6―4 待ち受ける者達
ジュビエーヌは、公城アドゥーグの執務室でエリアル魔法学校長フェデリーコ・タスカと面談していた。
タスカは元魔法師団長で引退したとはいえ元は子爵家当主でもあった。
彼は私にお願い事があるという事で訪ねて来ていた。
「それで学校長、要件を窺っても?」
「ほっほっ、陛下は在学中の頃からせっかちでしたな」
この御仁は魔法騎士団長を辞めてからエリアル魔法学校の学校長に就任しており、私も3年間お世話になっていた。
その頃もこの御仁は回りくどい性格だったわね。
私がじっと睨むと、学校長はしぶしぶと言った感じで続きを話してきた。
「ほっほっ、実はロヴァル騒動の時、学校に侵入した何者かに始祖ロヴァル様の像を壊されましてな」
「その補修費用を出して欲しいと?」
「いや、違いますじゃ。壊された像を片付けておりましたら、魔法で封印された小箱が出てきましての。もしかしたら始祖様が隠された物かもしれないかと」
始祖様が隠すような物といったら、最悪の魔女を倒した時に戦利品として持ち帰ったというあの忌まわしいマジック・アイテムかしら?
確か、魔力操作のサークレットと言っていたわね。いつの間にか失われて何処にあるのかも分からないと聞かされていましたが。
「学校長、箱を開けたのですか?」
すると学校長は首を横に振った。
「いや、魔法で封印されていて誰にも開けられんのです」
「それを私に開けろとでも?」
「いや、そんな危険な事を陛下にお願いしたりはしませんとも」
それなら私に一体何の相談があるというのかしら?
「それでは一体どうしろというのです?」
すると学校長は真っ直ぐ私の目を見つめてきた。
「陛下がガーネット卿にエリアルに来るように連絡を入れたと聞きましてな。そこで、ガーネット卿が来られたら、ちと学校まで遊びに来てもらえんかなあと」
「ユニスに開けて欲しいという事ですか?」
「ほっほっ、公国内で最も高い魔力を有するのはガーネット卿ではないですかな? 魔力で封印された物を開けるには、それ以上の魔力をぶつけないと無理だからのう。ガーネット卿で駄目なら諦めも付こうと言うもの。陛下も、始祖ロヴァル様が封印した物に興味はあるでしょう? それに万が一拙い物が出て来てもガーネット卿なら何とかしてくれるのではないですかな?」
そう言うと私の後ろに視線を移した。
学校長の視線の先には、ユニスが私の身辺警護のため置いていってくれた2体のオートマタが居るはずだ。
彼女達の戦闘力は高く、しかも疲れを知らず眠る事も無いので、これ以上の護衛役はいなかった。
そんな凄いオートマタを作ってしまうユニスなら、何の心配も無さそうね。
「いいわ、ユニスが来たらお願いしてみましょう」
「ありがとうございます。それと」
そう言って言葉を切った学校長は、ごそごそと荷物の中から何かの切れ端を取り出した。
その切れ端には一部が欠けた黒い蝶の翅のようなものが描かれていた。
「これは何です?」
「始祖様の像を壊した連中が落としたと物と思うのですが、見覚えはありませんかのう?」
バンダールシア大帝国の国章が七色の蝶だったことから、今のロヴァルはそこから赤色を貰って赤色蝶が国章となっていた。
そして同じようにバルギットは黄色の蝶、アイテールは橙色の蝶、ルフラントは紫色の蝶を国章としていたが、黒を使っている国はなかった。
「分からないわ」
「やはり、そうですか。学園でも誰も見覚えが無いと言っておりました。いや、ちょっと考えすぎでしたな」
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「それは誠なのですかな? ウルバーニ伯爵」
ウルバーニ伯爵の館に集まって晩餐を楽しんだ貴族達は、自分達の目の前にある長テーブルに置いてある1枚の銀色に輝くコインを見つめていた。
「本当にこれは銀ではないと?」
「ええ、信頼のおける錬金術師に確かめさせました。この中に銀は一切含まれておりません」
「それで、これをあの亜人は銀貨と称して使っているのですかな?」
「どうやらそのようですね。同じように銅貨も勝手に作っているようです」
「公国で、貨幣を作れるのは王家のみ。これは重大な犯罪ですな」
そこで1人の貴族がテーブルに置いてあるパルラ銀貨を手に取ると、表と裏を調べていた。
「この10という数字は何ですかな? それに裏側は・・・パルラ限定と読めますな」
「何でも銀貨10枚分だという意味だそうです。それからこの硬貨はパルラでしか使えないとか」
「なんと、勝手に硬貨を作ってそれを自領だけで使うと、それはまるで独立すると言っているようなものではないのですかな?」
「それは公国から土地を奪うということですか。これは重大な裏切り行為ですな」
そう言うと集まった貴族達は皆憤慨した顔をしていた。
そんな貴族達の中から1人の男が口を差し挟んできた。
「それからロヴァル騒動で食料が不足しているこの時期に、我々の足元を見て法外な値段で魔素水や甘味大根、それに高級ミードを売り捌いているのは、どうやらこの亜人のようなのです」
その指摘に、身に覚えのある貴族達が皆驚いた顔になった。
「それは誠ですか?」
「ええ、買収したダラムの商業ギルド職員から聞いたので間違いありません。自分が主犯だと分からないように、ダラムの商業ギルドを経由しているそうです」
「なんと、あさましい。まったく、他領が困っているというのに、なんて強欲なのでしょうか。これは誰かが貴族とはなんたるかを忠告してやる必要がありますな」
そう言うと集まった貴族達は全員が深く頷いていた。
「それにドーマー辺境伯が居た時には殆ど被害が無かった東北部の貴族領に、魔物の被害が出るようになったそうですぞ」
「なんと、魔物まで押し付けてくるのですか。全くとんでもない奴ですな」
「これは弾劾が必要ではないですかな?」
その言葉に集まった貴族達が皆真剣な顔で頷いた。
「アメーリア公爵の話では建国祭の数日前にはエリアルに来るという話でした。来たらそのまま公国法院で弾劾してしまおうぞ」
「それは良き考えですな」
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ロヴァル公国の貴族の中でも囲っている女性の数で他の追従を許さない好色家であるアリッキ伯爵の最近の関心事は、有名画家が描いたとある春画だった。
ジャンパオロという名の画家は、娼館に招かれてそこで働く女性達の姿絵を描いているのだが、彼は気分が乗ると女性達の裸婦画も描くのだ。
その中でもめったに描かない男女の絡みを描いた春画は、それを見たらそのまま娼館に行きたくなる程の完成度なのだ。
その中でもとびっきりの1枚があった。
そこに描かれている女性はとても美しく、そしてその肉体はとても魅惑的なのだ。
その春画を見てしまうと、他の物がみなガラクタに見えてしまうのだ。
そして裏に書かれていた「アニス、公都エリアルの娼館にて」という文字を見つけると直ぐに出入りの商人を呼んで、何処の娼館に居るのか調べさせたのだ。
その結果は思わしくなく、エリアル中の娼館を調べてもアニスという女性は居ないという報告だった。
全く、使えない奴だ。
だが、ようやく社交シーズンになった。
これで大手を振ってエリアルに行って、私自らアニスを探す事ができるのだ。
アリッキ伯爵は眺めていた春画をチェストの中に大切に仕舞うと、使用人に馬車に運ぶように命じた。
学校長の口調を少し修正しました。




