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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第8章 行商人マリカ・サンティ
199/416

8―3 ルフラントの奴隷商人

 

 新しく建てたパルラ辺境伯館の応接室で、俺達は対座していた。


 俺の目の前ではバルギット帝国のレスタンクール卿がゆったりと椅子に座り、その隣には少し緊張気味のパメラ・アリブランディが椅子にちょこんと座っていた。


 そしてワゴンを運んできたビルギットさんが、人数分のお茶を用意してくれた。


「それでレスタンクール卿、私に有益な情報とは一体何でしょうか?」


 俺がそう尋ねると、レスタンクール卿は隣に座るパメラに話しかけた。


「ではパメラ、あの話を」

「はい」



 パメラは一度ごくりと唾を飲み込むと、やや伏し目がちに話し始めた。


「私がこの町に来たのは、上司であるフリュクレフ将軍に命じられてドーマー辺境伯の動向を探るためでした」


 ああ、それで俺がこの町を占拠してしまったから、仕事が出来なくなったんだな。


「この町には、その、獣人の奴隷が沢山いましたが、その調達先がルフラントの奴隷商人だったんです」


 確かにパルラに来た時は、この町に居た大勢の獣人は全て隷属の首輪をつけていたな。


「それで、ジゼルさんが居なくなった日、この町でその奴隷商人を見かけたのです」


 まあ、大口取引先に直接商品を届けるというのは、普通にある事だ。


 だが、既に販売済みの獣人に何かあるのか?


「その奴隷商人というのは?」

「名をムルシアと言って、ルフラント王国内で獣人牧場を経営しているのです」


 獣人牧場?


 ああ、そういえばトラバールもオーバンも、そこで生まれ育ったと言っていたな。


 それにしてもムルシアって何処かで聞いた名だ。


 さて、何処だったか?


「そのムルシアとは、どんな人物なのですか?」

「えっと、金と権力が大好きな横に大きな男で、派手な服を好んで着ています。奴隷商としては大陸一の規模を誇っていて、帝国にも取引先があるようです」


 パメラは帝国というくだりを言う時にそっと目をそらしたが、俺の前では言いにくいのだろうな。


 そして男の外見を聞いて、はたと公都訪問時に偶然出会った行商人の事を思い出した。


 エリアル北街道で野営した時に会った男が、確かムルシアと名乗っていて、派手な服を着ていたのだ。


「そのムルシアという男が、この町まで来てジゼルを攫うと思う理由は何ですか?」

「えっと、ジゼルさんの右目の事は知っていますよね?」


 ジゼルの橙色の右目は、相手の裏の顔が見えるという魔眼だ。


「魔眼の事?」

「ええ、魔眼持ちは高値で売れますから、きっとジゼルさんを獣人牧場に連れて行って、そこで魔眼持ちの子供を沢山産ませるためだと思います」


 そうだ、あの男がジゼルの魔眼にひどく興味を持っていたのを思い出したぞ。


 あの歌舞伎野郎。


 目的はジゼルの子宮か。


 確かにそう言われると、そのムルシアという男が最も疑わしいな。


 ジゼルから過去の事を聞いた事は無いが、初めて会った時は小さな子供の姿だった。


 あの年で既に奴隷だったという事は、生まれてから殆ど虐げられた生活だったのだろう。


 やっと自由になれたというのに、奴隷商人に捕まって今度はひたすら凌辱され子を産む道具にさせられるというのか。


 ジゼルが狙われたのは、俺が覚醒させてしまったからだ。


 その責任は俺にもある。


 例えどれだけ犠牲を払ってでも、絶対に取り戻す。


 ジゼルの人生を、再びひどくみじめなものにして堪るか。


「それでジゼルは、ルフラント王国にあるという獣人牧場に連れていかれたのですね?」

「はい、その可能性が高いと思います。ですが、獣人牧場が何処にあるのかは存じ上げません」


 俺には、それだけで十分だった。


 ジゼルを攫ってルフラントに戻るにしても、まだ公国内を移動中だろう。


 俺は座っていた椅子から、すうっと立ち上がった。


「レスタンクール卿、パメラさん、貴重な情報をどうもありがとうございました」

「いえ、ガーネット卿のお役に立てたのなら、この上なく光栄です」


 そして窓から飛び出しそのまま上空に舞い上がると、エリアル北街道をエリアルに向けて飛行した。


 街道伝いに飛びながら、行き交う馬車を遠見の魔法でチェックしていった。


 あの派手な男が乗っていたら、直ぐに分かるだろう。


 見つけたら、ただじゃ置かないぞ。


 そしてエリアルまで到着してしまうと、今度はエリアル西街道で同じことをした。


 ルフラント王国は公国の西側にあるのだから、移動するならこの街道を通るはずだ。


 だが何の成果も無く、終点であるフェルダの町まで来てしまった。


 ここから更に西にあるはずのルフラント王国への道が、何処にもなかった。


 何か思い違いをしていたのか?


 それとも相手も空を飛べるのだろうか?


 情報が欲しいと思ったところで、この町があのシュレンドルフ侯爵の領地だったことを思い出した。


「侯爵なら、王国の事を知っているかも」


 そう独り言ちると、早速フェルダの町への降下を開始した。


 +++++


 フェルダの侯爵館では、侯爵家長男のアンドレーア・ラウロ・シュレンドルフが政務の合間にお茶を飲みながら、妹から送られてきた手紙を読んでいた。


 侯爵家では父親の侯爵と妹のコルネーリアが公都エリアルに滞在しているのだが、筆不精の父親はちっとも情報を送ってこないので、こうやって妹がこまめに手紙を書いてくれていた。


 妹の手紙では、エリアル魔法学校であのエルフ殿が持ってきた化粧という物が流行っているそうだ。


 美しくなった姿を、俺に見せられなくて残念だと書かれてあった。


「やれやれコルネーリアは、公都での生活を満喫しているようだな。俺なんか領地経営で日々大変な思いをしているというのに、何ともうらやましい限りだ。それに俺だって、あのとびっきりの美人にはまた会ってみたいぞ」


 そんな愚痴をこぼしていると、扉をノックする音が聞こえてきた。


「入れ」


 そして入って来たのはこの館の執事だったが、その顔はなんだか困惑気味だ。


「若様、パルラ辺境伯様と名乗るエルフ耳の女性が、面会を求めてやって参りました」

「何だと、それは本当か?」


 まさか、思ったことが現実になるとは。


「急いで応接室に案内してくれ。あ、丁重にな」

「え、はい、畏まりました」


 あのエルフ殿と会うのは、陛下の檄文を届けに来られた時以来だな。


 そして久しぶりに見た麗人は、少しやつれた顔をしていた。


「ガーネット卿、私は長男のアンドレーア・ラウロ・シュレンドルフです。お会いするのは檄文をお届けいただいた時以来ですね」

「前触れも無く来てしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、ガーネット卿なら、いつだって歓迎しますよ」

「ふふ、お上手ですわね。申し訳ありませんが、ここからルフラント王国へ通じる道について教えて貰えませんか?」

「えっと、ルフラント王国は、我がシュレンドルフ侯爵家が抑えるよう命じられている敵性国家ですから。道等ございませんが?」


 私がそう言うと、目の前のエルフ殿は途端に暗い顔になってしまった。


 何だろう、この何故か助けてあげなくてはいけないという気持ちになるのは?


「あ、そう言えば商人達が使うルートに、ハンゼルカ伯国経由のものがあると聞いた事があります」


 するとそれまで暗かったエルフ殿の顔が、途端に花が咲いたように輝いた気がした。


「ハンゼルカ伯国というのは?」

「公国と帝国それに教国と国境を接している商業国です」

「そのルートは、商人しか使えないのですか?」

「ええ、ハンゼルカ伯国は様々な商品を取り扱っておりますからね。ルフラント王国もこの国経由で入ってくる商品を必要としているので、商人は優遇しているようです」


 エルフ殿は何か考え込んでいるようだった。


「それはハンゼルカ伯国の商人だけが、通行が許可されているのですか?」

「すみません、詳しい事は分かりません。あ、以前父上から聞いた話では、オルランディ公爵家お抱えのティローネ商会が伯国に支店があると言っていました。公爵に相談されては如何でしょうか?」

「公爵・・・分かりました。情報ありがとうございます」



 エルフ殿は上空に舞い上がると、東の空に向けて飛んで行った。


 再会したエルフ殿は、へそや足がもろ出しで、豊満な胸も半分しか隠してないとても煽情的なメイド服を着ていた。


 あの恰好では、執事が困惑するのも道理だな。


 それにしても眼福、眼福。


 とびっきりの美人のあのような姿をタダで見られるなんて、儲けものだな。


 執務室に戻りそっと父上にも教えてあげようと思った所で、母上の怒鳴り声が聞こえてきた。


「アンドレーア、アンドレーアは何処です? この館に娼婦を招き入れるとは何事ですか? 恥を知りなさい」


 げ、何故母上がエルフ殿の来訪を知っているのだ?


 そして執務室の扉が「バン」という音と共に開けられると、そこには悪魔のような顔をした母上が立っていた。


「母上、誤解です。あの方は娼婦ではございません」

「嘘おっしゃい。使用人達が破廉恥な恰好をした女が、貴方を訪ねて来たと言っているわよ。旦那様だって、こっそりと花街に行くぐらいの常識は持っているというのに、何ですか貴方は、館に堂々と招き入れるなど侯爵家の恥ですわよ。しかも、使用人達がいうには、とびっきりの美人でスタイルも抜群だというじゃないですか。貴方は身を固める前に、娼婦を妾にでもするおつもりですか?」

「ですから、誤解なんです。あのお方はパルラ女辺境伯様です」


 アンドレーアがそう弁解すると、ますます母上が激高した。


「んまぁ、言うに事欠いてなんという事を言うのですか。他家を貶めるようなその言動が相手方、いえ、他の貴族の耳にでも入ったら、我が侯爵家が上位貴族を貶めようとしたと誤解されてしまいますわ。貴方はパルラ辺境伯様と決闘でもしたいのですか?」


 アンドレーアは母上のその言葉を聞いて、口を噤む以外何もできない事を悟った。


 そして母上の怒りが収まるまで黙って小言を聞きながら、以前取引に来た商人が言っていた言葉を思い出していた。


 その商人は「タダより高い物はない」と言っていたのだ。


ブックマーク登録ありがとうございます。

「タダより高い物はない」と「沈黙は金」とどっちが良かったか未だ思案中です(^^)


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