7―20 ハーリンの村
俺は差し出された手を見ながら質問した。
「何処に行くのですか?」
「我が国の南に広がるキュレーネ砂漠にある、私共が城塞跡地と呼んでいる場所です」
随分遠そうだな。それに砂漠を縦断するのか?
地球でも砂漠を渡るのは、死の危険があるんだぞ。
「どのくらい離れているのですか?」
「エリアルからキュレーネ砂漠の城塞跡地までだと、ざっと560リーグでしょうか」
えっと、飛行魔法の移動距離が1時間に40リーグ程だから、往復で2日もあれば十分か。
そう考えていたら、リングダールからとんでもない事を言われた。
「飛行魔法で行っても片道10日はかかりますし、その後サン・ケノアノールで仕事をしてもらいますので、1ヶ月は見ておいてくださいね」
え、それが基準なの?
これだけ能力に差があると、本来の力を見せたらまずい事態になりそうだ。
争い事の原因は、相手への嫉妬や妬みそれに恐怖心だからな。
これはあおいちゃんが言っていたように相手に脅威を感じさせない為にも、こちらの能力は極力見せない方が良さそうだ。
そうなると問題となるのがジゼルの扱いだな。
危険な場所にジゼルを連れて行きたくないし、1ヶ月も一人寂しく公都に置いておく訳にもいかないので、用が済んだオートマタと共にパルラに帰ってもらおうか。
その護衛役をインジウムに頼んだところで、またひと悶着あったが何とか説き伏せることに成功した。
何故、グラファイトを選んだかというと、アイテールの連中への威圧になるだろうと考えたからだ。
そしてリングダールとの待ち合わせ場所である、エリアル郊外に向かった。
ちなみにジュビエーヌを襲った俺そっくりの人物は、インジウムに倒された後しばらくして顔が元に戻ったそうだ。
どうやら、あおいちゃんに教えてもらった擬態の魔法で化けていたらしい。
あの魔法は対象者が目の前に居ないと使えないはずだが、どうやって化けたのか不明だった。
ジュビエーヌは目を泳がせながら、言いにくそうに俺そっくりの姿絵があれば可能だと言っていたが、俺はそんな物描いてもらった記憶は無いのだ。
世の中には不思議な話もあるものだ。
待ち合わせ場所に舞い降りると、そこには既にリングダール達が待っていた。
「ガーネット卿、お待ちしておりました。こちらは私の部下でイェルムとニリアンと言います」
「イェルムです。これからしばらくの間、ご一緒させて頂きます」
「ニリアンです。後ろにいるのはオートマタですか?」
「ええ、そうですよ。グラファイトと言います。よろしくお願いしますね」
「時間がありませんので、早速出かけることにしましょう」
そして、ようやく公国を抜けて大教国に入った頃には既に3日経っていた。
リングダール達の飛行魔法は1時間飛び、1時間魔力回復のための休憩なので1日に進む距離は6時間分、つまり60リーグ程なのだ。
彼らは重力制御魔法を使えないのか、完全武装の状態で荷物まで持って飛行しているので、速度が遅く、それに長距離を飛べないのだ。
それから4日かけて大教国を縦断している途中で、右側に黒い靄のような物が見えてくると、それがアンデット共に占拠された教都サン・ケノアノールだと教えてくれた。
俺の仕事は、あの黒い靄もろともアンデットを一掃することのようだ。
教都がああなったのは、ロヴァル公国の王墓から持ち帰った骨が、スケルトンの死霊術師として復活したためだそうだ。
そしてそのスケルトンは、7百年前の恨みを晴らすと言ったそうだ。
という事はビルスキルニルの遺跡にあった骨が、7百年前に討伐されたという最悪の魔女だった事になる。
俺がビルスキルニルの遺跡にあった骨を埋葬してあげようと思ったのが遠因かもしれないが、恨みの原因は彼らなのだから別に気に病むことも無いだろう。
そして大教皇達は、教都の北にあるサン・エルムという町でアンデットの北上を抑えているのだとか。
サン・エルムという町には軍の施設があるので、要塞として使えるそうだ。
そしてそこは、ロヴァル騒動の時に侵攻してきた軍勢が集結した場所でもあった。
俺達は、ようやくキュレーネ砂漠に最も近いハーリンという村に到着した。
小さな村には宿屋は無く、そのまま村長の家で一泊することになった。
村長は白髪白髭の痩せた老人で、微かに手が震えていた。
「村長、大教皇親衛隊のリングダールだ。キュレーネ砂漠の城塞跡地の調査に向かうのでまた一晩泊めてもらうぞ」
「はい、何時もご苦労様です。帰りも立ち寄られますかな?」
「ああ、帰りも頼む」
「はい、分かりました」
そして村長が、リングダールの後ろに居る俺に初めて気付いたようだ。
その垂れ下がった眉毛の下に隠れていた眼が、大きく見開かれた。
「そ、そちらの方は、どなたなのですか?」
「ああ、今回の遺跡調査を手伝ってもらう国外からお招きした巫女様だ。」
「え? 巫女様、なのですか? わ、私は、てっきり・・・」
「問題ない。大丈夫だ、それじゃ上がらせてもらうぞ、村長」
そう言ってリングダールは勝手知ったる他人の家といった感じで、家に上がるとそのまま奥の部屋に入っていった。
俺は先程からこちらをガン見している村長に軽く頭を下げると、リングダールの後について奥の部屋に入っていった。
「さっきの村長の、あの慌てようは何だったの?」
俺がそう質問すると、3人の男達の動きがぴたりと止まった。
あれ? 何か言ってはいけない事でも言ったか?
するとようやく再起動したリングダールが、物凄く言いにくそうに説明してくれた。
「えっと、我が国ではディース教の関係者が各地を巡り、7百年前の御伽噺を話して聞かせているのです。その最悪の魔女の姿が、その・・・」
俺だってそこまで言われれば分かる。
初めてこの世界の人間に出くわした時も、最悪の魔女と間違われたからな。
あのバルギットの黄色冒険者ガスバル・ギー・バラチェに貰った偽色眼で、瞳の色を変えていて正解だったな。
「それで他国の巫女と紹介したのですか?」
「ええ、まだ休戦になったと公表されていませんからね。公国の貴族とは言えませんよ」
それからイェルムとニリアンは、砂漠を縦断するために必要な食糧等の調達に出かけて行った。
暇になった俺は、リングダールからキュレーネ砂漠についてのレクチャーを受けることになった。
何でもこの砂漠には、キャストネットとサンドスローという魔物がいるそうだ。
キャストネットというのは、砂漠の上を猛烈な速さで移動する魔物で、唾液で作り出したネットを飛ばして獲物を捕獲するのでそう呼ばれているそうだ。
そしてサンドスローという魔物は、獲物が近づくと周りの砂を舞い上げて視界を奪い、方向感覚を失い迷い込んできた獲物を捕食するんだとか。
前回調査に来た時は、このサンドスローに砂を巻き上げられ、かなりの日数を浪費することになったそうだ。
翌朝、村長の家を出るとそこは雲一つない青空が広がっていた。
本来なら旅行日和だと喜ぶところだが、これから向かう先が砂漠だと思うとその気持ちも半減した。
そして村長に一宿一飯のお礼を言うと、キュレーネ砂漠の城塞跡地に向けて南の空に舞い上がった。
+++++
ハーリン村の村長は、リングダール一行が出て行った先をじっと見送っていた。
ディース教が教える、7百年前の人類に災難を招いた最悪の魔女。
その姿はあの亜人にそっくりだが、一番目立つ特徴である瞳の色が違っていた。
リングダール様も言っていたのだ。きっと別人なのだろう。
村長は首を横に振ると家に戻ろうと後ろを振り返ると、そこに1人の見知った男がリングダール一行が飛び立った南の空を眺めていた。
「これは助祭様、どうして此処に?」
「いや、なに、村の人達が最悪の魔女を見たというのでな。それが本当なら一大事だから、様子を見に来たのじゃ」
「はあ、そうでしたか。あの方はリングダール様の説明では、国外の巫女様だと言っておられましたが?」
それを聞いた助祭様は小首を傾げ、顎鬚をしごいていた。
「国外の巫女? 村長、貴方はそんな事を信じるのですか? あれはどう見ても最悪の魔女ですよ」
「え、ですが、黄色い瞳でしたが?」
村長がそう指摘したが、助祭様はよくぞ聞いてくれましたといった顔をしていた。
「最悪の魔女は、ずば抜けた能力を持った魔法使いなのです。瞳の色くらい簡単に変えられますよ。それに巷には偽色眼というマジック・アイテムもあるのですよ」
「え、そうなのですか」
助祭様は組んでいた腕をほどくと、ぽんと手を打ち鳴らした。
「成程、これで教都サン・ケノアノールがアンデットに占拠された理由が分かりました」
「それは何なのですか?」
こんな辺境な村にも教都がアンデットに占拠されたというニュースは伝わっていたが、どうしてそうなったのかまでは不明だった。
「あれを見たでしょう。既にこの国の中央は最悪の魔女に洗脳されているのです。大教皇親衛隊長もあのざまでは、恐れ多くも大教皇猊下も既に洗脳されているか、もしかしたらもう亡き者にされているかもしれませんね」
「ええ、そんな。それでは私達はどうすれば良いのでしょうか?」
すると助祭様はニイと口角を上げると、経典を胸の前に掲げた。
「これからは皇帝陛下を崇めるのです」
「皇帝陛下・・・ですか?」
「ええ、再びこの大地にバンダールシア大帝国を復活させ、そして人類の敵である最悪の魔女を葬り、人類による繁栄を取り戻すのです。それがディース教源流派の主張です。分かりましたか?」
村長は助祭様に頭を下げると、今言われたバンダールシア大帝国の事を考えていた。
バンダールシア大帝国の初代皇帝は、ディース神が虹色の翅を持つ蝶に変身してこの地に現れた時、ここに人間の国を興せとの天啓を授けられたと言い伝えられていた。
ディース教源流派は、それを再現することが神の意思だと説いているのだ。
「分かりました。助祭様」
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