7-5 未来を託す者
リングダールは北の町メグダンに来ていた。
この町から北にあるハンゼルカ伯国に通じる道があるのだ。
そして入国するための許可を待っているのだ。
死霊術師の討伐に失敗した後、猊下とル・ペルテュのメンバーが集まり緊急会議が開かれ今後の国の行く末について話し合われた。
後で判明したのだが、あの黒い霧を吸い込んだ人達は途端に息が出来なくなり窒息してしまうのだ。
そしてその骸は全てアンデッドになっていった。
そのため敵の数は増える一方で、こちらはどんどん戦力が低下していった。
黒霧を風魔法で吹き飛ばして薄めようと試みたが、比重が重い霧は吹き飛ばずかえって周囲に拡散するのを助ける始末で、結局サン・ケノアノール全体を覆う事になってしまったのだ。
こうなるともう生者が生存できる環境ではなくなってしまい、教都を放棄するしか無かったのだ。
このままでは国ごと持っていかれてしまうので、何とか手は無いかと激論を交わしたのだが、有効な手立ては出てこなかった。
堂々巡りをする会議を眺めながらリングダールは、猊下に教えてもらったあの赤色魔法の事を考えていた。
魔法発動には膨大な魔力が必要で誰も使えないと言われるが、あの雌エルフなら使えるんじゃないだろうか?
リングダールは大教皇の前で跪いた。
「うん、どうしたリングダール?」
「猊下、私から提案してもよろしいでしょうか?」
「言ってみたまえ」
「は、ありがとうございます。教都を覆う黒い霧を消し不浄なる者達を一掃するには、豊穣なる大地形成という大魔法を使うしか方法が無いと愚考致します」
リングダールがそう提案すると、直ぐ周りからそれをあざ笑う声が聞こえてきた。
「馬鹿か、そんな実現性の欠片もない夢物語を語ってどうする」
「そうだ。一体誰がその魔法を使えると言うのだ?」
「もっと、実効性のある事は言えないのか?」
リングダールは、ル・ペルテュのメンバーを無視して猊下の瞳を真っすぐ見つめていた。
「猊下、私達は、その魔法が使える者をパルラという町で目撃しています」
リングダールのその言葉を聞いたドートリッシュが立ち上がった。
「馬鹿な、ジュビエーヌが我々に協力してくれると思っているのか?」
「いや、待て、それなら我が国に入国した際、獅子の慟哭を奪えってしまえば我が国は安泰ではないか」
「おお、それは良い考えだな」
軍事局のベルグラン卿がそう言ったところで、リングダールは首を振った。
「皆さんが思い付く事を公国側が気が付かないとでも? ジュビエーヌ殿は絶対に我が国には来てくれないでしょう」
「では、どうするというのだ? 他に赤色魔法が使える者がいるとでも?」
リングダールはそれには答えず、猊下の顔を真っすぐ見ると恐れ多くも質問を行った。
「猊下は、20発もの岩石弾を弾きながら、同時に百人の魔法騎士の攻撃を退けられますか?」
「無理だな」
「私は、それを実行した者をパルラの町で見ています。その者なら魔宝石や長い詠唱をかけ合わせれば、赤色魔法が使えるのではないかと考えております」
するとパルラで自分の経歴を貶められたベルグラン卿が、反対の声を上げた。
「リングダール殿、パルラでの屈辱を忘れたのか? それに亜人にいらぬ力を与えるなど考えられん」
「では、このまま教国が死者の国になるのを甘んじて受け入れるのか? もはやあの雌エルフに頼るしか方法は無いのだぞ」
リングダールはそう言ってベルグラン卿を黙らせると、視線を猊下に戻して返事を待った。
猊下は俺の瞳を見返していたが、やがてゆっくり頷いた。
「それしか方法はなさそうだな。ロヴァルの魔法使いに協力してもらうには、事前準備が必要だ。チェスターフィールド卿、公国と和議を結ぶ方法を検討せよ。それとそのエルフにどうやって協力を取り付けるのだ?」
「それならドートリッシュ卿が情報を持っていると思います」
すると猊下に視線に気づいたドートリッシュが報告を始めた。
「話題のエルフは名をユニス・アイ・ガーネットと言い、今はロヴァル公国の序列第3位の貴族になっております。領地はパルラの町だけで、そこでは約5百人の人と獣人が共生しています」
「共生?」
「はい、かの地の傍に潜入している諜報員の報告では、多少の反目はあるようですが、争うこともなく普通に生活しているそうです。そして町には魔素水と甘味大根それにミード酒という輸出品があり、町には住民を対象とした娯楽もあるそうです」
力を持ち、金も持っている相手が欲しがる物は何か?
「相手が雄なら女といったところでしょうが、雌なので情報といったところでしょう」
猊下は情報というと言葉に片眉を上げた。
「それは禁書庫の事を言っているのか?」
「はい」
「膨大な魔力量を持つ魔法使いに、これ以上魔法の知識を教えるのは危険ではないのか?」
「あの記述が本当なら、赤色魔法を習得するには特別な魔法書が必要なはずです。あの場所に連れて行けば、魔法書を見つけるための条件が分かるかもしれません」
「つまり、内容を知られても魔法書の在りかが分からなければ使えないと?」
「はい、そうではないかと」
話が纏まりそうになったところで、待ったをかけたのはドートリッシュだった。
「リングダール殿、仮にそのエルフに力を与えて、我が国に害を及ぼす恐れが出た場合はどうするのだ?」
「その時は・・・私が始末いたします」
「一度負けているではないか」
「後ろから不意打ちなら」
それは名誉ある騎士としては侮蔑に値する行為だったが、国の為となれば汚名を着るのも甘んじて受けるつもりだった。
「分かった。ではそのように」
ル・ペルテュのメンバーは猊下の裁断が下ったので、今度はロヴァルとの関係正常化に関して話し合いが行われた。
そして出された案は、ハンゼルカ伯国に仲裁を依頼するというものだった。
ハンゼルカ伯国は、バンダールシア大帝国が崩壊した後、4人の英雄が帝国を4つに分割統治する事を良しとしなかった4人の貴族が独立した国の1つだ。
国王となったアスベカ伯爵は自領がちょうど教国、帝国そして公国と国境を接する地の利を生かして、商人達を優遇することで自国を商業国として発展させていた。
現国王のルミール・アスベカは、帝国、教国、公国の間をうまく立ち回り、自国を経由する流通量を増やして国を富ました有能な男だった。
当然、各国の重鎮とも太いパイプを持っていることから、仲介を依頼するには最適な男だった。
だがルミール・アスベカは、自分が有利な立場になると途端に尊大な態度をとる男でもあるので、こちらの願いをすんなり聞いてくれるとも思えなかった。
そこで以前公国と帝国のディース教徒がサン・ケノアノールを訪れる際、同国を経由させることで金を落とすように取り計らってやった恩を返してもらう事になった。
そうは言ってもお土産が何もないという訳にもいかないので、統括・内政担当のチェスターフィールド卿が、公国と国交正常化した後で同国との交易品をハンゼルカ伯国経由とし粗利を上乗せする事を黙認する事にしたのだ。
それにこの国には、公国のオルランディ公爵家の息がかかった商人の館もあるのだ。
ハンゼルカ伯国に入国許可を申請して待つこと数日、ようやくその許可が下りた。
リングダールは教国の未来のため、何が何でもあの雌エルフから協力を得るつもりだった。
そしてハンゼルカ伯国を馬車で揺られながら、あの雌エルフが何に興味を持つのか、食べ物の好みは何か、困り事はあるのか等を考えていると、次第にその対象に深い興味が湧いてくるのだった。




