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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第7章 アイテールの黒い霧
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7―17 疑心暗鬼

 

 魔法学校で行われる舞踏会の当日朝、朝食の席でのジュビエーヌの何気ない一言に、食事をする手が止まった。


「あ、そうそう、私も今日、一緒にエリアル魔法学校に行くわね」

「・・・え?」

「何? 私と一緒だと困るわけ?」

「い、いや、そんな事無いよ」


 ジュビエーヌの鋭い視線に思わず怯んだ俺は思わずそう言ってしまったが、VIPと一緒だと行動が制限されるんだよ。


 コルネーリア嬢の話だと、露店とかが出てちょっとしたお祭りだと言っていたから、色々見て回りたかったんだよなぁ。


 それにジュビエーヌが訪問したら、絶対あのスケベ学校長がホスト役として付いてくるはずだ。


 あちこち触られないように注意しないとな。


「それじゃあ、食事が終わったら早速準備をしましょうね」

「準備って?」

「あら、おめかししないといけないでしょう。勿論あの顔料を持ってきているでしょう?」

「あ、うん」


 化粧となるとジゼルもウキウキになるので、ジュビエーヌが満足するまで長い長い時間を費やすことになった。


 2人が満足した頃には、そろそろ出発する時間だった。


 学園では舞踏会の前に剣技科の模擬訓練を見学予定との事で、舞踏会用のドレスは着用せず学園で着替える事になった。


 公城を出るとそこには大公専用の豪奢な馬車が待っていて、白色を基調にした車体の扉と後ろには公国の国章である赤色の蝶が描かれていた。


 そして公城の出口と専用馬車を繋ぐ道には、綺麗な絨毯が敷かれていた。


 レッドカーペットとも呼べる絨毯の両側には近衛と思われる騎士達が整列していて、こちらに強い視線を向けていた。


 その視線は、これは陛下専用だと言っているようで最初の一歩が出なかった。


 だが、そんな俺の手をジュビエーヌが握ってきた。


「ユニス行くわよ。それからジゼルさんもね」


 そう言われてしまうと従わない訳にはいかないので、強烈な視線の中をジュビエーヌに続いて馬車に向けて歩いて行った。


 俺の視線の隅には、常に4体のオートマタが映っていた。


 彼らには周囲を警戒しながら、常に俺達が乗る馬車を護衛する陣形をとるよう命じてあるのだ。


 馬車に乗り込み周りの視線が無くなると、ようやくひと心地つくことが出来た。


 仕方がないだろう、こう見えても俺はただの庶民なのだ。


「ふう、なんだか緊張したわね」

「そうね」


 俺とジゼルが感想を口にすると、ジュビエーヌは可笑しそうにこちらを見ていた。


「私は御祖母様のおまけで乗っていたから、慣れるまで準備期間があって助かったわ」


 そう考えるとあおいちゃんは、意外と肝が据わっていたという事か。


 いや、あおいちゃんの事だ、遺跡以外目に入らなかったのかもしれないな。


 馬車の前後を騎士達に護衛されながらエリアル魔法学校までの道中は、貴族街を通ることになるが、外出禁止令でも出ているのか人の姿は見かけなかった。


 エリアル魔法学校に到着すると見物人を見かけるようになったが、警備兵が馬車の通り道を開けているので、トラブルも無くそのまま学校の建物前まで到着することが出来た。


 馬車から降りるとそこにはタスカ学校長と数名の講師が待っていて、ジュビエーヌに深々と頭を下げていた。


「陛下、ようこそおいでくださいました」

「学校長、今日はよろしく」

「ははっ」


 俺達が通された部屋は貴賓室と呼ばれる部屋で、中央にどっしりと豪華なソファセットが鎮座していて、周りの壁には誰が描いたのか額縁に入った絵が飾られていた。


 目の前の学校長は、若い女性3人に囲まれてまんざらでもない顔をしていた。


 ま、まあ、1人エセ若い女性が含まれているがな。


 お茶が運ばれてきて一口飲んだところで、学校長が本日のスケジュールについて説明してきた。


 その口調は、いつものくだけたものに変わっていた。


「陛下、この後は剣技科の模擬訓練を見学してもらいます。いやあ、皆、陛下が来られると思って気合が入っておりますわい。何と言っても皆、近衛を目標にしておりますからな。その後は、着替えて貰ってから、儀礼科の舞踏会になります。ガーネット卿が持ち込んだ顔料は、雛を大人の女性に変えるから不思議ですわ。そういえば陛下達も実に可憐に化けておりますな。ほっほっ」


 そこで一旦言葉を切ると、俺の方を見てきた。


「ガーネット卿、舞踏会では踊っていただけるのでしょうか?」

「本日は学生達の祭典ですよ。私は見ているだけで結構です」

「それは残念ですなあ。男子学生達は、ガーネット卿に一曲申し込むんだと意気込んでおりましたがの」

「え、陛下じゃなくて、私ですか?」

「陛下には恐れ多くて誰も申し込みません。ですが、ガーネット卿なら、物珍しさも手伝って誘ってみようという空気になっておりますぞ」


 ああ、そうですか。


 珍獣が人間の踊りをするなんて、さぞ面白い見せ物なのだろうな。


「私も学生の頃は参加していましたよ」


 ジュビエーヌがそう言ったが、公女と大公とでは立場が違うからな。


 そう思うと婚約者を亡くしてしまったジュビエーヌは、これから相手を探すのが大変だろうな。


 そんな俺の考えが読まれたのか、ジュビエーヌがぽつりと呟いた。


「ああ、ユニスが男の方だったら良かったのに」


 一瞬ドキリとしたが、ジュビエーヌには俺の正体がばれてはいないので、唯の愚痴だと思われた。


 だが、ジゼルが一瞬ニヤリとしたので、どう考えてもあの魔眼には俺が男に見えているのだろうと思われた。


「では、そろそろ参りましょう」


 そう言って学校長が立ち上がったのに従い、俺達も立ち上がった。


 剣技科の模擬訓練は広い校庭で行われるため、校庭を一望できる場所に見学用のブースが設けられていた。


 ブースの周りには、近衛騎士が並び物々しい雰囲気を纏っていた。


 剣技科の模擬訓練はチーム戦となり、両軍の陣地に旗が立っていてそれを奪い合うようだ。


 試合が始まって直ぐはお互い様子を窺っているようだったが、突然チームの中から突出した数人が敵陣に躍り込んだあたりから混戦になっていた。


 そんな時、突然轟音が響くともくもくと黒い煙が上がった。


 なんだろうとそちらを見ていると、警備兵の1人が慌ててやってきた。


「学校長、露店の1つが突然爆発して燃え上がったようです」

「馬鹿者、今すぐ消し止めるんだ」

「それが火の勢いが強く、なかなか消し止められません」


 会話を聞いていると水の魔法は攻撃性が高く、消火しようとしても対象物もろとも粉砕してしまうため使えないんだとか。


 そこで俺は荷物の中に、スリングショット用の消火弾があることに思いついた。


 あれは大量の水を発生させる弾なので、攻撃用というよりも主に消火用なのだ。


「私が消火しましょう」


 俺がそう提案すると学校長は最初ぽかんとしていたが、俺が袋の中から青色の弾をとりだして、その弾の効果を説明すると理解してくれたようだ。


「それではお願いしますぞ」


 学校長の許可が出たので、俺は警備兵に案内してもらい火事の現場に向かった。


 +++++


 ジュビエーヌはユニスが消火を手伝うため警備兵と急ぎ足で向かうのを見送ってから、再び目の前で繰り広げられている模擬訓練を見学していた。


 そしてしばらくすると煙が上がった方角から、ユニスが1人で戻ってくる姿があった。


 帰ってくるのがあまりにも早かったので、何か問題でもあったのかと声を掛けてみた。


「もう火は消えたの?」


 だがユニスは私の疑問に答えずに、すぐそばまで来ていた。


 その瞳はとても冷たく、ジュビエーヌの背中にはヒヤリと冷たいものが流れ落ちた。


「ユニス、よね? 大丈夫なの?」


 再び声を掛けてみると、今度は手を後ろに回し再び現れた手には短剣が握られていた。


 そしてその切っ先をこちらに向けて、襲い掛かって来たのだ。


 一瞬の事で動けずにいると、私の目の前に赤と青色の物が映った。


 それは2体のオートマタで、セレンは私とユニスの間に割り込みその凶器から私を守ってくれた。


 そしてテルルは、ユニスを地面に叩きつけて無力化したのだ。


 この2人がユニスを傷つけるとは思ってはいなかったので、とても驚いた。


 ひょっとして2体とも壊れてしまったのかと疑ってみたが、普段と変わらない感じだった。


 そしてテルルに打ち据えられたユニスの首がおかしな方向に曲がっており、とても生きているようには見えなかった。


 一体どうなっているの?


 するとそれまで事態が飲み込めず固まっていた人達が悲鳴を上げて逃げ惑いだすと、もうそこには秩序というものが存在しなくなった。


 危険を感じた学校長により、私は近衛兵に守られて安全と思われる貴賓室まで連れ戻されていた。


 私は先程目の前で起こった事が信じられず震える両手を見ながら、誰かこの状況を説明してほしいと必死に願っていた。


 だがこの場には、説明してくれそうな人物は誰も居なかった。


 何もわからないまま何時まで此処に閉じこもっているのかと考え始めた所で、扉をノックする音が聞こえてきた。


 近衛兵が扉の外に出て直ぐに入って来たのは、深刻そうな顔をしたユニスだった。


 私は入って来たユニスから、視線を外す事が出来なかった。


 何故生きているの?


 もしや、これは偽物?


 いや、さっきのが偽物でこちらが本物?


 まさかアンデット?


 答えが出ない問題に頭がパニックになり、息が苦しくなってきた。


 そして後ろに控えているセレンとテルルが全く動く気配が無い事を見て、まさか私にしか見えない隠蔽魔法でも使っているのかと、もはや正常に物事が考えられなくなっていた。


 この場から逃げ出したくなったが、自分の足が震えていてとても出来そうになかった。


 それにユニスが本気なら、私に生き残る可能性は全く無いのだ。


 ここで殺されるのなら、それも天命だと諦めるしかなかった。


 そしてユニスのとても綺麗な両手が私の首に伸びてくるのを、他人事のように眺めていた。


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