6―16 弾劾裁判2
伯爵は手に持った銀貨を裁判官の席まで持ってきて、証拠品として提出した。
裁判官は提出された銀貨をじっくり観察してから疑問を口にした。
「この10という数字は何ですか?」
「それはロヴァル銀貨10枚分という意味だそうです」
「なんと、硬貨の価値は、それに含まれる金や銀の量で決まるはず。これはそれを無視しているという事ですか?」
「そうなのです裁判官、こんなふざけた硬貨があっていいはずがない。しかもその偽銀貨には銀は全く含まれていないのです」
「なんですと、それは真ですか?」
「錬金術師に確かめさせましたので間違いありません」
「なんと、そんなまがい物が市中にあふれかえれば大混乱になりますぞ」
裁判官が驚くと、傍聴していた貴族達も騒ぎ出していた。
「裁判官、偽銀貨の裏を見てください」
そう言われた裁判官が掌に載せている硬貨を裏返した。
「えっと、パルラげ」
「そうです。その偽銀貨には、辺境伯がこの犯罪を行ったという明白な証拠が刻印されているのです」
裁判官が「限定」という刻印を読もうとしたところで、伯爵がそれを遮った。
「パルラ辺境伯様、本当にこれを造られたのですか?」
裁判官がこちらを見てくる目には強い懸念の色があった。
「ええ、それは認めます。ですが、それが何故パルラの外にあるのかが分かりません」
「それはどういう意味ですか?」
「その硬貨にパルラ限定と刻印されているでしょう」
俺がそう言うと裁判官は頷いた。
「確かにそうですね」
「それはパルラから外に出ちゃいけない物なのです」
「そんな事はどうでもいいのです。問題はそれが実在していて、辺境伯が偽硬貨を造った、という事実が重要なのです」
俺と裁判官との会話を妨害したのは伯爵だった。
大きな声で俺たちの会話を遮ると、得意そうな顔でそう言った。
俺はそんな伯爵に質問をしてみた。
「ええっと、マッツァクラーティ伯爵、この銀貨をどこで手に入れたのですか?」
「そんな事は問題じゃない」
「いえ、その硬貨にパルラ限定と刻印されているのは、パルラでしか使えないからです。パルラに訪れた人達は、南門で手持ちのロヴァル硬貨をそのパルラ硬貨に交換するのですが、パルラを出る時にはロヴァル硬貨に戻しているのです。この硬貨がパルラの外では使えない事を知っているので皆さん正直に交換に応じているのですよ。そんな物がどうして今裁判官の手元にあるのかが不思議でならないのです」
それを聞いた伯爵は直ぐに顔が真っ赤になっていた。
「辺境伯、私がそれを盗んだと言っているのですかな?」
「いえ、そこまではっきりとは言いませんが、パルラでしか価値が無い物を一体誰が持ち出したのかと思いまして」
伯爵は、持ち出し厳禁と言われている物を意図的に持ち出したのかという指摘に、眉を顰めたが、自分が有利だとの確信があるようでその秘密を開示してくれた。
「分かりました。辺境伯がそこまで言うなら教えて差し上げましょう。これを入手したのはパルラに見学旅行に行った学生です。直接露店の店主から入手したそうです」
それを聞いた傍聴者達が一斉に騒ぎ出した。
聞き取れる言葉は「これで明白だな」とか「明らかに犯罪行為だ」とかだった。
やれやれ、ジュビエーヌの依頼で学生をパルラに入れたが、とんだトラブルメーカーが居たようだ。
そもそも学生達には無料カードを渡していたので、パルラにいる間の飲食は無料だったはずなのに、どうしてそんなことをするのだろう?
「本件における辺境伯の犯罪行為は明白になりました。それではこの件は正式な裁判で審議することにします」
「ちょっと待ってください」
裁判官が本件を終了しようとしたところで、俺は待ったをかけた。
そして地域通貨やロヴァル金貨との兌換性を訴えてみたらどうなるか考えてみた。
地球では地域通貨や外国為替等はお馴染みだが、この世界ではそうでもないのだ。
そして浴場文化が無いこの世界で、浴場の事を言った時のジゼルや彩花宝飾店の店員だったマウラ・ピンツァの反応で分かるように、斜め上の解釈をされそうだ。
すると、やはりあの手でいくか。
「裁判官、その前に1つ確かめて欲しい事項があるのですが」
「何ですか?」
裁判官の声色は、既にとげとげしいものに変わっていた。
「パルラという場所が、どのような場所として登録されているのかです」
「そんなの町いや、村に決まっているでしょう?」
「それを確かめてください」
俺が念を押すと裁判官は渋々といった感じで傍にいた事務官に頷くと、命令を受けた事務官が急ぎ足で奥の部屋に入っていった。
そしてしばらくして事務官が書類を持って現れると、該当箇所を開いて裁判官に指をさしていた。
「うん、要塞?」
「裁判官、ちゃんと皆さんに分かるように説明してもらえますか?」
「ああ、これは失礼しました。パルラという場所は、町では無く要塞として登録されています」
裁判官はちょっと不思議そうな顔だったが、周りの貴族達は「それがどうしたと言うのだ」と囁いていた。
「私もロヴァル公国の法律にはあまり詳しくはないのですが、それでもこれだけは分かります」
そう言って周囲を見回してから続きを話した。
「パルラは正式には軍事施設です。よって、私は軍事施設の司令官という事になります。そして公国法では軍事施設における司令官の権限範囲には、兵士の士気を向上させるための行為も含まれています」
「それがなんだというのだ?」
伯爵が憮然とした顔でそう言ってきた。
「パルラには兵士の士気を高めるための娯楽施設があります。それは闘技場だったり、カジノだったりします。そして、カジノがあれば当然ながらそこで使うチップもあるわけです。
「チップ、だと?」
「ええ、そうです。今、裁判官が手に持っているのはカジノで使っているチップです。チップだから銀で作っていない理由になるし、そしてパルラでしか使わないからパルラ限定と刻印しているのです。お分かりですか、は、く、しゃ、く」
「な」
俺がそうちょっと小馬鹿にするように伯爵を音節を区切って発音すると、伯爵は顔を真っ赤にして怒りだした。
そんな何回も血圧を上げたら、血管が切れてしまいますよ。
「そしてそのカジノで使うチップを、勝手に持ち出す事は問題ですよね。裁判官」
「た、確かにそうですね」
「そして合法的な活動をしている私に、こんな言いがかりを付けている伯爵には侮辱罪とかが適用されるのでは?」
「いえ、内務局はこのような貴族の行動についてチェックする権限がありますので、そこまでは難しいかと」
まあ、俺の事をお咎め無しにしてくれるなら、見逃してあげるけどね。
「ちょっと待て、いや、待ってくれ。その偽ぎ・・・チップは町中の露店で手に入れたと言っていたぞ。カジノではない場所だ。それはなんと説明するのだ?」
伯爵はどうしてもこれを偽銀貨と言いたいらしいが、俺が睨むとチップと言い換えた。
「だから先ほどからパルラに入城する人は門のところでロヴァル硬貨から交換すると説明しているでしょう。町全体がカジノなんだから、中で使うお金は全てチップなのです。そして町から出る、つまりカジノから出る時にチップをロヴァル硬貨に戻すのです。これ、常識ですね」
「な、ななな、町全体がカジノだというのか?」
「そうですよ。カジノは賭け事だけじゃなく、喉が渇けば飲酒コーナーもあるし、お腹が空けば食事をする場所も、休憩したいならそう言った場所もあるのです。それらを全部含めてこのチップが使えるのですから、町全体がカジノと言えるでしょう」
米国のラスベガスではホテルの中にカジノや遊園地もあるのだ。生活に必要な物が全てそろっていても、何ら不思議じゃないだろう。
伯爵は俺の答えにぐうの音も出ないようだ。
そして俺はこの不毛な議論に飽きたので裁判官を見た。
目が合った裁判官も、俺の意図に直ぐに気が付いたようだ。
「辺境伯様の行動は完全に合法です。従いまして本件も不起訴といたします。これで内務のマッツァクラーティ伯爵から提示された案件全ての予備審問を終了といたします」
裁判官は広げていた書類を閉じると、席から立ち上がった。
そして俺の方に軽く頭を下げるとそのまま法廷から出て行った。
マッツァクラーティ伯爵は持ってきた書類をかき集めると、慌てて裁判官の後を追いかけて行った。
残された俺も帰ろうとすると、それまで傍聴していた貴族たちがこちらに寄って来たのだ。
「えっと、パルラ辺境伯様、その、パルラにはどのような娯楽があるのですかな?」
「そうそう、私もそれを伺いたかったのですが、闘技場ではどのような物が提供されているのですかな?」
「カジノとは具体的にはどういった種類の物があるのですかな?」
「私も遊びに行ってよろしいですかな?」
どうやらこの世界のお貴族様は、娯楽に飢えているようだ。
道理でドーマー辺境伯がパルラの館に大金を保管していたわけだ。
俺がそんな貴族達にパルラのすばらしさを教えようとしたところで、貴族達の輪の間から伸びてきた腕が俺の魔力障壁に当たった。
何だろうとそちらを見ると、その手にはナイフが握られていた。
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