7―29 11番
黒蝶の幹部会を行う長テーブルには上座に座る1番の椅子の他、左右にそれぞれ6脚ずつの椅子がある。
前回は13番の席が空席だったが、今回はその13の席に新しくメンバーに加わった人物が座わり、そしてその代わりに10番の席が空席になっていた。
黒蝶の幹部達にはそれぞれ優先される仕事があり、それでこうやって空席になる事もあるのだ。
そして俺に割り当てられているのは、13番の隣の11番の席である。
俺は隣に座る13番に軽く頭を下げて挨拶をすると、13番も無言で頭を下げてきた。
集まっている12人は皆黒いフードで顔を隠し声を変えているので、外でメンバー同士が偶然出会っても決して相手が仲間だとは分からない。
唯一全員の顔と名前を知っているのは1番だけで、それは他のメンバーが共謀することを警戒しているためなのだと噂されていた。
それが噂ではなく真実だと知ったのは、俺が新たに13番となる人物を連れて来た時に現れたのが1番だけだった事で証明された。
13番はエルダールシア大陸で見つけた人間種の女性で、とある町でよく当たると噂になっていた占い師だ。
彼女はリーシェと名乗る若い人間種で、何処の産まれとか今まで何をしていたか等自分の過去に関することは決して話そうとはしなかった。
だがその占いの能力は本物で、明日の天気も難なく当てていた。
それが1番が求めていた人材で、最悪の魔女を葬るためのキーパーソンになるのだとか。
それは7百年前に最悪の魔女を葬った事と関連があるのだろう。
幹部会が始まると、まず先に財務を担当する12番から報告が行われた。
黒蝶の財政は裕福だった。
それと言うのも2番から5番それに俺の5人が、パトロンとして資金提供をしているからだ。
俺は、バンダールシア大陸南西の海岸沿いにあるフリン海国の商人だ。
フリン海国は、この地の人間が言う西アルアラ海の向こう側にあるエルダールシア大陸のダルテソス王国の商船隊が、初めてこの大陸に辿り着いた入り江に作られた港が始まりだった。
そこはルフラント王国の辺境の地だったが、王国との交易が始まると、別の商人もやって来るようになり港から町に発展したのだ。
そしてルフラント王国からこの地を買い取り、フリン海国を建国したのだ。
そして報告を行っている12番は、どこかの国で財務を担当していたらしい。
地位や安定した職場を捨てて黒蝶に加わっているのが不思議だったが、12番の唯一の趣味が旨い物を食う事らしく、この大陸でもっとも体内魔素量が高いという魔女の肉を食らい、血を啜る事が望みだと6番に言っていたのをこっそり聞いた事があった。
確かにこの世界では、体内魔素量が多い魔物の肉は旨い。
そのため本人も絶品に違いないと信じて疑わないようだが、何とも気持ち悪い趣味である。
そして12番の報告が終わると、今度は6番と7番が活動報告をする番になった。
そして最初に指名されたのは6番だった。
当初4ヶ国の中で、最も容易く盗れるだろうと思われていたのは公国だった。
それというのも「ロヴァルの女狐」と呼ばれた強大過ぎる統治者が居なくなれば、簡単に瓦解すると思われていたからだ。
古来、強大な統治者が亡くなった国は、必ず内紛が起き国力を失うのだ。
弱った国を奪うのは簡単だ。
現にアメーリア公爵という内紛の種もあったのだ。
そして女狐が死んで予想通り混乱が起きたが、絶体絶命のジュビエーヌ公女にあの最悪の魔女が現れ力を貸すとは、誰も予想だにしていなかったのだ。
魔女はあっという間に公国を平定し、ジュビエーヌ公女に国を引き渡していた。
そこまでは良い、だが、どうやったのかジュビエーヌ公女は、自らが大公に就任すると最悪の魔女を自分の部下にしてしまったのだ。
強大な敵の出現に皆消沈したが、そんな中1番だけは「これで大帝国復活の役者が揃った」と言って、とても嬉しそうだった。
だが、そんな公国を担当している6番には同情を禁じ得ない。
最も簡単な仕事から、最も困難な仕事に変わったのだから。
それでも6番は何とか作戦を立て果敢に挑戦した。
その作戦は、エリアル魔法学校の学祭に参加する大公を暗殺し、その罪を最悪の魔女に着せることで、公国と魔女との間を完全に断つというものだった。
この策がうまくいけば魔女は大公暗殺犯として追われる身となり、ヴァルツホルム大森林地帯に逃げるか、公国内で反乱を起こすかのどちらかとなり、いずれにしても黒蝶としてはこれ以上ない策だった。
だが、その策は魔女とその僕であるオートマタのせいで失敗に終わったのだ。
6番の口調から無念さがにじみ出ていた。
やはり、最悪の魔女は厄介な存在のようだ。
対して次に報告した7番の口調は明るかった。
それもそうだろう。
7番は大帝国から国を奪った4人の大罪人の1人、アイテールから土地を奪い返したうえ、その罪を最悪の魔女に擦り付けるという最高のポイントを稼いだのだ。
これで旧アイテール大教国の民衆は、大帝国復活と魔女の討伐を望むだろう。
ここで1番が7番に新たな命令を下した。
「サン・ケノアノールの大聖堂地下にあるカタコンベを捜索して、魔力溜まりのネックレスを探すのだ」
魔力溜まりのネックレスとは、7百年前に最悪の魔女を討伐した時に戦利品として持ち帰った4つのマジック・アイテムの1つで、初代アイテールが分け前として受け取った物だ。
そのアイテムは持ち主の魔力量を大幅に増やすと言われていたが、実際は呪われていて、以来アイテール一族は死んだ後アンデット化してしまうそうだ。
それは7番も知っていたようで聞き返していた。
「1番、あれは呪いのアイテムだと聞きましたが、そんな物を何故?」
「いいから探すのだ。あれは使い道があるのだ」
「何故それがカタコンベにあると、お分かりなのですか?」
「13番の占いの結果だから、間違いない」
1番がきっぱりとそういうと、集まった全員の視線が13番に向かった。
13番はその視線にも身動ぎ一つしなかった。
他の者からすると末席でしかも新参者である13番が、既に1番から信頼を得ているのに驚いているのだろう。
13番の能力は、探し物にも有効なのか。
それにしても呪いのアイテムが必要なんて、ますます1番が隠している事に興味が湧いてくるな。
7番から、大教国がサン・ケノアノールの解放のため最悪の魔女を呼び寄せると聞いた時、密かに名うての盗賊を雇い、アイテール大教国にあるという大帝国の歴史書を盗むように依頼したのだ。
そこに7百年前の真実が書かれていたら、1番しか知らない最悪の魔女に関する秘密を知る事が出来るだろう。
盗賊達はサン・ケノアノールの黒霧とアンデットが消えるのを待って、いち早く現地に潜入し目的の物を盗み出してくる手筈になっていた。
この事が1番にバレたら大変なので、その受け取りは安全を期してフリン海国としていた。
情報を入手するのはかなり先になってしまうが、1番の計画は長期のものなので楽しみは後に取っておくのもいいだろう。
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