8―15 待ち受ける者達
俺達は、リスタちゃん達と別れて再び街道を西に進んでいた。
王国に入ってから気が付いていたが、街道がきちんと整備されていないのだ。
公国ではあおいちゃんが大公をしていたためか、エリアルに繋がる4つの街道はきちんと整備されていたので走りやすかったが、ここはそうではないのだ。
今も街道脇には車軸や車輪を修理している馬車を何台も追い越していた。
そして路面が荒れているという事は他の馬車の速度も遅いので、それに付き合うこちらもゴーレム馬の実力をまるで発揮できていない状況だった。
そののろのろ運転にいい加減うんざりしてきたところで、街道の傍に休憩に丁度良い場所を見つけた。
そこは2台の馬車を止めるには十分な広さがあり、近くに林と小川があるようだった。
「インジィ、あそこで馬車を止めてくれる」
「はあぃ、お姉さまぁ」
俺が馬車を止める事に、オーバンがちょっと首をかしげていた。
「ユニス様、先を急いでいるのではないのですか?」
「そうなんだけど、これじゃあ、ストレスが溜まるだけでしょう。今のうちに休憩して、夜間道なりに空を飛んだ方が良いと思わない?」
俺がそう提案すると、同じようにうんざりしていたベルグランドが直ぐに手を挙げて賛成してきた。
「はい、賛成、賛成、それでいきましょう」
なんだかんだで皆が同意したので、先程見つけた野営場所に馬車を止めると、ガスバル達は早速竈作りと枯れ木を集める作業に取り掛かっていた。
食事作りは冒険者として手慣れているのか、ガスバルがパパッと作ってくれた。
夕食の食材はベルグランドが調達してきた物がまだ沢山あったので、ちょっと贅沢な食事になった。
そして夜間飛行に備えて休もうとしたところで、俺達の野営場所に他の馬車がやって来た。
その馬車は幌が付いた荷馬車のようで、御者の隣には護衛の冒険者と思しき男が乗っていた。
「やあ皆さん、野営をしたいので隣よろしいですか?」
拙いな、これでは夜間飛行が出来ないぞ。
するとガスバルがさっと前に出て、相手の冒険者と何やら話し合いをしていた。
そして戻って来ると、相手との話し合いの内容を教えてくれた。
「どうやらこの街道には獣人の盗賊が出るらしくて、野営する時は旅人同士で固まるように指導されているようです。これでは追い払うのは難しいですな」
「仕方が無いわね。それなら、その盗賊という連中の事でも教えて貰いましょうか」
俺達も元に挨拶に来た相手は、セブリアン・アルコルタという王都フェラトーネに店を構える商人だった。
「獣人の盗賊ですか」
その言葉にオーバンがピクリと反応したが、気付かぬ振りをした。
「何でもブマク団と言うらしいですが、獣人だけあって夜目が効くらしく野営地を襲撃してくるのです。そのため野営の際は、こうやって皆で集まって人数で対抗するように指導されていますから、今晩は協力お願いします」
成程、それじゃあ早めに野営したら、それを見た他の商人や旅人が集まってきてしまうか。
これじゃ、昼間休憩して夜間に移動するのは難しいな。
「討伐は・・・しないのですか?」
オーバンが討伐と聞いてまたピクリと動いていた。
「獣人共は夜中に突然現れて、何処へともなく消え去るのです。襲撃されても大人しく積み荷を差し出せば危害を加えられません。領主達は他人事と思っているので、討伐隊を出そうとしないのです。まあ、討伐隊を出して成果なしとか撃退されたなんて事になったら、貴族の間で笑いものになりますからね。あまり関わり合いになりたくない、というのが本音でしょうね」
足の引っ張り合いというのは、何処にでもある話だよな。
まあ相手がどこに居るのか分からないのであれば、仕方が無いという事か。
「それはそうと、サンティさんは条約商人でしたか」
「条約商人?」
「ああ、伯国との交易条約によって交易許可証を持っている商人を、そう呼んでいるのです。ところでどのような商品を、取り扱っているのですか?」
そう聞かれたので持ち込んだ商品の事を説明すると、目の前の商人は甘味大根と魔素水に興味を持ったようだ。
「ところで、サンティさんの目的地は王都ですか?」
「いえ、向かっているのはマランカの町です」
「マランカですか。あそこはアルベルダ侯爵様の領都で、王都程ではありませんがなかなか栄えた町ですね」
何だろう、ちょっと残念そうな顔になっているな。
あ、そうだ、ダメ元でちょっと聞いてみるか。
「あの町の領主様は、獣人奴隷を買っていると聞いたので、どうやったら買えるのか聞いてみようかとも思っているのです」
「獣人奴隷ですか?」
「ええ、ちょっと人手が欲しいと思っていたのです」
「成程、そうですか。それなら王都の方が市場は大きいですよ。王都に行かれた方がよろしいのでは?」
「あはは、マランカで駄目だったら、そうさせてもらいますね」
「その時は、是非私を頼ってくださいね」
「ええ、そうさせてもらいます」
この御仁は、俺をどうしても王都に行かせたいらしい。
すると、それまで黙っていた護衛の者が口を開いた。
「歓談中失礼します。野営中の見張りの件でそちらの護衛の方と相談したいのですが、よろしいでしょうか?」
ああ、そうか、野営にはそう言ったものもあったな。
「見張りは、こちらで引き受けますよ」
俺がそう言うと、護衛の男はまるで素人を相手にでもしているかのように首を横に振っていた。
「そういう訳にはいきませんよ。こういったものは、相互協力が当たり前ですからね」
「いえ、こちらには睡眠不要のオートマタが2体居ますので、そちらはゆっくりお休み頂いて問題ありませんよ」
そう言って、後ろで控えているグラファイトとインジウムを指し示した。
「え? あれがオートマタ。サンティ殿そんな凄いのをお持ちなら、獣人奴隷等不必要なのでは?」
おっといかん、これでは藪蛇だな。
「オートマタは高性能なのですが、その分魔力の消費量が膨大なのですよ」
「ああ、燃費が悪いということですね。それにしてもオートマタが使えるなんて、凄いお方なのですね」
セブリアン・アルコルタは、そう言ってとても興味深そうな目でオートマタを見つめていた。
そして頼りになる見張りのおかげで休養十分な俺たちは朝一で起きると、湯を沸かして朝食の準備に取り掛かった。
何故急いでいるかと言うと、他に野営している人達よりも先に動くことで、空いている道を少しでも先に進むためなのだ。
「皆、出発するわよ」
「「「はい」」」
+++++
ロランド・クベードは、アルベルダ侯爵領の領都マランカの領主館で次期領主ブラシド・ルイ・アルベルダの政務補佐をするよう、現当主であるコンラド・デシ・アルベルダに命じられていた。
本日も領主館の執務室でブラシド坊ちゃんに代わり政務を執り行っていると、使用人がやって来た。
「クベード殿、ブラシド次期領主様が、娯楽室でお呼びです」
やれやれ、俺に政務を押し付けて今度は一体何事なんだ。
「分かった」
そして娯楽室の扉を開くと、そこには手に紙片を持ち地団駄踏んでいるブラシド坊ちゃんがいた。
「坊ちゃん、床を踏み鳴らしてどうしたのですか?」
「おい、クベード。俺の事は次期当主と呼べと言っているだろう」
「おっと、これは失礼しました。坊ちゃん」
クベードは長い事アルベルダ侯爵家に仕えているので、目の前のブラシド坊ちゃんも生まれた時から知っているので、つい、昔の呼び方が口を突いて出てしまうのだ。
「まあいい、それよりも父上からあの怪盗三色が王家からお預かりしている品を狙っているという連絡があった。このような暴挙は断じて許されんぞ。父上からの情報では、怪盗三色はマリカ・サンティという商人に化けているそうだ。この町にのこのこやって来たら捕まえるのだ」
怪盗三色は神出鬼没で、次に襲う場所なんて誰も知らないはずである。
それが何故、この町を襲う事や、化けている商人の名前まで分かっているのだ?
「えっと、坊ちゃん、どうしてこの町に来ると分かるので?」
「父上が確かな筋から聞いた話だ。間違いない」
「では、マリカ・サンティというのは?」
「父上からの連絡では、伯国の条約商人らしいぞ」
どうやらマリカ・サンティとは怪盗三色が化けた偽りの人物ではなく、実在しているようだ。
「そのマリカ・サンティという商人が、この町に来るという所までは良しとしましょう。ですが、その商人が伯国との交易条約に則った交易許可証を持っている正式な商人なら、捕まえるのは問題になりますよ。きっと王家からお叱りを受けると思いますが」
クベードがそう指摘すると、ブラシド坊ちゃんは口をへの字に曲げて不満そうだった。
「では、みすみす怪盗三色に盗まれろと言うのか?」
「いえ、そうではなく、その商人が本物だったら捕まえるのは拙いというだけです。門番に連絡して正式な交易許可証を持っていたらそのまま町に入れて、そうですね、町を出るまで四六時中監視を付ける、というのはどうでしょうか?」
ブラシド坊ちゃんはそれでも首を横に振っていた。
「それでは手ぬるいだろう。そうだ。奴らが町に入ったら外出禁止令を発布しよう。これで奴らは身動きが出来ないはずだ」
「いえ、それだと、何時まで経っても外出禁止令を解除できず、暴動が発生します」
するとブラシド坊ちゃんは不機嫌になって、また床をどんどんと踏みしめ始めた。
「では、どうする?」
「そうですねぇ、では、夜間のみ外出禁止にしましょう」
「むむ、そうだな。よし、それと館の警備も厳重にしよう」
そういうとブラシド坊ちゃんは満足そうに頷いたが、直ぐに何か思いついたのか顔をこわばらせた。
「だがそのマリカ・サンティが、この領主館に来たらどうする?」
「ああ、怪盗三色なら、盗む前に下見に来ることも考えられますね。それなら館を案内する振りをして捕まえてしまいましょう」
「それは良いな。細かい事はお前に任せたぞ」
クベードは「はぁ」とため息をつくと、頭を抱えた。
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