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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第8章 行商人マリカ・サンティ
214/416

8―18 アルベルダ侯爵館3

 

 俺と茶髪が鉄格子越しに睨み合っていると、「ズド~ン」という何かが壊れる低く重い衝撃音が聞こえて来た。


 目の前に居る茶髪は、目を大きく見開いてキョロキョロしていた。


「何だ、何が起こった?」

「どうやら時間になったようね」

「なんだと?」


 その破壊音は、徐々にこちらに近づいてくるようだった。


 茶髪は何か嫌な予感がしたのか、俺を指さして怒りの表情で地団駄を踏んでいた。


「おい貴様、一体何をした?」

「お前が私を罠に嵌めなければ、このような事にはならなかったんだよ」

「なんだと」


 茶髪がそう叫んだ途端、分厚い扉がはじけ飛んだ。


 そこに現れたのは顔に布を巻いたインジウムだった。


「お姉さまぁ、お迎えに来ましたよぅ」


 その言葉に真っ先に反応したのは茶髪だった。


「何者だ? ここはアルベルダ侯爵家の館だぞ。こんなことをして許されると思っているのか」


 インジウムはその声には反応せず、牢の中の俺を一目見るとその目に怒りが宿った。


 その後の光景が目に浮かんだので、慌てて叫んだ。


「そいつを殺しては駄目よ」


 返事が聞こえなかったので不安になったが、インジウムは一瞬で茶髪の後ろに現れると、蹴とばしてその背中を踏みつけていた。


「おい、お姉さまをこんな目に遭わせたのは、お前か?」

「ぎぃやぁぁぁ、き、貴様、俺を誰だと思っているんだ」

「弱い癖に、粋がっている馬鹿」


 茶髪が生きている事にホッとしていると、後から入って来たグラファイトが速やかに鉄格子を破壊して俺の元にやって来た。


「大姐様、今すぐお助けします」


 そういうと手を拘束していた枷を破壊していった。


「グ・・・ブラック、ありがとう。それとイエロー、そいつには聞く事があるから話せる状態にしておくのよ」

「はあぃ」


 ここには一応茶髪が居るので、態々余計な情報を与えないように2人の名前を特徴的な色で呼ぶ事にした。


 グラファイトは持ってきた荷物袋の中から俺の着替えを取り出すと、それを差し出して来た。


「大姐様、お召し物をどうぞ」


 そう言ったグラファイトは、頭を下げて俺の裸体を見ないようにしていた。


 うん、お前は確かに紳士枠だよ。


 手早く衣服を身に着けていると、こっそりこちらを見ていた茶髪が漏らした声が聞こえてきた。


「あの布切れは、ああやって身に着けるのか」


 茶髪が呟いた言葉はインジウムにも聞こえたようで、茶髪の背中を踏みつける足に力を加えていた。


「それ以上、お姉さまの美しい裸体を見たら背骨を折りますよ」

「ぐぇぇ、ま、待て、分かったから、これ以上踏まないでくれ」


 着替えを済ませて一安心したところで周りに気を配る余裕が出来ると、直ぐに違和感を覚えた。


 そうこれだけ派手にグラファイト達がやって来たというのに、外が静かなのだ。


「ブラック、館が静かだけど?」

「はい、歯向かってきた者達は・・・気絶させています」


 うん、何だ、その気になる間は?


 だがグラファイトの顔を見ても、それ以上説明をしようとしないので聞き流す事にした。


 牢から出てインジウムに足蹴にされている茶髪の顔を覗き込むと、こちらを見返してきた。


「お、俺は次期侯爵だぞ。こ、こんな事をして、タダで済むと思っているのか?」

「黙れ。お前にはもう敬意を払う必要を感じない。こちらの質問に答えてもらうぞ」

「俺に命令出来ると思っているのか?」


 地面にはいつくばっている割には、威勢がいいな。


 俺が頷くと、インジウムは茶髪を踏みつけている足に少し力を入れた。


 すると、途端に顔を真っ赤にした茶髪が喚きだした。


「い、いだい、やめろ、おい、死ぬ、死んでしまう」


 さて、そろそろ尋問タイムといくか。


「質問には素直に答えた方が良い。さもないともっと痛くなるぞ」

「わ、分かった。話す。だから、やめてくれ」


 インジウムが背中を踏む力を弱めると、茶髪の男は一息ついたようだ。


「この町に居る奴隷商人の名前と居場所は?」

「はぁ、はぁ、何、そんな者は居ない」


 茶髪が言っている事が本当か嘘かは自白の魔法を掛ければ簡単に分かるが、茶髪の対応にいい加減イラついていたので、物理の方を選択した。


「イエロー、もっと踏んで欲しいみたいよ」

「はあぃ、喜んでぇ」


 インジウムはとても嬉しそうな顔で、踏みつけている足に力を込めた。


「うげっ、ちょ、待て、待て、本当に居ないんだよ」

「嘘はいけないわね。この館に獣人の奴隷が居るのは分かっているのよ。それとも本当はもっと踏まれたいの?」

「だ、誰が踏まれたいか。た、確かに以前は獣人奴隷が居たが、今は王女殿下の命で契約を解除している。ほ、本当だ、信じてくれ」


 必死に訴える茶髪は、本当の事を言っているようだった。


 すると傍に控えていたグラファイトが、この館で獣人奴隷を見ていない事をそっと耳打ちしてきた。


 だが、ドリクの町で獣人奴隷が店の給仕をしていたのを見かけたぞ。


「この状況でまだ嘘を言うのか。ドリクの飲食店で給仕をしている獣人奴隷を見たぞ。どうやら腕の一本や二本潰した方が素直になるかもしれないな」

「ま、待て、ドリクの町のアルマンサ伯爵は公爵派で、俺達は王女派だ」


 王女派閥だから、王女の命令に従ったという事か?


 だが、そういうのは普通王様が命令を出すんじゃないのか?


 困ったな。


 王国に入れば奴隷商人の情報は簡単に手に入ると思っていたのに、全く駄目じゃないか。


 またドリクの町に戻るか? いや、それとも。


「ところで、私の護衛達は何処に居るの?」

「そいつらはクベードに預けて、尋問させている」

「ではそこに案内してもらいましょうか。それと、私の服と持ち物は何処にあるの?」


 茶髪はそれを聞くと、微妙な顔になっていた。


「持ち物は証拠品として保管してある。服は・・・不用品として燃やした」


 こいつ、なんてことをしやがる。


 そうだ。こいつにも裸にされた恥ずかしさを味わってもらおうか。


「インジィ、その茶髪の服を剥ぎ取りなさい」

「はあぃ」

「おい、ちょっと待て」


 インジウムは茶髪が抵抗するのを全く意に介せず、身に着けていた服やら装飾品やらを全て剥ぎ取っていた。


 その中に茶髪が身に着けていた指輪やネックレス等を見ると、価値がある物のようだった。


「き、貴様、それは高価な品だぞ」


 俺が手に取った装飾品に目を剥いた茶髪に、ニヤリと笑ってやった。


「へえ、なら私のストリップと服代として貰っておくわね」

「くそっ」

「イエロー、その男をせかしてオ・・・護衛達の所に案内させて」

「はあぃ、お姉さまぁ。ほら、とっとと立って、さっさと案内しなさい」


 そういうと片手で茶髪の頭を掴んで男を立ち上がらせると背中を押した。


「いでで、おい、もっと優しく扱え」

「うるさいわね。言われた通りさっさと案内しなさい」


 インジウムが破壊した扉を抜けて廊下に出ると、壁や扉が破壊された惨状が露になった。


「くそっ、館をこんなにしやがって」


 茶髪がぶつぶつ文句を言っているが、元々はそちらが招いた事態なのだから甘んじて受け入れろよ。


 やがて茶髪はまだ無事な扉の前で止まると、こちらを見た。


「ここだ」


 するとインジウムが扉を蹴って破壊していた。


 部屋の中には確かにオーバン達3人は居た。


 しかもこちらの心配をよそに、酒を飲んで陽気に騒いでいた。


「おお、これは商人さん、商談は終わったのですかな?」

「これは、女ボスぅ、一杯どうれすかぁ?」

「えっと、サンティ殿。なんか商談に時間がかかるから、こちらで酒でも飲んでゆっくりしていてくれと言われまして。ヒック、その、何かすみません」


 そう言って、まだ僅かに正気を保っていたオーバンが頭を下げていた。


 お前達、俺の護衛という役目はどうしたんだ?


「あれぇ、その裸の男はなんれすかぁ? ああ、女ボスの趣味れすかぁ。そんなぱっとしない男が良いなんて、変な趣味なんれすねぇ?」


 こいつ、後でしっかりお仕置きしてやろう。


「貴方達、何時までもそこでくだを撒いてないで、さっさと立ちなさい」

「え、ひっく、分かりやしたぁ」

「おい、ベルグランド、お前ちゃんと立てるのかぁ?」


 そう言ってガスバルがベルグランドの肩に腕を回して、陽気に騒いでいた。


 その姿は夜の繁華街でよく見かける、宴会帰りのサラリーマンにそっくりだった。


「しっかりしなさいよ。スリングショットを取り戻したらこの町から脱出するわよ」

「え、もういいのですか?」

「ええ、この町に用は無いわ」


 +++++


 アルベルダ侯爵館を見下ろせる場所で、黒装束を着た3人の人影があった。


 その人影の頭部からは獣耳、臀部からは尻尾が出ていた。


「ねえ、白猫。依頼人が言っていたとおり本当に大混乱になっていたけど、依頼品はこのブレスレットでいいのよね?」


 そう言うと犬耳の人影が、取って来た物を掲げて見せた。


「ええ、意匠も言われたとおりだから、それで間違いないわよ。あと、それ、呪いのアイテムらしいから絶対に装備しちゃ駄目よ」

「はは、そうだぞ。黒犬はマジック・アイテムに目が無いから、誘惑に負けて装備する可能性があるからな」

「黙って、赤熊。私がそんな粗忽者に見えるというの?」

「ああ、悪かったよ。しかし侯爵の館だと聞いたのに、こんなに歯ごたえが無いとはねぇ」


 そういうと赤熊と呼ばれた黒い影が、背伸びをして体のしこりを解していた。


「あら赤熊、別にいいじゃない。仕事は楽な事に限るわよ」

「赤熊は、今回何もやることが無くて不満なのよ。でも白猫、私は依頼人のあの貴族が、どうしてこの状況を知っていたのかと言う方に興味があるんだけど」

「黒犬は心配性なんだよ。そんなんじゃ、頭が禿げるぞ」

「黙れ、赤熊」


 そういうと黒犬と呼ばれた影が、赤熊の頭を小突いた。


「黒犬、赤熊、それくらいにしてよね。私達の目的達成の為なら、例え相手が悪魔だろうが成り上がり貴族だろうが、喜んで一緒に踊るのよ」

「うへぇ、俺はあんな変態おやじは勘弁だぜ。どうせなら俺より強い相手が良い」

「そうよね。スケベ野郎と踊るのは白猫に任せるわ」


 白猫は「はぁ」と深いため息をついた。


「黒犬も赤熊も、嫌な事を私に押し付けるのは止めてよね。私だって、鑑賞に値する美しいものが好きなのよ。それじゃあ仕事も済んだから撤退するわよ」

「「はい」」


 そう言うと3人は夜の闇の中に溶け込んでいった。


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