6-3 ダンス訓練
俺はブルコが「エルフの湯」と名付けた浴場の前を見張れる場所で、あおいちゃんが出てくるのをじっと待っていた。
あおいちゃんは俺が男であることを知っているので、女湯にずかずかと入って行って声をかける訳にもいかないのだ。
長期戦になるかと思ったが、あおいちゃんはそれ程待たずに浴場から出てきた。
その肌は、湯上りで上気しているのかほんのりと赤くなっていてとても色っぽかった。
あれ? 保護外装は温度を感じないはずなのに、俺の保護外装と性能が違うのだろうかなどと余計な事を考えていると、あおいちゃんが立ち去ってしまいそうだった。
俺は慌ててあおいちゃんの後を追いかけると声を掛けた。
「やあ湯上り美人さん。ちょっと付き合わない?」
「あら、私を誘って何をしようとしているの? 悲鳴を上げた方が良いのかしら? ねえ、神威君?」
なんだかあおいちゃんの口ぶりがおかしいぞ。
もしかして軽食コーナーで酒でも飲んだのか?
「あおいちゃん、ひょっとして酔っぱらってる?」
「白ビールもミードもいけるわね」
ああ、このほんのりと赤い顔は湯上りではなく酒か。
今、建国祭の話をしても大丈夫だろうか?
駄目だったら日を改めてまた聞いてみればいいか。
「あおいちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだ。カフェに寄ってもらえるかな?」
「いいわよ」
そしてカフェ「プレミアム」に移動すると、店主のベルタさんが目を丸くしていた。
あれ、あおいちゃんを紹介していなかったかな?
「ベルタさん、こっちは私の双子の妹でアオイ・エル・ガーネットですよ。まだ、紹介していませんでしたか?」
「ああ、前にちゃんと紹介して貰っていますよ。何度見ても見分けがつかないなあと思っていただけです」
そりゃそうだろう。2人とも同じ保護外装なんだから。
見分けるための目印でも付けておいた方がいいのかもしれないが、あおいちゃんは普段は遺跡調査で町に居ないから問題ないだろう。
店長のベルタさんが居なくなったので、幾つか質問してみる事にした。
「遺跡調査の方はどう? 日本に帰る方法は見つかりそう?」
「う~ん、今の所、それらしいのは無いわね。それが聞きたかったの?」
「いや、これはあおいちゃんの顔を見たから聞いただけだ。本題は、公国の建国祭の方だ」
「ああ、毎年やってる祭りね」
「それで3日目にやる舞踏会なんだが、踊り方を教えて貰えないか?」
俺がそう言いうとあおいちゃんは思い当たるふしがあるのだろう、「ああ」と声を漏らすと俺の顔を見て噴き出していた。
おい、こら、その笑いは何だ?
嫌な予感がするぞ。
「踊りは女性型よね?」
俺は自分の恰好を見てから渋い顔をしてみせた。
「この外見で女性と踊れるとでも?」
そう言って両手を広げて見せると、あおいちゃんはおかしそうに笑っていた。
「踊る相手は選んだ方がいいわよ」
「え、それはどういう意味?」
「変な奴と踊ると、どさくさに紛れて尻を触ってきたり、抱きしめてくるのよ。そういうセクハラ野郎がいるから注意した方がいいわよ。特にアリッキ伯爵は要注意ね」
「アリッキ伯爵?」
「ええ、さりげなく尻とか胸とかを触って来るから、女性達からも嫌われてるのよ」
俺はその光景を想像して鳥肌が立ってきた。
いや、俺も異性にはそうしたいという欲求があるが、同性にされるのは御免だった。
だが、一々ジゼルに魔眼で見て貰う訳にも行かないだろうし、何らかの防御手段を考えておいた方が良さそうだな。
「それで踊りを教えるのはいいけど、相手はどうするの?」
「相手?」
「社交ダンスには相手がいるでしょう」
ああ、そうか、だが、そうはいっても踊れそうな奴なんてこの町にいるのだろうか?
そこで俺の脳裏にはあのバルギットのスケコマシが笑顔で手を振る姿が蘇り、ぶるりと体が震えた。
だが、それは幻術でもなんでもなく実体を伴っていた。
目の前では、あの男が墓泥棒を伴って俺に手を振っているのだ。
「やあ、ガーネット卿、奇遇ですなあ。こんな所で会えるなんて何か運命を感じますよって、あれ、2人?」
全くめんどくさいなあ。
「こっちは私の双子の妹であおいです」
そう紹介すると、お互い自己紹介をしていた。
するとスケコマシは隣のテーブルの椅子を掴むと、俺とあおいちゃんが座っているテーブルに椅子を入れて自然な仕草で相席していた。
その余りにも自然な動きに抗議する間もなかった。
後ろに居た墓泥棒は、上司のその自然な動きを見ても全く動じていないようだ。
「それで先程ダンスのお相手と聞えてきたのですが、それは私の事ですね」
「エリアルで舞踏会があるのでその練習を付き合ってくれる相手を探していますが、それは貴方ではありませんよ」
「何を言っているのですか。それこそまさしく私の役割です。大丈夫、私に任せてください」
そう言うといかにも好青年と言った感じでそう言ってきた。
しかも「もう決定ですね」とでも言いたげな顔で、こっちを見てくるのは止めて欲しい。
だが、そうはいっても練習しない訳にも行かないのだ。
くそ、仕方がないな。
「分かりました。それで、何か見返りとか考えてますか?」
「あ、やっぱり分かってしまいますか。それは終わった後でお願いします」
いや、だから、それが一番怖いんだよ。
事後じゃ、何を要求されても断れないじゃないか。
「ちょっと、それ怖いんですけど。先に言ってくれませんか?」
俺がそう言ってもこのスケコマシはにっこり微笑むだけだった。
流石に焦りが出たところで、後ろに立っていた墓泥棒が声を掛けてきた。
「レスタンクール卿、フリュクレフ将軍のお願いをお忘れではいないですよね?」
「そのフリュクレフ将軍のお願いって何ですか?」
その差し出された救いの手をすかさず掴むため、墓泥棒に聞き返した。
当然スケコマシはいい顔をしていないようだが、ここは気付かない振りと。
「え、あの、ガーネット卿からエクサル草を分けて貰う事です」
「ああ、分かりました。それではダンス訓練の報酬はエクサル草という事で」
俺は否定されないようにすかさず返事を返してやった。
よし、これで変な要求をされる事はないだろう。
「それでいいですよね」という意味を込めて微笑んでやると、スケコマシも渋々頷いていた。
よし、言質は取ったぞ。
そして始まったダンスのレッスンは、時間的余裕も無かったのでかなりハードなものだった。
ステップを踏む、その場で回る、相手と呼吸を合わせる等、何度となく反復練習をされられていた。
訓練中に何度となくスケコマシの足を踏んで謝った事か。
その度に、小さな事を要求されて、徐々に要求が大きくなってくるのだ。
そして練習の合間の休憩時間に要求され続け、今はこのスケコマシを膝枕するという屈辱に耐えていた。
何度この涼しげな顔を凍り付かせるためだけに保護外装を解除してやろうかと思った事か、いや自分では出来ないし、仮に出来たとしても命に係わるから絶対やらないけどね。
そんな屈辱に耐え忍んでいると、ある素晴らしい考えが浮かんだのだ。
そう重力制御魔法と飛行魔法を組み合わせて、ちょっと浮かんでしまえば相手の足を踏まなくて済むじゃないかと。
ふふふ、スケコマシめ、これであんたのちょっとしたお願いはお終いだぜ。
それからはどう見ても足が重なっているが、浮かんでいる分、相手の足を踏まないのでちょっとしたお願いを聞かなくて済んでいた。
スケコマシはそれが不満だったようで、顔にそれが現れていたが、関係無いのである。
そしてハードな特訓のおかげで、何とかみられる程度には踊れるようになったのだ。
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