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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第7章 アイテールの黒い霧
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7―24 サン・エルム聖堂

 

 ミリオン・アイテールは、サン・エルムにある聖堂内でディース神への祈りを捧げていると、誰かが入って来た足音を聞いた。


 その足音は聖堂内を歩くには騒がしい音を響かせていたので、信者でないのは間違いなかった。


 緊急の案件だろうと祈りの途中で振り返ると、そこには親衛隊の服を纏った男が跪いていた。


「猊下、既に町の半分はアンデッド共の手に落ちたようです。裏手に馬車を待たせてあります。どうか、この地を脱出するご決心を」


 誰も居ない聖堂内のその言葉が響くと、アイテールは町の人達の事を思った。


「町の人達の避難は?」

「そちらはル・ペルテュの方で対応しております」

「エドバリ達はどうしたのだ?」

「エドバリもヤルテアンも戦死したようです」


 そこで初めてファルクの顔を見ると、そこには焦りの色が窺がえた。


「駄目、なのか?」

「はい、アンデッド達は町中に溢れかえっております。これ以上遅れると、脱出も困難かと」

「・・・そうか」


 そしてファルクの案内で裏口に移動しようとしたところで、聖堂内が騒がしい事に気が付いた。


「あれは?」

「さあ、なんでございましょうか?」


 聖堂内は神聖な場所なので、それを冒涜するような行為は見過ごす事は出来なかった。


「私は何が起きているのか確かめたい」

「・・・畏まりました」


 そして騒ぎが起きている聖堂の入口に向かうと、そこには逃げ遅れた老人や女子供が詰めかけていた。


「ファルクよ、私はあの者達を見捨てる事が出来ない。聖堂内にあの気の毒な人達を入れて立て籠ろう」

「しかし、それでは」

「ああ、逃げられないだろうな。だが、それが定めだというのなら受け入れよう」

「猊下」

「すまないな」

「いえ、猊下がそう決断なされたのでしたら、私達はそれに従います」

「なに、私達がここで最後を迎えても、リングダールが教都を解放して教国を救ってくれるだろう」



 聖堂の入口を開けると行き場の無い人達が一斉になだれ込んできて、聖堂内はちょっとした混乱状態になった。


「皆さん、どうか落ち着いてください。この建物は頑丈ですから安心してください」


 アイテールはゆっくり語りかけるように話して、避難してきた人達を安心させた。


 だが、ここには水も食料もそれほど保管されていないので、長くは持たないだろう。


 ファルク達は、少しでも持ちこたえようと窓に板を打ち付けたり、扉の前に長机や椅子等を積み上げて即席のバリケードを築いていた。


「猊下、多少は持ちこたえられるでしょうが、本格的に攻めて来られたら厳しいと思われます」

「うむ、ご苦労だった」


 そして待ち時間はそれ程長くはなかった。


 直ぐに聖堂の外が騒がしくなり、あちらこちらから何かがぶつかる音が聞こえてきたのだ。


 それは力任せにバリケードや壁を壊そうとしている音だった。


 アイテールは戦えない人達を出来るだけ奥の方に移動させると、ファルク達と正面に立ちふさがった。


 そして扉を破壊されると、アンデッドの一団が中になだれ込んできた。


 ヴェリーンとシーンバリがすかさずホネキリを抜くと入って来たアンデッドを切り伏せた。


 だが、アンデッドは次から次へと流れ込んでくるので、次第に押されるようになっていた。


 そんな時アンデッドの後ろから突然魔法弾が飛んできてシーンバリを襲った。


「ぐわっ」


 何が起こったのかとその方向をじっと見つめるとそこには杖を持ち、ボロボロの埋葬衣装を着たスケルトンがカタカタと顎を上下させていた。


「まさか、初代様?」


 アイテールが思った事を、ファルクが声に出してそう叫んだ。


 そして、そのスケルトンをよく見ると、手に持った杖に嵌め込まれている魔宝石が光り青色の魔法陣が現れた。


「いかん、フラムを使え」


 ファルクのその声にヴェリーンが左手を前に出して指輪型のマジック・アイテムから魔法の盾を展開した。


 初代様が撃った魔法弾はその盾に弾かれたが、その隙をついて襲い掛かって来たアンデッドにヴェリーンが倒された。


「ぐわっ」


 その光景を見たアイテールは自身も魔法の詠唱を始めると、襲い掛かってくるアンデッドに向けて浄化魔法を放った。


 戦いは敵の数が多く、いかなアイテールといえど魔力には限りがあった。


 そしてヴェリーンとシーンバリが戦闘不能になった事で、追い詰められていた。


「猊下、このままでは時間の問題です。私が血路を開きますので、猊下だけでも町から脱出してください」


 こんな状況であの中に突っ込んでいくのは自殺行為だし、私の後ろには戦えない避難民達が見捨てられるのかと不安そうにこちらを見つめているのだ。


「駄目だ」

「しかし猊下が居なくては、教国が無くなってしまいます」


 アイテールはファルクのその言葉を聞くと、つい口角を上げていた。


「なに、エルフ殿が国を浄化してくれるのだ。私が居なくても国は残るさ」


 やがてファルクが持っていた剣が折れてしまった。


「猊下、申し訳ありません。これ以上は難しそうです」

「なに、ディース神の元に共に参る事になっても、それは神がお決めになられた事よ」


 アイテール自身も既に魔力は枯れ、手に持った杖でアンデッドを殴っていたが、腕がしびれて杖を握っているのもやっとの状態だった。


 こちらがもう限界なのが分かったのか、アンデッドの中から初代様が現れた。


 どうやら私に引導を渡すのは初代様のようだ。


 そして手に持った杖の埋め込まれた魔宝石が光ると、魔法陣が現れた。


 アイテールは自分の最後をしっかり見ていようと、目をつぶらないように初代様を睨みつけた。


 だが、魔法弾が飛んでくることは無かった。


 初代様が周囲のアンデッドを巻き込んで爆発し、骨が四散したのだ。


「え?」


 アイテールは何が起こったのか分からなくなり固まっていると、黒い何かが凄まじい速度で移動すると残っていたアンデッド達が砕け散った。


 その光景を信じられない思いで眺めていると、アンデッドが居なくなった入口から人が入って来た。


「猊下、よかった。間に合いました」

「リングダール、何故ここに居るのだ?」


 命令違反を犯してここに居るリングダールを叱りつけようとすると、その後ろから戦場には場違いな程のんびりとした足取りで金髪の美女が現れた。


 その姿は長らく語り継がれている、最悪の魔女そっくりだった。


 +++++


 出発の準備が整った俺達は、サン・エルムの町を目指してハーリンの村を出発した。


 俺が作った50個の土人形は、袋に入れてグラファイトに持たせていた。


 これはサン・エルムに到着してから錬成術でゴーレムにする予定だった。


 そして何度目かの休憩の後、ようやくたどり着いたサン・エルムの町からは煙が上がっていて、既に市街で戦闘が行われているようだった。


 リングダール達も既に気づいていて、その顔には焦りの色が浮かんでいた。


「ガーネット卿、町が救えなくても、猊下だけはお助けしたいのです。よろしくお願いします」


 市街戦のさなか、目的の人物を探し出すのはとても不可能に思えた。


「町の中で、どこに居るのか分かるのですか?」

「はい、私達は親衛隊ですので、守るべきお方がどこに居るのかは常に分かるようになっています」

「それでは先導をお願いしますね」

「分かりました」


 そして高度を落として街中に入るとそこでは、そこかしこに住民達がアンデッドに追われている光景が目に入った。


「兵士達の姿が見当たりませんが?」

「おそらくは、軍事拠点の方でしょう」

「そちらに行くのではないのですか?」

「いえ、猊下はそこではなく、聖堂に居ます」


 そういってリングダールが指さした方向を見ると、いかにも教会と言った四方に尖塔がある石造りの建物があり、その周りにはアンデッドが群がっていた。


 俺は手に持ったスリングショットを構えると、その群れに向けて赤色の弾を撃ち込んだ。


 赤色の弾は聖堂に群がっていたアンデッドに吸い込まれると、そこで爆発を起こし、アンデッドを吹き飛ばした。


 そしてノリノリになった俺は、昔見た西部劇で襲撃されている幌馬車を助けに来た場面を思い浮かべていた。


「いえ~い、騎兵隊の登場よ」

「大姐様、それは何です?」


 グラファイトの素朴な質問に冷静になると、これは映画の世界じゃないと気を引き締めた。


 俺はグラファイトに合図を送ると、グラファイトは隕石が落下するように地上に降り立ち、爆発に巻き込まれなかったアンデットを粉砕していった。


 そしてグラファイトが綺麗に掃除してくれた聖堂前に着地すると、リングダールが中にいる法衣を着た人物に話しかけた。


「猊下、よかった。間に合いました」

「リングダール、何故ここに居るのだ?」


 俺は法衣を纏った人物の言葉に違和感を覚え、じっと2人の会話に聞き耳を立てていた。


 どうやらリングダールは命令違反を犯してこの町に来たようだ。


「猊下、申し訳ございません。ですが、教国の未来には猊下の存在が不可欠なのです」

「私にかまけた事で、サン・ケノアノールの解放が遅れたら、それこそ教国の未来はないではないか」

「いや、ガーネット卿には、魔力を使わずに、護衛の人形に手伝ってもらっただけです」


 ええっと、確か、俺にも魔法を使えと言っていたよね?


 でも、まあ、今は助けてやるか。


「私には魔法以外にも戦う手段がありますので、問題ありませんよ」


 俺が話しかけると、法衣の男は驚いた顔で振り向いた。


「えっと、貴女は?」

「あっ、猊下、こちらが救援をお願いしたエルフの魔法使いであるガーネット卿です」


 リングダールが紹介してくれたので、俺が改めて自己紹介をした。


「初めまして、私はユニス・アイ・ガーネットと言います。この度は、リングダール殿の要請に応じて、この国の救援に参りました」


 法衣の男は、俺の挨拶を聞いて何とも言えない顔をしていた。


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