6―1 公都での噂話
公国に社交シーズンが近づいてくると、気の早い地方領主が続々と公都エリアルにやって来ていた。
そしてエリアルに貴族達が集まると、必然的に夜会やらお茶会があちこちの館で開催されるようになってきた。
そんな貴族達の夜会やお茶会で話題になるのは、いつの時代も他の貴族の醜聞やら自分達の自慢話が殆どなのだが、今年は貴族達が特に感心を持つ2つの話題があった。
1つは、新しく就任した年若き大公陛下のお相手がどうなるかという話で、17歳で大公に就任したジュビエーヌ・ブランヴィル・サン・ロヴァルには、コルラード・デチモ・オルランディという婚約者が居たが、先のロヴァル騒動で行方不明になっていたのだ。
貴族の間では既に亡くなっているだろうと噂されていて、正式に死亡と公表された後は、次の王配候補にはどこの貴族家の誰が有力かという話題で盛り上がっていた。
公国内の有力貴族家は自家から王配候補を輩出することで、実家の隆盛を図ろうと虎視眈々と狙っているのだ。
そしてもう1つは、この国の由緒ある貴族にとって我慢が出来ない事だった。
7百年の歴史を誇る由緒ある公国は人間の国であり、代々大公職は女性が務めるが、貴族当主は全て人間の男が務めてきたのだ。
それが突然、この国に人間以外の貴族が誕生したのだ。
しかもそれが雌だと分かり2重の驚きを持って噂が広まっていった。
そして、その事実を知った貴族達は当然不満を持ったのだ。
とある貴族の夜会でもその件が話題の中心になっていた。
「当代の大公陛下は変わったお方だな。獣に爵位を与えるなんて」
「それそれ、辺境伯という上級貴族の爵位を簡単に与えるなんて、公国内の貴族達から顰蹙を買うのが分からないほど愚かな方なのか?」
「そもそも、何故辺境伯位なのだ? 下賜された領地には領民が5百人程しかいないというではないか」
議論の夢中になっていた3人の貴族達は、お代わりの酒を運んでいる使用人を呼ぶと新しい酒を手に取り再び議論を続けていた。
「何だと、それじゃせいぜい男爵位が妥当なのではないか?」
「大公陛下は一体何をお考えなのかさっぱり分からないな」
「なに、そのうち公爵家あたりから苦言が呈されて直ぐに降格になるだろう」
「ふふふ、その時の顔が見ものだな」
「ははは、その通り、位が落ちたら思いっきりいびってやってもいいな」
「雌エルフだからな、見目は良いのだろう。それなら、ふふふ」
「成程、そうですな。はははは」
そして皆艶やかなドレスに身を包み、テーブルの上に並ぶお菓子やお茶を楽しみながら時世の話題に花を咲かせる婦人達のお茶会でも、議論の中心は若き大公陛下のお相手の話と、大公のペットについてだった。
「オルランディ家は何時頃、コルラード様の死亡を公表されるのでしょう?」
「何時までも伏せておくことはできませんから、皆が集まったこの社交シーズンで公表されるのではないでしょうか?」
「そうなると、王配を出せる男子が居る家は色めき立ちますわね」
1人の婦人がそう言うと皆色めき立っていたが、次の一言で皆の瞳の輝きが消えていた。
「それよりももっと重要な事がありますわよ」
「ああ、アレの件ですわね」
「今年の社交には大公のペットが出てくるのでしょうか?」
「まぁ、神聖な貴族の集まりが獣の匂いで汚されてしまいますわぁ」
「そもそも人ではないのに、どの面下げて社交界に乗り込んでくるのでしょう?」
「きっと礼儀作法など知らない獣なのよ。きっとお行儀も悪く料理を食い散らかしますわよ」
そう言って厚く化粧した顔を顰めると、塗りこめた壁にクラックが起きそうだった。
「まあ、汚らしいですわ。私そのような方とご一緒できませんわ」
「まあいいではないですか。ちょっとした余興としては面白い物が見られると思いますわよ」
「まあ、それは楽しみですな」
「「「おほほほほほ」」」
このようにエリアルの貴族街では大公のペットの話題で盛り上がり、その当人がやって来るのを悪い意味で待ち望んでいるのだが、その肝心の人物は一向にエリアルに現れる気配が無かった。
無理やり呼びつけたくても、相手は公国が認めた序列第3位の高位貴族であり、面識の無い状態で自分のお茶会に誘うという非礼は流石に行えなかった。
そこでエリアルにやって来るためのドレスや馬車を持っていないのだと、あざ笑っていたのだ。
それでも何時まで経ってもやって来ない事に業を煮やした貴族達は、情報を得ようと大公のペットより序列が高い、オルランディ、アメーリアの両公爵家の夜会に押し寄せた。
アメーリア公爵家は、先のロヴァル騒動での失態で求心力を落としていたが、他の貴族達からの問い合わせに速やかに動くことで威信復活を目論んでいた。
それにあの他の貴族達の目がある場所での辱めは決して忘れていなかった。
公爵が執務室で書類に目を通していると、微かな風の流れが頬をなぞった。
「戻ったか」
公爵は書類から目を放さずにそう言うと、背後の闇の中から声が返って来た。
「はい、こちらに」
「話せ」
「ペットは社交を無視するようです」
「ふん、しょせんは獣か。他には?」
「ペットには双子の妹がいるようです」
それを聞いたアメーリア公爵は指で目を揉むと、そのまま天井を見上げると何やら考え込んでいた。
そしてニヤリと口角を挙げると、手を振って間者を下がらせた。
「面白くなってきたな」
そう独り言ちると陛下への面会を得るため、手紙を書いた。
+++++
公城アドゥーグの執務室で、ジュビエーヌは父親であるエドゥアルの実弟であるライモンド・ディーノ・アメーリア公爵と面会していた。
「陛下にお伺いしたい事があるのですが」
「なんでしょう?」
「パルラ辺境伯の事なのですが」
そこで言葉を切った公爵の顔には苦々しさが現れていた。
この男は、ロヴァル騒動の時、やたら仕来りとうるさい事を言っていたが、それをユニスにいなされて面目を失った経緯があった。
「既に社交シーズンが始まっているというのに、まだエリアルに来ておりません。もしや、貴族としての自覚が無いのかと思いまして」
やはりだ。
この男はユニスを貶めたくて仕方がないようだ。
だが、ジュビエーヌはそれを聞いてこれだと思っていた。
そうユニスに会える口実が出来たじゃないの、と。
普段は、陛下が亜人と接触するなどもっての外ですとか、何かと苦言を言って来る連中も、社交シーズンともなれば私がユニスと会うのに文句を言ってきたりはしないだろう。
それに貴族は全員出席となる建国祭もあるのだ。
どうせなら公都にいる間は一緒に居たいわね。
そうだわ。
公城アドゥーグにユニスの部屋を用意すればいいのよ。
うん、そうしましょう。
それじゃ、早速お誘いの連絡をしないといけないわね。
「分かりました。私から公都に来るように連絡を入れておきましょう」
「エリアルに到着する日が分かりましたら、教えて頂けますか?」
「ええ、いいですよ」
ジュビエーヌはユニスに会う事ばかり考えていたので、目の前のアメーリア公爵の瞳が怪しく光ったことに気が付かなかった。
誤字・脱字報告ありがとうございました。
ブックマーク登録ありがとうございます。




