6―15 弾劾裁判1
入って来た貴族がそう言った後で、後ろにいた金色の帯付きの白い法衣を纏った白髪白髭の老人が口を開いた。
「そもそも2等裁判官に貴族を裁く権限はないだろう。反乱に加担したアディノルフィ商会の損害賠償を辺境伯様に求めることには無理がある。茶番を止めて場所を空けなさい」
あの裁判官、俺のことを辺境伯と呼ばなかったのにはそう言った裏があったのか。
公国の常識に疎い俺なら騙せると思ったのだろう。
それにしても「前座」といったよな。
ということは、いきなり弾劾に呼び出せば俺が応じないと思い、アディノルフィ商会の損害賠償という身に覚えがある案件を用意したという事か。
全く芸が細かいねえ。
1等裁判官と貴族達に押されてアディノルフィ商会の関係者と2等裁判官は、バツが悪そうにそそくさと法廷から出て行った。
「それではプルヴィレンティ1等裁判官、よろしくお願いします」
「分かりました。それでは予備審問を始めましょう。私は1等裁判官プルヴィレンティ、内務局のマッツァクラーティ伯爵、罪状が3つあるそうですが内容を開示してください」
裁判官がそう促すと、書類を丸めて帯封をした束の1つを紐解いた。
「はい、では1つ目ですが、辺境伯の職務怠慢疑惑です。公国で唯一となる辺境伯家の存在理由は、ヴァルツホルム大森林地帯から出てくる魔物の討伐です。ですが、その義務を忘れヴァルツホルム大森林地帯の魔物を他領に押し付けているようなのです」
そこで一旦言葉を切った伯爵は、周りを見回して傍聴人達が理解していることを確かめてから話を続けた。
「これは旧ドーマー辺境伯領の東側の隣領であるアレマン男爵領に出没する魔物が、最近増えている事で証明されております。男爵領では魔物討伐にかかる費用が倍になったそうですね。アレマン男爵?」
原告が傍聴席に向かってそう尋ねると、1人の髭面の男が前に出てきてそれを肯定した。
「はい、我が領ではドーマー辺境伯領があった頃に比べ、魔物被害が増えており、それに伴う討伐費用も倍になっています」
「ドーマー辺境伯はヴァルツホルム大森林地帯の魔物討伐に力を入れておりましたが、最近パルラに行ったという人物の話ではパルラでは魔物の被害が全く無いと言っておりました。これは辺境伯が他領に魔物を押し付けていることを示す明確な証拠だと思われます」
「辺境伯、反論はありますか?」
そう言って裁判官が俺に発言を求めてきた。
「私のところでは肉の調達のため、大森林地帯に入って魔物討伐を行っています。結構な頻度で行っているので、ひょっとしたら魔物が逃げ出したのかもしれませんね」
俺がそう反論すると直ぐに伯爵が口を開いた。
「辺境伯は魔物を討伐していると言っていますが、パルラにはたかだか5百人の領民しかいないはず。それでどれだけの討伐が行えるというのですかな?」
伯爵は、こちらをあからさまに見下すような眼をしていた。
「パルラには、闘技場で剣闘士をしていた獣人達が居ます。彼らは皆一騎当千の強者です。とっても頼りになるんですよ」
それを聞いた裁判官がちょっと困惑した顔になっていた。
「すると辺境伯様は、自分達も魔物の討伐をしており、魔物を他領には押し付けていないと主張するのですね?」
「ええ、そうです。そもそも本能で行動する魔物を、どうやって誘導するというのです? 私が魔物を誘導しているという明確な証拠がないのなら、憶測で言いがかりを付けるのは止めてもらいたいですね」
「辺境伯は、義務は果たしているし、そもそも魔物の行動を制御等出来ないと言っておりますが、伯爵他に証拠はありますか?」
裁判官のその問いかけに伯爵は渋い顔をしていたが、それ以上の証拠の提示はなかった。
「それではこの件は証拠不十分で不起訴とします。次の案件をお願いします」
どうやらこの件はこれ以上追及されないようだ。
「はい、それでは2つ目です。先の騒動で領内を荒らされ食料不足に陥った領では、陛下の復興令に従い領民を食べさせるため懸命に努力を続けています。酷い領では餓死者も出ているという状況において、小麦等を促成栽培できる魔素水は、まさに命の水と呼べる物でしょう」
そこで一旦口を閉じた伯爵は、こちらをちらりと見てきた。
「そんな領主達の努力をあざ笑うかの如く、辺境伯は公都で貴族達の足元を見て魔素水を法外な値段で売り付けているのです。こんな事が許されて良いはずがないし、陛下の復興令に反する行為です」
伯爵がそう言うと、傍聴していた貴族達がそれに同意するように声を上げていた。
「そうだ。領民が腹を空かせ、明日の糧も困っているというのに、こんな事が許されるはずがない」
魔素水とは、魔力を含んだ水だ。
俺は魔素水泉から汲んでいるが、人工的に作ることも可能なはずだ。
「魔素水なら、魔法使いに作らせればいいでしょう? 貴方達の領軍には魔法使いはいないのですか?」
俺がそう指摘するとそれまでこちらを見下していた男達は、皆渋い顔になっていた。
パルラにやって来た学生の中に魔法科の生徒もいたが、領軍にはそれほど採用されていないのかもしれないな。
「高位魔法使いの辺境伯なら大量の魔素水を生み出せるのでしょうが、我々にはそんな能力は無いのです。こうしている間にも食べる物が無い領民は空腹を抱えているというのに、辺境伯はそれを承知で我々の足元を見ているのです。魔素水を生産出来ないと分かっているから高額で売りつけているのです」
そんなことを言う貴方達は、ずいぶんと血色が良い肥えた体付をしているじゃないか。
貴方達が普段からもっと領民の事を思っていれば、そのような窮状には陥らないのではないのか?
それにダラムに卸している魔素水は適正価格のはずだ。
「需要が高く、それに生産が追い付いていないのなら、値段が上がっても仕方がないですよね?」
俺がそう指摘すると、伯爵は我が意を得たりといった感じでニヤリと笑った。
「聞くところによると、パルラではこんな貴重な魔素水を湯あみというただの娯楽に、文字通り湯水のように使っていると聞きましたぞ。態と供給を絞って我々に法外な値段で売っている明確な証拠です」
「なんと、それはとんでもないですな。私共は公都で1樽80万ルシアで買ったのですぞ」
え、嘘だろう。
ダラムの商業ギルドに卸している金額は8万ルシアだぞ。
ダラムから公都まで運搬する費用が掛かるといっても、法外な値段じゃないのか?
「パルラには人間も居るようですが、地位は獣人よりも下という噂もあります。辺境伯はそうやって人間達から搾り取った金で、この国での亜人と人間の地位を逆転させるつもりだと考えられますぞ」
それはちょっと飛躍しすぎだろう。
「おお、だから我らが困っているのを知っていながら、法外な値段で更に苦しめているのですな」
それにしても良くパルラの内情を調べているな。
間者でも入り込んでいるのか?
だが、ここは早めに誤解を解いておいた方がよさそうだ。
「ダラムの商業ギルドには1樽8万ルシアで卸しています。そこから先の値段については私達には責任はありません。貴方達が文句を言う相手は私ではなく、ダラムの商業ギルドか公都で買ったというのならその店ではないのですか?」
「我々が何も知らないとでも? 辺境伯が魔素水の流通ルートを制限しているから、我々は指定された店でしかも法外な値段でしか買えないのですよ」
え、そんなの知らないよ。
「魔素水を売る当てがダラムの商業ギルドしか無いだけなのです。貴方達が本当に必要で、そのためのいかなる努力も惜しまないというのなら、何故パルラまで買い付けに来ないのですか?」
「そ、それは・・・」
俺の指摘に誰も言い返せないようだった。
「大方、私の事を亜人と蔑み、大公のペットと陰口を叩いているから、そんな相手に頭を下げたくないのでしょう。その程度で領民の苦しみとか言うのは、止めてもらえますか」
「・・・」
場が静まると、裁判官が俺に話しかけてきた。
「辺境伯様、パルラまで買い付けに行けば魔素水を適正価格で売っていただけるというのですか?」
「ええ、勿論です」
「マッツァクラーティ伯爵、貴族の方達にはお抱えの商人がいるのですから、その者達にパルラまで買い付けに行かせれば良いのではないですか?」
裁判官がそう言うと、伯爵は黙ったまま頷いていた。
「それではこの件は適正価格で入手する手段があるという事で不起訴とします。次の案件をお願いします」
裁判官はやや困惑といった顔色になっていたが、マッツァクラーティ伯爵は2つの案件で負けているのに、その顔にはまだ余裕の表情が浮かんでいた。
その顔はこれからが本番だと告げているようだ。
最後の書類の帯封を解くと、こちらを横目で見ながら話し始めた。
「それでは3つ目です。公国で硬貨鋳造権を持っているのは王家だけ、というのは明確な事実ですね?」
「ええ、確かにそうですね」
裁判官がそれを肯定すると、伯爵は態とこちらをチラ見してきた。
「辺境伯は、パルラで勝手に偽硬貨を造っているのです」
「なんと、それは誠ですか?」
「これを」
そう言って伯爵は持ってきた小さな木箱の中から1枚の銀貨を取り出して、周りに見えるように掲げて見せた。
「このように明確な証拠品もあります」
伯爵が掲げている手にあるのはパルラ硬貨だった。
どうしてそれを持っているんだ?
俺は驚いてパルラ硬貨を見つめていた。
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