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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第7章 アイテールの黒い霧
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7-1 事件の始まり

 

 夜空から落下した光の玉は、大聖堂に向かって光の尾を引きながら落下していくとそのまま地下まで潜り、人骨が保管してある収納箱の中に入っていった。


 光の玉は肋骨の中に納まると一瞬骨全体が淡く光り、そして頭蓋骨の空虚な眼窩の奥に赤い炎が宿った。



 アイテール大教国の教都サン・ケノアノールでその夜、夜更かしをしていた人々は、暗い空にまぶしい光が現れそのままディース教大聖堂に向かって落下していくのを目撃していた。


 翌朝、昨晩の光を目撃した信心深い信者達は、落下地点と思われる大聖堂に集まってきていた。


 そして口々に「神が降臨した」と言っては大聖堂にむけて祈りを捧げたのだ。


 それを事情が呑み込めていない当直の司祭が朝の礼拝だと勘違いし、信者達に聖杯の中の聖水を振りかけながら祝福を与えていた。


 +++++


 弱70を超え髪の毛もすっかり白くなったヘルゲ・ベッグは、老人特有の朝の早さで集まった信者達を避けながら自分の職場である大聖堂地下1階に向かうため、大きく迂回していた。


 教都サン・ケノアノールの中央に位置する大聖堂はディース教の総本山であり、かつ政治の中枢でもあった。


 大聖堂の1階は表の部分であり、信者が礼拝を行う正面の礼拝殿や政治を行う大聖院、各政府庁舎や大聖堂の管理棟等があり、そして奥には大教皇ミリオン・アイテールの住まう正殿があった。


 そんな華やかな表の部分とは違い、ヘルゲ・ベッグの職場がある大聖堂地下1階はディース教の裏の部分に分類されていた。


 そこには政治犯を収容する牢や拷問部屋があり、ヘルゲ・ベッグの職場である研究所もあった。


 研究所では自白剤や信者を陶酔させる薬の他、アイテール一族の呪いの研究も行われていた。


 そして今はもっと重要な物も置かれていた。


 地下に降りる階段は管理棟にあるので、そこから手摺に掴まって1段ずつ慎重に降りて行った。


「全く、老人に階段は厳しいわい。早く魔法による昇降機を作って欲しいものだ」


 ヘルゲ・ベッグは痛む膝をさすりながら、自分の職場である研究室に歩いて行った。


 研究室に朝一番に出勤すると、彼の最初の仕事は研究室内に何か異常が無いか、無くなっている物はないかを確かめることから始まる。


 ここには研究に必要な危険物が沢山保管されているので、それらが外に漏れると一大事になるのだ。


 一連の手順で備品のチェックを終えると、今度はドワーフに特別に作ってもらった中が見える透明な収納箱を調べることにした。


 この中には先のロヴァル騒動の時、王墓から強奪した女狐の骨が入っているのだ。


 ロヴァル公国からは骨の返還要求が来ているようだが、教国はそれを無視していた。


 そして外交・諜報局から女狐の長寿の秘訣を探るよう命じられて、ここで研究しているのだ。


「ほっほっ、今日も女狐の骨に異常は・・・うん?」


 ヘルゲ・ベッグは毎朝見る女狐の骨が何時もと違うような気がして、再度見直した。


 だが先ほど感じた違和感は今は無くなっており、自分の勘違いだったかと首をかしげた。


「気のせいか、年を取ると何かと細かい事が気になって仕方がないなあ」


 そう独り言を言うと、自分の執務机に座り本日の調査結果を書き記し研究資料に目を通していった。


 ヘルゲ・ベッグは収納箱に背を向けていたので、その透明な蓋が開き、中から骸骨が上体を起こし自分を見つめるその何もない眼窩に、炎が宿っている事に気づいていなかった。


 +++++


 大教皇ミリオン・アイテールを守護する親衛隊隊長アンブロシウス・リングダールは、大聖堂奥にある正殿で昨晩空が光り、何かがこの大聖堂に落下したのを目撃していた。


 そして猊下への攻撃を警戒し、親衛隊に非常呼集をかけ警備を厳重にしていた。


 夜が明けて昨晩の光を見た信者達が集まりだすと、情報収集のため偵察班を編成して周囲の警戒を行わせていた。


 その偵察班から徐々に報告が入ってきていた。


 それによると大聖堂1階に異常は無く、礼拝殿では当直の司祭が信者の対応をしているということだった。


 残ったのは大聖堂地下だ。


 地下1階は外交・諜報担当のドートリッシュの管轄だが、地下2階から地下5階までのカタコンベはリングダールの管轄だった。


 リングダールはカタコンベの調査を行うため、親衛隊を4つの班に分けると、各隊に聖水に浸した対アンデッド用の剣であるホネキリを渡していった。


 そして出発しようかというところで、大聖院から使いがやってきた。


「リングダール殿、昨夜の光の件で大聖堂地下の調査を行うことになりました。つきましては、その相談のためル・ペルテュまでお越し願いたい」


 どうやらドートリッシュも懸念しているようだ。


 偵察班に待機を命じると、大聖院にある最高意思決定機関ル・ペルテュに向かった。


 そこには既に各部門の長である枢機卿が待ち構えていた。


 リングダールは、中央の椅子に座る統括・内政局のチェスターフィールド卿に軽く会釈をすると空いている席に座った。


「全員揃ったようだな。それでは始めようか」


 チェスターフィールド卿の開始の合図に従い、早速口を開いたのは外交・諜報担当のドートリッシュだった。


「それでは私から」


 そういうと手元の書類を見ながら説明を始めた。


 それによると昨晩現れた光は、間違いなくこの大聖堂に落下したようだ。


 ドートリッシュも夜が明けると直ぐに大聖堂に異常が無いか調べたようで、奥の院以外異常が無いことを確かめていたようだ。


「という訳で、奥の院以外の建物の調査は終わっております」


 そういうとドートリッシュは俺の方に顔を向けた。


「リングダール殿、奥の院はどうですかな?」

「何も異常は無かった。実は、これからカタコンベへの調査を行おうと思っていたところだ」


 俺がそう言うとドートリッシュは満足そうに頷いた。


「流石ですな。私の方でも地下1階を調査する準備が整っております。それではお互い調査を始めましょうか」

「その前に一つ聞きたい」


 そういったのは布教局のロージェル卿だった。


 ロージェルは自身も治癒魔法使いで、40代とは思えないほどほっそりとした体形をしたパイプ煙草と酒をこよなく愛する女性だ。


 どうしてこんな不信心な人物が布教局のトップになっているのか、不思議で仕方がなかった。


「大聖堂地下を調査している間、私達は避難していた方がいいのでしょうか?」

「それには及びません。それにただの調査です。そこまで大げさな事をしなくても良いでしょう」


 ドートリッシュがそう答えたところで、廊下が騒がしくなっていた。


 チェスターフィールド卿が頷くと警備をしていた兵が様子を見ようと扉を開けると、何者かに弾き飛ばされていた。


 いったい何が起きているのかと見つめていると、顔色が悪い白髪の老人が入ってきた。


 その姿を見たドートリッシュが椅子から立ち上がり、大声を張り上げていた。


「ベッグ、此処はお前が来られるような場所じゃない。とっとと持ち場に帰れ」


 だが叱責されたベッグという男は、まるで意に介さないかのように前に進み、部屋の中まで入ったところで口を開いた。


「女狐が」


 そこまで言うと口の中からドロドロに溶けた汚物が噴き出してきて、先を続けることができなくなっていた。


 周囲に広がる悪臭に周りから嗚咽する声が聞こえてくる中、常日頃からアンデッド退治を行っているリングダールの鼻には、それが死臭だと直ぐに分かった。


 目の前の男がアンデッドになった事を理解すると、腰に下げたホネキリを抜き放つと、その気の毒な男の首を刎ねた。


 首を失った体は、ドロドロに溶けて黒い霧となり蒸発していった。


「ドートリッシュ殿、大聖堂から人を避難させた方がよいぞ。それから地下のカタコンベへの調査が最優先になったと思う」


 リングダールはそういうと、準備万端で待機している自分の部下のところに走っていった。


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