6―9 公都への長い道のり4
部屋で領主代理が来るのを待っていると、ようやくやって来たのは先程の執事だった。
「失礼いたします。パルラ辺境伯様、お食事の用意が整いましたので、食堂にお越し頂けますか?」
そのこちらの意向を全く無視した行動にちょっとイラっとすると、先程のジゼルへの対応を思い出した。
「その食事というのは私だけですか?」
「どういう意味でしょうか?」
「その食事の席には、私の友人であるジゼルの席もあるのですか、という意味です」
「いえ、辺境伯様だけです。使用人は別に用意します」
バン
俺がテーブルを叩いた音に執事がビクリと反応した。
「もう我慢出来ないわ。このような無礼な対応をされて、私はとても不愉快です。領主代理に私がとても怒っていたと言っておきなさい。ジゼル出発するわよ」
「はい」
俺達は館を出ようと出口に向かっていた。
館の使用人達が俺の周りで何とか翻意してもらおうと色々な事を言ってくるが、相手が貴族と分かっているため、流石に物理的な手段で押し止める事はしてこなかった。
そのため、グラファイトとインジウムが待っている場所まですんなり出てくる事ができた。
2人に直ぐ馬車を回すように命じていると、後ろからドタドタと慌てて走って来る足音が聞えてきた。
「ガーネット卿、これは一体何事ですか?」
「先を急ぎます。それでは失礼しますね」
「ちょっと、待ってください。こちらは歓待のため食事まで用意したというのに、このまま出発するとは余りに非礼ではないですかな?」
その一言に俺は再びキレた。
「良く聞きなさい。私はこれでも礼儀を重んじて素通りせずに館に立ち寄ったのですよ。それなのにこちらの意向を一切無視し、私の友人への配慮を欠く態度にも我慢なりません。ストゥッキ伯爵家の礼儀と言う物はもう十分堪能しました。これ以上は必要ありません」
そう言うと馬車に向けて歩こうとしたが、肩を掴まれたのだ。
「ちょっと待て」
そこまで言ったところで後ろに居たジゼルがその手を振り払っていた。
「無礼者。パルラ辺境伯様は序列第3位の高位貴族ですよ。それを後ろから肩を掴んで呼び止めるとは何事ですか」
え、ジゼルさん?
そんなに怒らなくてもいいのでは?
ほら、相手が顔を真っ赤にしてプルプル震えていますよ。
ですが、ここはジゼルを後押しするのが正解ですね。
「伯爵代理、ジゼルの言った通りよ。これ以上絡むならエリアルで貴方の父君に一言苦言を言う事になりますよ」
俺の一言が止めを刺したようで、ガックリと肩を落とすと何も言わなくなった。
そして先程から一生懸命俺を引き留めようとしていた使用人達も、主人のその態度を見て諦めたようだ。
俺達はインジウムが扉を開いて待っている馬車に乗り込んだ。
「インジィ、出発よ」
「はあぃ」
俺達の馬車は順調にエリアルに向けて走っていた。
インジウムの話によると俺達の馬車が近づくと皆慌てて避けるそうだ。
まあ、ゴーレム馬の恐ろし気な顔と普通の馬車の2倍はある大きさを見れば、皆怖がって逃げてしまうのも頷けるよね。
そしてスハイムを越えたあたりで野営する場所を探していると、今度は先客が居た。
丁度良いスペースに商人が使う荷馬車が止まっていて、その傍で石を積み上げた竈で夕食の準備をしている2人の男達が居たのだ。
俺達の馬車も邪魔にならないところに停車すると、一応一晩一緒になる人達に挨拶だけしておくことにした。
「こんばんは、皆さん。私はユニスと言います」
「これはご丁寧に、私は行商人のムルシアと言います。それにしても初めて見る凄い馬車ですね」
ムルシアと名乗った男は横に大きな男で、根本が茶色で先端が赤い髪や、様々な色合いを混ぜた派手な服を着ていた。
ここが江戸時代だったら間違いなくかぶき者と言われていただろう。
俺に言わせれば貴方の恰好こそ凄いと言いたいぞ。
「ええ、中で眠れる仕様になっているのです」
「へえ、それは凄いですね。ところで後ろのお嬢さんは?」
そう言った商人の視線の先にはジゼルが居た。
「ああ、彼女は私の友人でジゼルと言います」
「珍しい狐獣人ですな。それに魔眼持ちですか」
今までジゼルの魔眼を指摘した者は居なかったので、それが直ぐ分かるとはこの男は一体何者だろうと興味が湧いた。
「ジゼルに興味があるのですか?」
「ええ、これは知り合いに聞いたのですが、魔眼を発現させるのはかなりの幸運が必要だと聞いたのです。私の知り合いは何度やっても駄目なのでとても落胆していましたよ。彼女はどうやって魔眼を発現させたのですか?」
「知らないわ。それにもし、知っていても貴方に教えるつもりはありませんよ」
俺に声に疑念が含まれていた事に直ぐ気が付いたムルシアは、直ぐに話題を変えてきた。
「いや、これは失礼。それよりももう夕食はお済ですか? 良かったらご一緒しませんか?」
「いえ、夕食は既に済ませております。一晩ご一緒するので挨拶しただけです」
「そうでしたか。それではお休みなさい」
「ええ、お休みなさい」
グラファイトとインジウムに夜の見張りを頼むと、何時ものように馬車内で休む事にした。
「ねえジゼル、狐獣人は希少種なの?」
「そうねえ。同族はあんまり見ないかなあ」
「すると魔眼持ちも珍しいのね?」
「そうね。私が覚醒出来たのはユニスのおかげだし」
あの時はジゼルを何とか助けようと必死だったんだよなあ。
そのせいで、ジゼルが狙われる事が無い事を願うよ。
「ジゼル、私から離れちゃだめよ」
「うん、分かった」
翌日、朝起きて外を見るとムルシアという行商人は既に出発した後だった。
のんびり朝食を済ませてからエリアルへの旅を続けた。
スハイムという町はエリアルから50リーグの距離にあったので、あと2日程で目的地に到着できそうだ。
そう言えばベネデッタ・リーズに、公都に来た時は知らせて欲しいと言われていたのを思い出したので、リーズ宛てに連絡蝶を送ることにした。
伝えたい内容を喋るとその内容をそのまま相手に届けてくれるのだ。
魔素で出来た蝶が飛び立って暫くすると、返事が返って来た。
それによると、何時でもいいから店に寄ってくださいとの事だった。
公式行事が行われる3日間でもずっと行事に出席している訳ではないので、時間を見て尋ねてみてもいいだろう。
その時は、あの友人の2人も都合を付けて来てくれるそうだ。
やがてエリアルの城壁が見えてくると、ようやくこの長い旅の終わりを実感した。
城壁が目の前に迫ると馬車は減速していき、やがて停車した。
「そこの馬車、誰が乗っている?」
「お姉さまがお乗りですよぅ」
「え?」
またこのパターンなのか?
「ちょっとインジィ」
「はあぃ。この馬車にはぁ、パルラ辺境伯様がぁ、乗っておられますよぅ」
「了解した。それでは公城までの案内人を出しますので、しばしお待ちを」
そして暫くして馬車が動き出した。
町中ではそれ程速度は出せないのでゆっくりとした移動になったが、それでもようやく終点の公城が見えてきた。
そう言えばこの城には王家の墓からの秘密通路で来た事はあったが、こうやって正式に訪問するのは初めてだな。
そして馬車が止まり、インジウムが顔を覗かせた。
「お姉さまぁ、到着しましたよぅ」
その声で大きく伸びをすると、椅子から立ち上がった。
「ジゼル、行くわよ」
「はい」
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