7-8 ユニスの忙しい1日3
パルラに戻るとストーンウォームをホンザ達に託して、あおいちゃんとの待ち合わせ場所となった酒場「エルフ耳」に向かった。
扉を開けて店に入ると、そこは仕事を終えて酒を一杯という客達で既に賑わっていた。
その陽気なしゃべり声を聞きながら、俺は違和感を覚えた。
その違和感が俺の傍までやって来た。
「ユニス様、いらっしゃいませ。今日はお仕事ですか? それともお客様ですか?」
「ここでアオイと待ち合わせているの。もう来ているでしょうか?」
「えっと、ユニス様の双子の妹様ですよね。まだ、だと思います」
あおいちゃんはまだ来ていないか。
それなら先に違和感の解消をしておこう。
「その服は、この店の制服ですか?」
俺は給仕の女性が着ているほぼ露出が無い服を眺めながらそう尋ねた。
質問された給仕の女性は、自分の服を見下ろしてからにっこり微笑んだ。
「はい、そうです」
「だ、騙された」
思わずそう呟くと、目の前の女性は慌てた様子で言い直した。
「あ、えっと、ユニス様、これは制服乙型です。店長が言っていましたが制服甲型というのがありまして、それはユニス様用だといっていたような気がします」
なんだ、それは?
目の前の女性はちょっと困ったように小首を傾げると、指を口元に当てて明後日の方向を見ていた。
その顔は、明らかに何かをごまかしているような仕草だった。
俺はフツフツと湧き上がる怒りを抑えていると、後ろから店に入って来た客がなにやら壁に向かって柏手を打っていた。
パン、パン
「ああ、ご神体様、そのお姿を拝見すると今日1日の疲れが癒されます。ありがたや、ありがたや」
そう言って頭を下げると、顔を近づけてその匂いを嗅いでいた。
やって来た客がご神体と呼んで拝んでいるのは、壁に飾ってある先ほどの給仕の女性が言っていた制服甲型こと、バニースーツだった。
どうしてそんなところに飾ってあるのかとか、酒場の客がその制服を拝み、匂いを嗅ぐとか行動が意味不明だが、なんだかその理由を聞いてみないといけないという強い衝動にかられていた。
「ねえ、どうしてその服を拝んでいるの?」
声をかけた客はこちらを振り返らず、バニースーツを見ながら答えてくれた。
「なんだ、一見さんか? これは恐れ多くも我らが主様が身に着けた、高貴な服であらせられる。そしてこうやって洗濯していない服の匂いを嗅ぐことで、主様が給仕した時のお姿を思い浮かべられるのだ」
「なっ、ななっ」
あまりにも予想外の返答に言葉にならない声を漏らすと、異常に気付いた先ほどの客が慌てて後ろを振り向いて俺の顔を見た。
そしてまるで埴輪のように目玉がこぼれんばかりに目を見開き口を大きく開けると、その客も声にならない声を漏らしていた。
お互い顔を見つめていると、給仕の女性と一緒に駆けつけてきた店主が声をかけてきた。
「こ、これはユニス様、まさか、こんな場末の酒場にお越しいただくとは光栄です」
俺の目の前にやって来た店主は、腰をかがめ笑顔で両手を揉み合わせていた。
その姿は御用聞きに来た店主といった風体だった。
「カストさん、何を言っているのですか、私はこの店で何度も給仕をさせられているのですよ」
「え、正確には2回ですね。出来ればユニス様にも、ご贔屓にしていただければありがたい限りです」
そういえばパルラではなんだかんだと忙しくて、酒を飲んだ記憶があまりないな。
いや、ちょっと待て、今はそれよりも聞くことがある。
俺は壁に飾ってあるバニースーツを指さした。
「カストさん、これは私が給仕をした時に着たバニースーツではないのですか?」
「ええっと、そうですねえ、そんなような気もしないでもないような?」
おい、一体どっちなんだ。店主の明らかにおかしい挙動でほぼ間違いないだろうと確信していた。
「こちらのお客さんが、これは私が着た物で、しかも洗濯をしていないと認めましたよ。あの時貴方はちゃんと洗濯しておきますと言ったわね?」
俺がそう指摘すると、カストはゲロッた客の方に鋭い視線を送っていた。
「ええ、確かに言いました」
「じゃあ、何故洗濯しないまま、ここに飾ってあるのです?」
「洗濯するとは言いましたが、何時やるかまでは言っていません」
こ、こいつ、そうきたか。
なら、こっちにも考えがあるぞ。
「そうですか、分かりました。それではこれはゴミとして焼却処分とします」
そう言って魔法を発動させると、射線上にカストと酒場の客らが慌てて割って入り、こちらの行動を阻害してきた。
「わわわ、待ってください」
「ユニス様、どうかお慈悲を」
「ユニス様、私達からご神体を奪うのは勘弁してくださいませ」
目の前では、何人もの客が跪いて俺に両手を合わせて拝んでいた。
俺に向かって必死に拝み倒してくる姿を見ると、まるで俺の方が悪者にしかみえないじゃないか。
「分かりました。そこまで言うなら貴方達から、その、ご神体を奪うことはしません」
俺はご神体という言葉を、虫唾が走る思いをしながら口にしていた。
現代でも一部の人達に使用済の女性の下着が好まれるというのは知っているが、それが自分の物で、しかもそれを崇めているのが女性ならいざ知らず、おっさんなんて断じて許容できないのだ。
目の前では、俺の言葉を聞いてほっとしたのか、ご神体を守る人間の盾に隙間が出来ていた。
その隙をついて魔法を発動した。
「洗浄」
俺はバニースーツを、生活魔法と言われる紫色魔法で綺麗にした。
よし、これでただの布切れになった。
するとそれを見ていた客達が悲鳴に似た声を上げていた。
「ああああああああ!」
「ああ、俺達のご神体が」
「殺生な」
「うう、これから何を拝めばいいんだ」
男達はその場に頽れて泣き出していた。
「ちょっと泣くなんて大げさでしょう?」
「いや、ユニス様には分からないのです。それはやっとの思いで手に入れた激レア商品を、価値を知らない嫁に捨てられた時のような嘆きを彼らに与えたのです」
「ちょっと、なんで貴方がそんな表現方法を知っているのよ」
「あ、それはアオイ様に聞きました」
あおいちゃん、もしかしてコレクターだったのか?
「私がどうかしたの?」
その声で振り返ると、入口のあおいちゃんが立っていた。
「あ」
「ところで、これはどんな修羅場なの?」
あおいちゃんは俺に跪いて泣いている男達を、呆れた表情で眺めていた。
そこで状況説明をすると何故だか俺が怒られた。
「領主たる者、領民達を慈しむものでしょう。そんな領民達のささやかな楽しみを奪うなんて、まるで悪徳領主ね」
「えええ、だって、あれは」
「だって、じゃありません」
「でも」
「だってとでもは、上に立つ者の言葉じゃありませんよ」
「ううっ、じゃどうすればいいのよ」
「領民達から奪った物を返してあげなさいよ」
「いや、返してって言われても」
するとそれまで泣き崩れていた男達が途端に声を上げ始めた。
「そうです。ユニス様、ご神体を返してください」
「貴方達のご神体はそこにちゃんとあるじゃない」
「いえ、あれはもうご神体ではありません」
「じゃあどうすればいいのよ」
するとそれまで状況を静観していたカストが、声をかけてきた。
「ユニス様、もう一度あれを着て給仕をやってください」
「「「おおお」」」
なんで、そうなる?
この状況を作り出したのはあおいちゃんでもあるのだ。
なら、その責任を取るのはあおいちゃんでもいいのではないか?
「それじゃ、アオイにやってもらいましょう」
「駄目よ、それはお姉ちゃんのお役目よ」
そう言って笑いを堪えている姿は、俺のバニー姿を思い浮かべているのだろう。
そんなあおいちゃんが、断れない方法を考えてみた。
「じゃあ、ここは酒場だから、飲み比べで負けた方がやるというので、どう?」
それを聞いた周りの客達が大はしゃぎをしている姿を見て、流石のあおいちゃんも断れなくなったようだ。
そして俺とあおいちゃんが座るテーブルの上には、装飾を施された銀製の小さなグラスとエルダールシア産の高級酒が置かれた。
そして店主はどう見てもショットグラスにしか見えない、小さなグラスに酒を注いでいった。
これらの品は、ドーマー辺境伯がこの町に遊びに来る上客達のために特別に作らせた物のようだ。
あおいちゃんが酒豪かどういか聞いたことはないが、まさかこの俺が女に飲み比べで負けるとは思えないからな。
可哀そうだが、あおいちゃんにもバニー姿になってもらおう。ムフフ。
俺はテーブルの上に置かれた1つのショットグラスを手に取ると、中身を口の中に入れた。
その酒は度数が高いようで舌がピリピリした。
そして一気に飲み干すと喉を焼きながら胃の腑に落ちて行った。
そして空になったグラスを裏返してテーブルに置いた。
俺のその行為をじっと見ていたあおいちゃんもグラスを1つ手に取ると、同じように一気に飲み干して、手に持ったグラスを裏返してテーブルに置いた。
もう何杯目なのか忘れたが、目の前のあおいちゃんは何故だか涼しげな顔だ。
何かがおかしい。
あれ、あおいちゃんの体が横になって・・・
そして俺は意識を失った。
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