8―17 アルベルダ侯爵館2
ロランド・クベードは、応接室に次期侯爵とマリカ・サンティという女商人を置いてきてから時間を計っていた。
最初坊ちゃんに呼ばれてマリカ・サンティが来たと言われた時は冗談かと思ったが、商人を尾行させていた部下達も戻って来ていたので本当だと理解したのだ。
「坊ちゃん、相手は本物の交易許可証を持った条約商人かもしれませんよ?」
「クベードよ。父上から命じられたのは、何を差し置いても王家からお預かりしている品物を守り抜く事だぞ。仮にやって来たのが本当にただの商人だったとしても、ほんの少しでも怪盗三色かもしれないという疑いがあるのなら、捕えるのは当たり前だ。俺が継ぐ侯爵家が無くなったらどうする? それにお前だって、侯爵家を守る事が出来なかった使用人なんぞ、他の貴族家で雇ってくれると思っているのか?」
「まあ、確かにそうですが」
「それに商人なら、行商中に魔物や盗賊に襲われて不幸にも命を失う事だってありうるだろう?」
自分の保身のためとはいえ、もう帰す気は無いという事ですね。
「クベードよ、我が侯爵家の安寧のため、どうしてもあの女を捕えなければならない。もっとも確実な方法はなんだ?」
だが坊ちゃんがそう決めたのなら、部下としてはどうやって捕まえるかを真剣に考えるだけだ。
何せ怪盗三色は、逃げ足には定評があるのだ。
そんな相手を捕まえるには、油断させたうえで、こちらも危険を冒さないと駄目だろうな。
「相手があの怪盗三色なら、こちらも自爆覚悟でないと捕まえるのは無理だと思いますよ?」
「ほう、面白いではないか。どんな作戦だ?」
そういうと坊ちゃんが興味を示したようで、こちらに顔を近づけて来たので、なんとなく悪巧みをするような感じになっていた。
「坊ちゃんが商人と一緒に応接室に籠り、そこで紫煙草の香を焚くのです。相手は次期侯爵という大物が目の前に居る事で油断し、行動不能に陥るでしょう」
「おお、うん? ちょっと待て、そうすると俺はどうなるのだ?」
おや、気が付かれましたか。
「大丈夫です。ちゃんと解毒ポーションがあります」
「・・・代役を立てる事は出来ないのか?」
「それは駄目ですね。相手があの怪盗三色なら、坊ちゃんの顔も事前に調べているはずです。それとも諦めますか?」
「いや、それは駄目だ。し、仕方が無い、ここは俺が囮役を務めよう」
坊ちゃんは俺のそんな自爆覚悟の提案に迷ったようだが、結局は自分の将来を取ったようだ。
そんな事を思い出していたら、丁度時間になったようだ。
「お前達解毒ポーションを用意して俺に続け、次期侯爵を救出するぞ」
「「「はい」」」
そして2人が居る応接室の前まで来ると、再び後に続く使用人達を振り返った。
「良いか、中では紫煙草の煙が充満しているはずだ。煙を出来るだけ吸い込まないようにして次期侯爵を廊下に出すのだ。そして解毒ポーションを飲ませて意識を取り戻せ。女の方は何を隠し持っているか分からないからな。引きずり出した後は速やかに裸に剥いて持っている物を全て取り上げろ。終わり次第、牢に入れて動けないように拘束しろ」
「「「はい」」」
そして最初に救出された次期侯爵は涎をたらし目の焦点が合ってない状態だったが、解毒ポーションを飲ませると、だらしなかった口元が締まり、目の焦点も戻ってきたようだ。
「次期侯爵様を部屋に運び込んで暫く安静にさせておくのだ」
「「はい」」
指示を受けた使用人達が坊ちゃんを運んでいくと、今度は意識の無い女商人を引きずりだして来た。
その女は旅行用の服装からでも分かる程凹凸のある体付きで、金色の髪の毛はよく手入れされ肌も綺麗だった。
どう見ても人間種の若い女性にしか見えなかった。
「そいつは本当に女なのか?」
「はい、そのようです」
そう答えた男性使用人が下心がある笑みを浮かべていたので、女性の使用人に指示を出す事にした。
「それじゃあ最低限の礼儀は取って裸に剥くのは女の使用人に任せろ。男は少し離れたところで待機するように」
途端に先程の男性使用人が、落胆の表情になるのが分かった。
女性使用人によって手早く裸にされた女商人は、そのまま地下牢に運ばれていった。
残ったのは、女が身に着けていた服と少しばかりの持ち物を入れた脱衣籠だけだった。
クベードが坊ちゃんの部屋に行くと、ベッドから起き上がり頭を振っているところだった。
紫煙草の影響が脳に残っていないか確かめる為、話しかけてみる事にした。
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
「ああ、しかし酷い気分だ。賊は捕まえたのか?」
「あの女商人なら、ご指示通り裸に剥いて牢に放り込んであります」
坊ちゃんはメイドが用意した水を一気に飲み干した。
「ぷはぁ、それにしてもあれは貴族の嗜好品とは言うが、二度と御免だな」
「おかげで捕まえる事が出来ましたよ。あれが本当に怪盗三色なら侯爵様も社交の場で自慢が出来ると、きっとお喜びになられるでしょう」
「ああ、そうだな」
すると坊ちゃんは、脱衣籠を持った使用人に声を掛けた。
「おい、それがあの女が身に着けていた物か?」
「はい、左様でございます」
「どれ、怪盗三色である証拠を探してみるか。こちらに持って来い」
「はい」
そして使用人が脱衣籠をベッドの傍に置くと、坊ちゃんが1つずつ摘まみ上げると検分していった。
「ふむ、服には仕掛けは無いな」
そして白い小さな布を手に取ると、それを広げていた。
「おいクベード、この腰布の小ささを見てみろ。なんて破廉恥な女なんだ」
次に紐がついた何かを包み込むような形をした物を両手で広げると、不思議そうな顔をしていた。
「これどうやって身に着けるんだ?」
そう言って女の下着で遊ぶ坊ちゃんの姿は、どう見ても変態だった。
服の検分が終わると、脱衣籠の底にあった持ち物に移っていた。
そこにはスリングショットと何色かの丸い玉があり、その丸い玉はただの石ころには見えなかった。
「クベード、これを見てみろ。これは技巧の黒犬が作り出すマジック・アイテムじゃないのか?」
どんな効果があるか分からないので館の外に出ると、そこで茶色の玉を近くの木に向けて投げてみた。
その玉が木の幹に当たると周りに白い煙が広がり、何も見えなくなった。
すると隣に居るはずの坊ちゃんが笑い声をあげていた。
「ぶははは、見たかクベード、これであの女が怪盗三色で間違いないだろう」
クベードも怪盗三色が逃走の時に使う煙玉の事は知っていたので、流石に反論できなかった。
「ええ、その可能性はありますね」
「お前はあの護衛達を尋問しろ、俺は怪盗三色を調べてくる」
++++++
俺に話しかける声で意識が戻ると、目の前には鉄格子があり、その向こう側に先程まで話していた次期侯爵が居た。
そして自分は両手に枷を嵌められ背後の壁に鎖でつながれているようだった。
しかも一糸纏わぬ姿にされて。
まあ、これ自体が保護外装だから、厳密にいえばすっぽんぽんではないのだが。
あの男が用意したのが紫煙草の香炉だと分かっていれば、エルフの薬師マガリさんから貰ったあの薬を事前に服用していたんだがなあ。
「良い眺めだぞ。顔はまあまあだが、体付きはとてもそそるじゃないか。隷属の首輪を注文して俺の性奴隷にするのも一興か」
次期侯爵は保護外装の胸部と腰部を交互に見つめる目付きで、何を考えているかは直ぐに分かった。
こちらは交渉相手に対して最大限の敬意を払ってきたというのに、鉄格子の向こう側にいる茶髪はそのような配慮がこれっぽっちも無いばかりか、自分の欲望を隠そうともしない態度に怒りが爆発寸前まで高まっていた。
ジゼルを救出するため出来るだけトラブルに巻き込まれないようにと正式な手続きを経てこの国に入ったというのに、立ち寄る町全てで厄介毎に巻き込まれ、その怒りが溜まっていたせいでもあった。
思わず目の前の男を罵倒しそうになり慌てて冷静になると、怒りを抑えながら一度反論してみる事にした。
「私は正式な許可証を持っている商人ですよ。どうしてこんな目に遭わなければならないのです?」
「黙れ、お前が隠し持っていた煙玉で商人に偽装している事は既にお見通しだぞ。いい加減自分が怪盗三色だと認めたらどうだ?」
「怪盗三色?」
またか、何故俺の事を怪盗三色と呼ぶのだ?
「往生際が悪いぞ、怪盗三色。この館の財宝を狙いに来たのは分かっているのだ」
町に入る時も身分を証明したというのにこの対応だと、この茶髪には何を言っても無駄という事だ。
それなら嫌味の1つでも言ってやりたくなるというものだ。
「この館にある宝物がそんなに大事なのですか?」
「やはり狙っているのだな? 此処に来たのも下見だろう? あの護衛達が仲間なのか? それとも別に居るのか?」
茶髪は不安に押しつぶされそうな顔でそう喚いていたが、俺は態とその質問を無視してにやりと笑ってやった。
「私が眠らされてから、どのくらい経ちました?」
「何だと、まさか何か仕掛けたのか? いや、待て、はったりだな。お前にはそんな暇は無かったはずだ」
「では、教えても良いでしょう? 私が眠らされてからどのくらい経ったのかを」
俺が重ねてそう尋ねると、途端に自信を無くしたのか挙動不審になっていた。
「やっぱり何か仕掛けているな。それは何だ、言え」
目の前で喚き散らす茶髪を見ていると、何だか哀れに思えてきた。
「貴様、何故笑う? おかしいだろう、お前は俺に捕まって素っ裸の上に身動きも出来ないんだぞ」
しんと静まり返った地下牢に、男の喚き声だけが響いていた。
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