8―2 潜伏していた男
「ぱん、ぱん」
インジウムが仕事を終えて手を叩いたその足元には、ゴロツキ共が全員のされて転がっていた。
床に転がされている男の頭を掴んでこちらを向かせると、質問を投げてみた。
「ちょっと聞きたいんだけど、ジゼルという名前の狐獣人の女の子を知らないかしら?」
「う・・・う、化け物」
「ちゃんと答えないと、またひどい目に合わせるわよ」
そういうと男の目が見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな名の獣人は知らない」
「本当に?」
「ああ、ディース神に誓ってもいい」
この世界ではゴロツキ共も信心深いらしく、神に誓うと嘘は言わないらしい。
「他に、この町で獣人を攫うような連中を知らないかしら?」
「し、知らねえ」
「本当に?」
「ほ、本当だ。だから、そいつを近寄らせないでくれ」
怯える男の視線の先を見るとそこにはインジウムが居て、男の足をぐりぐりと踏んづけていた。
男達はベインを呼んで町から放り出すと、他の無人店舗の捜索を行う事にした。
パルラには店主や従業員が逃げ出して無人になった店舗が数店あり、魔力感知では反応が無かった。
それでも念のため1つずつ調べてみたが、何処も長い事使われていない状態だった。
そして俺の目の前には、町が封鎖されていた時火事になったアディノルフィ商会の倉庫があった。
ここは焼け残った倉庫で、そのまま放置されていた1棟だ。
そして魔力感知で反応があった場所でもあった。
周囲には倉庫から見えないように、生垣の裏とかにオーバン達を配置に付かせてある。
隠密行動に長け、俊足のオーバン達豹獣人から逃れられる人間は、まず居ないだろう。
これで倉庫からは、たとえネズミ一匹だろうと逃れる隙は無いはずだ。
正面からは相手を油断させるため、俺とインジウムが獣人メイドの恰好で乗り込むことになっていた。
「インジィ、行くわよ」
「はぁい、お姉さまぁ」
俺たちは散歩でもしているような感じでのんびり歩きながら、倉庫の入口に向かった。
倉庫の換気口からは、火事の時の名残として煤の跡がついたままだった。
そして倉庫の入口には新しい足跡がついていて、最近誰かがここを使った事を示していた。
「インジィ、誰か居るみたいね」
「ふふ、誰が居ようが問題ありませんよぉ」
そして倉庫の扉を開けると、中の暗がりから突然吊り下げられた丸太が襲い掛かって来たが、インジウムが片手で簡単に受け止めた。
誰か居るのは確実だった。
俺が一歩中に足を踏み入れると、そこには跳ね上げ式のくくり罠が仕掛けられており、足首に縄が締まるとそのまま持ち上げようとした。
だが、その瞬間重力制御魔法を解除すると、縄がピンと張ったままピクリとも動かなくなった。
「嘘だろう、お前ら本当に獣人か?」
暗がりの中から男の声が聞こえてきた。
相手の男は暗がりの中で自分が有利な立場にあると思っているようだが、こちらには魔法があるのだ。
暗視魔法を発動すると、倉庫の奥に男が1人座っているのが見えた。
その男は床に直接腰を下ろし、片膝を上げて余裕のある表情で俺たちを眺めていた。
その表情からは、まだ手があると言っているようだった。
微風刃の魔法を発動してくくり罠の綱を断ち切ると、インジウムに一つ頷いた。
その合図に従ってインジウムが前に進むと今度は矢が飛んできたが、インジウムは片手で振り払った。
そして俺も再び重力制御魔法をかけて動けるくらいに軽くすると、前に進んだ。
「ズシン」
普通に歩くにはありえない重たい音が響くと、その下にあったトラバサミを踏み砕いた。
それを見た男は、口をあんぐりと開けていた。
「お前、どんだけ重たいんだ?」
おい、こら、一応外見上は俺も女に分類されるんだぞ。
それを言うに事欠いて重たいとは何事だ。
お前絶対女にモテないだろう。
そして俺達が更に進むと、今度は床に敷かれていた網トラップが発動した。
それは網に包んで空中に吊り上げる物で綱がピンと張ったが、俺とインジウムの重量に敵わず持ち上げる事は無かった。
俺達に纏わりついた網を微風刃の魔法で細切れにすると、流石に男の顔に焦りの色が見えてきた。
「ま、待ってくれ、降参するから命乞いをさせてくれないか」
「これだけ危険な罠を仕掛ける男を、黙って見過ごす訳にはいかないわね」
「これは追っ手から逃れるための防衛手段なんだ。君らに危害を加えるつもりはなかったんだ」
危害を加えるつもりが無くて、こんな危険な罠を張っているのか?
俺達の事を、まるで動物か何かのように狩の対象にしたとしか思えないぞ。
とっとと捕まえてジゼルの事を聞き出さないとな。
そして一歩また進むと、目の前が真っ白になった。
それは男の罠で、小麦粉の粉をまき散らしたようだった。
粉塵爆発。
一瞬、男が俺達もろとも自爆しようとしているのかと思い、インジウムを抱き寄せると重力制御魔法と飛行魔法をかけて倉庫から飛び出した。
倉庫の外に逃れ後ろを振り返ると、倉庫の扉から粉塵の煙が漏れていた。
男が倉庫から出てくるのを待ち構えていたが、その気配が全く無かった。
まさか、逃げられたか?
すると俺が押し倒している状態のインジウムが、両手を伸ばして俺の体を抱き寄せてきた。
「ちょ、ちょっと、何をしているの?」
「お姉さまぁ~、これから私達は良い事をするのですねぇ」
おい、何言ってるんだ?
全くこの娘は、こんな粉まみれの状態で、どうやったらそんな気分になれるというのだ?
「インジウム、おかしな事を言っている場合ではないのよ」
「え~」
なんとかインジウムの抱擁を引きはがしたところで、オーバン達が小麦粉で全身真っ白になった男を捕まえて俺の元にやって来た。
「ユニス様の予想通り、この男が裏口から逃げ出して来たので捕まえました。流石でございますね」
自分たちを洗浄と乾燥の魔法で綺麗にするついでに、粉まみれの男も綺麗にしてやった。
綺麗になった男は、髪の毛を短く刈り上げていて右眉の上には目立つ刀傷があった。
いかにも胡散臭げな男だ。
その男は俺の事をじっと見つめていた。
「お前達は、何でこんな破廉恥なメイド服を着た雌に媚びているんだ?」
まあ、この服はあのバンビーナ・ブルコから買った露出の多いメイド服だから、そう言われても反論は出来ないな。
するとオーバンが、男の後頭部を軽く小突いた。
「馬鹿者、このお方はこの町の領主様だ」
「ふざけるな。俺だって、この町の領主がエルフだって事は知っているぞ」
ほう、俺の事を少しは知っているのなら、本当の姿を見せた方が話が早いか。
「これは魔法で獣人に化けているだけよ。それなら本当の姿を見せれば、少しは協力的になるのかしら?」
そう言って擬態魔法を解除した。
すると男は、エルフの姿になった俺を頭のてっぺんからつま先まで観察するように眺めてきた。
「納得したかしら?」
「ああ、こいつらが妖艶な美女に、身も心も奪われている事は理解したぜ」
いや、別に悩殺している訳ではないぞ。
そして男を威圧するように威厳たっぷりに見下ろしてやった。
「私はパルラ辺境伯ユニス・アイ・ガーネットよ。ではまず、お前の名前を聞こう」
「俺はベルグランドだ」
「それで、ここで何をしている?」
「さっきも言ったが、追っ手から逃げているんだ」
「その追っ手とは何者だ?」
「さあね。ちょっとやばい事に首を突っ込んじまったようで、誰だか分からない連中に命を追われているんだ」
見た目も胡散臭いが、その理由も胡散臭かった。
ジゼルが居れば一発で見破れるんだがなぁ。
「それでジゼルという狐獣人の少女を知らないか?」
「さあ、聞いた事も無い名だ」
倉庫の中は魔力感知に反応は無いが、それでも念のため倉庫内を捜索したが、やはりジゼルの痕跡は無かった。
駄目か、これで手掛かりが消えたな。
仕方が無い、館に戻って次の手を考えるか。
「オーバン、その男をこの町からつまみ出しておいて」
「はい、分かりました」
すると男が途端に慌てだした。
「ちょっと待ってくれ。そうだ。俺を雇わないか? こう見えて元ハンターだ。獲物の追跡や罠で捕まえるのは得意だ。それに手先も器用だから色々役に立つぜ」
何だかさかんに自分を売り込んでくるが、今はこの胡散臭い男の戯言を聞いてやる気力が無かった。
だが、一つ良い事を思いついた。
「オーバン、この男に倉庫の中を掃除させといて」
「はい、分かりました」
オーバンはニヤリと笑うと、男を引っ張って行った。
何の成果も無いままインジウムを伴って館に戻ってくると、そこにはバルギット帝国のレスタンクール卿が待っていた。
「ガーネット卿、何かお困りではありませんか?」
「はあ、レスタンクール卿、今度は何事ですか?」
「いえ、ね、貴女の親愛なる友人であるこの私が、貴女の為に一肌脱ごうと思いまして」
そう言って後ろに控えていたパメラ・アリブランディをちらりと見てから、にっこり微笑んできた。
「ガーネット卿が今一番欲しい、有益な情報を提供いたしますよ」
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