6―20 舞踏会
建国祭もようやく最終日となった。
俺の踊りの技術は一応帝国のお貴族様から合格点を貰っているが、それが合格点ギリギリという意味なのは分かっていた。
そこでふっと考えたのが、女性達に囲まれていれば踊りに誘われないのではないかという事だ。
この世界の女性達はより白くを目指していて、色を付けるのは口紅位なのだ。
どうせエルフというただでさえ目立つ存在なのだ、化粧をして少しくらい派手になっても大した違いはないだろう。
それよりもその姿を見て女性達が興味を示して話しかけてくれれば、踊らずに済むんじゃないだろうか?
そう思うと色々とアイデアが浮かんできた。
そこで獣人の戦化粧が爪に塗れるのか試してみることにした。
ジゼルと一緒に爪に色を塗ってみた。
うん、いけそうだ。
今日のドレスは銀白色なので、色を付ければそれが強調されるだろう。
そこで淡い青色で爪を塗り、同じように唇とそれと瞼と眉の間にも同じ色を入れてみた。
そんな事をしていると、扉がノックされジュビエーヌが入って来た。
そして俺の顔と爪を見て驚いていた。
「それはエルフの伝統か何かなの?」
顔だけなら獣人の戦化粧で通りそうだが、爪まで染めていると説明が難しいな。
ここはジュビエーヌの誤解に乗っかった方が良さそうだ。
「ええ、そうよ」
「ふうん、公国ではいかに白く見せるかを競っているのに、でも、顔が引き立つというか元がいいからなのか、とてもきれいになるわね」
おお、流石ジュビエーヌ、分かってらっしゃる。
「そうでしょう。ジュビエーヌもやってみる?」
その余計な一言で、後はジゼルを入れて大変な事態になった。
美を追い求める女性達の執念は、実に恐ろしいものがあるのだ。
そもそも獣人用の戦化粧が人間の肌に合うのかという心配もあったが、どうやら2人の会話を聞いているとそんな心配もなさそうだった。
延々と続きそうな状況を何とかしようと話題を変えてみた。
「ねえジュビエーヌ、何か用事があったんじゃないの?」
「あ、そうそう、今日は私と一緒に会場に入るわよ」
「そうなの」
「ええ、その後は、シュレンドルフ侯爵に頼んでおいたからね」
「侯爵に?」
「ええ、マーラから聞いたわよ。貴族達から山のように招待状が来たって。侯爵夫妻にはそんな貴族達からユニスを守る盾になってもらったの」
ああ、それは助かります。
そしてジュビエーヌに聞いた話では、会場入りは混乱を避けるため、位の低い貴族から先に入るのだそうだ。
俺はジュビエーヌと一緒という事なので、必然的に一番最後のようだ。
舞踏会は離宮ではなくアドゥーグ1階の大広間になるらしい。
今日のジュビエーヌは、赤色のドレスに、首周りには大粒の宝石を付けたネックレスを付けていた。
そして化粧をした顔や爪は、そのままだった。
ジュビエーヌから宝石を貸そうかと言われたが、今でも十分目立っているので丁重にお断りしておいた。
近衛兵の護衛に守られながら、俺とジュビエーヌは舞踏会の会場に向かった。
そして入口の扉を守る兵士が踵を合わせて敬礼すると、それに合わせて会場内では陛下が到着された事が告げられた。
舞踏会の会場にはジュビエーヌが先に入り、俺はその後ろについて行った。
ジュビエーヌが会場に入ると、集まっていた貴族達から一斉に拍手が起こった。
そして当然のことながら全ての注目がジュビエーヌに集まったので、俺はすんなり会場入りすることができた。
貴族達は皆、ジュビエーヌへの挨拶のため並んでいたので、俺はその隙にシュレンドルフ侯爵を探そうとすると、向こうの方からこちらに来てくれた。
「ガーネット卿、今日はまた一段とお美しいですな。これが妻のアニェーゼ、そしてこっちが3女のコルネーリアです」
そしてお互いの挨拶が終わると、先程からじっと俺の顔をガン見していたコルネーリアが話しかけてきた。
「ガーネット様、その、お顔が汚れておりますわよ」
その発言に侯爵夫妻が固まった。
成程、パルラでの風呂の時と同じで、馴染みが無いとこういった反応になるんだな。
その割には、ジュビエーヌはあっさりと受け入れたな? 何が違うんだ?
「えっと、これは化粧という物ですよ。こうやって顔に色を付けることでより美しさを引き立たせるのです」
「化粧とは白粉とは違うのですね。でも、そう言われると、美しさが引き立っているような気がしてきました」
お、これは、ジュビエーヌに次ぐ2人目の理解者になりそうだな。
「コルネーリア様も試してみますか?」
「え、いいんですか? それでは今度我が家の晩餐会に来られた時にでも」
え、あ、そうか、そういえば招待状が来ていたな。
「ええ、分かりました」
やがて部屋の中に控えていた楽団が音を出すと、参加者の注目が正面の一段高い位置に立つジュビエーヌに集まった。
ジュビエーヌは一同を見回した後、片手を挙げて舞踏会の開催を宣言した。
それに合わせて楽団が最初の曲を奏で始めると、待機していた男女が一斉に踊りだした。
俺の周りにはダンスに誘おうと男達が集まって来ていたが、侯爵家という鉄壁のガードを崩せず手が出せないようだ。
それはさしずめ、柵に守られた羊とそれを外から付け狙う狼達と言った感じだ。
会場で踊りを楽しむ男女は、皆自分より遥かに上手そうに見えた。
そして舞踏会が始まってから既に数曲が終わった所で、侯爵が俺に声をかけてきた。
「ガーネット卿、どうやら踊らないでは済まされないようです。よろしければ私がお相手いたしましょう」
そう言われて周りを見ると、俺に声をかけようと待ち構えている男達が減らないどころか増えていた。
女性達は男達の視線が俺の方に向いている事が不満なのか、口元を隠して非難めいた視線を投げてきていた。
この場から逃れるには、侯爵に相手をしてもらった方が良さそうだ。
「喜んで、お願いします」
そして侯爵に手を取られて踊っている人たちの輪の中に入ると、侯爵にリードされて踊り始めた。
踊り始めてしばらくすると、何故か周りの人達が踊りを止めて俺達に場所を空けるので、広いホールで踊っているのは俺達だけになっていた。
なんでだよ。
これじゃ目立ちまくりじゃないか。
そして曲が終わるまでの永遠と思われる時間を、恥ずかしい思いで踊っていた。
うん、俺が侯爵の足を踏むって? 大丈夫、ちゃんと魔法をかけて浮いているから、たとえ足が重なったとしても踏んだりしないのだ。
やっと曲が終わると次に誘おうとやって来る男達をすり抜けて、誰も声をかけられないという聖域、食事テーブルに向かったのだ。
俺が行く先には、青い顔で俯くスクウィッツアート女男爵と高圧的な態度で見下ろす太った男が居た。
それは空気を読まないナンパ男と、それに困り果てている被害女性にしか見えなかった。
そしてその太った男は、建国祭初日に俺の手を掴んできた無礼者だった。
ここは救出してやるのが、紳士ってもんだよな。
いや、俺の外見は女だが。
「見つけましたよ。スクウィッツアート女男爵様、先日申し出があった件で少しお話があります。えっと、アリッキ伯爵でしたか、ちょっと男爵をお借りしますね」
「アニス、あ、いや、ガーネット卿、お会いできて光栄です。いかがでしょうか、私と一曲踊って頂くというのは?」
「あら、お誘い頂けて嬉しいのですが、既に殿方達からも沢山お誘いを頂いて困っておりますの。全部をお受けできないので、皆さんお断りしているのです」
「え、そうなのですか?」
「ええ、ちょっと昨日目立ちすぎてしまったようです。オホホホ。では失礼しますわね」
そういうと男爵の手を掴んで食事が置いてあるテーブルに引っ張っていった。
「困っているように見えたので手助けしましたが、迷惑でしたか?」
「あ、いえ、助かりました。ありがとうございます」
そう言って女男爵は俺に笑顔を見せてくれたが、その顔には深い懸念が刻まれていた。
女性が困った顔をしているのだ。
ここは男として何とかしてあげたくなるのは仕方がないよな。
「何か困っているのですね。話すだけでも気持ちが軽くなると思いますよ」




