7―12 館の建築
帝国の領事館を出た俺達は、寄り道をせず元娼館の前まで戻ってきた。
入口から正面に見える娼館の建物を見上げると、ここに遊びに来る男達が真っ先に目にするはずのあの煽情的な女性の看板は撤去されている。
それというのもあの看板を見たジュビエーヌが自分の未来を勘違いして気絶したという話を聞いたので、これは不味いと思ったからだ。
だが元々娼館として建てられたため、看板を張り付けられる壁や中が丸見えなショーウィンドウのような窓を見れば、その手の遊びをしたことがある男性にはここが娼館だと直ぐ分かる外見だった。
「さて、それじゃ始めるか」
「何をするの?」
俺の独り言を聞いたジゼルが直ぐ聞き返した。
「ここに新しい館を建てるのよ。獣人用の寮を造った時、元従業員達にはあちらに移ってもらったから、残っている人数はそれほど多くないでしょう。だから、建て替えをするには丁度いいかなってね」
「ふうん、それでどんな物にするの?」
「ああ、領主館をね。勿論、ジゼルの部屋も作るからね」
「私はユニスと一緒でいいわよ」
「う、うん」
俺としてもジゼルのモフモフの尻尾に触れるのはとても嬉しいのだが、偶には1人で居たい時もあるのだ。
そうだ、こっそり隠し部屋でも作っておこう。
建て替えをするには、この館に住んでいる人達への周知と移動のお願いをしなければならないので、世話役となっているビルギットさんに話を通しておく必要があった。
玄関を入りビルギットさんを探していると、あの特徴的な長い耳をようやく見つけることが出来た。
「ビルギットさん」
俺が声をかけるとその特徴的な長い兎耳がピクリと動き、文字通り脱兎の如く逃げ出した。
「あ、ちょ、待っ」
慌てて声をかけようとしたが、既に姿が見えなくなっていた。
そういえば最近ビルギットさんに声をかける時は、必ず酒場での給仕を頼んでいた事を思い出していた。
ビルギットさんも外見が若いからついバニーちゃんになってもらっているが、娼館の取り纏め役といえばだれよりも年長のはずだし、やっぱり恥ずかしかったんだろうとちょっと反省した。
だが、このままだと話が進まないのだ。
そうは言ってもビルギットさんの逃げ足は速いので、本気で逃げている時は捕まえるのがとても骨が折れるのだ。
仕方がない、奥の手を使うか。
「インジィ、居る?」
俺がそう声を上げると、ドドドドドという地響きを伴ってインジウムが俺の前に現れた。
「はぁい、ここに居ますよぅ」
「またビルギットさんを捕まえてきてくれるかな?」
「あはっ、喜んでぇ」
なんだかとても嬉しそうな顔をすると、風の速さで居なくなった。
そして1階の食堂で待っていると、ビルギットさんを小脇に抱えたインジウムが現れた。
「お姉さまぁ、獲物を捕まえましたよぅ。いやぁ、ビビッて逃げ回る小動物を狩るのってなんだが、こう、本能を刺激されるというかぁ、とおっても楽しかったですぅ」
そう言ってビルギットさんを床にぽいっと放り投げると、出てもいない汗を拭っていた。
その光景は飼い猫が鳥やら虫やらを捕まえてきて、褒めてもらおうと飼い主の前に持ってくる行動そっくりだった。
おかげで真っ青な顔でプルプル震えているビルギットさんを、何とか宥めなくてはならないという余計な手間がかかっていた。
「ユニス様酷いです。私が何をしたというのですか?」
「あ、ええっと、ビルギットさん、手荒な真似をして本当にごめんなさい。でも、今回は酒場での給仕の件ではありませんから、安心してくださいね」
そしてどうにかビルギットさんを宥めてから、元娼館を取り壊して跡地に領主館を建てる事を話した。
「そうしますと残った私達は、別の場所に移るのですね?」
「ええ、建て替えの間だけね。新しく館が出来たら、また戻ってきてもらいますよ」
「え?」
「実は、ビルギットさんには、残っている女性達に新しい仕事の割り振りと、皆さんに個室を用意するのでその割り振りをお願いしたいのです」
「では、私達が追い出されるという訳ではないのですね?」
「ええ、勿論です」
そしてビルギットさんが元娼婦の女性達に事情を説明して、女性用の寮に移っていくと娼館の取り壊しを行う事にした。
作業のためゴーレムを作成すると建物を、原料に戻すため取り壊させた。
ゴーレムが建物を徹底的に破壊する光景はちょっとした見せ物のようで、野次馬が集まってきていた。
野次馬達はゴーレムの破壊活動に感嘆の声を上げていたが、中には別のものもあり保護外装の高性能の耳がそれを拾っていた。
「とうとうユニス様が、娼館の意味を知ってしまったか」
「まあ、アレをする場所だと知ったらこうなるよな」
「気が付くまで随分時間がかかったが、きっと子供がどうやって産まれるのか知らなかったんだろうなあ」
「ああ、俺もまだガキだった頃は、ディース神に願うと授かると聞かされたぜ」
「俺なんかしつこく母ちゃんに聞いたら、目の前に卵を置かれたぜ。おかげで、それが嘘だと教えてもらうまで卵料理が食えなかったよ」
「ははは、するとユニス様は、精霊が連れてくると思っているのかな?」
するともっと過激な物も聞こえてきた。
「お前ら、ユニス様が娼館で働いていたら、どうする?」
「それはお前、一度見たら目が離せなくなるあの豊満な体。うっとりするほど整った顔だ。当然真っ先に指名するぜ。いや、他の奴らに取られないように一生キープしてやるさ」
「馬鹿かお前、そんな金無いだろうが。ユニス様が娼婦だったら、指名料だけで一晩いくらになると思っているんだ?」
「はは、違いねえ。一晩買うだけで尻の毛までむしり取られるぜ」
お前達、聞こえてないと思って言いたい放題だな。
それに子供はコウノトリが運んでくるなんて思ってないし、娼館で働く気もないからな。
取り壊し作業が終了すると、それぞれの原料に分離するための錬成術で分離作業を行った。
それでも足りない分は、ヴァルツホルム大森林地帯から調達した。
錬成術で作られたブロックをゴーレム達が組み立てていく姿も物珍しいらしく、更に野次馬が増えていた。
野次馬は想像の斜め上を行く方法で建てられていくのを見て、口を大きく開けて呆けていた。
「なあ、家ってこんなに簡単に建てられるのか?」
「俺は夢でも見ているんだろうか?」
「お前達、目の前の現実を直視しろ。ユニス様だぞ。なんだって有りさ」
「そうだよな。ユニス様だからな」
「まあユニス様だしな」
おい、それで納得していいのか?
出来上がった館は総二階建てで、1階が政務や来客用で、2階が館に住む人達の生活空間、平らな屋上は市街戦となった時の防衛陣地となり、平時はあおいちゃん用の発着場だ。
そして無骨な箱型に彩りを入れるため化粧柱を建物の周りに10本取り付け、入口には馬車回りも用意した。
来客用の宿泊施設は無いが、客が来るようなら七色の孔雀亭を整備すればいいだろう。
出来上がりをチェックした後でビルギットさんを連れて裏に回ると、そこで戻ってくる人達の部屋割りをお願いした。
部屋割りと引っ越しが済むと、もう夕食の時間だった。
食堂に集まった獣人女性の中に、人間種がいることに気が付いた。
それは獣人達と交わっているというよりはひっそりと隅に居るという状況だったが、最初の頃は食事時間を分けていた事を考えると大きな進歩だった。
それを見て俺は口元が綻んだ。
ファビアちゃんとスーちゃんが仲良く遊んでいるのだから、そのうち大人達もと思っていたのだ。
今まで娼館では食事時間も分けていたが、今目の前では同じ時間に獣人と人間が同じ空間で食事をしているのだ。
嬉しい第一歩だ。
そして別の事にも気が付いた。
荷物運びをベイン達に協力してもらっていたので気づかなかったが、食堂に集まっているのは料理人も含めて全員女性なのだ。
「あれ? 女性しかいない」
「元は娼館なんだから当たり前でしょう」
俺の独り言にジゼルがツッコミを入れてきたが、俺のイメージが娼館から領主館に変わっていたので、男性執事とかが居るものだと勝手に思い込んでいたのだ。
不味いな。
こんな所をあおいちゃんに見られたら、ハーレムの館か趣味の館と言われそうだ。
いや俺の外見も女型だから、アマゾネスの館とかかもしれないな。
そこでジゼルに聞いてみると、無理やり連れてこられた娘の中には男性恐怖症の娘もいるので、いきなり男性が傍にいると今の雰囲気が壊れてしまうと言われ諦めた。
そこでふっとグラファイトは大丈夫なのかと聞いてみると、彼は困っている娘を助けたりちょっとした気遣いが出来て、しかも女性をいやらしい目で見ないことから受け入れられているそうだ。
まあ、オートマタだしな。
それにしてもグラファイトよ、お前は本当に男前だよ。
それなら執事の真似事は、グラファイトにでも頼んでみるか。
館が完成したので、あおいちゃんを呼んで部屋を見せる事にした。
あおいちゃんの専用部屋は3つに仕切られていて、寝室、研究部屋それと資料室になっていた。
そして屋上に出る階段の傍に配置したので、これなら空を飛んで屋上に着地すれば直ぐに部屋に入れるのだ。
「神威君にしては、分かっているじゃない」
あおいちゃんはそういうと、どうやら満足してくれたらしい。
そろそろ公都に戻る頃合いだったので、あおいちゃんの機嫌が良いところで重要な話をする事にした。
「あおいちゃん、絶対に聞き入れてもらいたい重要な話があるんだ」
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