表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第7章 アイテールの黒い霧
186/416

7―19 休戦協定

 

「黒蝶?」


 俺が言った言葉にジュビエーヌは頷いた。


 どうやらこの国には、黒蝶という名の秘密結社が暗躍しているようだ。


 そんな連中のせいで、あの後魔法学校で開催される予定の舞踏会等が中止になってしまったのはとても残念だ。


 儀礼科の令嬢達は、晴れの舞台のため厳しい練習に耐え、リーズ服飾店で高価なドレスを買い、俺から提供した化粧で自分の魅力を引き立てていたのは容易に察しがついた。


 その努力が水泡に帰したのは、彼女達も残念で仕方がないだろう。


「ユニスはどうやら、黒蝶という組織に狙われているようだから気を付けてね」


 俺が後でコルネーリア嬢達に、お悔やみを言っておこうと心のメモに書き留めていると、ジュビエーヌがそう言ってきた。


 だが気を付けてと言われても、相手が名前しかわからないのではどうしようもないよな。


 グラファイト達が捕まえた連中も口を割る前に服毒自殺をしたと言うし、相手を探る手立てが無いのだ。


 俺の認識では、裏世界の連中といったら大抵は麻薬や賭博それに密輸と相場が決まっているのだ。


 うん? そんな奴どこかに居なかったか?


 そして俺は、ちょっと前まで俺に因縁をつけてきた相手を思い出したのだ。


「あ、そういえばドーマー辺境伯ってどうなったの?」

「もう、とっくの昔に処刑されたわよ」


 それもそうか。


 他に裏の事情を知ってそうな人物というと。


 う~ん、う~ん。あ!


 そこまで考えて、あの太った婦人が脳裏に浮かんだ。


 なんだ、バンビーナ・ブルコが居るじゃないか。


 パルラに戻ったら聞いてみよう。


 1つの光明が見えたところで食事の続きに戻ると、それまで黙って食事をしていたクレメントが口を開いた。


「お前のせいで姉さままで命を狙われたんだぞ。少しは自重すべきだろう」


 クレメントは貴賓室でジュビエーヌと抱き合っている場面に踏み込まれてから、より一層俺に敵意を向けるようになったんだよなあ。


 ジュビエーヌの居場所を聞きだしてから貴賓室に向かった所で、学校長と近衛達に出くわしていた。


 そして俺が偽物と思った近衛とちょっとしたトラブルになりかけたが、学校長から通行証として渡されていたブレスレットのおかげで事なきを得たのだ。


 そこで初めて俺の偽物が現れ、ジュビエーヌを暗殺しようとした事を知ったのだ。


「ええ、心得ておりますよ」


 俺がクレメントにそう言ったが、とても疑わしそうな眼を向けられた。


「あ、そうそう、今日はアイテール大教国からの使者が来る予定なの。ユニスも一緒に応対してほしいのだけど」


 ジュビエーヌが気まずい雰囲気を何とかしようと、話題を変えてくれたようだ。


 だが、あの国とはまだ交戦中じゃなかったか?


「あれ、あの国とも停戦したの?」

「いいえ、その交渉のための使者なのよ。でも来るのが文官じゃなくて武官なの。それもあの国随一というおまけ付きのね」

「暗殺されかけたのに、大丈夫なの?」


 俺がそう指摘すると、ジュビエーヌもその点は気掛かりだったようで顔色が曇っていた。


「本当は、暫く誰とも会いたくないんだけど、先方もかなり必死らしくてね。そうもいかないのよ」


 アイテールといえば、ジュビエーヌの身柄を要求して攻め込んできた相手だ。


 気を許す訳にはいかないが、4体のオートマが居れば大抵のことには対処できるだろう。


「ええ、分かったわ。任せて」




 謁見の間に入りジュビエーヌが玉座に腰を下ろしたのを確認した儀典官が、大声を上げた。


「アイテール大教国からの使者殿、ご入場」


 そして入口の重厚な扉が開くと、そこには騎士らしく鎧を身に纏った男が立っていた。


 その鎧は、パルラに攻め込んできたあの魔法騎士の物だと気が付いた。


 この男も、あの時パルラで戦った相手の可能性が高かった。


 俺は隣に居るジゼルに頷くと、ジゼルはその魔眼でその男を観察してくれた。


「狂信的な男。思いつめた顔をしているわね」


 俺はそれを聞いて直ぐに、後ろにいる4体のオートマタに警戒するように手で合図した。


 俺のその動きを見てジュビエーヌも玉座の中で身動ぎしたので、俺は大丈夫だと頷いて見せた。


 アイテールの使者はこちら側の空気を察したのか、少し手前で止まるとそこで頭を下げてから口上を述べた。


「私はアイテール大教国で大教皇親衛隊隊長を拝命しておりますアンブロシウス・リングダールと言います。大教皇ミリオン・アイテールから和平に関する親書を持って参りました」


 そう言って大事そうに懐の中にしまっていた親書を取り出すと、両手で掲げて見せた。


 ジュビエーヌが一つ頷くと傍にいた儀典官がその親書を受け取り、ジュビエーヌの元まで運んできた。


 ジュビエーヌが親書を読んでいる間、リングダールと名乗った男を観察していると目が合ってしまった。


 どうやら相手も俺の事を観察しているようだ。


 そこにジュビエーヌの声が響いた。


「大教皇殿の意思は分かった。親書にはこちらの条件は大抵は受け入れるが、それはこちらの要求を飲む事と書かれているが、それは何か?」


「はっ、それは教都サン・ケノアノールをアンデッド共から解放するため、そちらに居られるユニス・アイ・ガーネット卿の協力を得ることです」


 え? 俺?


 するとリングダールは、俺に向き直ると話かけてきた。


「失礼、ガーネット卿は、豊穣なる大地形成という魔法は使えますか?」


 初めて聞く魔法名だ。


 確か、初めて聞く魔法は魔法名とどんな魔法かが想像出来れば使えるんだったな。


「その魔法はどのような効果があるのですか?」

「アンデッド達に汚された空気や大地を、元の綺麗な空気と土地に戻すのです。そしてアンデッド達も同時に消滅せしめる大魔法です」


 そう言われても、自分でその魔法が使える気になれなかった。


 あれ? この保護外装でも使えない魔法もあるのか?


「私にはその魔法は使えないようです」


 俺は素直に使えない事を認めたが、リングダールの顔には失望に色は無かった。


 いや、むしろ得心がいったという顔に見えた。


「やはりそうですか。長年アンデッドと戦ってきた我が国には、対アンデッド用の究極魔法としてこの魔法が伝承されております。ですが、この魔法を使うには専用の魔法書で覚える必要があるとも言われているのです。ガーネット卿には私達と一緒にその場所に赴き魔法を習得してもらい、それをサン・ケノアノール解放の為に使って欲しいのです。それが我が方の条件です」


 最後の言葉は、ジュビエーヌに向かって話していた。


 ああ、そういればビルスキルニルの遺跡で赤色魔法を習得したのも、魔法書からだったな。


 だが、こちらにも黒蝶の件があるので、長期間国を空けるのは不味くないか?


 俺はジュビエーヌの方にかすかに首を横に振ったが、どうやらそれで伝わったようだ。


「それは飲めないな」


 だがリングダールも国の未来を託されているので、素直にはいそうですかとは言えないようだ。


 俺の方を向くと口を開いた。


「我が国には、色々な書籍があります。例えば、さまざまな薬草の本とか、錬金術とか、ヴァルツホルム大森林地帯の魔物に関する物もありますよ」


 リングダールは提案内容をひとつずつ区切って言っては、俺の反応をみているような感じだった。


 だが、俺にはそんな情報に興味は無いのだ。


「ああ、他にも過去の文献とか」


 そう言われて俺は、不覚にもピクリと反応してしまった。


 仕方がないだろう。


 あおいちゃんに、遺跡調査のためにはその手がかりとなる過去の文献が必要と言われているのだ。


 元の世界に帰る方法を手に入れるためにも、どうしても必要な情報なのだ。


「ほう、ガーネット卿は過去の文献に興味がおありなのですな」


 ちっ、ばれちまったら仕方がない。


 俺はジュビエーヌの方を見ると、微かに頷いて見せた。


 ジュビエーヌもそれに気づいてくれたようだ。


「その過去の文献とはどのような物なのか?」

「我が国には、バンダールシア大帝国時代の文献もかなり残っておりますよ」


 その言葉にリングダールの口角がかすかに上がったような気がした。


 だが、もうそんな事はどうでもよかった。


 これで相手の術中に嵌ったとしても、どうしても欲しい情報なのだ。


 俺はすすすと玉座の後ろに回ると、そこに座るジュビエーヌにそっと耳打ちした。


「ねえ、ジュビエーヌ。私はバンダールシア大帝国時代の文献に興味があるの。この件で協力してあげたいんだけど」

「そう」


 ジュビエーヌはそれだけ言うと、アイテールの使者に声を掛けた。


「アイテールの使者よ、こちらの条件は損害額の全額保証と公式な謝罪だ。そしてガーネット卿を貸し出す条件としては、ガーネット卿が求める文献の閲覧だ。それを認めるなら、そちらの条件を飲んで休戦の件を受け入れよう」


 リングダールはジュビエーヌのその言葉に、直ぐに頭を下げた。


「ありがとうございます。大教皇猊下も貴国との休戦を喜ばれるでしょう」


 それからリングダールは、俺の方に向き直ると手を出し出してきた。


「それではガーネット卿、私と一緒に来てもらえますね」


 その顔には、少し前まで敵同士として戦っていたというのに、まるで久しぶりに旧友にでも会ったような気安さがあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ