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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第7章 アイテールの黒い霧
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7―26 教都に降り注ぐ光の雨

 

 リングダール達が上空に舞い上がると、俺もグラファイトに魔法をかけてその後を追った。


 彼らはサン・エルムの町から離れると南西の方角に暫く飛び、そして手信号で前方を指さして来た。


 指示した先には小高い丘があり、どうやらそこが目的地にようだった。


 丘の上に舞い降りると、リングダールが南の方角を指さした。


「あれがサン・ケノアノールの町です」


 そう言われた先には黒い霧のような周囲を覆っていて、町は全く見えなかった。


 そこで魔力探知で探ってみると黒い霧の中には沢山の反応が現れ、そしてその中に1つ強烈に反応するものがあった。


 多分あれが、小箱の中から出て行った光る玉を宿した敵のボスだろう。


「ガーネット卿、それで本当に魔法は撃てるのですよね?」


 リングダールの顔には、期待と不安がないまぜになった表情が浮かんでいた。


 俺はそんなリングダールの不安を払拭するように微笑んだ。


「大丈夫だと思いますよ」


 そう言ってグラファイトから受け取った袋から魔宝石を取り出すと、自分の周りに円形に配置していった。


「その魔宝石から赤色魔法に必要な魔力を得るのですか?」

「ええ、そうです」


 そして演技がばれないようリングダールを遠くに追いやるため、周辺の警戒をお願いした。


「皆さんには私が魔法を詠唱している間、敵が入ってこないよう周囲の警戒をお願いします」

「分かりました。お前達行くぞ」

「「はっ」」


 そしてリングダール達が居なくなったのを確かめてから、魔法の演技を始める事にした。


「さて、茶番を始めますか」


 俺の独り言にグラファイトが反応した。


「流石は大姐様ですね。町の解放が茶番とは」


 いや、「赤色魔法を使うのは大変だ」という茶番をする、という意味だからね。


 そしてあおいちゃんに教えてもらった魔法演舞を発動した。


 +++++


 エルフ殿が居る丘から降りて来たリングダールは言われた通り、丘の上に敵が寄り付かないように周囲の警戒を行うことにした。


 エルフ殿の話から察するに、赤色魔法を発動している間はそれに集中する必要があるため、他の事が出来なくなるらしい。


 これが敵なら攻撃のチャンスとなり、味方なら最も危険な時間帯になるのだろう。


 この時間帯をアンデッド共に狙われたら、教国に未来は無いのだ。


 それを知っていれば、自ずと周囲の警戒にも気合が入るというものだ。


 そしてアンデッドの気配を探っていると、丘の上が輝きだした。


 その光が気になって丘の上を見上げると、そこには両手を胸の上で交差させたエルフ殿の姿がった。


 その姿は何か祈りを捧げているような感じで、そしてここからでは聞こえないが何かの詠唱を口ずさんでいるようだった。


 体が光りだしたのは、周囲に配置した魔宝石からの魔素を吸収しているからのようで、次第にその光が強くなり始めていた。


 やがて爆発的な輝きを生じると、その光が上空に向けて光の柱となって上昇した。


 上空に昇った光が一定の高さに達すると今度は魔法陣を描くため周囲に拡散し、そこにうっすらと赤色の魔法陣が現れ始めた。


 パルラで見た時は魔法の完成が自分達の破滅を意味していたので、こうやって観察する暇は無かったが、今改めて見てみるとその光景はとても幻想的だった。


 今は始まったばかりなのでまだ部分的にしか魔法陣が現れていないが、あれが完成すると赤色魔法が発動するのだ。


 パルラの時は我々の頭上に落ちてくる死の雨だったが、今回はサン・ケノアノールを救う救いの雨になるだろう。


 そう思うと天空に描かれた赤色の魔法陣の完成が待ち遠しいが、それと同時に魔法が発動されるまでの間、アンデッドに邪魔されないかが不安になった。


「イェルム、ニリアン、エルフ殿の魔法を邪魔される訳にはいかん。何があってもアンデッド共を近寄らせるな」

「「了解です」」


 +++++


 サン・エルムの聖堂内に居たミリオン・アイテールは周囲の騒ぐ声で外に出ると、民衆が指差す南の空を見上げていた。


 そこにはうっすらと赤い色をした魔法陣が浮かび上がっていた。


 どうやらエルフ殿が魔法を発動させたようだ。


 そこでアイテールは、あのエルフの事に思考を巡らせた。


 初めて見たその姿は、代々の教皇から申し送られてきた最悪の魔女の外見にそっくりだった。


 リングダールからサン・ケノアノールを占拠した死霊術師が言った言葉を聞いていなければ、7百年の歳月を経て最悪の魔女が復活したと思った事だろう。


 あのエルフ殿は新しく生まれた魔女で、ヴァルツホルム大森林地帯の支配者で、そこに住まう魔物達の女王なのかもしれない。


 そして驚くべき事にあの魔女は、ロヴァル公国でジュビエーヌを助け、今は私達をアンデッドの恐怖から救ってくれているのだ。


 その行動や言動からは、人間種への悪感情は微塵も感じられなかった。


 そこでアイテールは首を横に振った。


 魔女は魔法書ではなく、バンダールシア大帝国の歴史書を欲している。


 それは7百年前に、自分が人間に屠られた原因を探りたいからではないのか?


 私が歴史書を見せることで唯一の弱点を知られ、再び人間達との間で諍いが起こった時、我々の勝ち目が無くなるのではないのか?


 そう思うと歴史書を見せるのは最悪の判断かもしれないが、これだけの大恩を受けておきながら相手に見返りを渡さないとなれば、それはそれで大きな恨みを買う事になりそうだった。


 それにあの魔女の美しい顔の裏に、醜い本性が隠されているとはとても思えなかった。


 アイテールは新しく生まれた魔女が、何時までも人間種に悪意を持たないでいて欲しいと願っていた。


 そんな事を考えていると、周りに集まって来た人々がとても不安そうな顔になっていた。


「大教皇様、あれは何か不吉な事が起こる兆候なのでしょうか?」

「私達は、もうこれでお終いなのでしょうか?」

「私達は、神様から神罰を受けるのでしょうか?」


 アイテールはそんな不安そうな人々に、安心させるように笑顔を向けると、皆に聞こえるようにゆっくりと語りかけた。


「皆の者、心配する事は無い。あれは、我々を救う神のお恵みである。これで不浄なる者達は皆罰を受け、再び安穏な日々を暮らすことが出来るであろう」


 それを聞いた人達は嬉しそうな顔になり、神への感謝を口にしていた。


 +++++


 魔法演舞は、文字通り周りの人々に魔法が発動するまでの工程を目視できるようにするものだ。


 アイテールの連中が空を見上げれば、そこに描かれた赤色の魔法陣を見る事が出来るのだ。


 そして彼らは、魔法が発動するまでの時間を長くすればする程、俺を害することが出来る時間があるのだと安心するだろう。


 上空に描かれた魔法陣は欠けていた部分が徐々に表れ、赤色も鮮明になってきていた。


 前回パルラであおいちゃんが見せた時は、フェイクだったので発動遅延とサンプル放出という魔法を使って演技したが、今回は本当に撃つからサンプル放出は不要だった。


 そろそろ赤色魔法に遅延発動の魔法をかける時間だな。


 そして魔法を発動すると、どっと魔素が抜けていくような感覚があり、遅延発動の魔法を重ね掛けしているが、それでも強い力で魔法が発動しそうになるのを必死に抑えていた。


 これじゃ、あおいちゃんが我慢できなくてモジモジしていたのを笑えない。


 上空に描かれた赤色の魔法陣はすっかり完成して、より一層赤く輝きだしていた。


「そろそろ頃合いだな」


 俺がそう言うと、グラファイトがこちらを見て頷いた。


 それは、後は任せて下さいと言っているようだった。


 よし、機は熟した。


「豊穣なる大地形成」


 上空に描かれた赤色の魔法陣がより一層輝くと、そこから暖かい光の粒が雨となって降り注いだ。


 その慈愛の雨は魔法陣の下にあった黒い霧に触れると、ジュウジュウと音を立てながら消していった。


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