも立てずに呑気に眠りこけてますぜ」
そう言われてガーチップが野営地の周囲を観察すると、馬車の荷台には人が居るようだった。
「おい、御者台に人が居るようだが?」
「ああ、奴らピクリとも動きません。多分寝てるんだと思いますぜ」
ガーチップは空を見上げた。
今日は暗い夜で星の瞬きも殆ど見えなかった。
夜目が効く獣人には、もってこいの状態だった。
あの中に魔女が居たとしても、気付いたときには反撃される前に制圧できるだろう。
間違って人間だけだったとしたら、それこそ気付いた時には全てが終わっているはずだ。
「これは僥倖。野営地には3手に別れて向かうぞ。俺は中央、ガランは右、ダングは左からだ。一人も逃すなよ」
ガーチップが名前を呼んだガランとダングは手を挙げ、他の獣人も何も言わずに頷くと、自分達の役目を果たすべく散って行った。
ガーチップも自分に従う仲間達に頷くと、静かに丘を降りて魔女達が居る野営地の前にある森の中に入っていった。
この森は前にも通った事がある慣れた場所だ。
下草の下に隠れた見えない段差とか、蔦が伸びていて気が付かないと足を取られる場所等良く知っていて、襲撃の後に兵士が追ってきても簡単に撒くことができるのだ。
それが何だか今日は、全く知らない場所に思えた。
草の匂い木々の形等見覚えがあるはずなのに、自分の中にある生存本能が危険だ、今すぐ逃げろと告げていた。
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