7―27 不測の事態
リングダールはサン・ケノアノールを覆うほど大きな赤色の魔法陣から、光の雨が降り注ぐ様をじっと眺めていた。
光の雨は、その下にあった黒い霧を綺麗に浄化していった。
ここからでは見えないが、その下に居るアンデッドも一緒に浄化されているのだろう。
そしてサン・ケノアノールを覆っていた黒い霧が消滅していくと、そこには懐かしい町が現れていた。
「おい見ろ、俺たちの町だ」
「ええ、本当に」
「これで、また元に戻れるのですね」
そして懐かしいサン・ケノアノールの町を眺めていると、突然左手の甲に連絡蝶が現れた。
直ぐに蝶の翅に触ると、メッセージが現れた。
それはドートリッシュ卿からル・ペルテュの決定事項を知らせるもので、エルフ殿の暗殺を命じていた。
ル・ペルテュの決定という事は、猊下もこの事を承知なされているという事であり、軍人でしかないリングダールには命令に従うしか方法は無かった。
直ぐに丘の上を見上げると、そこには魔力を使い果たし倒れ込むエルフ殿の姿があった。
今のあの姿を見れば、暗殺もたやすいだろう。
そう思った途端、傍にいたあの黒い人形がエルフ殿を抱き上げていた。
そしてリングダールが瞬きした瞬間、その姿が消えていた。
慌てて部下達にどうなったか聞いてみたが、皆その瞬間を見ていなかったようで、誰もエルフ殿が倒れた後どうなったのか知らないようだ。
だがリングダールは猊下とエルフ殿の会話を聞いていたので、行き先に心当たりがあった。
「お前達、サン・ケノアノールの奥の院に向かうぞ」
「「はい」」
+++++
俺はグラファイトにお姫様抱っこされながら、一路サン・ケノアノールの町に向かっていた。
グラファイトは地面を高速で駆けているので、俺はその振動をもろに受けていて乗り心地は最悪だった。
「これは堪らん」
何とかグラファイトに魔法をかけて、地面から浮き上がって進むようにしてようやく振動から解放された。
「ふう、これでやっと話す余裕ができた。グラファイト、私の演技はどうだった?」
「はい、大姐様が態と倒れ込むという手の込んだ演技まで最高でした」
「手の込んだと言われると、途端に胡散臭く聞こえるわね」
俺の指摘にグラファイトはうっすらと笑みを浮かべるだけだったが、それが余計に腹立たしかったので、ちょっと脇腹を小突いてやった。
まあ、そんな事をしても俺の指が痛いだけなのだが。
そして念のためサン・ケノアノールの町を魔力感知で調べてみると、そこには浄化されずに残る1つの反応が現れた。
「グラファイト、1つ浄化できなかった反応があるから、先にそれを片付けますよ」
「承知しました」
到着したサン・ケノアノールの町に人の姿は無く、まるでゴーストタウンのようだった。
そして残っている反応は、町の中央にある大きな構造物の中にあった。
確か、あそこは大聖堂という場所だったはずだ。
そこでアイテールに書いてもらったメモを見るとそこはやはり大聖堂で、中央の中庭を取り囲むように建物が配置されていて、魔力感知に反応があるのはその正面の礼拝殿と記載された建物だった。
大魔法を弾く何らかの仕掛けがあるのかもしれないので、慎重に進んだ方が良さそうだ。
罠を警戒しながら進んでいくと、そこには1体の黒い霧に包まれたスケルトンが転がっていた。
そのスケルトンは他とは違い、肋骨の中に僅かに光る玉があった。
そして俺達の足音に気付いたスケルトンの頭蓋骨がこちらに向くと、その2つの眼窩の奥には今にも消えそうな炎が揺れていた。
それはまさに死に際といった感じで、とても俺たちを待ち伏せしているようには見えなかった。
危険が無いと思えたので近寄ってみると、スケルトンに纏わりついていた黒い霧が口の部分に集まると声を発した。
「その顔にその恰好、お前地球人か?」
その一言で、こいつが俺と同じ転移者だと分かった。
「ああ、俺は日本人で海城神威という」
「なんだ、男か」
「ふっ、まあね。たまたまこの保護外装を選んじまってな」
「はっはっ、俺も同じだよ。ハドリー・オルコットだ」
うん、オルコット?
もしかしてあのシェリー・オルコットの親戚か何かか?
俺がシェリー・オルコットの事を考えていると、目の前のスケルトンがまた話しかけてきた。
「俺の最後を看取ってもらったんだ。1つ良い事を教えてやろう。魔女の休日には気を・・・つけ・・・ろ」
魔女の休日? なんだそれは?
「おい、それだけじゃ分からん。もっと詳しく教えてくれ」
だが、スケルトンの胸部から光を失った玉が転がり出ると、眼窩に灯っていた火が消えていた。
そして、残った骨もボロボロになって砕けると消えてしまった。
俺はスケルトンが消えた場所に座り込むと、両手を合わせていた。
「ハドリー・オルコットさん、安らかに眠ってくれ」
そして立ち上がると、グラファイトに声を掛けた。
「それじゃあ、禁書庫に行って歴史書を確かめよう」
「禁書庫と言うぐらいですから、沢山の本があるのでしょうね」
グラファイトは沢山の本の中から目的の物を探すのは大変そうだという意味で言ったのだろうが、俺はそれを聞いて、魔女の休日に関する情報もそこで手に入れられるかもしれないと思った。
礼拝殿を出て中庭を進むと、その先に奥の院があった。
奥の院の1階に入るとアイテールから貰ったメモを見て、先に鍵がある部屋に向かった。
その部屋はどうやらアイテールの執務室のようで、部屋の奥にどっしりとした大きな机が鎮座していた。
鍵がある場所は、その机の引き出しの中だった。
机を回り込んで目的の引き出しを開けると、そこに鍵は無かった。
アイテールが記載ミスをしたのかと思い他の引き出しも開けてみたが、どこにも鍵は無かった。
アイテールが来るまで待つか?
だが待つにしてもその間暇だし、何時来るかも分からない相手を悠長に待つのも苦痛だな。
「もしかしたら鍵が開いているかもしれないから、様子を見てこよう」
そう言ってグラファイトを伴って階段を降り地下の禁書庫まで行くと、扉が僅かに開いていた。
先客の可能性もあるのでグラファイトに頷くと、グラファイトが前に出て扉をゆっくりと開けて中に入って行った。
しばらく待っているとグラファイトが現れ、首を左右に振った。
どうやら中には誰も居ないらしい。
そして禁書庫に入ると、壁際には腰までの高さの書架に板のように硬くて厚い装丁をした本が並んでいた。
背表紙を見るとリングダールが玉座の間で言っていたとおり、薬草や毒草、魔物の本そして錬金術の本等もあった。
背表紙を読みながら移動していくと、歴史書が並ぶ場所に来ていた。
禁書になっている歴史書ということは、民衆に知られたくない違法行為や隠された真実が記録されているのだろう。
年表を見て歴史を遡っていくと、7百年前のアイテール大教国誕生時の場所まで来ていた。
そしてその先、大帝国の歴史が書かれているであろう部分が、ぽっかりと空いた隙間になっていた。
「おい、どういう事だ?」
そしてその隙間を見ると、そこには2つ折りになった紙片があった。
それを手に取り開いてみると、そこには短い文字が書いてあった。
「大帝国の歴史書は頂いた。怪盗三色」
か、怪盗三色だとぉ。
俺はその紙片を握りつぶすとぽいっと放り投げたが、グラファイトが素早く動いて口を開いた袋の中に入れていた。
いや、それはゴミとして捨てたんだと言おうとしたが、グラファイトがあまりにも自然な仕草で袋を閉じたので言葉を飲み込んだ。
そしてフツフツと湧いた怒りを抑えて他の歴史書を調べてみようとしたところで、手の甲に連絡蝶が現れた。
何だろうとその翅に触れて通信文にすると、そこには「ジゼルが行方不明」と書かれていた。
おい、嘘だろう。
どうしてそうなる?
安全を考えて態々パルラに送り返したというのに、なんでそれで行方不明になるんだ?
そこで、パルラにいたガラの悪いハンターの事を思い出した。
まさか、また何処かのハンターがやって来て連れ去ったのか?
「グラファイト、拙い事態になったわ。急いでパルラに戻るわよ」
「承知しました」
+++++
リングダール達がサン・ケノアノールの町に到着すると、そこは清浄な空気に包まれていた。
あのアンデッッド共に支配された不浄でとても人が住むことが出来ない汚れた大地が、すっかり綺麗になっていた。
それは赤色魔法という大魔法は、環境をも変えてしまう程の威力があるという事を如実に表していた。
「凄い威力だな」
「ええ、確かにそうですね。アンデッド共の気配が全くありません」
「本当ですね。以前の町よりもよっぽど清浄な場所になっていますよ」
リングダールの独り言に、イェルムとニリアンが返事を返して来た。
これだけの事をしてもらったというのに、その恩に仇を返さないといけないのはとても残念だった。
それに仮にエルフ殿を害することが出来たとしても、あの黒い人形から逃れる手段は無いのだ。
俺だけではなく、この2人も生きては帰れないだろう。
それでも、これがル・ペルテュの総意だというのなら従うしかないのだ。
「お前達、これから禁書庫に向かう。ル・ペルテュの命令であのエルフ殿を誅殺することになった。お前達はあの黒い人形を牽制してくれ、その間に俺が仕事をする」
「「分かりました」」
彼らの目にも、覚悟というものが見えた気がした。
そして奥の院に入り真っ直ぐ階段の場所まで来ると、あたりを警戒しながらゆっくりと降りて行った。
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